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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第9章 化石をめぐる冒険

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第17話

 その夜、人魚の館は、静まりかえっていた。
 日付が変わった時刻を見はからって、霧矢は物置部屋へとむかう。
 見まわりは一時間おき。そのあいだに、すべてをかたづけなければならない。
 夕方確認した通り、鍵はかかっていなかった。館の二階ということにくわえて、掃除そうじ用具なども収納する場所だ。鍵の管理がめんどうだと思われているのだろう。彼はドアノブをまわし、ゆっくりととびらを押しひらいた。
「……」
 蝶番ちょうつがいのきしむ音が、霧矢の緊張感を高める。
 ランプで照らしだすと、なかはガラクタであふれ返っていた。床の面積だけは立派で、霧矢の使用人部屋をみっつ合わせたくらいの大きさがある。
 さて、どうしたものか――彼は、途方に暮れてしまった。とりあえず、入り口近くのバケツをあさって見たが、ボロ雑巾ぞうきんと虫の死骸しがいが出てきただけで、お宝は見あたらない。雑巾のにおいに鼻をつまみながら、霧矢はおのれの軽率けいそつさを呪った。
 人魚が生きているかもしれないことを、ジャコモは知らない。もし人魚がほんとうに生きているとしたら、その化石というのは、彼女の死体や骨ではなく、持ち物にちがいなかった。指輪、ネックレス、イヤリング――何でもアリというわけだ。
「これは、あしたも来ないと無理だな……」
 霧矢は、ひとりごとをもらす。そのとき彼は、部屋の奥に目をこらした。光の加減で気づかなかったが、この倉庫は、入り口付近と奥で、雰囲気ががらりと変わっていた。とびらの近くは正真正銘の物置だが、奥のほうには、家具がいくつか見えた。
 足下に注意しながら近寄ってみると、ひとつは寝台、ひとつは衣装棚、最後のひとつは書きもの机であることが、霧矢にも分かった。どれもホコリをかぶっているが、そのデザインは、素人の彼にも理解できるほど、洗練されている。
 さらに奥の壁へ光をあてると、板で打ちつけられた窓がうかびあがった。
「この部屋って、もしかして……」
 霧矢は気がついた。ここが、もとは倉庫ではなく、寝室であったことに。だれの部屋だろう。霧矢は無意識のうちに、衣装棚の把っ手をつまんでいた。品質がよいためか、蝶番はびついておらず、あっさりとひらいた。たまっていたホコリが宙に舞い、霧矢は服のそでで、口と鼻をおおった。
「……あれ?」
 棚のなかに、衣服はひとつもなかった。その代わりにあらわれたのは、一枚の肖像画しょうぞうがだった。青い服を着た少女が、額ぶちの中央にたたずんでいる。その肌の白さに、霧矢はみおぼえがあった。
「そうか……ここは、アルマさんの寝室……」
 霧矢はもういちど、室内を見まわした。アルマを追い出したメラルダが、この部屋を物置に改造したのだろう。見せしめのために。霧矢は、そう推察した。
 彼のなかで、ふつふつと怒りがわいてくる。そして、ささやかな復讐を思いついた。彼はランプを高くかかげ、近くの壁を念入りにチェックした。
「……あった」
 予想通り、衣装棚のとなりには、額ぶちをかける留め金がふたつ並んでいた。ランプを書きもの机のうえにおき、肖像画を棚からひっぱり出す。思ったよりも重い。うまくバランスをとりながら、絵をもとの場所へかけることに成功した。
 よごれた手をはたきつつ、彼は絵のなかのアルマを、満足げにながめた。
「やっぱり、こうでなくっちゃね」
 そのときふと、書きもの机のうえで、なにかが光った。霧矢は鑑賞を中断し、視線をそちらへと移した。光源は、小さな水晶玉だった。占い用なのか、それともインテリアなのかは分からなかったが、あやしげな光をはなっている。
 彼は水をすくうように、そっとそれをひろいあげた。
「もしかして……これが人魚の化石……?」
 玉の透明なかがやきは、霧矢にそう思わせるほどの魅力に満ちていた。すぐに壊してしまいたい衝動しょうどうに駆られるが、音を立てるのはためらわれた。
 霧矢は迷ったあと、そのままポケットにしまいこんだ。その拍子に、彼は視線を感じた。絵のリアリティにだまされたのかと思い、ふたたび肖像画を見やる。
「それにしても、奇麗だなあ……」
「モデルがいいんですかね」
「!」
 霧矢は、心臓がとまりかけた。ふりむくと、鳥仮面の女が立っていた。
「オ、オオカモメ?」
 ――ではない。女が着ているのは、どこかで見たことのある制服だった。
「ト、トトさん!」
「しーッ、静かに」
 くちびるに指をあてて、トトは入り口を警戒した。閉めていたはずのとびらが、いつの間にか半びらきになっていた。絵と水晶玉に夢中で、気づかなかったのだろう。霧矢は、じぶんの集中力のなさに辟易へきえきした。
「それに、わたしはトトではありません。怪盗トト仮面なのです」
 彼女はそう言って、おかしなポーズをとってみせた。さまになっていない。
「トト、そっちはどうだ? 見つかったか?」
 またべつの声――入り口を見やると、もうひとりの鳥仮面が、ランプを片手に室内をのぞきこんでいた。白いローブを身にまとっている。
「オ、オオカモメ!」
「……キリヤ!」
 絶句する霧矢とオオカモメ。しばらくのあいだ、ふたりはにらみ合いを続けた。
「貴様、なぜここにいる?」
「それはこっちのせりふだよ、オオカモメ」
 霧矢は、自分でも信じられないくらいに、落ち着きはじめていた。
「ひとつ、釈明させてくれ。このまえの人殺し、わたしがやったのでは……」
「知ってるよ……ちはるに教えてもらったからね」
「そうか……おまえも、トトの仲間だったのか」
 オオカモメは霧矢を信頼したのか、部屋のなかに足をふみいれた。
 あかりが増えて、物置はその全貌ぜんぼうをあらわにする。
「ここに、何の用? どろぼうに入ったとか?」
「ちはるに話した通りだ。わたしの目的は、人魚の化石。可能性がある場所を、しらみつぶしにさがしている。時計台にアジトをかまえたのも、そのためだ」
「……どういうこと?」
「時計台は、地下で水の神殿とつながっている。人魚の化石があるとすれば、あの神殿だと思ったが……どこにもなかった。すみずみまでさがしたのだがな」
 霧矢は思わず、ポケットにふれかけた。
「人魚の化石を見つけて、どうするの? 壊すって聞いたけど?」
「そうだ……何の問題がある?」
「だれのために? 人助けって言うのは、納得がいかないな」
 言いわけをさきにつぶされたせいか、オオカモメは、答えに間をおいた。
「……なぜ納得しない?」
「この街で暮らしてみて、気づいたのさ。水に呪いをかけられても、人間は不幸にならなかったんだって。政治も経済もまわっているんだ。敗者は一部でしかない。だから、思惑おもわくのはずれた人魚は、べつの復讐方法を考えてるんじゃないかな」
「……」
「きみは、だれのために化石を壊すの? 自分のため? それとも……」
 オオカモメは、霧矢に沈黙をかえす。
「べつにいいよ。きみがだれだろうと、ボクは……」
「トト、いい仲間を持ったな」
 賛嘆さんたん嫉妬しっとのまざった声で、オオカモメはそうつぶやいた。
「え? そう思いますか?」
「ああ……おまえは、キリヤのところに帰れ」
「はいはい……って、わたしを見捨てるんですか、師匠!」
 やれやれと、オオカモメはくびを左右にふった。
「変わった女だよ、おまえは」
 オオカモメも、トトの破天荒はてんこうな性格には、手を焼いているらしい。
 場の緊迫きんぱくした空気はうすれ、霧矢は笑みをこぼす。
「そうだよ、セシャトさんも心配してるよ」
「え、ほんとですか?」
 霧矢の口ぞえは、本人が思っていたよりも、ずっと効果的だった。
 トトはニヤニヤしながら、身をくねらせる。
「いやあ、だったら帰らないといけませんねえ」
「ああ、そうしろ。わたしはひとりでも……」
「だれかいるの?」
 入り口に、人影があらわれた。
 オオカモメはトトのそでを引き、衣装棚に飛びこむ。
 霧矢が言葉を発するまえに、まばゆいランプが向けられた。
「は、ハンナ様……」
 とびらから顔をのぞかせたのは、ハンナだった。
 寝間着ねまき姿のハンナは、目をキツく細めて、霧矢をにらみかえした。
「キリヤ、なにをしているの? こんな時間に……」
「あ、あしたの準備をわすれてて……それで……」
 どろぼうと疑われたかもしれない。不安になる霧矢だったが、ハンナは首をかしげるだけで、ふたたび背を向けた。去りぎわに、ひとことかける。
「お母様に怒られるわよ。さっさと寝なさい」
 それを最後に、ハンナの姿は消えた。足音が聞こえなくなったところで、オオカモメは衣装棚を飛びだし、部屋を出た。あせった霧矢は、オオカモメを追った。さいわいにもオオカモメは、ハンナと反対方向に歩き始めていた。
「待って」
 霧矢のしぼり出した声に、オオカモメは首を九十度まわした。
「何だ? もうすぐ見まわりが来るぞ」
「顔を見せてくれない?」
「……ことわる」
「どうしても?」
「……」
 セシャトならば、おどしてでも仮面をはぎ取っただろう。
 霧矢には、その勇気とあつかましさがなかった。
「きみは、なぜこの街で義賊に? 生活のため? それとも人助け?」
「……自由が欲しかったからだ」
「自由? ……この街の呪いを解くのが、自由なの?」
 霧矢はオオカモメの回答に、納得しなかった。自由な生き方をしたければ、水の都に住む必要はない。普通の人間には、たいそう不便な街なのだから。
「いくら自由になりたくても、故郷とは、なかなか捨てられないものだ」
「故郷? きみは、この街の出身? でも、それならなぜ水に……」
 霧矢が言い終えるまえに、オオカモメはきびすを返した。
「メラルダに気をつけろ。あいつは人魚とグルだ」
「えッ?」
 オオカモメは近くの窓に飛びこみ、そのまま姿を消した。
「待って! 今のは、どういう……!」
 霧矢は窓辺に駆けよる。カーテンがひらひらと舞い、少年のほほをなでた。
 暗闇のなかで靴音だけが、かなたへと去って行った。
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