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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第5章 誰かが誰かを殺すとき

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第9話

「あんた、ふざけてんじゃないわよ!」
 ちはるは、荒っぽくトトの胸ぐらをつかむと、前後にはげしくゆさぶった。
「あたしのイザムになにかあったら、どうしてくれるのよ!」
「お、お、落ち着いて……!」
 そのとき、鍵のはずれる音がした。とびらがひらく。
 剣をにぎったスフィンクスが、様子を見に来たのだった。
「静かにするニャ!」
 スフィンクスはそう叫ぶと、ふたりにサーベルをむけた。
 しかし、ちはるの暴走はとまらない。
「あんたがだまってなさい、このクソ猫!」
「く、クソ猫とは何だニャ! こんニャに口の悪い女は、見たことニャいニャ!」
「うるさいわね! どうせあたしは、がさつでデリカシーがなくて口の悪い男女おとこおんなよ! どいつもこいつもバカみたいなマネばっかりして! あったまきた!」
 ちはるの剣幕けんまくに、スフィンクスは一瞬ひるんだ。だが、武器を持っているという自信があったのか、積極的にまえに出ようとした。これが運の尽きだった。ちはるはそばにあったモップを手にして、スフィンクスのサーベルをはじき飛ばした。剣道の禁じ手、巻き上げという技だった。
「ニャニャニャ?」
 スフィンクスは狼狽ろうばいして、部屋を飛び出した。
「待てっつってんのよ!」
「そんニャこと言われても待たニャい!」
 ちはるはスフィンクスを追って、石畳いしだたみの廊下を全力疾走した。その魔の手から逃れるため、スフィンクスは、右に左に進路を変える。足の速さには自信のあるスフィンクスだったが、ちはるの身体能力が、それを上回っていた。不案内ふあんないな地理にもかかわらず、ピタリとうしろにつけて来た。
 日頃から出入りしている建物とはいえ、すべての道がスフィンクスの頭に入っているわけではなかった。時計台の構造は、あまりにも複雑だ。
 その時計台から水の神殿につながるトンネルを抜けたところで、スフィンクスはとうとう、見知らぬ場所に出てしまった。そして、T字路にぶつかった。
「オオカモメさま! 助けてニャー!」
 スフィンクスは、右に進路をとった。左脚ひだりあしの筋肉が右脚みぎあしのそれよりも発達しているという、身体的な理由からだった。直感ではなかった。
 ところが、十メートルと進まないうちに、スフィンクスは不安になった。通路は完全な一本道で、奥にとびらをのこすのみ。鍵がかかっていれば、終わりである。
「ひらいてニャ!」
 バンっという音を立てて、とびらはスフィンクスを受け入れた。けれども、それが運の尽きだった。予想以上にとびらが軽かったため、スフィンクスはいきおいあまって、床に倒れこんだ。
 立ち上がるひまも与えずに、ちはるの影が、背後からのびてくる。
「さてと……」
 スフィンクスは、おそるおそるふり返る。時代劇の悪役のような顔をしたちはるが、口もとに邪悪じゃあくな笑みを浮かべて立っていた。
「さあて、死ぬ覚悟は、できてるんでしょうね?」
「で、できてニャいです!」
「それなら、三秒以内に……」
 そこまで言って、ちはるの表情が変わった。彼女の視線はスフィンクスの頭上をこえて、はるか向こうがわを見つめている。
 スフィンクスもつられて、首を九十度ひねった。そして、自分がどこに逃げこんだのかを、やっとのことで把握はあくした。
 ここは、水の神殿の最深部――浄化の間だ。体育館ほどもある広間の中央に、巨大な噴水ふんすい鎮座ちんざしていた。そこから滔々(とうとう)と流れ出した水が、三つの水路に分かれて、側孔そくこうへと消えてゆく。それが屋外で幹線水路と合流し、街に膨大ぼうだいな水を供給していることを、スフィンクスは知っていた。オオカモメに最近、そう教えてもらったのだ。
 しかし、スフィンクスの猫目が反応したのは、広間のレイアウトではなかった。噴水のそばに立つ、黒いローブをかぶった人影。その人影がかついでいるのは、人間がひとり入れそうなほどの、大きな麻袋あさぶくろだった。
 そして、その表面から、赤い液体がにじみ出ていた。
「ひ、人殺しだニャ!」
 スフィンクスの叫び声と同時に、麻袋は噴水へと投げこまれた。
 水飛沫があがる。
「動かないで!」
 ちはるの制止もむなしく、犯人はすぐに逃走を開始した。
「スフィンクス! 追うわよ!」
「ニャ?」
「追えって言ってんのよ!」
「は、はいニャ!」
 スフィンクスは急いでひざをあげ、ちはるに付きしたがう。
「あいつをつかまえて! あたしは袋をさがすわ!」
 ちはるはモップのを捨てて、噴水に飛びこもうとダッシュをかけた。
駄目だめニャ! そこへ入ったら、死んじゃうニャ!」
「泳げるから平気よ!」
「そういう問題じゃニャい!」
 噴水のふちに足をかけた瞬間、ちはるはのけぞった。
 遠くから見ればただの噴水だったそれは、中心部でうずを巻く巨大な遠心分離機えんしんぶんりきのようなものだった。複雑な水流がからみ合い、とても泳げそうにない。深さも目視できず、底知れない闇がぽっかりと、口を開けているだけだった。
 すでに肝心の袋は、水流の闇のなかへ、消えかかろうとしていた。あたかも人魚のうでが、それを引き寄せているかのように。
 ちはるは舌打ちをして、犯人の追跡へと転じた。相手の足は、さいわいにもそれほど速くない。反対がわのとびらまで、まだ距離がある。
 ちはるはポケットに手をのばした。トトの端末を引っぱり出そうともがく。
 あせりで指がからまない。
「んもぉ!」
 ポケットがやぶれるかと思うほど強くひっぱったところで、ようやく端末が顔を出した。ちはるは眼にもとまらぬ速さで、射撃モードに切りかえる。
 画面が赤くなったのと同時に、催眠弾を発射した。
「きゃ!」
 甲高かんだかい女の悲鳴があがった。体に命中したのか、それとも、的をはずした光線におどろいただけなのか、ちはるの位置からでは、確認できなかった。
「止まりなさい! 止まらないと撃つわよ!」
 黒づくめの女、スフィンクス、そしてちはるが、この順番で浄化の間を飛び出した。せまい通路で、追跡戦が始まる。ちはるはもう一度、端末をかざした。スフィンクスと女が一直線に並んでいて、狙いがつかない。
「スフィンクス! 伏せて!」
「ニャ?」
「伏せて!」
 スフィンクスは両腕を伸ばし、見事なヘッドスライディングをきめた。石畳との摩擦まさつで、ひじを痛めたのだろう。スフィンクスは、苦痛に顔をゆがめた。
 ちはるは心のなかであやまりながら、発射ボタンに手をかける。液晶まであと数ミリというところで、前方に水飛沫があがり、犯人は視界から消えた。
 おくれて発射された催眠弾は、奥の壁に当たって、黒いシミを作った。
「そ、そんニャ!」
 なにが起こったのか、ちはるは理解しかねた。スフィンクスはさきに立ち上がって、よろめきながら水路へ歩みよる。ちはるもようやく追いつき、彼女の横に立った。波紋はもんがひろがり、気泡きほうがぶくぶくとはじけていた。
 ふたりとも、目のまえで起こったことが、信じられなかった。
「人魚だニャ……人食い人魚……」
「これ持ってて!」
 端末をスフィンクスにほうり投げ、ちはるはシャツを脱ぎすてた。
 そのまま、水路へと飛びこむ。水の音がして、彼女の視界は、ガラスのような透明性を帯びた。すぐさま左右を見まわす。あやしい人影はない。水と同化してしまったかのようだ。
 おかしい。そこまで速く泳げるはずがない。たとえあの人影が、エシュバッハ一族のメンバーだとしても――パニックになりかけたちはるは、冷静になるよう、自分に言い聞かせた。三百六十度、全方位に体を動かしてみる。
「!」
 スフィンクスが待機しているがわの壁に、ぽっかりと穴が空いていた。水を分岐させるための、側孔のように思われた。
 ちはるはゆっくりと、穴に泳ぎよる。用心しつつ顔を近づけると、数メートル先に、例の人影が見えた。その人影は、ローブを着ているにもかかわらず、信じられないほどのスピードで遠ざかり、そのまま上方へと姿を消した。
 抜け道だ。あのあたりで、地上とつながっているのだろう。
 そう推測したちはるは、全身の筋肉を使って、女を追った。

 ガチャン

 重たい金属音が、水中にひびいた。前方が暗くなる。
 出口にふたをされたのだと理解するまで、数秒とかからなかった。ちはるはあきらめずに、目測もくそくで出口まで泳ぎきる。見上げれば、案の定、マンホールのような物体が見えた。手を伸ばすと、指先に空気がふれた。水面とのあいだには、数センチほどのスキマがあるようだ。
「ぶはッ!」
 ちはるは顔をあげ、息つぎをする。服を着たままの遊泳ゆうえいは、彼女に相当な体力を消耗しょうもうさせていた。剣道部できたえているとはいえ、限界があった。ぜえぜえと呼吸をととのえながら、彼女はマンホールの底に手をかけ、力をこめた。
 びくともしない。固定されているのか、それとも、足が浮いているせいで力が伝わらないのか。ちはるは二、三度、マンホールにこぶしを叩きつけた。
「ダメね……応援を呼ばないと……」
 ちはるは深呼吸し、水面に顔をしずめた。壁づたいに、来た道をもどる。
「プハッ!」
 水面から顔をあげ、ちはるは頭をふった。
 水のしずくが、髪から滝のようにしたたり落ちる。
「ハア……ハア……逃げられちゃった……」
「お気の毒ですが、あなたがたは逃げられませんわよ」
 ちはるは、ゆっくりと顔をあげた。ドレスのすそ、くびれたウエスト、大胆に露出した胸もと、そして、ふてきな笑みを浮かべる、熟年貴婦人の顔。
 だれだ?――ちはるは、この女性、メラルダに出会ったことがなかった。
 女のうしろには、武装した衛兵えいへいが数人、ちはるを取り囲むように立っていた。
「ご、ごめんニャ……さすがに、この人数はムリだニャ……」
 スフィンクスは、ちょうど彼らに両手をしばられている最中だった。
「オオカモメの手下が、白昼堂々、水の神殿でどろぼうとは……あきれました」
「ち、ちがうの。あたしたちは……」
「言いわけは、あとで聞きましょう……衛兵、この者たちを連れて行きなさい!」
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