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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第12章 さようなら、人魚たち

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第23話

 霧矢は煙にむせかえる。入り口を破ろうとするトトの体当たりが、そらぞらしいほどに心ぼそい。霧矢はハンナを抱きしめ、彼女の容態ようだいを確認した。
「ハンナさん? 大丈夫?」
「ええ、なんとか……はやく火を消さないと……」
 地下水路の水で、ふたりは消火活動につとめた。けれども、火の回りのほうが圧倒的にはやかった。炭と化した棚がたおれ、水路をふさぐ。
 このままでは焼け死んでしまう。そう思った霧矢は、HISTORICAの通話ボタンを押し、トトの名前をフリックした。

 プルルル プルルル

 救急車を呼ぶような焦燥感しょうそうかんが、少年のなかでえたつ。
《もしもし? キリヤさん? 大丈夫ですか?》
「そのまま家の窓に突っこんで!」
《はい?》
「家の窓に突っこんで!」
《りょ、了解です!》
 通話を切り、霧矢はハンナに声をかける。
「床に伏せて!」
 ハンナをかばうように身をかがめたとたん、窓がすさまじい音を立ててやぶれた。火の粉をふり払って顔をあげると、巨大なグリフォンが、窓から首をだしていた。
 グリフォンは炎におびえたのか、すぐにそれを引っこめた。新鮮な空気が流れこみ、火の手が一瞬にして強まる。
「キリヤさん! はやくはやく!」
「オ、オオカモメさま! いま助けますニャ!」
 残ったガラスを割りながら、トトとスフィンクスが顔をのぞかせた。
 霧矢はハンナを肩にかかえ、窓に向かって渾身のダッシュを決める。天井のはりが焼け落ち、窓枠まどわくを飛び出した霧矢たちの体を、仲間たちが受けとめた。
「キリヤさん、大丈夫ですか?」
 焦点のさだまらない霧矢の視界に、トトの心配そうな顔がうつりこむ。
「そ、それよりも……ハンナさんを……」
「キ、キリヤ、生きてる?」
 ふたりの目が合った。
 どうやら、助かったらしい――霧矢は安堵あんどして、ひざを落とした。
 ハンナはふらつきながら立ち上がると、彼の耳もとで、なにかをささやいた。
「そ、そんな無茶な!」
「それしか方法がないわ……橋の場所は、分かってるわね?」
 霧矢は、力強くうなずいた。ここから一番近い橋と言えば、幹線水路に架かっている大橋。この物語の序盤でおとずれた、中央公園のそばだ。
「な、なにが始まるんですか?」
 混乱するトトの割りこみをゆるさず、霧矢は駆けだした。
「キ、キリヤさん! どこへ行くんですか!」
 時間がない。霧矢は、全力で走った。
 人魚がどれだけ速く泳げるのかを、彼は知らない。ただ、橋から逃亡されてしまえばもはや打つ手がないことは、彼にも分かっていた。
 霧矢は、めまいがするほどに息をはずませて、幹線水路を疾走する。
「ハァ……ハァ……あれだ……!」
 朝もやのなかに浮かび上がるふたつの尖塔せんとう。それをつなぐ大橋。
 日の出まえの水路に、まだ人影はなかった。
 霧矢は端末を射撃モードにきりかえる。意味がないとは分かっていても、丸腰で闘うわけにはいかない。気休めをえながら、霧矢は橋のしたにたどりつく。
「人魚は……?」
 あたりを見まわしても、アルマの姿はなかった。
 逃げられたのか、それとも、まだ泳ぎ着いていないのか。
 霧矢は水路を一望するため、尖塔を駆けあがった。螺旋らせん階段をのぼり切ると、木製のゆったりした橋が、向こう岸まで続いている。
 ――だれもいない。
 橋の中央へ向かおうとしたとき、ふと首筋に、冷たいものがふれた。
「……雨?」
 足もとに、ちいさな水たまりができている。
 視線はおのずと、尖塔の屋根に引きよせられていった。
「……」
 霧矢は見てしまった――屋根のうえに張りつく、アルマの姿を。
「うわあああ!」
 端末をかまえるよりもはやく、人魚は少年に飛びかかった。
 体当たりを喰らった霧矢は、人魚とともに転倒する。
 体勢は、霧矢に分が悪い。上半身を押さえつけられてしまった。
 アルマの濡れた髪から、水のしずくが降りそそぐ。
「ひとりで来るとは、おろかなやつだ」
 うなるようなアルマの口調が、霧矢の耳をおびやかす。
「ま、待ちぶせていたのか……」
「なぜわたしの邪魔をする? なぜ平穏な日々をみだす? くだらない女たちが増えたのを、わたしは間引いてやっただけなのだ。それなのに……それなのに……」
 人魚は霧矢の襟首えりくびをつかみ、欄干らんかんへと引きずりよせる。
 突き落とす気だ――霧矢は、必死の抵抗をこころみた。
「あがくな。楽に殺してやる」
「ぐっ……!」
 霧矢は、欄干から上半身を押し出された。あとがない。
「どうだ? おそろしいか?」
 アルマは、霧矢の恐怖を味わうように、舌舐めずりをしてみせた。
 その舌の動きを目で追いながら、霧矢もくちびるを動かす。
「……とう」
「なに?」
 霧矢は、残りわずかな空気で、最後の言葉をつむぐ。
「ありが……とう……これで……時間が……かせ……」
 ふいに、あたりが暗くなる。アルマは空を見あげた。孤独な星々が、なごりおしそうに身をふるわせる空。その空から、一羽のカモメが飛び立った。
 カモメは、ハンナだった。
「ぐおッ!」
 水平線の向こうがわに消えるグリフォン。その翼と垂直をえがくように、ハンナは人魚の背中へと舞いおりた。
 アルマの肋骨ろっこつに、するどい痛みが走る。彼女は力まかせに、ハンナをふりはらった。その拍子に、指が霧矢の首からはなれて、バランスをうしなった彼は、欄干にしたたか頭を打ちつけた。めまいを覚えながら、柵のひとつにしがみつく。
「邪魔をするな小娘……うッ!」
 ぱらぱらという、奇妙な音だった。小雨こさめに似た、まとまりのないリズム。アルマは、ふるえる手を背中へとのばす。べっとりとした感触が、彼女の肌をおそった。白み始めた東の空に手をかざすと、あざやかな血のりの化粧けしょうがみえた。
 すさまじい勢いで、血の噴水があがる。
「おおッ……!」
 人魚は、苦しみに身をもだえる。ハンナが人魚の心臓に突き立てたのは、剣などではなかった。一本の細い鉄パイプ。それが正確に、アルマの心室しんしつを射抜いていた。
「こんな……! こんなもので……!」
 アルマは、パイプを抜こうと腕をひねる。だが、再生された筋肉がからみつき、血にまみれた金属の表面は、彼女のなめらかな指を、無情にすべらせ続けた。
 体を動かせば動かすほど体液が失われる悪循環に、人魚はひざをくずす。
「……!」
 ――水平線のかなたに、朝日がのぼる。街が、光の洪水に流されていく。
 その光景を目の当たりにしたとき、霧矢は、人魚が執着しゅうちゃくしていたものの正体を知った。海から昇る太陽と、燃え立つ水平線、風と雲、砂と潮の香り。
「わたしの街……わたしの……」
 人魚は右手をのばす。朝日を、この街の風景すべてをつかみ取るように、指をかたく折り曲げる。そして、静かに目を閉じると、彼女はうしろむきにくずれ落ちた。肉体は欄干をこえて落下し、別れの水飛沫みずしぶきだけが、あたりに木霊した。
 人魚は、もう帰って来ない――永遠に。
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