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08「side~彩羽×雪」

 知らない村の、知らない道を、これまたよく知らない男と歩いている。
 そんな普通なら違和感を抱いて当たり前の状況に、妙に落ち着いている自分に驚く。尤も慌てた処で解決策もなければ、一人はぐれた処で“不審人物”にしかなれない。何も分からない事に心細さでもあれば少しは可愛げがあるんだろうが…俺にはソレも望めそうになかった。

―むしろ、この状況を有り難く思うよ。

 誰も自分の事を知らない。
 素性も過去も、縛るモノは何もなくて唯一の自由がココにはある。

「……」

 前を行く男―彩羽―にとっては“不自由なセカイ”のようだが、それでも彼は“大人”だと思う。

―まっ、心許ない部分も多そうだけどな。

 先程絡んできた男たちを、彼はその身に潜む力で焼き払った。
 死ぬほどの大怪我ではないらしいが、心底怯えた眼をした彼ら―警備部―はその場から動く事も出来ずに彩羽を見つめる。ただ一つ口走った言葉が、彼の理性を吹き飛ばしたのだ。

“トガビトノコ”

 勿論、聞いた事もなければ知る由もないその言葉の意味する処なんて分からない。それでも、彼が触れられたくない何か(・・)がそこにはあるのだろう。だからこそ、その“傷”には触れずに距離を置いた。これは彼の不可侵領域に他ならないから…。

―厄介なもんだよ。俺も……お前もな。

 負うモノは“罪”か“己”か。
 何となく、彼からは同じ匂いがした。
 
人気のない路地を黙って進む。
別に会話が欲しいわけじゃない。それでも、彼が今どこに向かおうとしているのかは気になる。だから聞いてみる。

「それで、今どこにむかってるのさ?」

 不意にかけられた言葉に彩羽は少しだけ視線を向けると、またすぐに前を向く。答えがないのかと思えば、しっかりと言葉だけが返ってきた。

「海沿いの村まで行く。伝承が生まれた地だよ」

 彼の言葉に一瞬キョトンとした間抜けな表情を浮かべてしまう。どこをみても“海”なんて見当たらない。それどころか“波”の満ち引きの音でさえも聞こえて来ない。どこに海があるというのだろうか。

「…海…ねぇ」

 一人言のように呟いた言葉を拾い上げて、彩羽が軽く頷く。

「海は、異世界へと繋がっている考え方があるんだ。故に、そうした伝承も数多くある」

―いや、俺が聴きたいのはソコじゃなくてっ…。

 “海”が何処にあるのかを聞きたかったのだが、彼は予想に反してこのセカイでの“海”に対する考え方を話す。もちろん彼の言う“伝承”とやらが気にならない訳ではない。俺らの世界にも“海”はあるし、何より記憶を留めたあの場所の名とも関連性がある。ただ、そんなこと(・・・・・)よりも気にかかる事が一つ…こちらの方が幾分も重要に思えた。

「…ふ~ん」

 思わず腕を組めば、自然溜息にも似た声が漏れる。気になっている事は聞かなければ気が済まない性質なのだ。

機械(あれ)はどうなるの?」

 俺の質問に彩羽は不意にその足を止めた。どうやら真面目な話になりそうだ。

「海は同時に交易の場でもある。異国から齎された――あるいは、どこかから漂着した機械(アレ)は、当然“珍しいモノ”として上に献上されるわけ」

 真剣な表情をして、彼は至極丁寧に説明してくれる。彼のする説明は分かりやすく、“役人”だと言っていた事も何となくだが頷けてしまう。

「そして、地下の禁書庫に大切に保存されてました、ってのはどうだ?」

 説明を終え、彼が俺の顔を覗き込むように窺い見る。その視線は自分の説明の是非を問うようで雪は曖昧に口元を引きつらせた。

―俺が聴きたいのはそうじゃなくて…。

 あの機械がこのセカイにある事が不安だ――と、口にしなくては分かって貰えそうにない。察しが良い男だと思っていたのだが、どうにも今日は会話が噛み合わないように思う。気が付けば物騒な事を呟いていた。

「…アレ…持って帰っちゃまずい…か?」

 語尾が尻すぼみになったのは窺うように視線を向けたその先に、彼の引きつった笑いがあったから。明らかに怪訝そうな色をその瞳に宿している。

「万が一バレたら、さっきみたいのじゃ済まないぞ」
「…だよな」

 彼の苦笑いにつられ、同じように苦い表情を浮かべると自分でも肩が落ちたのが分かる。落胆せずにはいられなかった。頭上で困ったような呆れたような溜息が零れる。

「…大事な物なのか?」

 不意にかけられた言葉に雪は俯いたまま考えるが、その答えは出ない。アレが何に使われていた機械なのかも分からずに、しかも自分は“雀”の様に機械に詳しいわけでもない。所見だけでアレが“大事”かを判断するのは容易じゃないだろう。だから。

「大事かどうかは分からない。ただ、アレがこのまま“このセカイ”にある事が不安だ…」

 ずっと胸の内に燻っていた思いを正直に告げてみる。
 もしかしたら“なんだ、そんなこと…”と笑われてしまうかも知れない。
 それでも埒が明かないやりとりを続けるよりも、その方がずっと有益に思えた。不意に彼は俯く。

「そうか…」

 短く相槌を打つと、視線は落としたまま呟いた。

「また“空間転移”が起こるかもしれないよな…」

 その言葉は真剣で、揶揄う様子など微塵も感じられない。自分の感情を悟ってくれた事を僅かに感謝すると、雪も静かに頷き返した。

「…今は動力を失っていても、お前の奥さんのように不意に巻き込まれる事もあるだろう」

 何を“動力”とするかは定かではない。
 単に残っていた僅かなエネルギーが発動したのなら良いが、もしあの機械が“人”を糧として動くものだとしたら“生命”の危険まで伴う可能性がある…いや、“ない”とは言い切れないのだ。

―出来る事なら“前者”が良いんだがな…。

 可能性として捨てきれない以上、その考えを消し去ることは出来ない。彩羽の妻である“金糸雀”は無事だと思いたいが、それも希望論といえばそれまでだった。
 一つ息を吐いて彩羽が伏せていた顔を上げる。そこにはいつもの笑顔が浮かんでいた。

「ま、何にせよ元に戻る方法を探すのが先だな」

 何度目かになる明るい笑顔に励まされると、雪も心に巣くう不安をふっ切って微笑む。

「そうだなっ。帰れない事にはどうしようもないしな」
「よしっ、行くぞ!」
「おうっ」

 互いに小さく頷き合うと、どちらからともなくその歩みは早められる。二人はそのまま会話もなしに村への道を急いだ。


「さぁて…どこから当たるかな…」

 村について開口一番、彩羽はキョロキョロト当たりを見回しながら呟く。一人言の様なその言葉に相槌を打つべきかと考え頭を掻くが、打たないよりは打つ方が良いだろうと結局頷いてしまった。

「とりあえずは御歳を召した方か?」
「そうだな、ベタに村長とかいってみるか」

 雪の反応に彩羽は苦笑いを浮かべる。相槌は必要なかったのか…。
 視線があったことで今度は返答を求められているのだろうと、真面目な顔で頷いた。一応、注意喚起もしておくべきだろう。

「くれぐれも、問題は起こしてくれるなよ…彩羽」
「信用ねぇなぁ、俺…」

 その一言に彼は分かるように脱力して呟く、その姿を横目で見ながら雪は冷たく二の句を継ぐ。

「当たり前だろ。ご主人様(・・・・)短気だから」
「…お前に言われたくねぇよ」

 耳に届くは皮肉交じりの言葉と軽い笑い。うん。こういうのは別に嫌いじゃない。こんな風に叩かれる軽口は元の世界に居る仲間たちを思い出させる。

「さて、村長の家はどれだ?」
「…多分、あそこだろ」

 思わず浮かびそうになる笑みを抑え、何事もなかったように彼の皮肉を受け流すと彩羽は頭を掻いてからスッとその手を上げる。指した指の向こうに見えるは、村の中で一際目立つ大きい屋敷。思わず“ああ、確かに”と思える程の大きさのそれに雪は眼を細める。

「ふ~ん」

 見たからにでかい家に住む年配の人…しかも“村長”ともなればイメージでは“頭の固い老人”。勝手な想像かもしれないが気分は自然重たいものへと変わる。

「…話が通じるといいな」

 その思いのままに口を開けば、隣に立つ彩羽はムッとした様な表情を浮かべた。

「俺だって、一般民相手に“能力”を使ったりしないさ」

 彼が言おうとしている事の意図が分からなくて、眼を見張る。

―何を…? もしかして…。

 思い当たる節に湧き上がる温かい気持ち。
 どうして今日はこんなに噛み合わないのだろう…そう思いながらも浮かんだ笑みは予想以上に優しいものへと変わる。

「違う…相手の頭(・・・・)が固くなきゃ良いなって話だよ」

 不意に彼女が浮かべた笑みに、彩羽は慌てたように「あ…悪い」と謝ると伐が悪そうに視線を逸らした。その様子に意地の悪い気持ちが湧きあがり、ついつい揶揄いたくなってしまう。

「変なとこ早とちるよな~」
「雪が突っ掛かるような言い方するからだろ」

 悪戯っぽく軽い皮肉を言えば真っ赤に染めた顔で言い返す彩羽。その言葉の意外性に驚いて、雪は無邪気な笑いを浮かべた。

「悪かった。これが地だ」
「良い性格してんな」

彩羽もつられた様に笑う。その声の調子には揶揄うなものが含まれている。それが余計に雪の気持ちを軽くした。

「…上等(・・)…だろ?」

不意に溜息が零れる。
急に真面目な顔をしたかと思ったら、今度はまっすぐに雪の顔を見つめた。

「間違っても、村長相手に暴れるなよ」

 警告とも取れるその言葉に、雪は渇いた笑いを浮かべ「了解」と相槌を打つ。その手はひらひらと振られ会話に加わる意思がない事を安易に告げる。

「俺は口を開かないから、好きにやってくれ」

 その言葉に彩羽は苦笑いを殊更強く刻むと、
「ぜひともそうしてくれ」
なんて言ってのけた。仕方ない反面、少し腹が立つのはどうしてだろうか…。

「…」
「まだ黙らなくていいぞ…」

 言葉通りに俯いて黙り込めば、返される彩羽の言葉。困ったような表情なのは気のせいではないだろう。その言葉に雪も曖昧に苦笑いを返した。そして、その扉は開かれる。

「失礼、役所の者です。村長殿にお会いしたいのですが…」

 一歩、館の中に足を踏み入れれば彩羽の纏っていた雰囲気ががらりと変わる。
 それは役人―西條 彩羽―のものへと移り変わり、どことなく話す声も先程より低くなったように感じた。突然の役人の訪問に、奥からは慌てたように使用人と思われる女性が駆けてきた。その顔は何処となく青ざめているように思う。

―“役人”って、何なんだよ。

 畏れられる存在で、一般民とは違う“特殊”な人。それが役人なのだと、聞かずとも理解はしたつもりだ。それでも、こんな風にあからさまな態度を向けられれば嫌でもその存在の意味を問いたくなる。居心地の悪さはこの際どうしようもないのだろう。

「まぁ、お役人様…! 少々掛けてお待ちくださいませ」

 来た時同様慌てて下がる女性の背を見つめ、黙る。
 嫌な感覚が徐々に湧き上がってくるのをただ待つことしかできない。
 “役人”と“一般民”の中にある確執が、嫌でもソレを雪に気付かせていく…。

「ん? どうした?」

 雪の様子に気が付き、不意に振り返った彩羽が言葉をかける。その心遣いは有り難いものだったが、今は視線を合わせられそうにない。ただ、何も言わずに首を横に振って見せた。

「…俺、女の扱い方下手だなぁ…」

 彩羽が困ったように眉を顰め、ぼそっと呟く。その呟きにも返す言葉は持ち合わせていない。

―止めろ。今は…。

 生まれ出る感情に流されまいと必死で意識を保ち、目の前の光景に集中する。口を開けばすぐにでも飲み込まれるような…息をする事さえ怖くなった。その時。

「お待たせ致しました。本日はどのような…?」

 現れたのは老齢な男、彼が村長なのだろうか。その姿は、顔に刻まれた幾筋もの皺には確かに歴史がありそうに見えるが、それにしては“威厳”と言うモノが微塵も感じられなかった。震えてるんじゃないかと言うほどの怯えた声音に、不安に揺れる瞳。何をそんなに怖がるのだろう。まるで借金の取り立てに怯えているようにさえ見える。

―“役人”に対する態度がこれか??

 そんなことを気にも留めずに、彩羽はスッと掛けていた椅子から立ち上がると初対面の際に雪にしたように“身分証”を翳す。その手に迷いはない。

「突然申し訳ない。知識部所属の西條彩羽と申します。こちらは…神谷雪」

 不意に名前を呼ばれ雪は慌てて会釈を返すが、老人はそれに気づく余裕もない様子で真剣に彩羽へと視線を注いでいた。

「個人的に調べている件がありまして、少しお話を聞かせて頂きたいのです」

 彩羽の申し出に、困惑顔を浮かべる村長。無理難題を吹っ掛けたつもりはない。それなのに、渋るのはどうしてだろう。

「はぁ…」
「ここは“マレビト”伝承発祥の地ですね? そして“カミカクシ”の伝承も」

 村長の渋い顔を気に留めるでもなく話を進めると、彩羽が一瞬息を吐く。そして不意に細められた眼は怪しい輝きを放った。

「単刀直入にいきましょう。実際、この地で伝承と同じような事例はありませんか? 人が突然現れるか、消えるかしたような…」
「それは…」

 浮かんだ笑みは高圧的に刻まれ、目の前の村長の額には脂汗の様なものが滲む。良い気はしないが、口出しはしないと言った以上、雪に出来る事はなかった。更に彩羽の言葉は続く。

「否定しないと言う事は、肯定と見做します。何故隠すのですか? 役所の連中といい…、知られては困る事でも?」

 詰問に押し黙っていた村長は恐る恐る口を開いた。

「物騒な噂が立って…歓迎する者等おりますまい」

 彼の意見は尤もだ。それを否定することはできないだろう。誰だって少なからず保身は図る者だし、それが人としては当然だ。

―厄介な事に首を突っ込むなんて、普通はしない。

 彩羽も納得したように頷くが、その眼には明らかなる侮蔑の色が現れる。

「…あぁ、南方セカイは観光も貴重な財源ですからね。確かに、おっしゃる通り」

 冷たい物言いに、目の前の老人の肩がピクリと震える。その心に何が巣くっているのか、見て取るように分かった―畏怖の念だ。

「では、この件に関する事は他言無用ということで、ご協力いただけませんか?」
「…はぁ」

 俯いたままいまいち煮え切らない彼の態度に、彩羽の顔に笑みが浮かぶ。今まで見た事もない故意に作られた“笑顔”。

「役人の頼みを断るとは、骨のあるお方だ」

 その笑みは今までで一番黒いような気がした。雪の背中にも冷たいものが走る。

「ですが、利口ではない。私の言いたい事がお分かりでしょうか?」

 彼が息をのむ。
 思わず顔を上げたはいいものの、どんどん委縮していく彼の様子に雪は眼を伏せた。

―なんて奴だよ…。

 隣に座る彩羽に苛立ちを覚える。それでも、口にはしない。このセカイに関わってはいけない。本能がそう告げていた。

「こ、断るなど…。私の知る限りでよろしければ…お話します」

 慌てた様子で言い繕うと、彼は後ろに控えた使用人を片手で呼び寄せ何事かを呟く。彼女が一つ返事で会釈を返せば、安堵したように漸く止めていた息を吐いた。彩羽は一瞬、ホントに誰にも気づかれない程の瞬間だけ顔を歪めると、また作り笑いを浮かべて見せる。

「ありがとうございます。聞きたいのは一点。失踪が起こる、決まったポイント―もしくはエリアがありませんか?」

 彩羽の言葉に使用人に持って来させた地図を広げると、村長は相槌を打つ。広げた地図はテーブル一面に埋められた。

「えぇ…ご推察の通り。多くの者が、この入江付近で失踪しております」

 彼の指さす場所を覗きこみ、黒い笑顔を浮かべる彩羽。雪もそっとその地図を覗きこんだ。

「成程…名所の浜と隣り合わせですね。変な噂が立てば困るはずだ」

 村長が怯えたように視線を向ける。彼は懇願した。

「どうか、この事は内密に…」

 そんな彼を見向きもせずに彩羽はサッサと立ち上がる。見下したように彼を見て、興味も薄く吐き捨てた。

「えぇ、私は噂話に興味はありませんから。東方セカイの所属役人ですし、南方の村をどうこうするつもりもありません。ご協力感謝します」

 それきり彼に視線を向ける事もなく隣に座っていた雪に「雪、行こう」と声をかけた。その声に雪は立ち上がると、未だ暗い表情を浮かべる彼に軽く会釈をして先を行く彩羽の背を負う。苛立ちは募るばかりだ。

 屋敷を出て暫く行くと、彩羽は溜めていた息を吐き出すように不意に立ち止まり盛大な溜息を吐いた。
「…はぁ~ぁ…」

 雪も同じように立ち止まり、腕を組む。その表情は晴れない。

「…いつもあんな悪徳商売(・・・・)みたいなことしてるのか?」

 思いがけない彼女の一言に彩羽は激昂した。

「俺だって好きでやってるわけじゃない! …このセカイじゃ、誠意の方が嘘臭いんだ。反って足元掬われる。穏便に済ませるには…ああやって“高圧的”にいくのが一番なんだよ」

 まるで言い訳でもするように、彼はけたたましく喋る。その眼を見つめている事が出来なくて、雪はスッと視線を落とした。

「…このセカイの情勢には明るくない。でも、これだけは言える」

 徐に彩羽と視線を合わせる。その瞳には揺らぐことのない強い意思が浮かび、逸らされることのない眼は真っ直ぐに彼を見据えた。

「あれは“否”だ」

 雪の言葉に、今度は彩羽が視線を逸らす。どこか苛立つような彼の様子に雪はただ黙っていると、不意に背を向け歩きだした。

「言われなくたって…分かってる…!」

吐き捨てるように呟かれた言葉。その言葉に雪の胸は小さく軋んだ。

―何なんだよ…今日は…。

 振り向かずに言ってしまう背中を茫然と見送り、溜息を零す。彼と別行動を取るのが“利口”ではないと知りながらも、その足は自然彼とは違う方へと向いていた。今は距離を置いた方がいい。掴みかけていた“西條彩羽”という人物がどんどん遠ざかるような…知れば知るほど深まる溝に雪は戸惑う。
 自分の言葉の拙さを悔いる気持も僅かながらにあったが、それでも彼の行動を認めることは出来なかった。

 トボトボと行先も知らぬまま赴くままに歩けば、いつのまにか村へと逆戻りしている。ふと気が付けば人もそれなりに多く、行きかう視線は自分に向いているのだと悟る。

―俺、変なのか…。

 今更ながらに自分の格好の異様さに気が付いて、急に気恥ずかしくなる。和と洋を合わせた様な格好に、いつもよりも多く露出している太ももやら腕、そして形だけでも女に見えるかと―多少悪戯心もあったが―つけたエクステが風になびいては頬を擽る。
 “銀色の―”なんて言われるほどに光を浴びて目立つ髪が恨めしく思えてきた。

「やばいな…」

 また変なのに見つかれば、間違いなく絡まれる自信がある。
 その上、その喧嘩を勝ってしまうだろうことも簡単に想像出来た。ここは変な意地を張らずにとっとと彩羽と合流すべきだ。そう思った刹那――。

「おい、そこの」
「――っ」

 不意に後ろから声をかけられれば、同時に走る鈍い痛み。気が付いた時にはすでに遅く、その肩はがしりと掴まれている。

―失敗した…。気を取られ過ぎた。

 周囲の視線に気を取られ、自分のことなんかにかまけているとコレだ。些細な変化に気が付けないとは、管理官としての勘も随分鈍ったもんだ…。

「手を頭上に組み、静かに振り返れ」
「……」

 背に触れるは男の屈強な腕からなるごつごつとした手。しかも何か“能力”を秘めた。明らかに不利な状況に、とりあえず従う素振りを見せようと徐にその手を頭上に上げて見せる。それでも気配は変わらない―警戒体制なのがいやでも伝わってくる。

「よし、こちらを向け」
「……」

 気配から相手が一人だと分かる。
 それもこの屈強な感じは“体術”に特化したタイプ。出来る事なら相手になどしたくはない…それでもいざという時には打って出るだけの策を講じる。

― ひとりなら…。

 焦りは何も生まない。
 今の現状を招いたのは自分だし、ここで彩羽の助けを待つほど可愛らしい性格でもない。
 このセカイの事には詳しくないが、物理的な攻撃さえかわせれば隙をついてこの場を後にすることくらいは出来るだろう。

―振り向いた瞬間を狙う。

 この場所で使えるかどうかは分からないが、意識を“鍵”に集中させていく。意識を繋げて、徐々に“光”を思い浮かべる。機会は一度だけ。それを逃せば自分は容易く捕まるだろう…。

―体格差がでかすぎるんだ。

 男に促されるままゆっくりと振り向く。視線は落とし、そっと目を閉じた。

「妙な真似はするなよ…」

 言うが早いか、男の手が首筋に触れる。危険物を所持していないかボディチェックの為に触れているのだと分かっていても、眉を顰めずにはいられなかった。

―…気持ち悪い…。

 こみ上げる嫌悪感を何とか押し留め、雪はその一瞬を待つ。首から肩、そしてその手が胸元へと渡される。そして――。
 
「んっ…なんだ」

 男の手が布越しに懐に隠し持っていた“警棒”に触れ、それを確かめようと襟首が左右に開かれる。この瞬間を待っていた。

「“Ray”っ」
「――っつ!?」

 低く呻りその名を呼べば、胸元に隠された“鍵”が急に発光して辺り一面を白く染めた。その瞬間を見計らい男の急所を蹴りあげて間合いを取る。そのまま光に怯み、痛みに顔を歪めた男を振り返らずに雪は走りだした。目的地は彩羽が向かったと思われる―あの入江―だ。
かみ合わない会話に、すれ違う二人。
違う世界で生きてきた、それは痛いほどよく分かっている。
それでも、雪には”役人”である彼が許せなかった。

次回はぐれた雪と彩羽は再び出会えるのか!?
そして、伝承の行方は??
お楽しみに!
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