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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第12章 さようなら、人魚たち

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第22話

 アルマは、物音に目をさました。窓を見れば、まだ夜明けまえ。一日でもっとも深い闇が、そとの風景をさえぎっていた。
 ――夢ではない。薬屋のほうで、なにか物音が聞こえた。
 アルマはベッドから、ゆるやかに上半身を起こす。店舗のほうへ目をやるが、人影はおろか、一寸さきもさぐることはできなかった。いつもならみえるはずの壁のしみも、すがたをひそめていた。椅子もテーブルも、すやすやとねむっていた。
 まくらもとのランプに灯をともすと、パッと光がはじけた。闇が部屋のすみへと追いやられる。そのランプの光をたよりに、アルマは売り場へと足をはこんだ。
 つめたい床が、ぎしぎしと音をたてた。ビーズの幕をくぐると、いろとりどりの薬瓶くすりびんが、ぼんやりとかがやきをはなつ。夢のつづきのような風景。アルマは、あせることもなく、怖じ気づくこともなく、くらやみのなかへ声をかけた。
「どなたか、いらっしゃるのですか?」
 まるで呼び出されたかのように、木箱の近くで、なにかがうごめいた。
 アルマはランプを、そちらにかざした。
「……ハンナさん」
 目のまえに浮かびあがったのは、私服をまとった少女――ハンナだった。
 アルマは警戒けいかいするようすもなく、彼女に歩みよった。
「このような夜ふけに、どうなさったのですか?」
「……」
 アルマの背中に、ハンナは黙って両腕をまわした。そして、親愛の情をこえた力強さでしがみついた。アルマは声ひとつあげず、彼女の抱擁ほうようを受けいれた。
「家出でも、なさったのですか?」
「……」
「まあ、こんなに汗だくで……」
 アルマは、そばの棚に手をのばした。ランプを置くと、手さぐりでタオルを見つけ、それを慎重ににぎりしめた。
「おつかれでしょう……今、楽にしてさしあげますわ……」
 アルマはタオルを持ったまま、うでを高くかかげた。折りたたまれていた古い布地の奥から、にぶい光がもれる。彼女が力をこめた瞬間、ひとすじの閃光が走った。
「きゃッ!」
 カランと音を立てて、ナイフが床のうえにころがる。
 アルマは右腕を押さえ、ハンナを突き飛ばした。
「ハンナさん!」
 よろめいたハンナを抱きかかえるように、物陰ものかげから霧矢がおどり出る。
 入り口からはトトもあらわれ、アルマをペンライトで照らしだした。
「アルマ・フォン・エシュバッハ! あなたを殺人未遂の現行犯で逮捕します!」
 右手にHISTORICAをかまえた体勢で、トトはそう叫んだ。
 ハンナを助けた霧矢は、アルマのそばをはなれ、トトのうしろにひかえる。
 アルマは撃たれた腕を押さえたまま、その場に立ちつくしていた。しかし、その表情は、あくまでもおだやかだった。夜道で知人に出会ったかのような、あるいは、事前に訪問の手紙をうけとっていたかのような、そのようなふんいきだった。
「こんばんは、キリヤさん……みなさまおそろいで、どうなされたのですか?」
 場ちがいなあいさつに、三人は答えるすべを持たない。
 アルマは、淡々(たんたん)とさきをつづけた。
「ひょっとして、ハンナさんと、駆けおちでもなさったのですか? 異国の少年と自由にあこがれる少女……なんともロマンチックなことですわね。それとも……」
 アルマは口の端に、うっすらと笑みを浮かべる。
「ハンナのそっくりさんと……かしら」
「とぼけないでください! アルマさん!」
 霧矢は声をあらげた。冷静なアルマの口調が、彼のしゃくにさわったのだ。
 それにもかかわらずアルマは、表情をくずさず、歌うように言葉をついだ。
「とぼける? キリヤさんこそ、何のおつもりですか? このような時間に?」
 霧矢はアルマの質問を無視して、ポケットから端末をとりだす。親指で射撃モードにきりかえて、トトに目で合図をおくった。
 トトはうなずき、薬屋のとびらを開けてそとに出た。見張りのためだ。
「キリヤさん、気をつけてください。人魚は近くにいると思います」
 トトのアドバイスに、霧矢もうなずきかえす。
「トトさんも、気をつけて」
 とびらが閉まる。霧矢はアルマに向きなおり、呼吸をととのえた。
 彼には、ひとつだけ懸念けねんしていることがあった。人魚は、アルマを見捨てないだろうか。居場所を聞き出す必要がある。そう考えた霧矢は、アルマにあきらめをつけさせるため、推理を開始した。
「オオカモメが……いや、ハンナさんが、真実を話してくれたよ。この街で、いったいなにがあったのかをね。彼女は、自分がふたりいることに気づき、もうひとりのハンナにすべてを託して、表舞台から降りたんだ。自分は、義賊オオカモメとして生きる道を選んだ。ところが彼女は、水の神殿で、人魚が死体を捨てる場面を目撃した。その死体というのは、彼女の母親……メラルダだった。でも、まさかアルマさん、あなたが裏で糸を引いているとは、ハンナさんも思っていなかったよ。共犯がいるとしたらメラルダだと、そう信じていたからね」
「裏で糸を引く……? 何のことかしら……?」
 アルマはスッと両腕を垂らし、背筋をのばした。
 霧矢の心に、一抹の不安がよぎる。自分はまちがった推理をしていないだろうか――けれどもアルマは、ハンナを殺そうとしていた。彼も、その目で見たのだ。
 自信を取りもどした霧矢は、なぞ解きを再開した。
「ボクも最初は、メラルダが人魚とつるんでやったことだと解釈していた。でも、説明のつかないことが多過ぎる。なぜ人魚は、ちはるたちを殺そうとしたんだろう? もしメラルダが共犯なら、オオカモメの居場所をつきとめたかったはずだ。いつまでも街にハンナさんがふたりいては、あとあとマズいことになるかもしれないからね。だったら、仲間のちはるたちを生かしておくように、人魚に頼むはずだ」
 アルマは黙って、霧矢の推理に耳をかたむけている。
 自白を求めるのはムリだとさとり、彼は、かなしげにさきを続けた。
「真相は、こうだ。薬屋で会話を盗み聞きしていたあなたは、ボクら四人が今回の殺人事件に気づいていることを知った。計画を台無しにされると思ったあなたは、ボクらも殺すことに決めた。でも、ひとつだけ問題があった。メラルダたちとはちがい、ボクらには替えがいない。そこで、オオカモメに罪を着せる道を選んだ。けれど、これが最大の誤算だったんだ。オオカモメ……第二のハンナさんという、事件を解くための鍵を、ボクらに渡してしまったんだから」
「まちがいのない人生など、ありませんわ。現に、キリヤさんも……」
 不可解なコメントに、霧矢は舌の動きをとめた。
 アルマがなにを言おうとしているのか、彼には察しがつかない。
「もうひとつ、メラルダじゃなくて、アルマさんが人魚の共犯だと考えた理由をあげておくよ。なんだと思う? ……ジャコモとの密会さ」
 霧矢は、口のなかが乾いてきた。ツバを飲みこみ、ひと息いれる。
 ハンナは彼の腕のなかで、かすかにふるえていた。
「ジャコモは、ボクに人魚の化石の在り処を教えてくれた。もちろん、でたらめだったけどね。ところで、ボクが人魚の化石をさがしていること、そのことを当時知っていたのは、アルマさん、あなたしかいないんだ。水誕祭の日の夕方、あなたは、ボクが本気であんなことを口走ったのか、確かめてみたくなった。ジャコモにウソの情報を流したのは、あなただ。ボクはそれに、まんまと釣られてしまった。あの部屋に侵入して無事出られたのも、メラルダが関与していないことの証拠だ。メラルダなら、あそこでボクをつかまえるという、一石二鳥の作戦をとることができたはずだからね」
 アルマは手の甲を口もとにあてて、くすくすと笑った。
「……なにがおかしいの?」
「失礼しました。そこまでお分かりなのに、肝心なことを見落としてらっしゃるんですもの。これなら、もうすこしシラを切っても、良かったかもしれませんわね……いずれにせよ、やはりあなただけは、はやめに殺しておくべきでした」
 ゾッとするような笑みを浮かべ、アルマはそうつぶやいた。
「罪を認めるんだね……殺人さつじん幇助ほうじょの……」
 アルマは、残笑ざんしょうをもらす。
「キリヤさん、あなたもわたしを、殺したがっていたではありませんか」
「え……?」
 霧矢は、アルマのせりふを理解することができなかった。
「キリヤさんは、おっしゃったでしょう……人魚の化石を壊したい、と……ジャコモを通じてカマをかけたら、本当にさがしにゆかれるんですもの……あのとき、キリヤさんにも舞台から降りてもらう必要があると、確信いたしましたわ」
 霧矢は、ようやく気がついた――パズルの一番大事なピースを、はめ忘れていたことに――彼はHISTORICAをにぎりしめ、声をふりしぼる。
「そんな……まさか、きみが……」
 アルマはその細い右腕を、胸もとにあてた。
「そう……わたしこそが、この街の真の支配者……生きた化石……」
 霧矢が助けを呼ぶまえに、アルマは棚に隠れていたヒモを引いた。玄関と窓に鉄格子てつごうしがおりて、薬屋を堅牢けんろうな密室へと変える。
「大勢の人間とは闘えませんからね……こういう備えもしてあるのですよ……」
 建物のそとから、霧矢の名を叫ぶ声が聞こえる。トトだ。
 彼女の腕力では、この封鎖ふうさをやぶれそうになかった。
 霧矢は端末を、アルマにむけた。
「撃ちますよ……これが武器であることくらいは……」
「ええ、三度も当てられては、体がおぼえてしまいますわ。でも……」
 アルマは右腕を、ランプの光にかざす――撃たれたはずの傷がない。貧しい薬屋の娘とは思えぬ、あかぎれひとつない美しい指を、アルマは、ほこらしげにくねらせた。
 そしてその指を、薬ビンのひとつにのばす。
「動かないで!」
 アルマは霧矢の忠告を無視して、ビンを手にとり、そのまま握力にまかせて割った。液体のしたたる音とともに、ガラス片が床のうえへまき散らされた。
 油の臭いがする。ガラスで肌を切ったはずのアルマは、平然とした表情で、ランプを手にとった。ぽたぽたと、血が床にしたたる。人魚の血が。
「こんな結末はいかがでしょう……エシュバッハ家のハンナと駆けおちした使用人は、世をはかなみ、薬屋で心中をはかる。あわれな売り子もそれに巻きこまれ、骨も残らぬほどに焼き尽くされてしまう……なんともロマンチックな最期では?」
「そんなことをしたら、おまえも死ぬぞ!」
 全身を焼かれては、さすがの人魚も無事ではいられないはずだ。
 霧矢はその憶測おくそくに、一縷いちるの望みをたくした。
「そうかもしれませんわね……でも……」
 アルマは、霧矢たちをにらみつけたまま、床板をはがし始めた。骨をくだくような音の向こうで、水のせせらぎが聞こえてくる。
 ――地下水路だ。
 アルマは、ランプを床に落とす。ガラスの破砕音はさいおんと同時に、火が液体に燃え移った。朝焼けのような赤が、部屋のなかをおおい、けむりがあがる。
あわれな薬屋の娘……わたし、この役をやめようと思っていたところですの。しばらくは水路のどこかへ、身をひそめることにいたしますわ……次に姿をみせるのは、百年後か二百年後か……それは様子をみて決めましょう。先代の娘をよそおって館にもどれたときは、うまくいったと思ったのですけどね……うふふ……」
 アルマは黒い水面に、足をのばす。水はゆっくりと、彼女の体を飲みこんだ。
「逃げるな!」
 霧矢はアルマ目がけて、闇雲やみくもに光線をはなった。煙をあげて焦げつくアルマの肌は、すぐにその白さを取りもどしてしまう。弱点が分からない。
「そうそう、キリヤさん、泳いでわたしを追おうなどとは、思わないでください。この水路、人間にはちょっともぐりきれませんのよ。このさきの橋まで、息つぎなしですから……ハンナさんといっしょに、あの世で楽しく暮らしてください」
 アルマの細い首が、水のなかへと消えていく。
 せまりくる熱と光のなかで、霧矢は最後の言葉を聞いた。
「さようなら、名探偵さん」
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