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  有明の月 作者:小波
第三十五話
「最近、きみの評判をよく聞くよ」
 わたる義清(のりきよ)の盃に酒を満たしながら言った。
「評判?」
「あっ、あれだろ。『君が住む宿の坪をば』っていうやつ」
 陽気な声の清盛がわってはいってきた。
 たしかにそんな歌を詠んだことがあったと、義清は考える。
「いっそのこと、歌詠みになればいいのに」
「ははは。それはムリだよ」
 義清は笑って言った。
 純粋に歌を詠むだけの生活には憧れている。
 しかし、近頃そうしたことに魅力を感じなくなっているのだ。
 武と隣り合わせの生活をしているためであろうか。
 両親と早くに死に別れ、長男として家を継げるだけの人物にならなければと、あせっているからなのか。
 なによりも、情熱というものがないからなのかもしれないと、彼は思う。
「こんな昼間からお酒をお飲みになって。ほどほどにしてくださいね」
「だいじょうぶだよ。袈裟」
 渡は、新しく瓶子を持ってきた妻に笑いかけた。
「嫁さん、いつ見ても美人だなあ」
 丁寧に頭を下げて出ていく袈裟の後ろ姿を見ながら、清盛は言った。
「本当に。渡殿はよい細君がいてうらやましいな」
 義清も笑って言った。
「ところで、盛遠さんの姿が見えないね。厠かな?」
 渡は照れたのか、話題をかえた。
「あっ!」
 こんどは清盛が突拍子な声を出した。
「俺、もう帰る。今日はありがとな」
「どうしたのです?夕食も一緒にと思ったのに」
「渡殿。清盛のところは、もうすぐ二人目が生まれるんですよ」
 清盛は二人に手を振りながら駆けていった。
「いいですね。子どもって」
 渡が言った。
「渡殿のところだって、すぐ授かりますよ」
 励ましながら、義清はまだ独り身の自分が、無性に虚しく感じた。


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