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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第4章 第三の女

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第7話

 翌朝、屋敷の裏口を出た霧矢は、内堀うちぼり垣根かきねぞいに、船着き場へとむかった。波止場のそばには、屋根つきの小船が停まっている。
 体格のよい中年男性が、運転席で最後の調整をおこなっていた。
「おはようございます」
「おう、やっと来たか。早いとこ乗ってくれ」
 霧矢は、タラップに足をかけた。
 その途端、後部座席にゆれるメイド服の女性が、彼の目にとまった。
 セシャトだ。霧矢はさりげなくあいさつして、彼女のとなりに腰をおろした。
「おい、空港でいいんだな?」
「はい、それでお願いします」
 男はクラッチをたくみにきりかえて、かじをまわした。
 船が岸をはなれる。
 次第に加速する風を受けながら、セシャトは小声でたずねた。
「キリヤくん、あのあと、なにか分かった?」
 霧矢は、ハンナとのやりとりと、メイドからもらった絵ハガキの件を話した。
「そのメイドは、なにかのイタズラだって言うんだけど……」
 セシャトは、コメントひとつせずに、白地しらじのうすい手袋をはめた。
「そのハガキ、まだ持ってる?」
 霧矢はズボンのポケットから、二つ折にしたカードをとりだす。
「証拠品を折っちゃダメでしょ」
「ご、ごめん」
「まあいいわ。貸してごらんなさい」
 セシャトは、ポケットから端末を引きぬいた。裏面にある小さなレンズを、絵ハガキにかざす。液晶画面に、イラストと文字、そして、日常生活では見慣れない、うず巻き状の紋様もんようがうかびあがった。
「あっ!」
 声を上げた霧矢のほうへ、運転手がちらりとふりむいた。一瞬、目が合ってしまう。霧矢が黙っていると、男はふたたびび前方へ、神経を集中させた。
 霧矢はもう一度、セシャトのHISTORICAを見やる。
「これ、指紋しもん?」
「ほかに、なにがあるの?」
 そう言われてみると、霧矢は返答に困った。
 セシャトは、端末のサイドにある撮影ボタンを押して、ハガキに浮かびあがった複数の指紋をカメラにおさめた。
「これと、主要キャラの指紋を比較しましょう。サンプルを見つけるのが大変だけど、何とかなるでしょ。さあ、キリヤくん、画面に指をおいて」
 霧矢は五本の指をそろえて、液晶に軽くタッチした。上端のランプが二度点滅する。黒で表示されていた指紋のいくつかが、赤へと変わった。彼の指紋と一致したものだけが、カラーリングされたようだ。
「ベタベタつけてくれちゃって……」
「しょうがないだろ。手袋なんか、持ってなかったしさ」
 霧矢の抗議を聞きながして、セシャトは指紋をねんいりに調べた。
「全部で四種類しかないわね。一番多いのが、キリヤくん。一番少なくて消えかかっているのは、おそらく売り子のものでしょう。問題は、二番目と三番目だけど……指紋のばらつき具合からみて、二番面が差出人、三番目がメイドかしら」
「どうして分かるの?」
「三番目は、端をつまむような形をしてるでしょ。反対に二番目は、ほらココ、四本の指が紙を押さえつけるように並んでる。書くときに、左手をそえたあとだと思うわ」
 ふんふんとうなずく霧矢に、ある考えが浮かんだ。
「これって、ボクの機械でもできるの?」
「できるわよ」
 霧矢はさっそく、ポケットに手をつっこんだ。
「……あれ?」
 反対がわのポケットだったかな、と思い、手をいれかえた。それをくりかえしているうちに、セシャトの顔が青くなった。
「まさか……紛失したんじゃないでしょうね?」
「いや、でも、昨日の夜はとりださなかったから……」
 霧矢はそこで、くちびるの動きをとめた。オオカモメの手下に襲撃されたとき、水路へ落ちたことを思い出す。陸に上がった時点で、ポケットが軽くなっていた。
 セシャトは、聞こえよがしにタメ息をついた。
「水路に落としたのね。ローザの生死を確認したら、あとで回収に行きましょう。トトからもあいかわらず返信がないし、ちょっと心配だわ」
 霧矢も、ちはるのことが心配になってくる。浮かない顔をするふたりを乗せて、船は北へ北へと、水路をくだっていった。

「空港? これが?」
 森に囲まれた草地と、地面がむき出しになった滑走路かっそうろ。陸上競技場をほうふつとさせる光景が、セシャトのまえに広がっていた。
 その滑走路に発着しているのは、鉄の塊ではなかった。鳥の頭と馬の体を持つ、巨大な空想生物、グリフォンだった。
「この世界の技術水準で、飛行機があると思ったの?」
 毒をはかれてばかりだった霧矢は、したり顔でセシャトにたずねた。
「そ、そんなことないわよ」
 セシャトは、あくまでも失点を認めなかった。アカデミー首席だからこそ、プライドが高いのか、それとも、プライドが高いからこそ、アカデミー首席なのか――霧矢には判断がつきかねた。おそらくは、その両方なのだろう。もうすこしいじってみるのも、おもしろいかもしれない。霧矢は心のどこかで、そんなことを思った。
 しかし、今の霧矢には、セシャトをやり込める気力がなかった。ローザの生死を確認するときがおとずれたのだ。登場していない人物は三人――三分の一で死体がおでましになるという状況に、少年は身ぶるいした。
「心配しないでいいわよ。腐乱死体だったら、わたしが解剖してあげる」
 セシャトの見当ちがいなせりふが、彼の気分を悪化させた。
 そのせいで、そばにだれかが立っていることを、彼は感知できないでいた。
「おやおや、エシュバッハ家のメイドさんではありませんか」
 でっぷりと太った腹が、霧矢の視界に飛びこむ。アングルを上げてみると、商人風の男が、なれなれしい視線を、こちらへ投げかけていた。年は、五十半ばだろうか。栄養が顔にもいきとどいて、涙袋がずいぶんとたるんでいた。
「はじめまして。わたしは……おや、おふたりとも、移民のかたですかな?」
 巻末にそえられていたイラストが、霧矢の脳内によみがえった。
「はい……ジャコモさん、ですよね?」
 ジャコモは両手を背中にまわして、愉快ゆかいそうに笑った。
「いやはや、光栄です。あなたのお名前は?」
「霧矢です。こちらは、ボクの同僚どうりょうで、セシャトさん」
 その瞬間、少年はサッと青ざめた。
 ジャコモが生きている――三分の一の確率が、二分の一に押しあげられた。
「おなじ外国人同士、仲良くいたしましょう。おふたりは、空港に何の御用で?」
「……」
 霧矢は、恐怖で口が利けなかった。代わりに、セシャトが返事をする。
「ローザ様のお迎えに参りました」
 ジャコモは、そのぶよぶよとしたあごをなでた。
「ほお、ローザお嬢様が……わたしも、ご挨拶させていただきましょう。なにせローザ様は、エシュバッハ家の次期当主。大事な商売相手になるかもしれませぬゆえ」
 ライバルのまちがいだろうと、霧矢は思った。しかし、ローザが被害者かもしれないという恐怖のほうが、その思いをうわまわっていた。
 吐き気がする。殺されたのは、彼女なのだろうか、それとも――
「あなたたち、なぜもっと近くまで、むかえに来ないのです?」
 突然の呼びかけに、霧矢は飛びあがるほどおどろいた。
 霧矢から一メートルほどはなれた場所に、ハンナよりもやや高身長な、金髪の令嬢れいじょうが立っていた――ローザだ。父親ゆずりの大きな瞳をムリにほそめて、メラルダのような威厳いげんをかもそうと、ぎこちない表情を作っている。
「あなたたち、どうしたのですか? 幽霊でも見たような顔をして」
 ローザは、新米の使用人ふたりを、交互に見くらべた。
「いえ……その……」
「これはこれは、ローザお嬢様。ご機嫌きげんうるわしゅう」
 霧矢が返事をするまえに、ジャコモがわりこんだ。
「おひさしゅう、ジャコモ殿」
 ローザは、心のこもっていない会釈えしゃくをして、すぐに霧矢のほうへ向きなおる。
「長旅でつかれましたわ。お屋敷へもどりましょう」
 ジャコモはにが笑いして、もういちどローザに話しかけた。
「ずいぶんと、冷たいごあいさつで」
「ここは社交の場ではありません。ジャコモ殿とは、またの機会に」
 ローザは、まったくとりあわなかった。使用人の霧矢とセシャトさえほったらかしで、その場を去った。ジャコモは口の端をゆがめ、いやはやとつぶやいた。
「キリヤくん、セシャトさん、あの人魚姫によろしくお伝えください。では」
 ジャコモは、その巨体に似合わず、ひょいと背をむけて、滑走路をはなれた。
 彼の背を見送りながら、霧矢はセシャトに声をかける。
「これ……スフィンクスが死んだってことで確定?」
 未遭遇みそうぐうのキャラクターは、スフィンクスしか残っていなかった。
 セシャトも困惑しているのか、返事がおくれた。
「そうなるわね……でも、死体はどこに……」

 ピロロロン ピロロロン

 緊急地震速報のようなアラーム音。
 セシャトはHISTORICAをとりだして、その端正な顔をゆがめた。
「事件よ! ふたりめの犠牲者がでたわ!」
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