挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第3章 寓話の猫

6/26

第4話

 ボーン、ボーンと、古びた時計が、ぎこちなく六時の鐘を打った。くすんだガラス戸の奥でゆれる振り子のように、トトの目線も左右にゆれる。
 右か左か――ふたつにひとつ。
「……こっちです」
 トトはほそながい指を、向かって右のカードへとのばした。
 眼をつむり、ちはるの手からサッとひきぬく。
「残念。そっちがジョーカーだよ」
 トトは、がっくりと肩を落とす。
 トランプの絵柄が、にやつきながら彼女を見ていた。
「まだ負けてませんよ」
 トトは、残った二枚のカードを背中にまわして、あまり器用とは言えないスピードで念入りにシャッフルする。そして、いざ真剣勝負と言わんばかりに、ちはるの目のまえに突き出した。
「さあ、どうぞ」
「ンー、こっちかな」
 ちはるは、トトから見て左のカードに指をのばした。
 トトは、口もとをほころばせる。
「やっぱり、こっち」
 スッと、右のカードが引かれた。
 トトは名ごり惜しそうに、それを見送った。
「これで十連敗……ババ抜きは、もういいです……」
「でも、ほかにすることがないよね」
 この世界には、娯楽らしき娯楽が、およそ見当たらなかった。トトの端末にはゲームアプリも搭載されている。しかし、電子機器をこの世界の住人に見せびらかすのはよくないという理由で、ちはるに却下されてしまった。
 トトは椅子をかたむけながら、天井を見あげた。ヒマだ。
「ねえ、捜査とか、しなくていいの?」
「わたしたちは、お留守番です」
 トトは、学生時代を思い出した。アカデミーで勉強していたころは楽しかったなあ、と、モラトリアムな気持ちがわき起こる。
「ちはるさんは、高校生なんですよね。うらやましいです」
「そう? 社会人のほうが、好きなことできて、いいんじゃない?」
「社会人なんて、ダメダメですよ。おもしろくも何ともないです」
「きみが社会人として、ダメダメなんじゃないかな……」
 トトは姿勢をもどして、ちはるをにらんだ。
 ちはるも負けじとにらみ返し、トトのほうが引きさがる。迫力がケタちがいだ。
「どうしてそういう、デリカシーのないことを言うんですか?」
「きみこそ、どうしてこう、緊張感がないかな? 仕事中でしょ?」
 ちはるの正論に、トトは返す言葉がなかった。
 しょんぼりと肩を落として、ふたたび椅子にもたれかかる。
 さすがに言い過ぎたかな、と、ちはるは反省した。
「ねえ、ちょっと事件を整理してみない?」
「被害者が分からないんですから、整理もなにもないです」
「それは、そうだけど……」
 トトの目のまえで、ちはるは首をかしげた。納得がいかないという顔だ。
「イザムから連絡がないのも、気になるなあ……」
「大丈夫ですよ。体をキズつけられたときは、HISTORICAが反応しますから」
「え? そうなの?」
「もちろんですよ。さすがに、それくらいの機能はついてます」
「そっか……じゃあ、順調ってことなのかな……でも……」
 ちはるはそこで、言葉をにごした。
「でも、何ですか?」
「順調って、おかしくない? ひとが死んでるのに、被害者がいなくて……」
「お風呂が沸きましたよ」
 店のほうからアルマが顔をのぞかせて、ふたりはびっくりした。
 トトは椅子からたおれて、床に尻もちをつく。
「あらあら、大丈夫ですか?」
 アルマの手を借りて、トトは、よろよろと立ち上がる。
「おケガは?」
「だ、大丈夫です」
 支えてくれたアルマの手に、トトは視線をとめた。
「アルマさん、奇麗な手をしてますね」
 アルマは右手をあげて、何度も手のひらをかえした。
 見せびらかすというよりは、真偽を確かめるような仕草だった。
 トトは、じぶんの右手と比較してみる。日頃の訓練で、やや荒れていた。
「働けど働けど、ですね」
「そこまでマジメに働いてないでしょ」
 ちはるの突っこみに、アルマもつられて笑った。
「ともかく、お風呂が沸きましたので、おふたりともどうぞ」
「いえいえ、おかまいなく。アルマさんから、どうぞ」
「わたしはまだ、仕事があります」
「残業ですか。おつかれさまです……それにしても、ベネディクスのひとたちは、どうやってお風呂に入るんですか? 水にさわれないんですよね?」
 アルマはくすりと笑って、さきほどの右手をみせた。
「絵描きの直系子孫には、人魚の呪いを解く能力が与えられています。この手でれた水には、ほかのひとたちもれられるようになるんですよ。トトさんたちは外国人ですから、その手間がはぶけて助かります」
 ちはるとトトがお礼を言うと、アルマは部屋を出て行った。
 ふたりはおたがいに顔を見合わせて、ゆずり合いを始める。
「ちはるさんが、おさきにどうぞ」
「トトさんがさきでいいよ」
「いえいえ、ちはるさんが……あ、そうだ。いっしょに入りましょうか?」
「……まあ、たまにはそういうのもいいね」
 女同士なのだから、遠慮することはない。ふたりは部屋をあとにして、バスルームへと歩を進めた。薬屋の奥、在庫置き場とつながった一角に、それはあった。ぼろぼろのとびらを開けると、個室トイレふたつ分ほどのスペースがあらわれた。かまどのうえにドラム缶が置かれ、そのそばに水桶がみえた。壁には、網篭あみかごがかけられている。着替えをいれるものだろう。
 お湯から立ちのぼる蒸気が、トトのきめこまかな肌に、べったりとはりついた。
「これは、ふたりじゃ入れないよ……」
「そうですね……」
「トトさん、さきに入る?」
「ちはるさんからどうぞ」
「……じゃあ、さきに入るね」
 またゆずり合いになると面倒だと思ったのか、ちはるは、あっさりと折れた。脱衣所がないので、服を着たまま浴室に入り、ドアを閉める。
 ひとりきりになったトトは、部屋へもどることにした。途中で、とびらのひらく音が聞こえる。ふり返って見ると、ドアの隙間すきまから、ちはるの腕がのびていた。手近な木箱に、財布のようなものを乗せる。そして、とびらはふたたび閉まった。
 トトは不思議に感じつつ、帳簿へ向かうアルマのまえを通り過ぎようとした。
 羽ペンを持ったアルマは顔をあげ、彼女と目を合わせた。
「まだ、お入りにならないのですか?」
「ひとりずつ入ることにしました」
「あの……そろって入っていただけませんでしょうか? 水は貴重品ですので……」
 浴室がせますぎる――そう言いかけたトトだが、さすがに言葉を変えた。
「アルマさんは、水の呪いを解けるんですよね。使いたい放題じゃないですか」
 トトの指摘に、アルマは顔をくもらせた。
「わたしだけこっそり水を使うと、ご近所の目が……」
「近所の目が、どうしたんですか? のぞきですか?」
 そういうときこそ警察の出番だと、トトは思った。
「いえ……貧民街には、水を十分に買えないひとが多いのです。わたしだけ大量に使うと、いやがらせを受けますので……」
 いやがらせという部分で、アルマは声を落とした。
 トトはもうしわけなさそうに、頭をさげる。
「これはこれは、知恵ちえがまわらなくて、すみません」
 トトはくるりときびすを返して、浴室のまえまでもどった。すると、とびらのそばの木箱に、ちはるの端末と、一冊の手帳が置かれていた。疑似革ぎじかわ製のカバーには、無縁坂という校名が、ゴールドで印字されている。カバーからのぞく長方形の写真には、眼光のするどい、美少年の顔が写っていた。
 トトはいぶかしげに、名前を確認した。

 九鬼くき 智孟ちはる

「うわぁ……もっと、かわいい写真を使うべきですねぇ……」
 トトは、失礼な感想をもらしてから、ドアの把っ手に指をかけた。
「失礼します」
 湯煙の向こうがわで、ちはるはちょうど、体を洗っていた。
 とつぜんの乱入者に、彼女は大声をあげた。
「ま、まだ入ってるよ!」
「アルマさんから、いっしょに入るよう言われました」
 トトはあっけらかんと、バスルームに脚をふみいれた。
「いっしょにって、無理でしょコレ」
「大丈夫です。ぎゅうぎゅうに詰めれば、ふたりともお湯につかれます」
「そんな入浴シーン、いやだよ!」
 トトの背後に、ひとの気配があらわれた。
 ふり返ると、アルマが立っていた。困ったような表情を浮かべている。
「すみません、静かにしていただけませんか……夜中なので……」
 うわさをすれば影だろうか。玄関のほうで、ドアを叩く音が聞こえる。
 アルマは天井を見上げ、深くタメ息をついた。
「苦情ですわ」
 施錠せじょうをはずしているあいだ、もう一度ノックの音がした。
 アルマは急いでかけがねを下ろし、ドアノブへと手をのばす。
 その瞬間――
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ