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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

プロローグ

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プロローグ

 あなたは、九十年代の二次元型RPGのなかにいる。その主人公である勇者が、城壁の中庭で殺害された。死因は槍による失血死。犯行時刻は、午後三時から四時にかけてと推定される。城は無人であった。城壁の門は閉ざされており、ひとが出入りした気配はない。空中を移動する物体、例えば飛行タイプのモンスターも、目撃されていない。どのようなトリックが考えられるか。(配点二〇)

 広大な試験会場。そのなかで、ひとりのエルフ耳少女が、頭をかかえていた。彼女の名前は、トト・イブミナーブル。イブミナーブルというのは種族名のことだ。エルフ界でも、貴重種にあたる。雪のように白い肌と、三日月型の耳が特徴的だった。けれども血の希少さは、あたまのよさには直結しないらしい。
(さっぱり、わからないです……)
 トトは、まわりに視線を投げた。さまざまな肌と髪と瞳をもつ男女のエルフたちが、筆記用具をはしらせていた。トトはため息をついて、問題にむきあった。
(まず、門からは入れなかったんですよね。槍が刺さって死亡だから、毒殺というわけでもなさそうですし……空から入って……でも、目撃者はいない……)
 トトは、あたまがこんがらがってきた。そして、次のように書いた。

 透明人間に殺された

 そのとき、終了のチャイムが鳴った。筆記用具を置く音。かるいざわめき。試験監督が、答案用紙を回収した。テストが終わって、トトは心からホッとした。
(たぶん、五点くらいはもらえますね)
 トトは、ポジティブに試験会場を出た。青空のみえるガラス張りの廊下。石畳のうえを歩きながら、トトはうんと背のびした。
 ここは、ヒストリア――地上に存在するすべての物語をつかさどる国。エルフの女王のもとで、彼・彼女たちは、物語の運行を支配する。たとえフィクションであっても、この国の住人たちにとっては、守るべきリアル――ひとつの歴史なのだ。それゆえに、彼らの仕事は、検史官けんしかんとよばれている。トトもまた、検史官のひとりであった。
「トトさん」
 おおきな観葉植物のそばで、彼女は呼びとめられた。ふりかえると、黒い帽子と制服を着た碧眼へきがんの男エルフ――検史官の正装だ――が、彼女を手まねきしていた。
「なんですか?」
「課長が呼んでましたよ」
 トトは、背筋が冷たくなった。
「どうせ、いつもの小言ですよ。お気になさらずに」
 小言こごとではなくて大事おおごとだと、トトは思った。とはいえ、上司に呼ばれたのだから、彼女はしぶしぶ、課長室へと足をはこんだ。【第九課】と書かれた部屋にはいると、同僚にあいさつされる。一番奥のブラインドがおりた部屋に、彼女はむかった。
「失礼します。トト・イブミナーブルです」
「おそかったな」
 炎のように赤い髪をもった女エルフが、こちらへ椅子をまわした。ウェーブ状の髪がなびいて、ほんとうに燃えているかのようだ。目も赤銅色しゃくどういろをたたえていた。
「課長、なんの御用でしょうか?」
「ひとまず、そこに座りたまえ」
 これはもう、説教にちがいない。トトは、おびえた。こしをおろすと、課長は両うでを組んで、テーブルのうえにのせた。こぶしを口もとによせる。
「トト・イブミナーブル検史官。きみはここにきて、何年になる?」
「今年で、二年目だとおもいます」
「そうだ……正確にいえば、テラ暦で七百五十五日目にあたる」
 よくそんなことを覚えているな、と、トトは思った。
「その七百五十五日のあいだで、きみは、いくつの事件を解決した?」
「……ゼロです」
 課長は、首をたてにふった。
「そのとおり……いいかね。第九課は警史庁けいしちょうのなかでも、とりわけありきたりな事件をあつかう部署だ。ホラーを担当する第四課や、純文学を担当する第一課とちがい、恋愛小説や恋愛漫画が、わたしたちの管轄にあたる」
 はい、と、トトは答えた。
「恋愛だから事件の解決もカンタンだ、とはいわない……が、ほとんどの事件は、愛憎を理由にした典型的なものばかりだ。それは、きみも理解しているだろう?」
 トトがしょんぼりだまっていると、課長はタメ息をついた。
「まえおきが長くなったようだ。じつは、きみの研修もかねて、第一課のほうから合同捜査のもうしこみがあった。受けてみないかね?」
「合同捜査? 第一課からですか?」
 第一課といえば、警史庁きってのエリート集団。アカデミーで成績上位のエルフしかなれない、羨望せんぼうの的。その第一課から合同捜査の提案があったことに、トトはうれしくなった。課長が指を鳴らすと、閉じられていたドアから、褐色の女エルフ――銀髪で、目つきはするどい――がすがたをあらわした。
捜査そうさ一課いっか、セシャト・ステュクス、ただいままいりました」
「セシャトさん!」
 トトは椅子から立ちあがって、笑顔をふりまいた。
「おひさしぶりです。アカデミーを卒業してから、一度も会ってませんよね?」
「トトさん、いまは勤務中です」
 セシャトに注意されたトトは、
「あ、はい」
 とだけ答えて、課長にむきなおった。セシャトは帽子をぬいで、一礼する。
「このたびは、第九課のご協力をえることができ、感謝いたします」
「こちらこそ……ところで、報告書の内容は、アレであっているのかね?」
「わたしの報告書にミスはありません」
「しかし……被害者のいない殺人事件というのは、初耳だよ」
「おことばですが、物語の世界では、ありとあらゆる可能性が考えられます。被害者のいない殺人事件というのも、そのひとつではないでしょうか?」
 課長は、肩をすくめた。そして、ふたりを交互にみくらべた。
「トトくん、わたしたち検史官の任務は、なんだね?」
「暴走したキャラクターを逮捕たいほして、物語をもとにもどすことです」
「そのとおり……ここは初心にかえって、セシャト捜査官に学びたまえ」
 ふたりの健闘けんとうを願ったあと、課長は退室を命じた。
 廊下に出たトトは、ふたたび笑顔になって、セシャトに話しかけた。
「セシャトさん、ほんとうにおひさしぶりです」
「おひさしぶり……あなた、事件をひとつも解決していないらしいわね」
 トトは、はずかしそうに、純白のほほをかいた。
「はい……どうも、こういうのは苦手で……」
 あっそう、と、セシャトは冷淡に答えた。
「だったら、わたしの足をひっぱらないでちょうだいね」
邪魔じゃまなんかしませんよ」
「絶対に?」
「絶対に、です」
「じゃあ、いくつか守って欲しいことがあるの」
 セシャトは、ひとつずつ条件をあげた。

 一、捜査の指揮権は、セシャト・ステュクスに一任すること。
 二、報告書のなかでトトの名前をだすときは、傍観者ぼうかんしゃに徹すること。
 三、犯人逮捕のあかつきには、すべてを第一課の功績こうせきにすること。

 トトは、にっこりと笑って、
「はい、わかりました」
 と答えた。セシャトは満足げな顔で、
「それなら、仲よくやれそうね。よろしく」
 と言い、トトに背をむけた。トトはあわてて、彼女のあとを追いかける。
「待ってください。これから、どうすればいいんですか?」
「人間のアドバイザーをみつけるんでしょ。下界におりるわ」
「殺人事件の舞台は、どこなんですか?」
 セシャトは、あきれぎみにふりかえった。
「報告書を読んでないの? 『海にぐ人魚の恋』よ」
 デンマークの小説家、ティム・アンホルトが一九二四年に書きあげた、ファンタジー小説だ。セシャトは、そう教えた。トトは、わかったようなわからなかったような顔をしつつ、「恋愛小説なんですか?」とたずねた。
「第九課が呼ばれたんだから、そうに決まってるでしょ」
「でも、第一課の担当は、純文学ですよね?」
「あのね……純文学が恋愛をあつかわないと思ってるの? トルストイもヘッセも漱石そうせきも、恋愛がテーマの小説を書いてるじゃない。あなた、ほんとに検史官?」
 すみませんと、トトはあやまった。あいては、アカデミーの同期――主席で卒業した優等生エルフとだけあって、あたまがあがらなかった。
「それじゃ、人間をつかまえにいきましょう……ポンコツは、選んじゃダメよ?」
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