第三十二話
源義賢―――。
源姓が示すとおり、彼は源氏だ。
清和源氏の嫡流、河内源氏の棟梁六条判官為義の次男にして嫡男。
春宮帯刀先生となりながらも、性格の粗暴さゆえ免職。
父為義が忠実の家人となっていたことから、その次子頼長の近習として侍るようになったのだ。
今も、彼は随身の武士の一人として、頼長の乗る牛車の後ろに付き従っていた。
三条西洞院にある天皇御所―――
「内府、よく来てくれた。うれしいぞ」
「天顔麗しく何よりでございます」
頼長は一礼し、顔を上げた。
「じつは、そちに相談したいことがあるのだ」
「私めに、でございますか」
顕仁は、すっと立ち上がると、頼長の前まで来た。
頼長はまた頭を下げようとした。
顕仁はそれを手で制した。
「わたしはどうしたらよいのだろう?父上はどうやら、わたしに譲位させようとするお心積もりがあるらしいのだ」
頼長の肩を掴みながら、彼は悲痛な声で言った。
故白河院によりわずか四歳で即位させられ、今まだ二十二歳という若さであった。
頼長は肩におかれた顕仁の手に目をやり、続いて彼を見おろした。
この狼狽ぶり―――
平素の帝からは想像もできないほどだ。
詩歌、管絃、和漢の書に通じ、天子でありながら学をもって知られる頼長に敬意をはらう、優れた貴人。
「心配なされませぬよう。春宮様は御上の異母弟宮とはいえ、猶子ではございませぬか」
「しかし、躰仁はまだ、たったの二つなのだぞ?」
「白河帝は御齢三十三にして七歳の堀河帝に、父院にあらせられる先帝は二十の若さで、齢四つのあなた様にご譲位あそばされたとのこと」
「・・・」
顕仁は安心したのか、頼長から手を離した。 |