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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第2章 わたしはカモメ

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第2話

 翌朝、霧矢たちは公園のかたすみで目をさました。人魚のブロンズ像の真下、多少はきれいに清掃せいそうされた石畳いしだたみのうえで、ふたりは一夜を過ごした。異世界に飛ばされて野宿するハメになるとは、霧矢も思っていなかった。
「どこからさがしましょうか?」
 トトは、黄金の髪をくしでとかしながら、そうたずねた。
「もういちど、ボクたちのゴールを確認させてくれない?」
「ゴールというのは、なんですか? サッカーですか?」
「どうすればボクを、もとの世界にもどしてもらえるのか、だよ」
「カンタンです。犯人をつかまえたらいいんです」
 それは分かっていると、霧矢は答えた。知りたいのは、そのさきだった。
「犯人っていうのは、なんなの? この小説は、ミステリじゃないんだけど?」
 トトは櫛をかたづけて、しばらく首をひねった。
「つまりですね……光がそれぞれ固有のスペクトルを持っているように、物語も独自のスペクトル……波長ですね、そういうものを持っている……らしいです。わたしもよく分かりませんが、研修所では、そう教わりました。それが揺らぐということは、物語が……その……簡単に言うと、おかしくなってるんです」
 要領をえない説明を、霧矢はどうにかこうにか解釈した。
「ストーリーが、決められたとおりに進行してないってこと?」
 トトは、ポンと手をたたいた。
「さすがはキリヤさん、ご名答です」
「で、その……スペクトルの分析結果が、殺人だって出てるの?」
「課長から出動命令を受けたときは、そう言われました」
「それを詳しく解析すれば、どの登場人物が欠けてるのか、分かるんじゃない?」
 霧矢は、てきとうな推測をぶつけてみた。
「ふつうは、そのはずです」
「ふつう? ふつうって何だい? 今回は、ちがうって言うの? どうして?」
「……」
 霧矢の質問攻めに、トトは押しだまってしまった。
「つまり、物語がおかしくなって、キャラクターのだれかが、ひとを殺してしまった。だれが殺されたのかは、今のところ分からない。被害者を見つけて犯人を捕まえたら、ボクはもとの世界に帰してもらえる。この解釈で、あってるんだね?」
 トトは、うまいまとめだと褒めてくれた。あまりうれしくはない。
「犯人逮捕のあかつきには、すてきなプレゼントがあるかもしれませんよ」
 べつにいらないよと、霧矢は答えた。
 立ち上がって、『海に凪ぐ人魚の恋』にっていた地図を思い起こす。
「あたまが痛いんですか?」
「人魚の館の位置を思い出してる」
「人魚の館?」
「主要な登場人物が集まってる場所だよ……ちょっと静かにして」 
 人魚の館は、幹線水路の北側――水の神殿のとなり――ぼんやりとではあるものの、彼は、おおよそのマップを再現することができた。
 公園のそとに眼をむける。広場をかこむ壁の一点に、大きな門が見えた。
「ひとまず、あそこから出よう」
 アーチ状の門を抜けたところで、ふたりを待ち受けていたのは、この街の幹線水路、幅はおそらく百メートルを超えるであろう、巨大な運河だった。大小の船が水上を行き交い、あるものは野菜や果物を、あるものは大勢の乗客を、あるものはツンとすました貴婦人を乗せていた。彼らは、いくすじもの航跡をのこしながら消えていく。
 それはまさに、船舶せんぱく祭典さいてんとも言える、壮大な風景だった。
「すごいです! こんなの、はじめて見ました!」
 トトは、素朴なおどろきに声をふるわせた。
「この街の高速道路みたいなもんだからね」
「高速道路? ……みんな、水のうえを移動するんですか?」
「そうだよ。それに、ほら、あそこをみて」
 霧矢は、水のうえを歩く通行人たちをゆびさした。
 なにかの比喩ひゆではなく、ほんとうに水のうえを歩いているのだ。
「あれは……忍術ですか?」
「アルマさんの『この街は呪われています』って台詞、おぼえてる?」
 トトは、おぼえていると答えた。記憶力は悪くないようだ。
「その呪いが、これなんだよ。この街は人魚が支配していた楽園だったのに、人間たちが彼女を追い出してしまった。人魚は彼らに呪いをかけたのさ」
「どういう呪いですか?」
生涯しょうがい、水にふれられなくなる呪いだよ」
 水にふれられなければ、飲食をすることも、お風呂に入ることもできない。それにもかかわらず、このベネディクスという街が成り立っているのは、ひとえにエシュバッハ一族のおかげだった。街の住民が人魚を襲撃したとき、絵描きの青年が彼女を救い出した。そのお礼に、彼だけは呪いをかけられなかった。それどころか、解呪かいじゅという、他人に水をさずける能力を与えられた。
 霧矢の説明を聞き終えたトトはにっこりとして、
「それじゃ、わたしも水のうえを歩きます!」
 と言い、ぴょんと水面へ跳ねた。
「ちょっと! 話は最後まで……」
 引きとめる間もなく、盛大な水しぶきがあがった。

 それから一時間後、霧矢たちは一件の薬屋――アルマの家の応接間にいた。たまたまそばを通りかかった彼女が、トトを水中から助けてくれたのだ。街の住人は水にもぐることができないし、霧矢は泳ぎが得意ではなかった。彼女が現場にいなかったらと思うと、ゾッとする。
「へっくしょん!」
 毛布にくるまったトトは、盛大にくしゃみをして、霧矢をうらめしげに見つめた。
「キリヤさんの、ウソつき」
「あのさ……ボクの話、ちゃんと聞いてたの?」
「水のうえを歩けるって言ったじゃないですか」
「街の住人は、ね。ボクらは部外者だから、呪いをかけられていないんだよ」
 ふぅとタメ息をつき、霧矢はひたいの汗をぬぐった。この世界に四季があるのかどうか、彼は知らない。小説の舞台は夏であったが、暖房器具があるところを見ると、冬は来るのだろう。
 だが今は、どう見積もっても真夏だった。濡れた体をかわかすためとはいえ、霧矢にとっては拷問ごうもんのような暑さである。そとから流れ込んでくるさわやかな風だけが、彼の無聊ぶりょうをなぐさめてくれた。
「さあ、お茶がはいりましたよ」
 台所から、アルマがもどって来た。青空をそのままいつけたような、みすぼらしい木綿もめんのワンピースを着ていた。お盆に乗った真鍮しんちゅう製のポットからは、こまやかな湯気が立ちのぼる。安っぽい紅茶の香りがただよった。
「ありがとうございます」
 さし出されたカップを受けとって、トトは頭をさげた。
 ズズッとお茶をすすり、「あちち」と舌を出す。
「きみが通りかかってくれて、ほんとに助かったよ」
 霧矢はそう言いながら、胸もとをはだけて、ぱたぱたと手であおぐ。これからの会話を、どう進めたものか――迷いつつ、なにげない質問から始めることにした。
「最近は、どう? なにか変わったことでもあった?」
 霧矢のだらしない態度など気にもかけず、アルマはにこやかにほほえんだ。
「楽しく暮らしていますわ。犠牲ぎせいの日以来、ちょっと街が騒々しいですけど」
「犠牲の日……?」
 聞きおぼえのない単語に、霧矢は顔をしかめた。
「犠牲の日というのは、こよみから消えてしまった、謎の一日のことです。さいわいなことに、生活はほとんどそのままでした。でも、こんなうわさが流れていますの。この一日は人魚の魂にささげられて、わたしたちはもうすぐ罪をゆるされるのだ、と。だれもがしあわせになれる、すてきなうわさではありませんか?」
 小説のなかには、存在しない用語だ。すくなくとも霧矢には、それを目にした記憶がなかった。ひょっとして、見落としだろうか。丹念に読んだつもりなのだが。
 あれこれ考えた霧矢は、ひとつの結論にいたる。
「そうか……イラストレーターのミス……」
 チリンチリン――玄関の鈴が鳴った。
「あら、お客さんですわ」
 アルマは、店舗てんぽと住居をつなぐ通路をとおって、部屋を出て行った。
 彼女の姿が消えたところで、トトは小さな声をもらす。
「霧矢さん、犠牲の日って、何ですか?」
「作中には出てこないけど、心当たりならあるよ。この世界にも、カレンダーみたいなものがあって、話の進行は、それにしたがうんだ。でも、日本語版のイラストレーターがまちがって、三十日分しかない七月のカレンダーを描いちゃったのさ。物語のなかには三十一日目の言及があるから、そこで話がバグってるんだと思う」
 つまり、霧矢たちがいるのは、『海に凪ぐ人魚の恋』の原典、ティム・アンホルトが書いたデンマーク語版ではなく、翻訳ほんやくされた日本語版だ。
「七月三十一日がとっくに過ぎたってことは……今は八月かな……」
 そのとき、店のほうで、ちょっとしたさわぎが起こった。
 ふたりは顔を見合わせ、こっそりと店舗をのぞき見る。アルマは、ふたりのメイドに取りかこまれていた。ひとりは褐色肌の、知的ですずやかな目を持つ少女だった。彼女のとがった耳から、すぐにトトの同類だと理解できた。小高い鼻と、そのしたで弓なりにむすばれたピンクのくちびるは、なみはずれた美貌びぼうをそなえていた。
 もうひとりはボーイッシュな少女で、首からうえを写真にとれば、少年とうたがわれてもおかしくないほどの、中性的な顔立ちだった。瞳をかたちづくるナチュラルな線は、するどい眼光をはなっていた。
「ここに、黒い制服を着た、あたまの悪そうな女が来たでしょ?」
 褐色肌のエルフは、ずいぶんと失礼な言いまわしで、そうたずねた。
「黒い服の女性なら、たしかに……」
「今、どこにいるの?」
 アルマは、店の奥をゆびさす。四人の眼が、おたがいに交差した。
 とりわけおどろいたのは、霧矢とボーイッシュな少女だった。
「ち、ちはる、なんでここに?」
「イザム!」
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