第三十六話
竈の火を見つめながら、袈裟は夫と酒を飲んでいた三人の男のうちの、一人の顔を思い浮かべていた。
―――盛遠様・・・
袈裟は動悸を抑えるかのように、胸の前で拳を握った。
「袈裟殿」
「・・・盛遠様」
男が一人、裏口を背に立っていた。
夕陽の色が、二人の男女を染める。
「出ていってください。わたくしはもう、あなた様の知っているわたくしではございません」
「渡に・・・おまえの夫にすべてばらすぞ」
袈裟の美しい顔が一瞬にして青くなった。
「夫は・・・」
袈裟はつぶやくように言った。
「夫はすべて知っています。その上で、あの人はわたくしを・・・あっ」
盛遠は袈裟を抱きすくめた。
ゆるやかに結った黒髪を弄ぶように梳く。
「そんな見え透いた嘘で俺をだませると思うか?すべてを知ってしまったら、渡はおまえを捨てるぞ」
「・・・」
「愛している。今でも。渡からおまえを奪ってもいい」
「盛遠・・・様・・・」
「今夜、あいつを殺す。殺してやる!」
袈裟はびくりと体を震わせた。
「逃げましょう。二人で。どこまでもついて行きますわ」
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