選ばれし者
この俺、林田タケルは選ばれた人間である。ある時この世のものとは思えない“化け物”に襲われて瀕死の重傷を負った。“化け物”が大口を開けて俺を丸飲みにしようとする。万事休すかと思われた瞬間、俺の右手が強烈な光を放ち、“化け物”の姿をかき消した。それ以来俺は選ばれし者として“化け物”と肉薄の戦いを繰り広げている。
「はずなのに、どうして高校二年の冬になっても“化け物”はやってこないんだ?」
「タケル、お前はマンガの読みすぎだ」
友人シューゴは走らせていたシャーペンを止め、俺に言った。放課後の教室には部活に所属してない者たちがだべっている。俺たちもその部類の人間だ。
「だいたい、“化け物”ってなんだよ。やばいなら自衛隊とか軍隊とかに任せておけよ」
「わかってないなあ。現代兵器なんて通用しないんだよ。唯一“能力”だけがやつらに対抗できる手段なんだ」
「そんな非常識な存在、この世にいるわけがないだろう」
「やつらは人目に付かない闇の世界にいる。影から無力な人間を狙っているんだ。それを阻止するためにシャドウ・キラーと呼ばれる、“能力”を持つ選ばれし者たちが日夜戦っているんだよ。俺もその素質があって、ピンチになると覚醒するはず」
「その辺にしとけ。イタいぞ」
俺の言葉を途中で遮る。それでも俺は論じ終えていない。
「きっと素質があってもきっかけがないからダメなんだ。今の俺はお前のような凡庸で平凡な人間の中に埋もれた存在なんだ。きっかけをつかむためには普通のままじゃいけない! そこで俺は考えた。普通じゃないこと、誰も真似できないことをやればいいんだ。選ばれし者は素質があって普通じゃない人間たちだ。ならば普通じゃない人間になれば勝手に覚醒する!」
「それはどうだろう」
「我が友シューゴよ、お前も一緒に誰も真似できなくておれにできることを考えてくれ」
「誰も真似できないことねえ。犯罪とか?」
ばかやろう、とシューゴの顔面を殴り抜く。シューゴは椅子から転げ落ちた。
「正義のシャドウ・キラーが犯罪なんかに手を染めるわけねえだろうがッ!」
「う……ぐふう……。お前、容赦なく殴ったな……」
「もっとまじめに考えてくれ。俺は正義のシャドウ・キラーになりたいんだ」
シューゴは立ち上がって再び椅子に座る。
「まじめって言われても……。崖から飛び降りたり、火の輪をくぐったりはどうだ」
「崖はいかん。たいがいが立ち入り禁止になってたり、飛び降りたら迷惑防止条例にひっかかるかもしれん。火の輪も同様、きちんと許可を取って、専門家の立ち会いのもとにやらなくちゃ。そんなことしてたら年が暮れてしまう。第一、そっち方面はスタントマンにかなうわけがない。却下だ」
「細かいやつめ。じゃあ少し穿って、人を信じるってのはどうだ。今の世の中、腹の中でどんな黒いことを考えているかわからない。それを越えて、信じきる人間なんてそうはいないだろう」
「なるほど。社会を皮肉ったチャレンジだな。しかしダメだ」
「どうして」
そこまで説明しないといけないか。仕方ない。簡潔に説明してやろう。
「詐欺被害にあう人間は相手のことを心から信用しているんだ。純真な心は誰でも持っている。誰でもできるんだよ、信じることは」
「戦隊ものみたいなセリフだな。じゃあ、逆に誰も信じないってのはどうだ? 誰も信用しない、孤高の存在。普通じゃないだろ」
「それじゃあただの中二病だ」
「こいつ……ッ!」
シューゴでは思いつかないか。仕方ない、俺が一人で普通じゃないことを考えなくては。
「そもそも、なんで選ばれし者とやらになりたいんだ?」
「それはお前、“化け物”と戦うためだろう。“化け物”を倒して英雄になるんだ。そのためには“能力”が覚醒して、選ばれし者にならなくちゃならん。それには誰も真似できない、普通じゃないことをしなくちゃ。人間じゃできないようなことを」
「ああ、そう。じゃあいっそのこと、神にでもなればいいんじゃないか?」
その言葉を最後に会話は終わりだと言わんばかりに、再びシャーペンを走らせる作業に戻った。
投げやりに放ったシューゴの言葉は俺の脳内をかけめぐる。
神になる。人を超えた存在。つまり普通の人間ではなくなる。選ばれし者は普通の人間ではない。ならば、神になれば普通ではなくなり、選ばれし者になれる……?
「シューゴよ! 素晴らしいヒントをありがとう! そうか、神になればいいんだ。神になれば “能力”が覚醒する。いやさ、それ以上の力が手に入る! 化け物どもに負けない力が!」
ああそう、とシューゴは目の前の作業に没頭している。さっきからこいつは何を書いているんだ?
「……よし、完成。後はヨルンを待たなきゃな」
シューゴがシャーペンを置くと同時に爆音がした。すさまじい突風とともに窓ガラスが砕け、大きな破壊音が轟く。風圧に耐えきれず、俺の体は無様に転がった。
「シューゴ、大変だよ! 魔王グラセフトモスがついに人間界の侵略を始めたって!」
教室内にいた誰もが床を転げまわっている中、大きな羽の生えた少女が立っていた。金髪で碧眼、白い肌。服装はどこか異国めいた……というより、まるっきりファンタジー世界の出で立ちだ。室内の惨状は彼女が飛んで窓を突き破ったことによって引き起こされたことのようだ。
「ヨルン、来たか」
少女に応対するのはシューゴだった。
「ニューヨークっていうところにゲートが現れて、そこから魔王軍がやってきてるんだ。今は何とか“協会”が結界を張って、王立騎士団と“竜の牙”、それから“水”のみんながくい止めているの。でも数が多くて、いつ突破されるかわからない」
「“水”の連中が? よっぽど切羽詰まった状況なんだな。でも安心しろ。今、封印のスクロームが完成したところだ。これでゲートを閉じられる」
「よかった。それじゃ、早く行こう。みんな待ってるよ」
シューゴが少女とともに窓へと手をかけた。その時になってようやく口を開くことができるようになった。
「な、なあ、シューゴ。何がどうなってるんだよ?」
「ああ、これ? さっきまで書いてたやつだよ。これを使えばサンヴァティエとこっちの世界を繋ぐ門を封印することができるんだ」
いや、それも確かに気になったけど、俺が聞きたいのはもっと根本的な部分で……。ていうかまた疑問が増えたぞ。
「タケシ、悪い。今日は早退するわ」
「ど、どうしてだよ」
それしか言うことができない俺に背を向けるシューゴ。顔だけ振り向き、言った。
「ちょっと世界を救ってくる」
行くぞヨルン、と言うと少女がシューゴの体を抱えあげ、宙に浮かぶ。見かけの細い手足からは想像できない力を持っているようだ。
「そうだ、タケシ。ひとつ言っとくよ。確かにこの世には非常識な“化け物”は存在しない。でもな、別の世界にはすげえ力を持ったやつがごろごろいるぞ。それこそ化け物じみた連中がな」
最後にシューゴはそう言うと、爆風を残してあっという間に空の彼方へと飛んでいった。教室に残っていた連中も俺と同じように口を開けて遠くを見ている。
「……なんだよ。なんなんだよ。あいつ、まるで世界を救う勇者みたいじゃねえか」
俺はがっくりと肩を落とす。選ばれし者は俺じゃなくてシューゴだったのだ。
「ははは。水くせえよな。なんで言ってくれねえんだよ。言ってくれたら……力になれたかもしれないのにな」
見下ろした俺の右手は仄かに光を放っていた。
(了)