妹よ、私の代わりにトイレに行ってきなさい
「おねえちゃん、出来たよ」
「さっさとしなさいよこのクズ!一体いつまでかかってるの!?」
若葉が持ってきたゼミのレポートを、強引にその手から奪い取る。私は思い切り吸い込んだ煙を彼女目掛けて吹きかけた。普段煙草を吸わない彼女は、目に涙を浮かべながら咳き込んだ。私はそれを見て腹の底から熱い優越感が湧き上がってくるのを感じた。
「遅れた罰として今日はアンタが私の代わりに風呂掃除しなさい」
「ええ…今日は桜花おねえちゃんの番だったはずじゃ」
「何よ!? 何か文句でもあんの?」
「………」
軽く一睨みしただけで彼女は何も言わずに黙って足元を見つめた。全く、同じ一卵性双生児なのに何故こうも性格が違ってしまったのだろうか。顔や体型は全く同じなのに、妹の若葉は性格が控えめで、見てるこっちがイライラするほど引っ込み思案だった。妹は昔から自分というものを持っていない。自分の考えがないから、命令されたことをただこなすだけ。こっちの顔色ばかり伺って、嬉しいも悲しいも他人次第の空っぽ人間だった。
だから私は妹を都合よく「使う」ことにした。「使われる」ことに喜びを感じる彼女は、私の理不尽な命令を「必要とされている」と勘違いしせっせとこなしていった。学校の宿題、家事、ゲームのレベル上げ…面倒なことは全部私の代わりに彼女に投げた。他人からは私たちの区別がつかないから、大学受験も何か問題が起きて先生に呼び出された時も、うまくすり替わって若葉にやらせた。妹が必死に寝ずに勉強したり延々と説教を聞かされている間、私はのうのうと部屋で漫画読んだりゲームしていたのだから傑作だ。私は大学に合格し、妹は試験を「欠席」という形で浪人した。
また私が誰かに恨みを買ったときも、代わりに若葉のせいにした。ミステリでよくある双子のすり替えトリックだ。おかげで私が万引きで捕まりそうになった時も、妹が代わりに前科を背負ってくれた。私の代わりに汗を流し、自分の時間を奪われ、挙句謂れ無き罪を背負う妹。これ以上都合のいい存在がほかにいるだろうか。
「ごめんね。少し強く言いすぎちゃった…大好きよ、若葉」
「おねえちゃん…」
すっかり怯えっきって下を向く妹を、私は優しく撫でた。
「じゃあ…私予備校があるから…」
「待って。これからゼミがあるの。カッタルイからあなた私の代わりに出てくれない?」
「え…でも」
「いいわね」
「…うん」
私がにっこり微笑むと、妹もにっこりと微笑み返してきた。何て馬鹿な奴なんだろう。嫌なことも、面倒なことも、なんでも代わりになってくれる。こんな便利な妹を「手放す」つもりはなかった。
それから結局卒業まで私は妹をこき使ったし、卒論も会社への入社試験も実際に働かせるのも妹に代わりにやらせた。毎日私を養うために、必死に何十時間も働いている妹を私は見下した。彼女が私の代わりに働いている間、私はのうのうと部屋で漫画読んだりゲームしていたのだから傑作だ。
今度、妹は社内で出会った冴えない男と私の代わりに結婚するのだという。一度その男を妹が家に招待したが、とてもつまらない男だったので妹にはぴったりだと思った。社内で替え玉入社したことがばれるといけないから、私は家でしぶしぶ「引きこもりのダメな妹・若葉」を演じた。
帰り際部屋で漫画を読んでいると、壁の向こうから「大変だなぁ。あんな妹を持って」という男の話し声が聞こえた。妹はそれを聞いて只々笑うだけだった。自分のことを言われているのに、ホントになんて馬鹿な奴なのだろう。私も笑った。これからも妹には私のために、私の代わりに何でもやってもらわないといけない。