before_50
「最悪だわ……」
麻薬中毒者の気持ちが少し分かったような気がした。
目の前にある、ご馳走に飛びつかずにはいられないこの感覚は、獣と麻薬中毒者と私にしか分からないだろう。
優をまた犯した。
今日は夜やりたいことがあるといって、なかなか寝ようとしない兄に酒を飲ませて無理やり寝付かせた。何度もそこで躊躇った。脂汗を浮かばせて、何度も爪を噛み、これを最後にしようと自分に言い聞かせて、犯した。
満たされ、冷静になり、自分の馬鹿さ加減を目の前にして吐き気がした。
でももうそれも慣れつつある。
慣れ。
傷つけることも、開き直ることも全部。
最早、私は私が自己嫌悪することで“自己嫌悪したのだから罪は白紙に戻った”と思ってやっているとしか思えない。
普通に優を誘ってもセックスしても結局それは彼の心を侵食するだけ。嫌われるだけ。
我慢しようにも、兄のフリフリと揺れる尻を見る度に何度も唾が喉を通る。甘い優の香りに子宮が重くなる。重くのしかかったストレスに病的なまでの欲情が止められない。
これでもセーブしている方なのだ。
できれば一晩中、優の体を舐め回し貪りすすり犯し……。
「寝よう寝なくちゃいけないわ」
私は優の体を元通りにしておくと、自分の睡眠誘導剤を飲んで目を瞑った。
気だるい体を起こす。少し体に疲れは残っているが肌艶はよく、気分は爽快だった。
少し寝過ごしてしまったのか日が高い。
私は欠伸をしながら、リビングに下りた。
「おはようございます」
優月がいた。
「え?」
冗談にも似た突然の状況に笑みが零れる。
「……なんで、優月が?」
何で私の城に、私の唯一の癒しの世界に優月がいる? なんで椅子に座ってお茶を飲んでいるんだ?
私が言葉を失って呆然としていると台所から優が顔を出した。
「あ、おはよう。ご飯はね、温めれば直ぐに食べられるように――――」
「ねえ……何で?」
「今日は優さんと約束がありまして、私と一緒にいろいろ回る予定なのです」
お前には聞いていない。
「そうなの、優?」
私は努めて冷静を装いながら優に聞いた。
優は少し目を泳がせた後にウンとうなづいた。
「どこに、いくの。今日、この日に」
そうだ、今日はクリスマスイヴ。
そんな日にお前はどこへ行くというのだ。どこへ何をしに行くというのだ。どういう意味合いで行くというのだ。
優は私の言葉にあーとかうーとか言いながら目を泳がせて優月に助けを求める。彼女は即座にそれを拾い、聞いていもいないのに喋った。
「図書館とか――――」
「優月は黙ってて!! …………私はね、優に聞いているの」
「優さんがどこに行こうが、それは優さんの自由ですよ。あなたが詮索することでも、文句を言えることでもない」
「私達、家族なの。他所の人が口を出さないでくれる?」
何故か笑みが零れる。
私の心安らぐ砦に土足で入ってきた闖入者に私は怒りを通り越した感情を覚えていた。
優はただオロオロと取り乱し、どうしていいか悩んでいる。
兄が他人をこの家に呼ぶはずがない。とするとやはり勝手にこの端女が来たのだろう。兄さんは優しいから、家に上げたということか。
「優、あなたはその図書館とやらを先にいってらっしゃい」
「え、でも夕香」
「優さん、わたし夕香さんの入れたお茶を久しぶりに飲みたくなりました。ですので先に行っていて下さい。直ぐに追いつきます」
「いや、だって二人とも……そんな喧嘩しそうなのに、放っておけないよ」
「喧嘩はしないわよ。ちょっと話し合いがあるだけ。だから早く出ててちょうだい」
「優さんがいるといろいろ、ややこしいので、さっさと行って下さい」
「……は、はい」
優は私達の剣幕に押されて静かに家を出て行った。小さく行ってきますという声が聞こえた。
私はお湯と混ぜるだけで簡単に作れる安いお茶を優月に出した。
彼女はそれに一口も口をつけず、ただ黙りこくっていた。
優のお茶は飲んだ癖に。
「どうしたの? 飲みなさいよ」
「いえ、あなたの出す飲み物は危ないので飲みません。これからデートなので眠くなったりしたら困ります」
「…………なにをいってるの? デートって何?」
何で。
それを知ってる。
「誤魔化さなくてもわたし、知ってますから。あなたが優さんに何を飲ませて、何をしているのかを。だから優月はあなたを軽蔑します」
そういって優月は赤い瞳を少し細くして睨んだ。
私は自分のお茶を飲み、笑う。
「あっそう。悔しい? 優が私のお手つきで。いいでしょう? 羨ましいでしょう? 優の体で触れてない部位なんてどこにもないわ。足の先から爪の先まで全部私が……」
「論点をずらしても無駄です。あなたが優さんと性行為をする為に薬で眠らせて無理やりことに及んでいるのは事実で、それは強姦です。自分のものにならないから力づくで自分の欲求を満たそうとする下劣な行為です。恥を知って下さい。あなたはいつもそう。叶わない願いは無理やりねじ曲げてでも叶えようとする。周りが傷つくことになっても構わず、それを求めようとする。……血筋ですか?」
侮蔑、軽蔑、蔑視、侮辱の瞳で優月は私を見る。
眠た気な赤い瞳で私を見る。
私は何とか自分の恥部を誤魔化そうと言葉を探すけど、それが出てこない。彼女を言いくるめられる自信がない。
「あ、あなたには関係ないでしょう! あれは私のモノなんだから! 優月なんかに渡さない! あげるもんですか!」
「彼を物のように扱わないで下さい。彼は“人”ですよ。決してペットや物じゃない。ましてや、あなたの性奴でもありません。生きて、考え、笑い泣き悲しみ喜ぶ、ちゃんとした人間ですよ」
「あなたにしては随分、感情的なことをいうのね。……あら、気に触った?」
私の言葉に優月は無言で席を立った。そして私を暗い瞳で睨む。
「……可哀想な人ですね。昔のあなたはそんな人間じゃなかった。少なくとも人を物扱いするような方ではありませんでした」
「ごちゃごちゃ喧しい! あそう、そこまでいうなら今すぐ決着つけてあげましょうか? その細首引きちぎって終わらせてあげればいいの? 目を潰して喉を潰して腕をちぎって、臓物を庭に撒いて欲しいの!? なんでそれをしないか分かる? “借り”があるからよ。だからこうして、大人しくしているってのにあなたは! ねえそんなに死にたい? 私の大切な部分に触れて、私の大切な人に触れて! 優は私のなんだから、私と約束したんだから、何しようと、何が起ころうとそれは私達の勝手でしょう!」
「強制という名の合意で彼を縛って、約束だなんて間違ってます。元はと言えばあなたが……」
「――――ああああああああ、煩いっ!!!!」
机を叩いたのと同時にかしゃんと湯のみが砕ける音。
優月は一瞬それに目を奪われた。
私は彼女の隙だらけの顔に手を伸ばした。
瞬間。
世界が反転した。
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