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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第11章 禁じられた日記

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第20話

「ローザ、よそ者と話してはいけないと、何度言えば分かるのです!」
「も、もうしわけございません、お母様……」
 ニスをられたとびらごしに、メラルダとローザの会話が聞こえる。なぜこのふたりが図書館の応接間にいるのか、霧矢には見当がつかなかった。ウラをかいたつもりが、さらにそのウラをかかれた格好だ。
 霧矢は身じろぎもせず、じっと闇のなかで息をひそめた。
「ローザ、あなたには、しばらくこの街をはなれてもらいます」
「お母様、なにをおっしゃるのですか!」
「状況が変わりました……最終便で、街のそとへ避難ひなんしなさい」
「避難……? ま、まさか人魚が、うらぎったのでは……?」
 霧矢は、喫驚きっきょうをあげかけた。
「ローザ、なにも、心配する必要はありません」
「そんな……お母様は、どうなさるおつもりで……?」
 沈黙――息をのむ音が、少年の鼓膜こまくをふるわせた。
「とにかく、あなたはこの街を出なさい。すでに船は手配して……」
 そのときだった。図書室のほうで、物音がする。霧矢ではない。メラルダとローザもそれを聞きつけたのか、会話を中断した。反対がわのとびらがひらいて、ふたつの足音が遠ざかる。どうやらメラルダたちは、応接間から逃げ出したようだ。
「……」
 静寂がおとずれる。霧矢はなやんだ。容疑者のメラルダを追ったほうがよいのか、それとも、このまま日記をさがしたほうがよいのか。霧矢は機転を利かせて、ちはるに連絡を入れた。メラルダの追跡を、彼女とセシャトにまかせる。
 彼は、図書室へのルートを選択した。絨毯のうえを進み、とびらを開けると、思ったよりも明るい空間が、目のまえにひらけた。壁にならぶ窓から、月明かりがさしこんでいる。ななめにかたむいた窓枠のかたちが、床へと伸びていた。
 霧矢は、部屋の一番奥にある、エシュバッハ家専用の書架しょかにむかった。
「これが、ローザのかな……」
 ローザの棚は、そうとうな数の蔵書をおさめていた。霧矢は、HISTORICAを通じて聞いたタイトルを思い出す――『ベネディクス民謡集』
 背表紙の文字に四苦八苦しながら、霧矢は目当ての本を見つけた。そっと棚から引きぬき、ページをひらく。
 それは、一冊の日記帳だった。民謡集に見せかけるため、カバーをとりかえてあったのだ。木を隠すなら森のなか――ローザの狡猾こうかつさに、霧矢は舌をまいた。
 霧矢は日付を確認しつつ、一枚一枚、日記帳のページをめくった。
「すごいや……ほんとに毎日つけてる……」
「ほほお、わたしにもひとつ、見せてください」
 霧矢の肩ごしに、太い手がのびた。そして、日記帳をかっさらう。
 悲鳴をこらえた彼は、ふりむきざま、とうとう大声をあげた。
「じゃ、ジャコモさん!」
 ジャコモは、くちびるに指をそえて、静かにするよう命じた。
「キリヤくん、そんなに怖い顔をなさらなくても、よいではありませんか。日記など、いくら読んでも、減らないものです。ふたりで仲よく拝見いたしましょう」
 利害調整のうまい奴だと、霧矢は感心せざるをえない。
 自分も、中身さえ分かれば、それでいいのだ。争ってだれかに聞きとがめられるよりも、ずっと合理的な提案だった。霧矢は、くびをたてにふった。
「お若いのに理知的だ。それでは、さっそく……」
 ジャコモの肉厚な指が、紙のすきまに押し込まれていく。
「やはり、最近の話がよろしいですかな……先月あたりから始めますか……なになに、七月一日……ほお、こりゃすごい!」
 ジャコモは、歯をむき出しにして笑った。
「いやあ、これはちょっと朗読できませんなあ。あのひとが、こんな破廉恥はれんちことを……おお、これは聞いたことがありますぞ、ワルですねえ……おっと、ここにわたしの名前が……キリヤくん、今のはナイショにしておいてください」
 霧矢は苛立いらだった。一歩まえに進み出る。
 そのときジャコモの顔から、下品な笑いが消えた。
「ふむ……これは女の子らしい記事ですな。なになに、『七月三十日。明日はお母様と旅行。日帰りだけど、ひさしぶりに家族いっしょだ。ハンナは、相変わらず街で下賎げせんなマネをしている。信じられない。家出でもすればいいのに』。いやいや、家出はいかんですぞ。親に心配をかけますからな」
 ジャコモは、わざとらしく嘆息たんそくした。そして、ページをめくった。
「……ん、続きがあるぞ。『八月一日。朝起きたら日付が……』」

 ガシャーン!

 突然割れた窓ガラスの音に、ふたりは衝撃を受けた。
 ガラス片がキラキラと舞って、一羽のカモメが飛びこんでくる。
「オ、オオカモメ!」
 最初に声を上げたのは、ジャコモだった。
 オオカモメは霧矢をきよせ、首に短剣をそえる。
「動くな! 動くと、こいつの首をはねるぞ!」
 オオカモメのおどしが効いたのか、それとも、動く必要をそもそも感じなかったのか、ジャコモはおとなしくなった。オオカモメは彼をにらみながら、霧矢の耳もとでそっとささやく。
「逃げるぞ……」
「え……?」
「そとを囲まれている……メラルダの衛兵だ……」
 図書館の入り口から、足音が聞こえてくる。ひとりやふたりではない。
 ジャコモの顔色が変わった。日記帳を手に、右往左往うおうさおうし始める。
 オオカモメはわざとらしく、短剣を霧矢ののどもとに突きつけた。
「こいつは人質にもらう! さらばだ!」
 不自然なほど歩調を合わせて、ふたりは窓からそとに出た。
「こっちだ、急げ」
 オオカモメは、庭先へと駆けだした。霧矢も、あとを追う。
 指笛ゆびぶえとともに、一羽のグリフォンが、植えこみから首をのぞかせた。
 オオカモメはそれに飛び乗り、霧矢をサポートする。
 兵士たちの声がせまってきた。
「あそこだ! オオカモメは、あそこにいるぞ!」
 ひとりの男がさけぶのと同時に、グリフォンは羽をひろげ、助走を始めた。
 せまり来る巨体に圧倒され、兵士たちはちりぢりに逃げまわる。
「飛べッ!」
 異様な浮遊感におどろいて、霧矢はオオカモメの背中にしがみついた。風が耳鳴りのようにざわめき、メガネがずり落ちる。
 霧矢は視力を矯正きょうせいし、したを見ようと首をのばした。
「見るな。トトは目をまわしたぞ」
 霧矢は、オオカモメの忠告にしたがった。
「あぶないところだったな」
「どうして、図書館に?」
「館でおまえを見つけて、あとをつけたのだ。今日は舞踏会で、メラルダたちの寝室を調べるチャンスだと思ったが……そうだ、これを返しておこう」
 オオカモメは、ふところから黒い板をとりだし、霧矢に手渡した。
 それは、霧矢が水路に落とした、あのHISTORICAだった。
「どうして、きみがこれを?」
「おまえたちが去ったあと、水路にもぐってひろいあげた。魔法の箱のようだが、使い方が分からなくてな」
「そっか……それで位置情報が……」
 霧矢は、今夜の出来事にめまいをおぼえながら、端末をじっと見つめた。
 すると、あるアイデアが、彼のあたまに浮かんだ。
 自分の端末を口にくわえ、もう一台のHISTORICAを、ポケットから取り出す。
「ちょっと手をはなすから、絶対にゆらさないでね」
 霧矢は、セシャトから教えてもらった操作をマネた。そして、右手にセシャトの端末を、左手に自分の端末をにぎりしめた。セシャトのレンズを、自分のHISTORICAに合わせる。ボタンを押すと、画面に指紋が浮かびあがった。
 霧矢はしばらくそれを見つめ、静かにくちびるをうごかした。
「そうか……そうだったんだ……」
「どうした? なにか分かったのか?」
 オオカモメは首をひねって、肩ごしに霧矢の顔をのぞきこんだ。
 そのオオカモメの耳もとで、霧矢は彼女の本名ほんみょうをささやいた。
「うわッ!」
 グリフォンがバランスをくずして、霧矢はあやうく死にかけた。
 オオカモメはあわてて手綱たづなを持ちなおし、グリフォンをなだめる。
「ど、どうしてバレたの?」
 素にもどったオオカモメの声に、霧矢は自分の推理が正しいことをさとった。
「ついに分かったよ……だれが殺されたのか……だれが犯人なのか……」
 霧矢は、オオカモメの瞳を見た。天空のようにどこまでも澄み切った透明感が、彼の興奮をやわらげてくれる。それは、自由をはぐくむ、大気の色だった。
「朝までに犯人をつかまえよう……手伝ってくれるよね?」
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