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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第6章 グリフォンの飛翔

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第10話

「……ろ!」
 どこからともなく、声が聞こえる。
 母親が起こしに来てくれたのかと、トトは不思議ななつかしさをおぼえた。
「うーん……あと五分……」
「なにを寝ぼけている! 起きろ!」
 うっすら目を開けると、どこかで見た鳥の顔が浮かびあがる。
「……オオカモメさん!」
 トトは冷たい床から、身を起こした。
 地面と接触していた箇所が、長時間の圧迫でじんじんする。
「逃げるぞ」
「逃げる? ……警察に見つかったんですか?」
「水上警備隊だ。エシュバッハ家の連中に、ここを突きとめられた」
「警備隊? ちはるさんは?」
「知らん。スフィンクスもろとも、いなくなっていた。急ぐぞ」
 トトは、オオカモメの手をふりはらい、サッと身をひるがえす。
「なにをしてる? やつらが来るぞ?」
「ちはるさんをさがさないと!」
「ふたりをさがしている余裕はない」
「つかまって死刑にでもなったら、どうするんですか?」
「わたしの居場所を聞き出すため、生かしておくはずだ。あとで必ず救出する」
 トトは耳を貸さずに、部屋を出ようとした。ポケットに手を突っこみ、武器をさぐる。そして、端末がなくなっていることに気がついた。
「HISTORICAが……あれ……あれれ?」
 端末がなければ、助けられるものも助けられない。
 トトはくちびるを噛みしめ、オオカモメのほうへ向きなおった。
「必ず助けにもどるんですね?」
「ああ、約束する」
 オオカモメは、トトが座っていた木箱を押し始めた。ちょうど一箱分、横にスライドさせたところで、床に鉄製のマンホールがあらわれた。オオカモメは壁にかけてあったランプを取りはずし、マンホールの把っ手に指をからめた。
「地下水路への抜け道だ……水には入れるな?」
「はい、普通に」
「それなら話が早い。これを持って、さきに降りろ。ふたはわたしが閉める」
 ふたりは順番に、縦穴たてあなへと身をすべり込ませた。二、三メートルほどしかない手すり階段を、すばやく降りる。オオカモメは器用に、内がわからふたを閉めた。
「部屋にはかんぬきもかけてある。すこしは時間がかせげるはずだ」
 なかは意外に広く、女性ならば楽に通れるほどの通路が、どこまでも続いていた。
「ランプをよこせ」
 トトはランプを手渡した。オオカモメが先頭に立って進む。
 水滴の音に混じって、頭上では複数の足音が鳴りひびいていた。
「追いつかれますよ」
「大丈夫だ。ここは迷路になっている」
 オオカモメの言うとおり、水路は複雑怪奇ふくざつかいきな迷宮を形成していた。水位もだんだんと高くなり、今やトトのひざにまで達している。水にふれられないベネディクスの人間は、四つん這いになって進むしかないだろう。
 これなら逃げきれる。安心したとたん、彼女は重大な事実を発見した。
 ――オオカモメもまた、水にかっているではないか。
「オオカモメさん、この街の人間じゃないんですか?」
 トトは、あいてが発する感情の微妙な変化を、肌で感じとった。
「……そうかもしれんな」
 オオカモメは、あいまいな答えを返した。
「遠くの国から来たとか?」
「ああ、遠くも遠く、だれも知らない場所からだ」
「じゃあ……世界の果てでしょうか?」
「わたし自身、どこなのか分かっていない。天国、とでも言っておこう」
 要領をえないオオカモメの言葉に、トトは首をかしげるばかりだった。
「ところで貴様、死体のない殺人事件を調べていると言ったな?」
 急な話題のきりかえに、トトは頭が追いつかなかった。
 オオカモメは歩みをゆるめて、肩ごしにふり返った。
「言ったな?」
「は、はい……もしかして、犯人に心当たりがあるとか?」
「……ある」
 オオカモメの回答に、トトは足がすくんだ。
「止まるな」
 水音がしないことに気づいたのか、オオカモメはそう忠告した。
 トトは水のなかを進みながら、おずおずとくちびるを動かす。
「だれなんですか……その……犯人は……?」
 返事がない。三十秒ほど待って、トトはもう一度、同じことをたずねた。
「人魚だ」
「人魚? ……エシュバッハ家のだれかですか?」
「いや、正真正銘の人魚だ」
「人魚さんが殺すところを、目撃したんですか?」
「そうではない……ただ、死体を捨てるところを見た」
「死体を? どこで?」
「水の神殿にある、浄化の間だ。二日前にな」
 二日前――本庁によって、物語の異常が確認された日だ。
 第一犠牲者だろう。トトは確信を深めつつ、用語の整理にとりかかる。
「『みずのしんでん』って何ですか? 『じょうかのま』は?」
 聞きおぼえのない単語を、トトはぎこちなくリピートした。
「貴様……本当に、なにも知らんのだな」
 ややあきれたようなオオカモメに、トトは赤くなった。
「すみません……」
「あやまる必要はない。部外者と思ったからこそ、目をつけたのだからな……水の神殿というのは、もともと人魚がまつっていた、宗教施設のことだ。今ではベネディクスの公有物こうゆうぶつだが、実質的には、エシュバッハ家が管理している」
 トトはポンと手をたたく。
「あ、それはキリヤさんから聞きました」
「貴様……わざとボケているのか?」
 トトは、あわてて両手をふる。
「ち、ちがいます! 素で忘れてました!」
「大声を立てるな……水路にひびく」
 トトは口もとを押さえて、声を落とした。
「もうひとつの、『じょうかのま』は?」
「浄化の間は、水の神殿の中枢部ちゅうすうぶだ。この街の周辺は、砂漠でなにもない、荒涼こうりょうとした土地だったらしい。千年以上もまえのことだから、本当のところは知らんがな……ともかく、この土地にやって来た人魚は、水脈を掘り当てて、住み着くようになった。そのときの水源が、浄化の間になったというわけだ」
「あれ? この街って、人魚が開拓かいたくしたんですか?」
「伝説が本当なら、そういうことになる。水でうるおったこの土地には、次第に草や木が生えるようになった。海に近かったこともあって、人間が植民した。欲の皮の張った彼らは人魚を追い出し、こうして水にふれられない生活を送っているというわけだ」
 トトは、この伝説がなにか、重要な意味を持っているように思った。
「人魚はそのとき、死んじゃったんですよね?」
「それは、数ある言い伝えのひとつに過ぎん。どこかで生きているという伝承のほうが、むしろ多いのだ。今朝も話したとおり、墓の在り処も分からん」
「で、その生き残った人魚が、犯人なんですか?」
「そうとしか考えられん」
 なぜ断定できるのか、トトは不思議に感じた。
「顔を見たんですか? きばが生えてたとか? あしが魚だったとか?」
「いや……姿は分からなかった。全身黒づくめで、フードをかぶっていた。だが、袖口そでぐちからのぞく指は、明らかに女のものだった。それに、死体をあそこまで軽々と……相当な怪力の持ち主だな。人間業とは思えない」
「でも、何で人魚が人殺しを?」
「復讐だろう、なぜ人魚が今まで復讐に来なかったのか、そのほうが不思議なくらいだ。民謡みんようにも歌われているのにな」
「民謡?」
 トトがたずねると、オオカモメは歌詞を口ずさむ。
「『すぐにもどると、人魚は言った。すぐにもどるわ、復讐に』」
 物騒ぶっそうな歌だ。トトはそんなことを思いつつ、さきを続けた。
「と、とにかく、死体は浄化の間にあるんですね?」
「あった、だな……今となっては、見つけるのは不可能だ」
「不可能? なぜですか?」
「死体は、浄化の間の噴水に投げこまれた。あそこに落ちたら最後、髪の毛一本浮かび上がらん……あきらめろ」
「あきらめろと言われても……じゃあ、被害者がだれか、ご存知ですか?」
 オオカモメは、トトの質問を無視した。
「すみません、被害者を知ってるんですか? それとも、知らないんですか?」
「もうすぐ出口だ。気をつけろ」
 ふたりに、光の雨がふりそそぐ。
 トトは右手をひたいにかざした。ひさしぶりの太陽に、目をほそめる。
「こ、これは!」
 頭上を飛び去った一羽のグリフォンに、トトは歓声をあげた。
 オオカモメの手が、彼女の口をふさぐ。
「大声を出すな……警備兵がうろついている……」
 トトはだまって、了解のあいづちを打つ。
 ふたりが足を踏み入れたのは、空港の人工河川だった。グリフォンたちの下降ルートの真下にあたる。周囲の堤防には、大小の箱がところ狭しと並べられ、ここが野ざらしの荷物置き場であることを、トトに教えてくれた。
「これから、どうするんですか?」
 オオカモメは、あたりを警戒しつつ、大胆な計画を提案する。
「一匹ちょうだいするか……」
「こ、この鳥をですか?」
「一番速いやつがいい。あいつなら、ふたり乗りでも大丈夫だ」
 あいつ、と言いながらも、近くには姿が見えない。
 どうやらオオカモメは、べつの場所を念頭においているようだ。
「ジェット機みたいなやつですか?」
 未知の単語をささやかれたオオカモメは、トトの顔を見つめ返す。
「おまえの国には、さぞかし面白いものがあるのだな。今度、聞かせろ」
 そのとき、人の気配がした。
 ふたりは急いで、手近な荷物の影に避難する。注意深く顔をのぞかせると、武装したふたり組の男が、目にとまった。身なりこそ警備兵のものだったが、話に夢中で、荷物の隙間すらチェックしていない。
「神殿から出てる水路を全部調べろっつったって、無理があるだろ」
「まあ、そうグチるなって。どうせ、オオカモメの野郎を見つけようが見つけまいが、給料は変わらねえんだ。のんびり散歩と洒落しゃれ込んでりゃいいのさ」
 バカ笑いをしながら、男たちはふたりのまえを通り過ぎていった。
「……よし、ついて来い。厩舎きゅうしゃへ向かうぞ」
 ふたりは、荷物のうしろに隠れたり、建物の背後にひそんだりしながら、グリフォンのいる厩舎へと移動した。警備兵のせいで、長い待ち時間を強いられた。が、目的地の近くまでは、無事たどり着くことができた。
 ただし、そこからまだ百メートルほど、遮蔽物しゃへいぶつのない直線コースが残っていた。
「足は速いか?」
「まあ、そこそこ」
「遅れるなよ……三、二、一、ダッシュ!」
 茂みから飛び出すふたり。
 三秒と経たないうちに、厩舎の入り口を見張っていた男が、声をあげた。
「何者だ! 止まれ!」
 男の制止をふりきって、オオカモメは腰の剣に手をかける。男のほうも自分のさやに手を伸ばしたが、オオカモメの踏みこみのほうが速かった。剣のつかで男の腹を思いきり打ちすえると、そのまま厩舎のとびらを蹴破けやぶり、建物へ突入した。
 トトもそれに続く。さいわいにも、内部に人影はなかった。
 オオカモメは、右列にある手前から五番目のボックスに駆けよった。そこには、一目で優秀と分かる、巨大な個体が飼われていた。そのグリフォンは、ほかの仲間たちとは異なって、静かにオオカモメの作業を見守っている。
「通路奥の門を開けろ!」
 トトは、左右に居並ぶグリフォンたちのあいだを抜けて、門へと向かう。
 身長の二倍近い高さだ。トトは気おくれしながらも、かんぬきに手をかけた。
「トト! 準備はいいか!」
「ダ、ダメです! 重くて、ひらきません!」
「もういい! 乗れ!」
 トトの退却が早いか、入り口へ大勢おおぜいの兵士が、なだれ込んで来た。
 トトは大慌おおあわてで、グリフォンの背中にしがみつく。
「ぶち破れ! おまえならできる!」
 兵士たちが耳をふさぐほどの狂声をあげ、グリフォンは助走を開始した。あっという間にスピードが乗り、木製のとびらへと突っこんでいく。
「頭をさげろ!」
 耳もとで破砕音はさいおんが鳴りひびき、胃のせり上がるような浮遊感が続いた。
 風の心地よさに顔をあげると、地上ははる彼方かなたとなっていた。
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