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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第1章 逃げる楽しみ

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第1話

 すぐにもどると、人魚は言った。
 すぐにもどるわ、復讐に。

  『ベネディクス民謡集』より
 罰がなければ、逃げる楽しみもない――ノーベル賞候補作家、安部あべ公房こうぼうが書いた『砂の女』という本は、そんな一文からはじまる。もし自分が巻きこまれた事件――人魚の都殺人事件を書籍化するとしたら、ぴったりのキャッチコピーだ。足もとを流れる水と、そこに浮かぶ月をながめつつ、霧矢きりやはそんなことを思った。
「だれもいなくなっちゃいましたね」
 となりに座った少女――月よりもかがやかしい金髪を持つエルフは、霧矢にそう語りかけた。霧矢は草むらに腰をおろしたまま、れんが造りの町並みをみやった。
「セシャトってひとは、ほんとうに来るの?」
「ここが待ち合わせ場所なんですよ」
 エルフの少女は、黒いスマホのようなものをとりだして、フリックした。それは闇にとけて、画面だけが光っている。ただ、フリックのしかたがぎこちない。操作になれていないのだろうか。しばらくのあいだ、霧矢は彼女の仕草をみつめた。
「やっぱり、ここですね。ベネディクスの大図書館まえ、って書いてあります」
「待ち合わせ時刻は?」
 十九時――エルフの少女は、そう答えた。
「トトさん、でよかったかな?」
「はい、トト・イブミナーブルといいます」
「いまは、何時なの?」
 霧矢が人間界からもってきた時計は、でたらめな時刻をさしていた。
 朝の八時だ。もしそうなら、高校へ行かないといけない。
 トトは端末を確認して、「二十一時です」と答えた。
「ねえ……すっぽかされたんじゃないの?」
 霧矢は心配になって、そうたずねた。
「そんなはずはないですよ。セシャトさんは、お友だちですからね」
 霧矢は彼女を、いまいち信用できなかった。そもそも、彼がこの異世界――本のなかにつれこまれたのは、トトのせいだ。夜中にこっそりと自宅をぬけだして、大型古書店にたちよったのが、運のつきだった。いきなり背後から声をかけられて――てっきり、エルフのコスプレをしていると思った――『海に凪ぐ人魚の恋』を知っていますか、と訊かれた。彼は、知っていると答えた。すると、次の瞬間には、まったく見知らぬ世界へ――『海に凪ぐ人魚の恋』のなかにいた。
「ボクは、ここでなにをすればいいの? きみは、だれ?」
 トトは、なかなかボリュームのある胸をはって、こう答えた。
検史官けんしかんです」
「検死官? お医者さんなの?」
「ちがいます。二番目の『シ』が『死』じゃなくて『史』なんです」
「あのさ……漫才まんざいしてるんじゃないんだから……」
 トトは、ちょっとこまったように、うで組みをした。
「こういうとき、日本語では、どうやって説明すればいいんですかね?」
「あてはまる漢字を言えばいいんだよ」
 さも感心したように、トトはポンと手をうった。
「さすがですねえ、アドバイザーに選んだ甲斐かいがありました」
 トトは、二番目の『シ』が歴史の『史』だと言った。
「検史官? ……聞いたことないや」
「キャラクターが暴走した世界を、修復するお仕事です」
 それは、つれてこられた時点で、まっさきに聞いた気がした。なんでも、地球にある書物はすべて、独自の空間をもっているらしい。その空間に住むキャラクターたちは、霧矢とおなじように、考えたり、しゃべったり、喜怒哀楽きどあいらくをあらわしたりと、とにかく普通に暮らしているようだ。
「でもさ、キャラクターの言動は、作者によって決められてるんじゃないの?」
「だから、暴走なんです。暴走したキャラクターは、治療しないといけません」
 キャラの暴走、異世界の殺人事件――どうもピンとこない。
 霧矢はため息をついて、腰をあげた。靴底に、やわらかな芝生の感触がつたわる。
「ようするに、その暴走したキャラが犯人、きみは警察、ボクは探偵ってこと?」
 トトは、笑顔でこくこくとうなずいた。
「で、被害者は? 殺人事件ってことは、どこかに死体があるんだよね?」
 あまり見たいとは思わない。だが、この事件を解決しないと、もとの世界へは帰してもらえないようだ。ここにつれてこられたときは散々あばれたものの、今ではとっくにあきらめていた。達観たっかんした霧矢に、トトはこう答える。
「被害者はですね……これからさがすんです」
 やれやれだと思った。被害者のいない殺人事件なんて、形容矛盾だ。
 霧矢はメガネをふいて、サラサラとした髪をととのえた。
「目星はついてるの?」
「本庁の調査によると、そこの井戸があやしいらしいんですよ」
 霧矢はギョッとした。殺人現場で待たされているとは、思っていなかった。
「霧矢さん、ちょっと調べてみませんか?」
「え? ボクが?」
「さあさあ、どうぞどうぞ」
 トトは彼を、井戸のそばへ押しやった。
「このなかに落ちてるの? だったら、トトさんがのぞきなよ」
 トトは、両手のひとさし指を胸のまえであわせて、くねくねさせた。
「わたし、死体が苦手で……」
「警察なんでしょ? きみの仕事だよ」
「そこを、なんとか……チラっと、のぞくだけでいいですから」
 トトは、その外見から想像がつかないくらいの馬鹿力だった。霧矢は必死に抵抗するが、文芸部員の腕力など、たかが知れていた。彼はムリに押し返そうとして、足もとがすべった。そのまま草むらに転倒する。トトは、あわてて彼を抱き起こした。
「大丈夫ですか? ケガはありませんか?」
 トトはペンライトで、霧矢の肌を照らした。
「ち、血がでてます!」
 霧矢はおどろいて、体のふしぶしをみた。しかし、ケガはなかった。
「どこ?」
「そこです」
 トトは、霧矢の腕ではなく、草むらをゆびさした。ペンライトの灯りをたよりに、彼はそのゆびさきを追った。すると、タンポポに似た植物の葉に、どす黒い液体がこびりついていた。それはたしかに、血のように思えた。
「こっちにもついてる」
 霧矢は四つん這いになって、血痕けっこんを追った。それは井戸をこえて、川のほうへ続いていた。ふたりはさらにたどって、ついに切れ目をみつけた。石畳の川岸。血痕は、川のなかへ消えるようにとぎれていた。
「死体を、川に捨てたんでしょうか?」
「ちょっと待って」
 霧矢は、岸に這いつくばって、川をのぞきこんだ。水面は、岸からさらに五十センチほどひくくなっていた。そして、その水面と岸辺のあいだ――霧矢がちょうどのぞきんでいる壁面に、おおきな排水口はいすいこうがみえた。
「霧矢さん? なにかありましたか?」
「排水口がある」
 血痕の位置からして、死体はこの排水口にもちこまれたような気がした。霧矢はトトからペンライトを借りて、なかを照らしてみた。そして、アッとさけんだ。水の流れにさからって、一枚の布切れがゆらゆらと揺れていた。霧矢は棒きれをさがして、それをすくいあげた。
「これは……衣装のきれはしかな?」
 ペンライトでねんいりに調べていると、赤い染みがみえた。
「血がついてる」
「すごいです。証拠物件ですよ」
「ここでなにかあったのは、まちがいなさそうだね」
 じぶんの台詞に、霧矢はみぶるいした。彼はそれをどうしていいのか分からず、トトのほうにさしだした。トトは、両手でそれをこばんだ。
「きみは、なにしに来たの? 証拠品くらい、あずかってよ」
 トトはしぶしぶ、ポシェットから試験管のようなものをとりだした。布をピンセントでつまみ、そのなかに押しこむ。
「その血痕から、被害者は分からないの?」
「セシャトさんがいれば、なんとか。彼女、医学博士ですから」
「そのセシャトっていうひとは、どうしてこないの?」
 トトはくちびるに指をそえて、しばらく考えこんだ。お腹が痛いとか、迷子になったとか、そういう心配をし始める。霧矢には信じられなかったし、信じたくもなかった。おとぼけエルフがふたりでは、捜査もなにも、あったものではない。
「セシャトさんが、別行動してるってことはないの?」
「集合場所は、ここにしましたからね。被害者をさがすためには、犯行現場にいないといけないです。だから、ここに来るはずです」
「そうかな? 死体をみつけても、判別作業が必要だよね? そのために、町の顔役をさがしているとか、そういうことも考えられない?」
「検史官があつかうのは、メインキャラクターの犯罪だけなんですよ。死体をみつけた時点で、だれかわかるはずです。犯人も、メインキャラクターのなかにいます」
 霧矢は念のため、ゆびおり数えてみた。まず、主人公のアルマ。その継母のメラルダと、メラルダのふたりの娘、長女ローザ、次女ハンナ。この町を乗っとろうとしている豪商ジャコモ。最後に、狂言回しの猫耳娘、スフィンクス――ぜんぶで六人だ。彼らがくりひろげる恋と冒険と陰謀の物語こそ、『海に凪ぐ人魚の恋』にほかならない。
 そして、被害者も犯人も、この六人のなかのだれか、ということになる。ずいぶんと話が簡単になったな、と、霧矢は思った。同時に、セシャトという人物がけがけをしたのだ、ということにも気づいた。
「セシャトさんが、抜けがけ? 現場に来ないのに、ですか?」
「六人のなかに、被害者と犯人がいるんだろう? こうやって闇雲やみくもにさがしまわるよりも、だれがいなくなったか調査するほうが、はやいじゃないか」
 トトは、ポンと手をたたいた。
「さすがはセシャトさん、首席だっただけのことはあります」
「あのさ……ボクたち、すっかりバカにされてない?」
 セシャトという検史官のイメージが、霧矢のなかでかなり悪くなった。
「とりあえず、ボクたちもメインキャラをさがそうよ」
「犯行現場は、ここなんですよ? 排水口の奥は、調べないんですか?」
「排水口にもぐるより、キャラをさがすほうが、ずっと安全で確実だよ」
 そのときだった。あたりが、急に明るくなった。
「そこで、なにをなさっているのですか?」
 女の声――霧矢たちは、いっせいにふりむいた。
 闇のむこうに、ぼんやりとランプの光がともった。そして、うつくしく面長おもながな、少女の顔がうかんだ。髪の毛は、闇にとけてみえない。おそらくは黒だろう。衣服は深い青のワンピースで、これも夜目にはわからなかった。
「そこで、なにをなさっているのですか?」
 少女は、霧矢たちにおなじ質問をぶつけた。霧矢とトトは、おたがいに視線をかわして、ごまかしの笑みをもらした。
「ちょっと、道に迷っちゃって……」
「道に? ……海のむこうから、いらしたのですか?」
 海のむこう。その表現に、霧矢は心当たりがあった。この作品の舞台は、海によってほかの大陸からへだてられた、ベネディクスという辺境の都だ。日本とおなじように、外国はすべて海外になる。彼女は、ベネディクスの住人にちがいなかった。
「夜のベネディクスは危険です」
 少女は歩みよって、霧矢とトトを交互に照らした。
「変わった衣装いしょうですね……ご出身は、どちらで?」
 霧矢は、どう返したものか迷った。そして、すなおに日本だと答えた。
「ニホン……ぞんじあげませんわ」
「とっても遠い国だよ……ところで、きみは?」
「わたしの名前は、アルマ。この町の薬売りです」
「アルマ? ……薬屋の人魚と呼ばれてる、アルマ・フォン・エシュバッハさん?」
「なぜわたしの名前を、ごぞんじなのですか?」
 メインキャラクターだから、というのが、霧矢の本音だった。
 しかし、ごまかしが必要だと考えて、次のように続けた。
「ベネディクスの町を支配するエシュバッハ家なら、海外でも有名だよ」
「そうでしたか……わたしは、この町を出たことがないもので」
 アルマはそう言って、カンテラで川辺を照らした。
「なにか、落としものでもなさったのですか?」
「え……あ、うん……指輪ゆびわを……」
 自分のウソのまずさを、霧矢は身にしみて感じた。アルマはひざを折り曲げ、水面をのぞきこむ。霧矢は、かまわないでくださいと言ったものの、アルマは手伝うつもりのようだ。水に手をふれて、川底をさぐった。
安物やすものだから……あした、ボクたちでさがすよ」
「いえいえ、そのようなことをおっしゃらずに……あら」
 アルマは口もとをほころばせて、水中から手を引いた。
 そのゆびさきで、ちいさな金属のリングが光った。
「す、すごいです! ほんとに指輪が出てきました!」
 霧矢はトトをだまらせて、アルマに愛想あいそ笑いをむけた。
「あ、ありがとうございます」
「お気をつけください。この街は呪われていますから」
 アルマはそう言って、霧矢に指輪を手渡した。
 彼はホッとしながら、その指輪を受けとった。しばらくながめたあと、ギュッと奥歯を噛みしめる。アルマはそのしぐさに、目をほそめた。
「どうか、なさいましたか?」
「いえ……なんでもありません」
 霧矢は指輪を手のなかにかくして、アルマにお礼を言った。
「異国のひとが深夜に徘徊はいかいするのは危険です。宿にお帰りください」
 アルマはそう言いのこして、大図書館のまえを去った。
 それを見送った霧矢の背中に、トトが声をかけた。
「その指輪、だれのなんですかね?」
「被害者の、だよ」
 霧矢は、トトに指輪をみせた。彼女はペンライトで、それを照らす。どうやら銀製のようであった。そのうちがわには、べっとりと血糊ちのりがついていた。
「だれかが殺されたのは、まちがいないらしい……だれかが、ね……」
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