挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件 作者:稲葉孝太郎

第5章 誰かが誰かを殺すとき

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

10/26

第8話

「人魚の化石?」
 ちはるは、すこしばかりかすれた声で、そうたずね返した。
 ここは、街の中央にそびえ立つ、時計台の一室。歯車の音が、石壁をとおして聞こえてくる。ちはるとトトは、そまつな木箱のうえに腰をおろしていた。その正面に座っているのが、オオカモメ。スフィンクスは出口をふさぐように、とびらにもたれかかっていた。
「そうだ。人魚の化石だ」
 オオカモメの作ったような声音こわねが、ちはるの神経をさかなでした。
「それがあたしたちと、どう関係するの?」
「関係はない」
 質問をばっさりと切り捨てられた。ちはるは、思わずまゆをひそめる。
「いいかげんにしないと、怒るよ?」
「関係ないからこそ、おまえたちを選んだのだ」
 さきの見えない説明に、ちはるは席を立ちかけた。
 しかし、スフィンクスが剣のつかに手をやったので、ふたたび腰をおろす。
「人魚の化石を知らないとは、よほど遠くから来たのだな……都合がいい」
 昨晩、路地裏で身柄みがら拘束こうそくされたちはるとトトは、ゴンドラでこの時計台に輸送された。一夜を明かすあいだ、脱出の機会をうかがっていたものの、手足をしばられては、どうにもならなかった。オオカモメが日の出とともにもどって来たところで、ふたりはようやくなわをとかれた。そして、人魚の化石という正体不明の獲物えものについて、相談をもちかけられたのだ。
 オオカモメの話によれば、人魚の化石というのは、この街を呪う、怨念おんねんのシンボルであるらしい。その化石が存在する限り、この街は呪われつづける。逆にそれを壊すことで、ひとびとは災難から逃れることができるのだと言う。
「さっきから、イマイチよく分からないんだけど……結局、化石って何なの? 人魚って、そんな短期間で化石になっちゃうわけ?」
 人魚がいつ呪いをかけたのか、ちはるは知らなかった。しかし、何千年前だろうと、化石になるには早過ぎる。地学の授業を思い出しながら、ちはるはそう思った。
「さあな……実際に見た者はいないし、どこにあるのかも分からん」
 ちはるはずっこけて、箱からころげ落ちそうになった。
「石かどうかも分からないってこと? 宝石だったりする可能性もあるとか?」
 オオカモメは動じることなく、静かにうなずき返した。
「デマなんじゃない?」
「人魚自身が、そう言い残した。『我が呪い、永久とわ化石フォシールとなりて、汝らをさいなまん』……ベネディクスに伝わる、民謡のひとつだ」
 民謡――その言葉に、ちはるは首をかしげた。
 お伽噺ときばなしではないか。そう思ったのだ。
「人魚が死んだのって、何年前?」
「かれこれ、三百年以上もまえのことだ」
「だったら……人魚の骨なんじゃない? お墓は、どこにあるの?」
「墓? 人魚の墓か?」
 ほかに、なにがあるのだ。ちはるは、そう言いたくなる気持ちをおさえた。
「それは分からん。いつどこで人魚が死んだのか、だれも知らんのでな」
 オオカモメの答えに、ちはるはタメ息をついた。
「雲をつかむような話だね……」
「だからこそ、人手が必要なのだ。手伝って欲しい」
「宝さがしですか、おもしろそうですねえ」
 トトが、のんきな合いの手を入れた。
 けれども、トトに決定権があるとは、オオカモメも思っていないらしい。彼女の発言を無視して、ちはるの出方をうかがっていた。
 ちはるはオオカモメをにらみつけて、こう切り返す。
「あのさあ、義賊だかなんだか知らないけど、人をおそっといて、どろぼうを手伝ってくれは、ないんじゃない? 虫がよすぎるよね?」
「あれは、テストのつもりだった。エシュバッハ家を敵にまわす以上、外国人で、才能のある者だけが候補になる。ほかにも何人か試したが、骨のあったやつは、おまえたちと、もう一組しかいなかった」
「殺そうとするのがテストなの?」
「危害をくわえようとしたのは、スフィンクスの手ちがいだ。もうしわけない」
 そう言って、オオカモメは頭をさげた。
 ちはるが入口に目をやると、スフィンクスは照れ笑いを浮かべて、その可愛らしい耳をポリポリとかいていた。
「ちはるさん、どうしましょうか?」
 トトが、上目づかいにたずねた。自分では決めかねる、というニュアンスだ。
「……ヤダよ、手伝わないからね」
 ちはるは、かぶりをふった。
「なぜ協力しない?」
「協力しない理由? そっちが協力する理由をげたら?」
「人魚の化石を壊せば、この街の呪いは解ける。エシュバッハ家の支配は終わり、だれもが水を使えるようになる。それで十分ではないか」
「つまり、人助けってわけだね。悪いけど、あたしたちは、この街の政治を変えにきたわけじゃないから」
「そうです。死体のない殺人事件を捜査そうさしにきたんです」
 また余計なことを。ちはるはトトをにらみつけた。
 その瞬間、これまで耳にしたことのない、少女の声がきこえた。
「おまえたち……それをどこで聞いた?」
 それがオオカモメのものであると分かるまで、ちはるは時間を要した。
 その事実を頭のかたすみに置きながら、彼女はトトの失言をフォローする。
「ち、ちがうよ。このひとは、ちょっと頭がおかし……」
「ああ! 頭のおかしいひとあつかいですか!」
 トトは木箱から腰をあげ、ぷくっとほほをふくらませた。
 ちはるはトトのそでを引いて、座らせようとする。
「トトさん、とにかく落ち着いて……」
 ちはるがオオカモメを盗み見ると、あいては動揺していた。
 仮面で顔は見えないのだが、雰囲気で分かるのだ。
 オオカモメは、しばらく押しだまったあと、仮面の下でくちびるを動かす。
「どこでその話を耳にした?」
 ちはるは、この場をごまかそうと腐心ふしんする。
「ちまたのうわさを耳にしただけだよ」
「ちまたのうわさ? ……ウソをつくな。なぜ死体が出ないことを知っている?」
 ちはるは息をとめ、それから、こうたずねた。
「あなた、なにか知ってるの?」
「質問を質問で返すな……なぜ死体が出ないことを知っている?」
「だから、風のうわさで……」
「ウソをつくな!」
 オオカモメの怒声に、ちはるは身をすくめた。その声には、やはりどこか少女めいたところがある。興奮したせいで、変声がうまくできなかったのだろう。ちはるは、そう推測した。
「じゃあ、説明してよ。そういううわさが立ってないって、なんで分かるの?」
 ちはるは弱点を見せないように、断固とした口調でたずねた。
 オオカモメは、平静さをとりもどしたのか、それとも、自分が口をすべらせたことに気づいたのか、若干の間をおいた。そして、こうつぶやき返した。
「おまえたち、化石の捜索そうさくを手伝うか?」
「……それ、答えになってないよ」
「手伝うなら……すこしは情報を提供してやってもいい」
 取引か――ちはるは、トトと顔を見合わせる。
 トトはおどおどするばかりで、なにも考えていないようだった。
 ちはるは、自分に外交権限があることを理解した。
「それなら、あたしたちにも、譲歩じょうほする余地が……」
「いや、待て」
 オオカモメは、ちはるの言葉を制して、物思いにしずんだ。
「……今の話は、なかったことにしてくれ」
「え? あなた、なに言って……」
「話したところで、おまえたちは信じないだろう」
「それは、実際に聞いてから判断……」
 オオカモメは突然、立ち上がった。
「スフィンクス、こいつらを閉じこめておけ」
「了解ですニャ」
 指示を告げたオオカモメは、ちはるの横を通りすぎる。
 すれちがいざま、相手の手がふるえているのを、ちはるは見逃さなかった。
「ここで、おとなしくしてるニャ」
 オオカモメのあとに続き、スフィンクスも廊下に出て、とびらをばたんと閉めた。
 鍵をかける音が聞こえる。ちはるとトトは、ふたたび監禁されてしまった。
「はぁ……」
 ちはるは肩を落として、周囲を見まわす。壁には小さな通気口つうきこうがあるだけで、とてもくぐれそうにない。窓には鉄格子てつごうしがはめられていて、ひとを閉じ込めるには、おあつらえ向きの空間だ。
 脱出する方法を模索もさくしていると、ちはるは、そでを引かれた。
 ふりむけば、トトが端末を持って、こちらにほほえみかけていた。
「ここを押すと、ミニゲームができるんですよ。ひまつぶしにやりましょう」
「いや、それはちょっと……」
「ゲームはお嫌いですか? やってみると楽しいですよ?」
「そうじゃなくて、はやくイザムたちに連絡をとらないと……」
 トトは、ポンとひざをたたいた。セシャトと行動をともにしていたちはるにとって、このギャップは強烈だった。とてもではないが、検史官とは思えない。
「そう言えば、メールが来てましたね。さっそく、返信しましょう」
 ちはるが見守るなか、トトは未開封メールのアイコンにふれた。
「何て書いてあるの?」
 文章をスクロールさせながら、トトはだんだんと青くなった。
「た、たいへんです! キリヤさんたちも襲われてます!」
「えぇ!」
 これは、トトの説明不足だった。メールには、オオカモメたちに襲われたあと、無事に脱出したことが書かれていた。彼らは今、空港でローザと会っている。
 けれども、それを知らないちはるは、気が動転してしまった。端末をひったくると、電話帳をひらき、霧矢の名前を強くプッシュした。

 プルルル プルルル プルルル

 三度呼び鈴が鳴ったあと、音がとぎれた。
「もしもし? イザム?」
《おかけになった番号は、この世界ではお使いになることができません。相手方が同じ物語の世界にいるか確認し、もう一度おかけなおしください》
 ちはるは、なにが起こったのかを理解できなかった。
 トトは、もうしわけなさそうに、下を向いている。
「すみません……アドバイザーの番号、登録し忘れました……」
 ちはるのなかで、なにかがはじけた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ