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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第4章 第三の女

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第6話

「この少年を、やとってもらいたい、と?」
 平身低頭する霧矢のまえに立っているのは、けわしい顔をした熟年女性だった。ごてごてとした紫のアゲハ髪が、圧倒的な存在感を示している。ほかに目立つものと言えば、口もとの左下にぽつんとたたずむ、ホクロだろうか。
 彼女こそがエシュバッハ家の女当主、メラルダ・フォン・エシュバッハだ。
霧矢きりや十六夢いざむと言います。よろしくお願いします」
 メラルダは、クジャク羽のおうぎを手に、セシャトへ視線をむけた。
「昨日の今日で、使用人を増やすわけには参りません」
「メラルダ様、お言葉ですが、この少年はたいへん有用な人材です」
 セシャトはとりわけ、霧矢の服装に注目させた。そのデザインと機能性をほめた。彼とおなじ衣服をつくれば貿易でもうかると、セシャトはそう説得した。
 メラルダは手の動きをとめて、霧矢のまえを左右に闊歩かっぽしはじめた。
 迷っているというよりは、やとわない口実をさがしているようにみえた。
 頭をさげっぱなしで血がのぼってきた霧矢の耳に、べつの靴音がきこえた。
「お母様、このような夜ふけに、なにごとですか?」
 劇場のような螺旋らせん階段かいだんを、ひとりの少女がおりて来た。霧矢の脳裏のうりに、キャラクター紹介のイラストが、ありありとよみがえる。意志の強さをうかがわせる吊り目と、しなやかにった気位の高い眉毛は、メラルダの次女、ハンナにほかならない。
「ハンナ、あなたは寝室へもどりなさい。就寝の時間です」
「そんなに怒鳴どなられては、眠れたものではありません」
 メラルダは扇を閉じて、ハンナを叱責しっせきする。
「ハンナ、あなたはどうして、そのように聞きわけが悪いのです?」
「お母様の娘だから、かと」
 舌戦では負けていないようだ。霧矢は、ひやひやしながら耳をかたむけた。
「わたくしが知らないとでも、思っているのですか? 昼間にこそこそと、屋敷を抜け出して……これまでは黙認してきましたが、今日という今日は……」
「そのおどしは、三日前にも聞きました。物おぼえが悪くなられたのでは?」
 ハンナは軽口をたたいて、霧矢にむきなおった。
「あなた、新しい使用人?」
 まだやとっていないと、メラルダは告げた。霧矢は、愛想笑いを浮かべる。ハンナは彼の顔をじろじろ眺めまわしたあと、両腕を組み、フッと笑みをもらした。
「変わった衣装いしょうね。移民?」
「は、はい」
「どこから来たの?」
 日本だと答えた霧矢に、ハンナは眉をひそめた。
「ニホン? ……知らない国だわ」
 ハンナは、日本についてさまざまな質問をとばした。霧矢はそれに答えながら、彼女は異国文化にとても関心のある少女だという設定を思い出した。物語の後半で、異国の少年を追いかけて、行方知れずになってしまうからだ。
 あらかた質問を終えたハンナは、「ふぅん」と意味深な声をもらした。
「……あなた、おもしろいわね。わたしがやとってあげる」
「ハンナ!」
「お母様は、わたし専属の使用人を解雇かいこして、それっきりではありませんか」
「あなたのしつけを頼んだのに、うまくやらなかったからです」
 親子ゲンカのようないきおいで、ふたりは言い争った。
 そして、ついにメラルダのほうが折れた。
「使えないことが判明次第、解雇します。胸にとどめておきなさい」
「は、はい、ありがとうございます」
 霧矢は、あたまをさげた。メラルダはそれを無視して、セシャトに話しかける。
「セシャトさん、明日のスケジュールについて、相談したいことがあります」
 ふたりは無言で立ち去った。あとには、初対面のハンナだけが残される。彼女は霧矢のそでを引き、二階へとエスコートした。わずか半回転ばかりの螺旋階段をのぼりきると、赤い絨毯のきつめられた廊下が、左右にひらけた。裕福な一族だ。霧矢は、庶民しょみん的な感想をいだいた。
 ハンナはふたたび日本についてたずね、それからひとこと、
「そんなに遠い国から、どうしてベネディクスへ来たの?」
 と、急所を突いたような質問をはなった。霧矢は、しどろもどろになる。
「あら、国外追放にでもなった?」
「いえ……ベネディクスは、ずいぶん綺麗な街だと聞いたので……」
 ハンナは高らかに笑った。
「街は綺麗でも、住んでいる人間はどこもおなじよ」
 ハンナは、ベネディクスの歴史を知っているか、とたずねた。霧矢はもちろん知っていたが、どうやって知ったのか説明しろと言われると困るので、あえて知らないと答えた。するとハンナは、ひとつの昔話を物語った。
「むかーしむかし、あるところに、ひとりの人魚がいました。人魚は海に住んでいましたが、陸の景色がとても奇麗だったので、ふらふらと海岸をさまよっていました。すると砂漠の真ん中で、すてきなオアシスを見つけました。人魚は魔法でオアシスを広げ、大きな河を作り、その大きな河の上流に、大きな神殿を建てました。人魚がその神殿に住んでいると、あちこちから人間が集まって来ました。人魚は彼らを受け入れて、街を作りました。その街の名前を、ベネディクスと言います。人魚の言葉で、《美しい河》という意味なのです。ところが、ベネディクスの人たちは、次第に人魚のことが嫌いになりました。そして、街から追い出してしまいました。そのとき人魚は、彼らに呪いをかけて、水に入れないようにしてしまったのです。ただひとりだけ、人魚に片想いをしていた画家は、彼女を神殿から逃がしてあげたので、呪いをかけられずに済みました。この画家をのぞいて、だれも水を飲んだり使ったりすることができないので、彼が町長に選ばれました。その画家というのが、わたしの遠い遠いご先祖様、エシュバッハ家の初代当主なのです。終わり」
 ハンナは腰に両手を当てて、えっへんと胸を張った。
 血筋をほこっているのか、それとも、物語を終えられたことを誇っているのか、霧矢には分からなかった。それよりも、気になることがあった。
「その人魚は、どうなったんですか?」
「死んじゃったらしいわ」
「お墓は?」
「お墓はないのよ。多分、悪いやつらが、海に捨てちゃったんでしょうね。だから人魚は化石になって、海のなかで眠っているの。そういううわさよ」
「化石……?」
「お伽噺とぎばなしよ。人魚は、化石になったんだって。その化石をこわすと、街の呪いが解けるの……さてと、もう遅いわ。続きは、また明日ね。おやすみ」
 ハンナはくるりと背を向け、ずかずかと右手の廊下を進む。そのまま左に曲がって、消えてしまった。霧矢は今のルートを、念入りに記憶しておく。
 それにしても、厄介な事件に巻きこまれてしまったものだ。霧矢は嘆息した。犯人をさがすよりも、この世界に慣れるほうが先決だ。そんな気さえしてくる。
「とりあえず、ハンナの生存も確認できたし、あとは……ん?」
 窓に人影が映った。ぎょっとした霧矢だが、すぐにセシャトだと気づく。
 あたりに人がいないことを確認してから、霧矢は内がわの鍵をはずした。
 さわやかな夜風が、廊下に吹きこんでくる。
「二階なのに、よく来れたね」
「こんなの朝飯まえよ。で、どうなったの?」
 霧矢はこれまでの経緯けいいを、かいつまんで説明した。
 話を聞き終えたセシャトは、冷静なまなざしで、指を折り曲げていく。
「一、二、三……三人の生存が確認されたわけね」
 アルマ、メラルダ、ハンナ――この三人だ。
 セシャトは窓辺にもたれかかり、上半身を乗り出す。
「ちょっと整理しましょう。主要な登場人物は、全部で六人?」
「そうだよ。まず、エシュバッハ家の三姉妹、長女アルマ、次女ローザ、三女ハンナ。アルマとほかのふたりは異母姉妹で、アルマが先代当主の前妻ぜんさいの娘、ローザとハンナは後妻ごさいの娘。その後妻って言うのが、メラルダだね。あとは、怪盗スフィンクスに、商人のジャコモ。まえの四人がメインキャラで、うしろふたりは準メインキャラかな」
「オオカモメとか呼ばれてた、あの鳥仮面は、だれなのかしら?」
 スフィンクスかしらと、セシャトはつぶやいた。霧矢は、左右に首をふる。
「スフィンクスって言うのは、この街でどろぼうをやってる猫女だよ」
「なんであいつが、スフィンクスじゃないって分かるの?」
「『長靴を履いた猫』みたいな格好をしてるんだ。知ってる?」
 セシャトはバカにされたと思ったのか、強い口調で知っていると答えた。
「理由は、それだけ? 変装へんそうしてるかもしれないでしょ?」
「まだあるよ。スフィンクスは、語尾に『ニャ』がつく」
 ベタなキャラ設定だが、今回のような状況下では、かえってありがたい特徴だ。
 しかし、セシャトはうたぐり深いのか、納得できないような顔をしていた。
「オオカモメは、発音が不自然だったわ。あれは作り声よ」
「うん、それはボクも気づいたよ。でもスフィンクスは、小説の設定だと『な』の発音ができないし、別人じゃないかな。そういう設定すら、反故ほごにできるの?」
「普通は、できないわね。小説に明記されたキャラづけは、絶対だもの」
「なら、非同一説で問題ないよね?」
「じゃあ、オオカモメってだれなの?」
 質問を質問でかえされた霧矢は、すこしばかりムッとなる。
「それをボクに訊いて、答えがかえってくると思う?」
 なるほどと、セシャトは肩をすくめた。霧矢は、話題をかえる。
「被害者は、ジャコモだと思うよ。彼は貿易商で、この街に水を輸入しようとしてるんだ。既得権益きとくけんえきをもってる住民に、命を狙われたのかもしれない」
 水の輸入を妨害しているのは、エシュバッハ家だった。彼らは、ジャコモを排除するための、十分な動機を持っていた。
 一方、セシャトは関心がなさそうに、ひとさし指で窓辺を小突いた。
「ひとまず、ローザの生存から確認しましょう」
「ローザが出てくるのは、『海に凪ぐ人魚の恋』の中盤じゃなかった?」
 それまでは旅行中のはずだと、霧矢は記憶していた。
「あした、帰ってくるらしいわ。メラルダに、出迎えを命じられたの」
「了解……ってことは、もう中盤なんだね。トトさんたちとは連絡ついた?」
 セシャトは、かんばしくない表情を浮かべた。
「それがね……ふたりとも返信がないのよ」
「返信がない? それって……まさか……」
「大丈夫。検史官とアドバイザーの身になにかあったときは、HISTORICAがそう知らせてくれるわ。アラームが鳴っていないなら、ふたりとも無傷むきずってことよ」
 セシャトの説明に、霧矢は胸をなでおろす。
 しかし、頼りないトトのことを思うと、不安はぬぐいきれなかった。
「ちょっと心配だな……まあ、ちはるがいるなら……」
 そのとき、廊下の向こうがわから、小さな足音が聞こえた。セシャトは窓のそとに身をかくし、霧矢はいそいで鍵を閉めた。それと前後するように、眼鏡をかけたそばかす持ちのメイドが、静々(しずしず)と姿をあらわした。
「こちらにいらっしゃいましたか。キリヤさんというのは、あなたですね?」
 モブキャラのようだ。霧矢は、あいさつを交わした。
「こんばんは……ボクに、なにか御用ですか?」
「メラルダ様から伝言です。明日、ローザお嬢様が空港につきますので、セシャトさんと一緒にお出迎えください。くれぐれも粗相そそうのないように、とのことです」
 メッセージを告げ終わったメイドは、ちらりと窓のそとを見やった。
「猫でもいましたか?」
「いえ、ちょっと気分が悪くなって……そとの空気を……」
 霧矢の弁解に、メイドはくすりと笑った。そして、霧矢の部屋がどこに準備されたかを伝えた。ハンナが立ち去ったのとは、逆の方向だった。
「荷物は、あとで入れていただきます。それと……」
 メイドは、手に持っていたカードをさしだした。
「廊下にハガキが落ちていました。キリヤさんの落としものでは?」
 霧矢はカードを受けとり、それを光にかざした。
 どうやら、旅行者用の絵ハガキらしい。宛名あてなは書かれていなかった。不審に思って、ハガキをめくり返す。すると裏がわには、可愛らしい少女が鏡に見蕩みとれる、ナルシズムなイラストがえがかれていた。
 そして、そのイラストの下に、彼は手書きのメッセージをみとめた。

 Hへ キリヤに助けをもとめろ Oより

「……何ですか、これ?」
 霧矢はその一文を、メイドに指し示した。メイドはややおどろいて、
「キリヤさんのものでは、ないのですか?」
 と、たずねた。霧矢は、心当たりがないと答えた。
「そうでしたか……めずらしいお名前ですし、それに……」
「それに?」
「ハンナお嬢様の字に、似ているもので……」
 霧矢には、筆跡鑑定をする能力などない。それどころか、一度もハンナの筆跡を見たことがなかった。小説はすべて、規定の活字で刷られている。文字の個性など、確かめようがないのだ。
 とはいえ、メイドの言を信じる信じないにかかわらず、イニシャルHに該当する人物は、この小説ではひとりしかいなかった――ハンナだ。そのことが、霧矢をひどく動揺させた。おそらくメイドは、ハンナが霧矢を館に招待したと、そう誤解したのだろう。大広間の言い争いは、茶番だと考えている様子だった。
「これが、廊下に落ちてたんですか?」
「はい。キリヤさんの部屋へ続く廊下に落ちていました」
 メイドは、その場の空気をごまかすように笑った。
「おそらくは、いつものイタズラかと思います」
 なるほど、一理ある。小説のなかで、ハンナはかなりのイタズラ好きだった。
「そうですか……ありがとうございます」
「お嬢様の外出を手伝って、首にならないように、お気をつけください」
 メイドは意味深な言葉をのこして、その場を去った。ハンナが窓から抜け出し、霧矢がそれを手伝ったと誤解されていたことに気づいたのは、使用人部屋のベッドへもぐりこんだあとのことだった。
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