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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第3章 寓話の猫

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第5話

「じゃじゃーん! スフィンクスさま、参上!」
 無思慮むしりょに開けはなたれたドアを、アルマは間一髪かんいっぱつのところで回避した。鼻先一センチというレベルだ。うしろにひかえていたトトは、アクション映画のようなひとコマに、思わず拍手しかけた。
「ど、どなたですか?」
 アルマは、ドアを開けた少女に、そうたずねた。
 少女は腰に手を当て、王侯貴族さながらのポーズで、胸を張ってみせた。
「スフィンクスさまだニャ!」
 栗色のショートヘアに、小柄な体とは不釣り合いなほど大きな、赤い羽根つき帽子。これまた真っ赤なフランス竜騎兵の衣装に身をつつんだ姿は、三銃士さんじゅうし、もとい、長靴ながぐつをはいた猫そのものであった。
 トトが目を丸くしていると、在庫置き場のほうで、ちはるの声が聞こえた。
「どうしたの?」
 異変を察知したのだろう。ちはるは着替えもそこそこに、髪をぬらしたまま飛び出して来た。スフィンクスと名乗った少女は、ちはるを頭のてっぺんからつま先まで値踏みする。ちはるもまた、相手をじろじろと観察した。
「あなた、だれ?」
「おいらこそが、義賊オオカモメ大先生の一番弟子、怪盗スフィンクスさまだニャ」
 スフィンクスという名前に、ちはるは心当たりがあった。『海に凪ぐ人魚の恋』に、そういう名前のキャラクターがいたからだ。服装も、記述と一致している。
「ああ、例の猫耳どろぼうね」
「ど、どろぼうじゃニャい! 怪盗って呼ぶニャ!」
 地団駄じだんだをふむスフィンクスをよそに、ちはるはさきを続けた。
「で、その怪盗が、何の用なの? 押し入り強盗でも始めたとか?」
「強盗は、おまえたちのほうだニャ」
 ちはるとトトは、おたがいに顔を見合わせる。
「あなた、なに言ってるの?」
 ちはるは、一歩まえに出た。その声音には、若干のイライラが感じられた。
「おまえたちがオオカモメさまの命を狙ってることは、分かってるんだニャ」
「それは強盗じゃなくて、殺人でしょ。あと、さっきから気になってるんだけど、その『ニャ』って語尾は、なに? ふざけてるの?」
「こ、これは、おいらが猫ニャんだから、しょうがニャい」
 ちはるは、小馬鹿にしたような顔で、右肩をすくめた。
「そ、その顔は信じてニャいニャ! これが証拠だニャ!」
 スフィンクスは怒りにふるえる手で、帽子をはずした。
 ふたつの獣耳が、ひょっこりと姿をあらわす。
「猫耳なんて今どき、メイド喫茶でもしてますよ。本物ですか?」
 そう言ってトトは、少女の片耳を引っぱってみた。ぴくぴくする肉の動きが、彼女の皮膚ひふにつたわる。なんだか、こそばゆい。
「すごい! 本物です!」
 トトは、両手をたたいて小躍こおどりした。
「最初から、ホンモノだって言ってるニャ!」
 トトはスフィンクスに向かって、ひとさし指を突きだす。
「なにぬねの、って言ってみてください」
「ふ、ふざけ……」
「なにぬねの」
「にゃにぬねの」
「なにぬねの」
「にゃにぬぬぬ……!」
 シャリンという金属音。トトの目のまえに、光るサーベルが突きつけられた。さすがのトトも命の危険を感じて、そそくさと、ちはるのうしろにかくれた。
「おまえらは人殺しだニャ! アホキャラをよそおって、命を狙ってるんだニャ!」
「人殺しをさがしてるのは、わたしたちのほうです」
 トトの口もとを、ちはるの手がおおった。
「問答無用ニャ!」
 スフィンクスの剣さばきよりも、ちはるの反射神経のほうが数段まさっていた。相手を右にかわしつつ、背後にいたトトを左へと突き飛ばす。
 コマ送りのような動作が終わると、スフィンクスは彼女の残像をすり抜け、そのまま壁へと突っこんだ。剣がぶつかって、かわいた音を立てた。
「トトさん! 逃げよう!」
 ふたりは、夜の貧民街へと駆けだす。まっくらだ。一定間隔でともるランタンだけが、歩行可能な範囲を、かろうじて教えてくれた。
 全力疾走するちはるの後方で、トトが大声をあげた。
「い、行き止まりです!」
 分水路が、ふたりのまえに立ちはだかった。
 あわてふためくトトに、ちはるは質問をとばす。
幅跳はばとび、できる?」
「はい?」
「は・ば・と・び!」
「ご、五メートルくらいなら!」
「上出来!」
 ちはるは、これまでの逃げ足を助走に変えて、リズム良く踏み切った。体が宙に舞い、ゆるやかな放物線をえがきながら、向かいの岸にダイブする。わずかな滞空時間のあとで、ちはるは足の裏に、重たい反動を感じた。
 そこからさらに数メートル駆けぬけたところで、肩ごしにふり返ると、おなじ要領でこちら岸に渡るトトの姿が見えた。のほほんとした言動からは想像もつかない身体能力に、ちはるはおどろきを隠せない。エルフはエルフ、ということだろうか。
「ちはるさん! これからどうするんですか?」
 闇雲に逃げても、仕方がない。ちはるは、そう判断する。適当な隠れ場所を求めて、左右を見回した。すると、うっかり見落としてしまいそうな脇道に気づいた。彼女は、そこへ駆けこむ。ランタンの光もとどかない、ゴミ捨て場だった。
 あちこちで、ネズミが顔をのぞかせている。
「ち、ちはるさん……はやく逃げないと……追いつかれ……」
「ここでむかえ撃つよ」
 ちはるは、ポケットに手をのばす。こちらには、催眠弾という、お手軽な飛び道具があるのだ。彼女は自信満々に、ポケットをまさぐった。
「……あれ?」
 ちはるのあたまに、入浴まえの行動がフラッシュバックした。
「……薬局において来ちゃった」
「ええ! あれを紛失したら、めちゃくちゃ怒られるんですよ!」
 ちはるは、静かにしろと合図した。
「トトさんは、持ってるの?」
「ええ、ちゃんと」
 優越感に満ちた表情で、トトはポケットから端末をとりだした。
 上端にあるランプが、黄緑色に点滅している。
「あれれ、いつの間にか新着メールが……」
「そんなのは、あとまわしだよ」
 ちはるは呼吸をととのえつつ、こっそりと水路をのぞきこむ。スフィンクスの姿は、どこにも見当たらなかった。ふたりの行動力に舌を巻いて、追跡をあきらめたのだろうか。それとも――ちはるは、べつの可能性に思いあたった。
「もしかして、あいつ……水のうえを歩けないとか?」
 呪いをかけられているのは、人魚を迫害した者の子孫に限られている。スフィンクスと名乗った猫耳少女は、該当しないのかもしれない。ちはるは、そう読んだ。
「あの猫ちゃん、どうしてわたしたちをおそったんでしょうか?」
「人殺しがどうのこうの言ってたよね。ひょっとして、殺人現場を目撃したんじゃないかな。それで、あたしたちを犯人とかんちがいして……」
 そのとき、遠くのほうで、指笛ゆびぶえの鳴る音が聞こえた。
 観客席を陣どっていたネズミたちは、サッとゴミの山に身をひそめる。
「ち、ちはるさん……お、奥に……」
「え?」
 ちはるは、トトのゆびさした方向に目をこらした。一番星よりもずっと大きな光が、暗闇のなかで、倍々ゲームのように増えていく。野生動物特有の眼光だった。
「猫ちゃんです!」
 大量の猫が、三方の壁をのりこえて、ちはるたちへとせまって来た。
 トトは、端末をスタンバイモードに切り替える。ちはるは、それを制した。
「この数じゃムリだよ……刺激しないように、うしろへさがって……」
「そうは乾物かんぶつ問屋どんやがおろさニャい」
 スフィンクスが、出口をさえぎった。さきほどの指笛も、彼女の仕業にちがいない。同類を呼ぶ能力があったとは、ちはるも考えがおよんでいなかった。
「さあて、死ぬ覚悟はできたかニャ?」
 スフィンクスはサーベルをかまえて、ちはるたちをおどした。
 ちはるは思った。棒切れひとつでも、自分の手のうちにあれば、と。剣道部に所属している彼女は、立ち合いで負ける気がしなかった。スフィンクスの構え方には、かなりのスキがある。剣客けんかくにはほど遠い。
 ふたりのあいだに横たわっているのは、凶器の有無、それだけだった。
「トトさん……」
「はい?」
「三、二、一で射って、水路に飛びこむ……いいね?」
「は、はい」
 水中まで追って来ないことに賭けるしかない。
 ちはるは息をのむ。
「三、二……」
「そこまでだ、スフィンクス」
 スフィンクスの後方、垂直の光を投げかける月明かりのしたに、人影があらわれた。純白のローブを身にまとい、鳥の仮面をかぶった、奇怪な人物だ。
「オ、オオカモメさま!」
「スフィンクス、だれがふたりを殺せと言った?」
 オオカモメと呼ばれた人物は、中性的な、異様に不自然な声で、そうたずねた。
 わざと声を変えている――ちはるは直感的に、そう判断した。
「だれが言った?」
「も、もうしわけございませんニャ……」
 スフィンクスはうなだれて、サーベルをおろした。
 ちはるは、大きく息をつく。猫の群れからも、殺気が消えた。主人が降参して、戦意を喪失そうしつしたたのだろう。一匹、また一匹と、この場をはなれ始めた。
「ケガはないか?」
 オオカモメはふたりに向きなおり、安否を気づかってきた。好意的に受けとっていいのだろうか。ちはるは自問し、首をたてにふるかどうか迷った。
「……どこにも」
「とんだ手ちがいがあったようで、面目めんもくない」
 鳥仮面はそう言って、頭をさげた。そのあいだも、視線だけははずさない。
「わたしの名は、オオカモメ。旅の者だ」
「旅人? ……どうして、あたしたちをおそったの?」
「さきほども言ったように、単なる手ちがいだ。わたしがスフィンクスに頼んだのは、きみたちの実力を確かめることだけ……危害をくわえるつもりはなかった」
 本当だろうか。ちはるは、心のなかでいぶかる。
「実力? ……何のことか分からないけど、たしかめて、どうするつもり?」
「おまえたちに、手伝ってもらいたいことがある」
「どろぼう?」
「どろぼうじゃニャい。義賊……」
 割りこもうとしたスフィンクスを、オオカモメは軽く注意した。
 上下関係があるらしい。ちはるは、オオカモメのほうに集中する。
「で、どろぼうを頼みたいわけ? それとも、ほかのこと?」
「わたし自身はどろぼうだが……手伝ってもらいたいことは、またべつだ」
「人殺しなら、ごめんこうむるよ」
 ちはるは気勢きせいをはいた。ここでひるんでは、女がすたる。そう思ったのだ。
「そのようなことではない……人助けだ」
「人助け? うまいこと言って、犯罪の片棒かたぼうをかつがせる気なんでしょ?」
 ちはるは、カマをかけてみた。
「くわしいことは、アジトで話す。さきほどのさわぎで、人が来るかもしれない」
「おことわりするよ」
 ちはるの拒絶に合わせて、闇夜に閃光がはしった。
 オオカモメの抜刀ばっとうテクニックに、ちはるは絶句する。卓抜たくばつとしていたからだ。
「話だけは、聞いてもらおう。よいな?」
「……分かった。話だけなら、聞いてあげる」
 この鳥仮面、命の恩人にはちがいない。だが、自由までは与えてくれなかった。それでもちはるには、わずかな希望があった。自分たちがさがしているもの――殺害されたメインキャラのゆくえを、彼らは知っているのかもしれない。その可能性が、ちはるの行動を大胆にさせた。
 オオカモメは一分いちぶのスキも見せずに、スフィンクスへと声をかけた。
「ふたりをアジトまでご案内しろ……丁重ていちょうにな」
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