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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第9章 化石をめぐる冒険

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第16話

 翌朝――霧矢、ちはる、セシャトの三人は、あらかじめ見つけておいた廃屋はいおくの台所で、作戦会議をひらいていた。昨日の夜は、ちはるとセシャトがスフィンクスの監視をひきうけ、霧矢は館で一夜をすごした。おたがいに気が気でなかったのか、スフィンクスをのぞいて皆、ねむたそうだ。
「これは復讐ふくしゅうニャ。人魚の復讐だニャ」
 上半身をぐるぐる巻きにされたスフィンクスが、うなるようにつぶやいた。
「人魚? ……水の女が、エシュバッハ家のだれかだってこと?」
 ちはるが、テーブルごしにたずねた。
「ちがうニャ。ほんものの人魚の復讐ニャ」
「ほんものの人魚って、この街を呪った人魚……?」
「ほかに、だれがいるニャ?」
 質問をそっけなくかわされて、ちはるはムッとした。
「じゃあ、人魚は死んでないってこと?」
「死体を見たやつニャんて、いニャい。人魚の肉を食べると不老不死にニャるニャんて伝説もあるくらいだニャ。きっと不死身だニャ」
 ちはるは肩をすくめて、霧矢のほうを見た。
「たしかに、人魚が死んだっていう記述はないね」
 ちはるは彼に、『海に凪ぐ人魚の恋』のあらすじをたずねた。
「ストーリーは、ちょっと複雑かな。群像劇なんだよね。一応、アルマさんがヒロインみたいな感じなんだけど、ハンナの描写も多い。ハンナは移民の少年に恋をして、そこからメラルダといさかいになる。でも、その少年はアルマのことを愛していて、ここで三角関係が生まれるんだ。ラストは、旅立った少年のあとをハンナが追って……」
「少年? それって、七人目のキャラクター?」
「ううん、ちがうよ。この少年は、作中で存在をほのめかされてるだけ」
「そっか……犯人は女だし、該当しないっぽいね。それで?」
「ハンナは船で、この街を出ようとする。でも、難破しちゃうんだ。生死は不明。浜辺からそれをかなしげにながめるアルマさんの描写で終わり。未完じゃないかってうわさも、あるね。『海に凪ぐ人魚の恋』は、ティム・アンホルトの遺作だから」
 ちはるは、おどろきの表情をうかべた。
「それがほんとなら、物語は大きく脱線してることにならない?」
 ちはるの言う通りだった。ハンナは、片想いしている気配がない。どうやらだれかの行動が、物語に影響をあたえて、あらすじを変えてしまったようだ。それは素人探偵の霧矢にも、あきらかだった。そして、その最大の原因は、やはりオオカモメであるように思われた。すくなくとも霧矢は、そう推測した。
 ところがこれには、セシャトが異議をとなえた。
「あらすじをねじ曲げたのは、オオカモメじゃないわ……キリヤくんよ」
「え? ボクが?」
「ハンナは、移民の少年に恋をした……そう、彼女は異国好きだものね。そんなハンナのまえに、日本という未知の国から、キリヤくん、あなたがあらわれたの」
 セシャトの推理を聞いて、霧矢はサッとあおざめた。
「え……ってことは、ハンナはボクに……」
「おまえたち、さっきからニャにをしゃべってるニャ?」
 スフィンクスが割りこんできたので、霧矢は話題をきりかえた。
「セシャトさん、やっぱり先に、トトさんを……」
「それはできないって、何度も言ってるでしょ。事件の解決が、最優先事項なの。行方不明になった検史官の捜索そうさくにまわす人手はないわ」
 霧矢は、反論することができなかった。セシャトの表情は、トトの安否を気づかっている。それにもかかわらず、彼女は職務にじゅんじると言っているのだ。
「オオカモメさまは、無事かニャー! 心配だニャー!」
 スフィンクスが、場の空気をみだした。セシャトは、眉間みけんにしわをよせる。
「彼女は当分、表に出られないでしょ。ふたりも殺したことになってるんだから」
 地下牢でふたりの番兵が殺された話は、あっと言う間にひろまっていた。状況からして、オオカモメの仕業だろうと考える者がほとんどだった。
 一方、霧矢たちは、水の女のターゲットが、ちはるだったのではないかと、そう目星をつけていた。それ以外に重要そうな人物は、地下牢にいなかったからだ。
「そう言えば、兵士が殺されたとき、アラームが鳴らなかったよね?」
 思い出したかのように、霧矢はそうたずねた。
「ストーリーの進行に関係のないキャラだったからよ」
 セシャトは、こともなげに答えた。
「とんでもない人命軽視だね。それが、きみたちのやり方なの?」
 霧矢の非難に、セシャトは弁解しなかった。
 重苦しい空気が、室内をただよう。
「ここにいても、らちが開かないわ。最近、街に人魚らしき人物が帰って来なかったかどうか、聞きこみをしましょう。キリヤくんは館のほうを、わたしは商店街を担当すること。いいわね?」
「あたしは?」
「ちはるちゃんは、ここでスフィンクスを見張ってて」
 つまらないなあ、と言いたげな顔で、ちはるは天井を見あげた。
「次の集合場所も、ここ?」
 ちはるが駄々をこねないうちに、霧矢は確認をとった。
「連絡は、メールでとりましょう。ちょうど三台あるし」
 ちはるとセシャトは、それぞれ自分の端末を持ち、霧矢はトトのものを代用することに決まった。水路に落ちた彼の端末は、いまだに行方ゆくえ知れずだった。
 廃屋を出た霧矢とセシャトは、主要な水路まで一緒に歩いたあと、二手ふたてに分かれた。霧矢は幹線水路につづく近道をえらび、セシャトは商店街へと足をのばす。
 セシャトが曲がりかどに消えたところで、彼は背後に、人の気配を感じた。ふり向くと、正装した初老の男性が立っていた。
「キリヤさんですね?」
「はい……どなたですか?」
「わたくしは、ジャコモ様の使用人でございます」
「ジャコモの……?」
 怪訝けげんそうな顔をした霧矢に、使用人はさきをつづける。
「人魚の化石について、ご相談したいことがあるとうかがっております」
 使用人の口から出たことばに、霧矢は度肝どぎもをぬかれた。
「ジャコモさんは、どちらに?」
 使用人は、かしこまった表情で、水路の奥をさししめした。
「あちらにゴンドラを用意してあります。お手数ですが、ご同乗願いましょう」

 ♒

 酒場は昼間から、アルコールのにおいと、男たちの笑い声につつまれていた。
 場ちがいな少年の登場に、彼らは眉をひそめ、おたがいに耳打ちしあう。
 そんな不愉快な光景も、今の霧矢には、まったく気にならなかった。彼の頭は、人魚の化石のことで一杯になっていたからだ。昨日の夕方、アルマに見栄みえをきってしまった手前、彼はジャコモのさそいに、期待をかけていた。
 とはいえ、大した情報ではないのかもしれないと、霧矢は不安になった。ジャコモが人魚の化石の在り処を知っているとは、思えない。ましてやそれを所有しているなどとは、およそ信じられなかった。
 これ以上気分がえないように、霧矢は考えることをやめた。男性客のたわいもない会話に、耳をすませてみる。
「オオカモメの野郎がひと殺しなんて、あいつもちたもんだよな」
「なあに、悪党は所詮しょせん、悪党ってことよ」
 彼の視界を、黒い執事服がふさいだ。
「お待たせいたしました。ジャコモ様は、二階にいらっしゃいます」
 階段をのぼって突きあたりの部屋に、ジャコモは事務所をかまえていた。こざっぱりした空間が、霧矢の目のまえにひろがる。彼が想像していた豪華ごうかさとは、およそ無縁むえんなデザインになっていた。
「ジャコモ様、キリヤさんをおつれいたしました」
 事務机で書きものをしていたジャコモは、太い首をもちあげた。
「これはこれは、キリヤくん。わざわざいらしていただき、光栄です」
 ジャコモは身軽に腰をあげ、霧矢と握手をかわした。
 あつい脂肪しぼうが、少年の華奢きゃしゃな手のひらをおおった。
「ささ、席をどうぞ」
 霧矢が腰をおちつかせると、ジャコモはさっそく、用件をきりだした。
「お話ししたい内容は、すでにお聞きですか?」
「人魚の化石について……と、だけ」
 ジャコモは、うんうんと大げさに、あいづちを打った。
「そう、人魚の化石……もはや説明の必要はないでしょう。その人魚の化石なんですがね……どうやら、在り処が分かったようなんですよ」
「!」
 望外ぼうがい収穫しゅうかく――それが、霧矢の第一印象だった。
 しかし、そのよろこびはすぐさま、疑念にとって代わられた。
「ほんとうですか? 人魚の化石は、今までだれも……」
「だれも見つけられませんでしたな。わたしもまだ、手に入れてはおりません」
 失望する霧矢をよそに、ジャコモは事務机のひきだしを開けた。
「ただ、その具体的な場所を、ある人物から教えてもらいましてね」
 ジャコモはテーブルのうえへ、大きな紙をひらげた。
 霧矢がのぞきこむと、それは人魚の館の見取り図だった。
 そのなかの一点に、ジャコモは指をおいた。
「ここに、人魚の化石があるそうです」
 霧矢の心拍数が、跳ねあがった。化石の保管場所を知っている人間など、いるはずがない。原作のどこにも載っていないのだ。ジャコモがどこから情報を仕入れたのか、彼は何としてでも知りたいと思った。
「そこは、ただの物置ものおきですよ。だれがそんなデタラメを言ったんですか?」
 ジャコモは、不気味な笑みをうかべた。
 カマかけを見透みすかされたようで、霧矢は気まずくなる。
「そんなことは、どうでもよいではありませんか。ほぼまちがいのない筋とだけ言っておきましょう……さあ、手伝っていただけるのですか、いただけないのですか?」
 霧矢は迷った。トトとちはるは、霧矢の考えに賛成してくれるだろう。トトは自分で決められそうにないし、ちはるがどう思うかは、長年のつきあいから、おおかたの予想がつく。問題はセシャトだ。いったん彼女と相談すべきか、それとも――
「……ひきうけます」
 最後に勝ったのは、アルマの笑顔だった。
「そうですか。賢明けんめいな判断ですよ、うん。お礼と言っては何ですが……」
 ジャコモはテーブルのうえに、袋をおく。チャリンと、金属の鳴る音が聞こえた。
 霧矢はだまって、それをこばんだ。
「おや? お受けとりくださらないのですか? これは心ばかりの……」
「ジャコモさん、なぜあなたは、この街で水を売ろうとしているんですか?」
 とうとつな質問にもかかわらず、ジャコモはすぐに答えをかえした。
「簡単な話です。商人は、人間生活を豊かにすることが生き甲斐がい。ベネディクスには、水不足で困っているひとびとが大勢います。それだけのことですよ」
「つまり、利益のためですよね?」
 霧矢の指摘に、ジャコモは首をふってみせた。
「それはよくある勘ちがいですな。商人の欲求は、利益ではないのです。商業活動それ自体が、精神的な幸福につながるのですよ。そうでなければ、一生かかっても使いきれないようなお金を集めたいとは、思いません。利益はあくまでも、副産物です。商人という、ひとつの自由な生き方の、ね」
 ジャコモの言葉には、ごまかしが感じられなかった。
 相手の口車くちぐるまに乗っているだけなのだろうか――霧矢には判然としない。
「人魚の化石を見つけたら、どうするんですか? 壊すんですか?」
「それはまだ、決めておりません」
 ジャコモはそれだけ言って、さきを続けなかった。
 化石を脅迫きょうはくに使うのではないかと、霧矢は直感的に、そう推測する。エシュバッハ家と連帯して街を支配するほうが、彼らを追い出すよりも、はるかに楽だからだ。化石でメラルダたちをおどしつつ、水の販売をジャコモが独占すればいい。
 そして、仮にそのような社会がおとずれても、街の住民たちは、いずれ慣れてしまうだろう。人魚に呪われても、アルマを館から追い出しても、平凡な日常が、いつまでも続いているように。そんな思いが、彼の脳裏のうりをよぎった。
「ひとつだけ、約束してください……もしエシュバッハ家の支配が終わって、あなたがこの街の政治を牛耳ぎゅうじるようになったら、アルマさんを人魚の館に復帰させる、と」
 霧矢の依頼に、ジャコモはニヤリと笑った。
 そのひどく下卑げびた仕草に、霧矢は視線をそらす。
「奇特な方だ。それとも、あの少女に……いや、わたしも野暮やぼですな。もちろん、そのように取りはからいましょう。約束しますよ」
 会談は終わった。ふたたび握手をかわした霧矢は、ぼんやりとした頭で、酒場をあとにした。考えごとをするには、真夏の太陽が、あまりにもまぶしすぎた。
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