泣く
拙く、読みづらい文章なので、嫌になったら戻るボタンを押してね。
そいつは、いつだって人のためになくやつだった。誰かのために、真珠のような涙をポロポロと流すと、ただそばで見ているだけの自分は、どうしようもなくいたたまれない気分になるのだった。
そいつは今日も泣いていた。また、誰かのために。誰かに何をしたかと聞けば、そいつは誰かの買っていた金魚が死んだのだといった。縁日やなんかのやつだろう、きっとそこまで欲しかったわけでもなかろう、そんなことを思っても、その誰かが確かにそう思っていても、彼女のその澄み切った雫を見るとどうしようもなく無力感になるのだった。
中学校になってもそいつは変わらなかった。むしろ小学校なんかより露骨にいじめが見えるようになったモンだから、彼女は目を真っ赤にして泣く姿をずっと見ていた。その頃になると慣れはしたが、やはり胸に来るこの感覚は変わらなかった。ハンカチを差し出す自分は、どこかそいつに媚を売っているような気がして、申し訳なく感じた。
泣き女なんて名前をつけていじめられ始めたこともあった。そう、それは他人のために可憐に、儚げになくそいつに、少なからず恋をした男がいた。それに嫉妬した女が起こした事だった。自分は身を盾にして、彼女を守るようなことはできなかった。もしかしたら泣いてしまうのでは? そうも思ったが彼女は自分に対してはまるで強かった。そいつは、泣き虫でも弱虫でもない。分かりすぎてしまうだけだ。そいつは、その嫉妬した女のために泣いていたのだ。
偶然にも高校でも同じ道を歩むことになっていた自分は、見慣れた風景に罪悪感を感じていた。自分は毎回毎回、あいつを泣いたままにして、それでいいのかと。そう思っていた頃、そいつにはいいパートナーが現れた。自分の変わりにハンカチを差し出して、理由を聞いてくれるいいやつだ。自分は役目を失った。……いや、役目ではなく、自分の場合もあのパートナーの場合もただのお節介に過ぎないのかもしれない。
高校卒業、涙と桜の時期。結局自分はあいつから目を離せなかった。いつもどこかからあいつの泣く姿を覗いていた。悪趣味で、サディストだと罵られそうなことだ。でも、なくそいつの姿を見ると、どうしようもなく胸が締め付けられて、焦がれるようだった。卒業式のこの日も、彼女のことをいつの間にか探してしまう。……、パートナーと一緒にいる姿を見て、違和感。
泣いていない。
ここ何年もそいつが泣かない姿を見ていない気がした。場所に構わずなくそいつは、今日に限って泣いてはいなかった。……そうか、誰も泣いているからだ。そいつが泣くのは、誰かのため。誰かが飲んでしまった涙を、そいつが流しているんだ。そいつは誰よりも人のためにいたやつだった。
数年後、とある訃報が入った。その名前は、あいつの傍らにいた優しいやつだった。自分は、ただあいつの元へ走った。あいつはやはり泣いてはいなかった。その背中はふるふると何かがこみ上げているのが分かった。瞳が潤んで、やや前をむいていないと落としていしまいそうなほどに満ちていた。
その瞬間、自分が今まで何を言いたかったかやっとわかった。今までなんに焦燥を感じていたのか理解した。それは確かに遅すぎた一言だった。
「誰かのためじゃなく、自分のために泣いてやれよ」
堰を切ったように、という形容詞がこれほど上手く当てはまる人間はいなかったろう。こいつは、俺の胸元が、濡れて色が変わりきるほどに泣き続けていた。初めて、自分のために。我慢していたようだった。
死ぬ直前に、彼女の母親が言い残した言葉だったらしい。
「誰かの為に泣ける優しさを、さらに包んでくれるような優しさを持つ人の前でだけ、あなたは泣いていいわ」
傲慢で、残虐な母親の最後のわがまま。
それを飲んだ時点でこいつは、世界で一番優しい奴だと思った。
そして知った、この感情は、この焦燥があの一言だけではないということを。
「……泣くのは、悲しくて、辛くて、さみしくて、悔しくて、嬉しくて、楽しくて、それらがどうしようもないときだけだ。俺はどれでもなく、泣けない。お前なら俺のために泣いてくれるか?」
自分が言った、この言葉の真意、届いたかどうかは知らない。知らないが、ただ一つわかったことがある。
こいつの笑顔は、とても可愛いということだ。
オチが微妙だった、と今でも思う。べつに彼女って彼氏彼女の彼女じゃないよ。