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エッセイ集

転生者とか転移者の現代知識チートって簡単にできるのか?ちょっと考えてみた。

作者:水源
 さて遊廓話でペニシリンの抽出をかいたら、江戸時代の個人でできるわけないんじゃない?とツッコミがたくさん来ました。
そういったものも含めて知識チートってほんとにできるのかちょっと考えてみます。

その1マヨネーズ

 知識チートの代表ですね。
マヨネーズは卵黄と酢と油を混ぜて、乳化させることで作られます。
卵黄に含まれるレチシンという物質が乳化、要するに油と水を混ぜることのできる界面活性作用を持っている事を利用したものです。
この水と油が混ざるという乳化はアイスクリームや牛乳、バターなどでも同じ現象が起こっています。

 で、マヨネーズを作る場合は、まず常温に戻した酢と卵黄をまぜてよく混ぜ合わせたものに、常温の油を少しずつ入れながらよくかき混ぜマヨネーズ状になったらまた油を加えるというのを繰り返して作ります。
いっぺんに油を入れると乳化が十分でなくなり油と酢が分離しますし、油と卵黄を混ぜてから酢をくわえると、バターのように油っぽくなって不味いそうです。
低温だと卵黄レチシンの界面活性剤が不活性化して働きにくく乳化しないのでシャバシャバになりますから、かならず卵や酢、油は常温に戻しましょう。

 で、これは知識チートとしてどうなのということですが、手順や温度についての知識をちゃんと覚えていればそう難しいものではないと思います。
私も昔、家庭科で作りましたし。
もちろんオリーブオイルや大豆油などのくせのない植物油と酢と卵黄が手に入ル環境であればという前提付きですが。

その2石鹸

 石鹸は作品中は高級品として結構使われます。
また、アルコールと同様に一部の細菌やウィルスを殺す効果があるので衛生管理にも使われますね。
石鹸もアルコールも界面活性効果があるので殺菌できる原理は一緒ですが。

 さて、石鹸は動物油、植物油とアルカリを混ぜると作れますが、アルカリはなんでも良いわけではありません。
現代の手作り石鹸を作る人達は基本苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を使います。
液体石鹸が作りたい場合は苛性カリ(水酸化カリウム)ですね。
ただ苛性ソーダや苛性カリは劇物扱いで最近は薬局でもほとんど取り扱わなくなったそうですが。

しかし、大抵の作品中の世界には苛性ソーダがないので、木や海藻を燃やした灰汁を使います。

 で、実際に現代人が灰汁で作成しようとした場合は大抵固まらないようです。
灰汁だとアルカリとして弱いのでしょう。

 では過去の人達は何で石鹸を作っていたかというと基本は牛脂と海藻灰汁の組み合わせのようです。
牛脂は常温だと個体なので牛脂で作った手作り石鹸は浴室のような湿度と温度が高いところでも溶けにくいそうで、海藻やおかひじきのようなナトリウムの多い植物の灰汁は固める力も強いようです。

 なので、石鹸を灰汁で作る場合は動物脂がベターなようです、あれ遊廓話は植物油にしてなかったか?(汗)。
オリーブオイルと海藻の灰汁で作られたマルセイユ石鹸は普通に使えたようなので大丈夫と信じたいところです。
多分風呂に置きっぱなしだと翌日にはデロンデロンになっているでしょうけど。
ちなみにアルカリでも重曹では泡の出る石鹸は作れません。
糠と重曹と油を混ぜたものは糠重曹石鹸として存在しますが泡は出ないそうです。
塩水もアルカリですがこれも石鹸はできないのは言うまでもありませんね。
海水と油を混ぜ合わせれば石鹸ができたらお手軽過ぎですし、人間などが海に入ったらやばいことに。

その3ペニシリン

 ペニシリンは青カビに含まれる抗生物質で、抗生物質の中では一番最初の方に発見されて有名になった物です。
ミツバチがプロポリスで巣箱への細菌の侵入を防止するように、真菌である青カビはペニシリンを表面に貼ることで、ある種の細菌の侵入を防止しているようです。

ペニシリンを抽出するには青カビを水に混ぜて、まず濾過し、油を混ぜてよく撹拌して分離させた後、水だけを抜き取り、炭に吸着させた後、酢と重曹液で抽出するとほぼ純粋なペニシリンが取れるようです。

ただし、青カビには全てペニシリンが含まれているわけではなく、含まれていてもペニシリンの抗生物質作用もピンきりだそうです。
なので本来は青カビを十分な量培養して、同じく培養した黄色ブドウ球菌を使ってペニシリンが十分含まれているか確認しないと駄目だそうですよ。
仁先生もやってませんでしたけどね。(私の記憶違いだったようです)

 で、江戸時代初期だと抽出は無理じゃないかというと、濾過や水溶液からの物質の抽出はこの時代にすでにある技術でできます。
現代でも大学生や一般人が理科室に在る器具程度で作れるようです。
石鹸を手作りできるレベルであれば大丈夫そう。

 濾過は戦で川の水を飲む必要性が有ったことから、抽出は黒色火薬のもとになる硝石を抽出するために必要だったからです。
植物性油脂を混ぜて油溶性、不溶性、水溶性に分けるのはそこまで高い技術はいらないと思います。
ただし、抽出したもとの青カビにペニシリンがなかったり弱かったりする可能性は十分ありますが。
酸とアルカリでの純度の向上を図らなかったのは、酢を入れてペニシリンが壊れるとこまるから、アルカリは重曹のような安全なアルカリ溶液がないからです。
まあ根本的な問題はペニシリンは基本的には口から摂取では意味が無いということなんですけどね、ペニシリンは酸と熱に弱いので。

 まあ、本来は天才が何十年もの歳月をかけて失敗を繰り返して原因を探り試行錯誤して作るようなものを、ただの一般人が知識チートで失敗もせずにちゃんと効果が出るように作るのはのはご都合主義のそしりは免れません。

 あ、でも現代の一般人の人が自作したペニシリンは炭でペニシリンを集めるところまではうまく行ったそうですよ、酸とアルカリでの精製をしたらだめになったそうですが。

4.黒色火薬&銃器

火兵、銃器は戦争を大きく変えたと思われています。
火薬自体は唐の時代からすでに使われていたようですが主に狼煙のような役割であったようです。
火兵が戦場に実戦投入されるのは宋の時代、金や元といった騎馬民族国家に歩兵で対抗する手段の一つとして戦場に投入され、最初は大きな音で馬を驚かす役割でしかなかったものが、ロケット花火のように矢を飛ばしたり、石を飛ばすようになっていきました。
日本には種子島に火縄銃がポルトガルからもたらされたのが最初と一般的には思われていますが、応仁の乱頃には中国から火器の一朱である石火矢などは入ってきていたようです。
しかし、火薬の調達などが大変と、戦国末期までそこまでは広がらなかったようです。

中国にはネジがなかったので、ポルトガルからもたらされた火縄銃より大陸からもたらされていた鳥銃は性能の悪いものとされていますが、命中精度的には実はあまり変わらなかった気もします。

鳥銃は尾栓を抜いてちゃんと掃除をするということができなかったでしょうから、暴発率は高かったでしょうね。

黒色火薬は硝石・硫黄・木炭粉を特定の比率で混ぜ合わせて作りますが、比率が一番大きいのは硝石でおおよそ7割ほどの比率を占めます。
しかし、日本では天然硝石が取れません。
なので、硝石を作り出す方法が必要でした。
毛利などは大陸か半島経由で硝石を作り出す方法を知っていたという話もありますが、基本は種子島鉄砲と同じ経由で伝わったようです。

戦国系知識チート小説を見れば作り方はいくらでもわかるので内容は割愛しますが、基本はトイレや土間の土を水に溶かして、硝酸カリウムを抽出するのですが、抽出した後、黒色火薬として正しい比率や圧縮方法までなんで知ってるのとは言われますね。

まあ、知識チートといえば鉄砲と黒色火薬なのでしょうがないと思いますが、日本は鉄や鉛、真鍮などの資源にも恵まれていないので、その多くは大陸からの輸入品だったため、織田信長は尾張や伊勢、堺などの港を抑え、宣教師の布教を許す代わりに、鉄や鉛や真鍮などの金属や硝石を輸入することで、鉄砲と弾薬を揃えることができたのでした。
なので本当は日本国内だけで何万丁もの鉄砲や弾薬を揃えるのはほとんど無理なんですよね。
鉄は半分くらい、鉛は6割から8割ぐらいは輸入に頼っていたようなので。

 あと、旋盤などがないこの時代、棒にぐるぐる巻きつけて作っていた鉄砲は口径が結構まちまちなので弾の厳密な共通化もできなかったのです。
なので、ライフリングは実際は無理だし危険だと思います、弾がつまって暴発する可能性が高いので。

後装式の銃を大量にハンドメイドで作れる技術レベルに職人がなってるんなら、それは神様の集団だとおもいます。

後、各兵士にちゃんと実弾で射撃訓練もさせないと駄目ですがいつやってるのかなと思うこともしばしば。

まあ、このあたりもご都合主義でしょう。
巴御前の話でも楠木正成の話でも黒色火薬の銃器や大砲を作ってるので、完全にブーメランです。
資源の少い日本では鉄砲や鉛玉や火薬を揃えるのは本当は無理ですとはなかなか言えませんしね。

5・流下式塩田

塩田を作り上げる際に画期的な塩田としてよく使われる流下式塩田ですが、これおそらくそれなりに性能の良い電気式揚水ポンプがないと成立しません。

流下式塩田は、昭和20年から昭和40年ごろにかけてにかけてそれまでの塩田から転換された方式で、海から海水をポンプで汲み上げ流下盤と呼ばれるところに流して天日で海水を蒸発させて濃くし、さらに木の柱に竹の小枝を階段状につるした枝条架に流して、太陽熱と風で水分を蒸発させる方法です。
この塩田ができたことで労働力は大幅に軽減され、効率も、ものすごく上がったのですが、これ前提として電気モーター式のポンプが在るというのが条件なので、水を汲み上げる方法が撥ね釣瓶とかだとたぶん十分量の海水を汲み上げるのは無理なんじゃないかなと思うんですよね。
色々手入れも大変らしいですし。
(高性能な揚水機構があれば、これ以前の塩田よりは効率は良いそうです)

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