ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  有明の月 作者:小波
第四十二話
 義清は放心したように立っていた。
 かつて、これほど美しい女人を見たことがあったであろうか。
 黒く濡れている御髪が一条、二条と舞っている。
 袿の下の単の襲目が鮮やかで。
 牡丹の花の香りがした。
「女院、早う中へお入りください。御簾が・・・」
 中からもう一人女が出てきた。
 きんきんと甲高い声でしゃべる。
「・・・堀河(ほりかわ)殿?」
「まあ、義清さんではありませんか。なぜ、こんなところに?」
「いや、その、雪遊びを」
 堀河は呆れた顔をした。
「いい年をして。何をやっているのでしょう、この人は」
 義清は彼女の言うことなどすべて聞き流して、すでにおろされてしまった御簾の方を見た。
 ああ、もどかしい・・・
 あの御簾を透かせたなら、どんなに。
「堀河殿、今のお方は・・・」
 堀河はいきなり義清の口を両手でふさいだ。
「・・・?!」
「滅多なことをなさらないで。指なんてさしてよいお方ではありませんわ。あのお方は待賢門院(たいけんもんいん)様におわします」
 待賢門院・・・
 噂の通りであった。
 美しい。美しすぎる。
 しかし、なぜあんなに悲しそうな顔をなさっているのだろう。
 できることなら、慰めてさしあげたい。
「きみは女院に仕えていたのか」
 堀河はええ、と言った。
「女院に仕えているのは、あたし一人。他の者はすべて得子様の方へいってしまったわ」
 院の寵愛は今や得子だけにそそがれている。
 顕仁を退け躰仁が皇位に即いたことで、得子は国母となり皇后となった。
 彼女の権威は、すでに璋子を凌いでいる。
 女院といえども、璋子の居場所はもうどこにもなかったのだ。
 義清は目を閉じた。
 そうしなければ、体中を駆けめぐっているこの熱い感情がとめどなく流れ出てしまう。
「待賢門院様・・・」


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。