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 カリカリとメモ帳に何かを記している男に彼女は聞いた。
「ねえ、何故私はこんな僻地の病院にいるの? 何故逮捕されていないの?」
「記録上では初犯ってことになっているのと、未成年だからかな。あと弁護士が心神喪失を訴えたのも大きいらしいね。君は犯罪者というよりも、公式的には病人という扱いなんだ。相変わらず優秀な弁護士だね」
 男はペンを休め、顔を上げると彼女にそういった。
「ああ、母さんの時も同じ人が担当したそうですね。これも本家のおかげって奴?」
「どうだろう。あの家はただ自分の家名に傷をつけたくなかっただけじゃないかな。あの人もそう言ってたし……」
 そういって男はメモにまた目を向けて、ペンを動かす。
 それに夕香はニヒルな笑みを見せた。蔑んだ笑み。
「随分と余所余所しいじゃない。母さんをあの人呼ばわりなんて!」
「……僕は、あの人、苦手だったから」
「だから私達を放ったらかしにして! 母さんが死んだ後も、私達のこの前のことも! そうなのね!? ねえ!」
 夕香は鋭い視線をより尖らせて、男を睨みつけた。
 その言葉に男は微笑みを小さくさせるとがっくりと項垂れ、か細い声で答えた。
「……ああ、僕は本当に駄目な男だ。君たちがそんな目に遭っていたことも彼女が死んだことも、ついこの前まで知らなかった。君たちがそんな倒錯的な関係になっていたのも知らなかった。僕は……変りなしって報告をずっと信じていたんだ。自分で見てないことを鵜呑みにして何年も顔を出さないなんて……本当に僕は馬鹿だ」
「え? ねえ、ちょっとホウコクってどういうことよ……。誰か私達を監視してたってこと!?」
 彼女は一瞬目を丸くし、次に怒気を孕ませながら牙を向いて、男に吠えた。
 男はそれに言葉を選ぶようにして、視線を泳がせて、言った。
「えっと、誤解しないでほしいんだけど、あの子に、優月に頼んでたんだ」
「それって、どういうことよ。じゃあ、何? 優月があの時、私に“友達になりませんか”っていったのは嘘だったの? 私達を観察する為の口実だったの? その後、あなたも知ってる通り私達は喧嘩したわよ。でも、でもそれってあんまりじゃない……! 何よそれ、少しでも嬉しいと思っちゃった私が馬鹿みたいじゃない……」
 夕香は下唇を噛み締め、男から視線を外した。目尻から零れた涙は頬を伝って床に膝に落ちた。
 友達だと思って喋っていたあの時期、そう思っていたのは自分だけだった。
 そう思うと悔しいというよりも、何か虚しいものが胸を突いた。
 必死に男は思考を巡らせ、言葉を紡ぐ。
「僕は決して夕香ちゃんと友達になって近づけなんていっていないよ。きっとそれはあの子の本心から出た言葉だと思う。何で僕に一切のことを伝えなくなったかは分からないし、君に何故そういったのか本当のことは分からない。でも少なくともあの子は人の心を踏みにじるようなことをする子じゃない」
「そうよね、優月は私と違って特別出来がいいものね! 兄に欲情して、兄の心を踏みにじって、暴力を振るう出来損ないとは違うもの!」
「夕香! 僕はそんなことを言っているんじゃない。そんなことを言いに君に会いに来たんじゃない! 僕は君に説教をしにきたんだ。……君は兄さんに酷いことをしたんだ」
 男は少し語彙を強めて彼女に言った。微笑みは消え、表情は辛辣なものに変わる。
 夕香は泣き叫ぶように声を張り上げた。
「今更何よ! しょうがないじゃない、私は物心ついた時から優が好きで、優に欲情してて! 何度も諦めようと思ったわよ。でも変な女が近づく度に怒りがこみ上げてきて、胸が苦しくて、気が狂いそうになって! 優を見る度にうずきが、性欲が抑えられなくなって! 何度も何度も何度も自己嫌悪したわよ、でも抑えられない! これをどうしろっていうのよ!」
「だからって優を犯していいということにはならない。優の心を壊していいってことにもならないんだ。誰かを傷つけて、それで“しょうがない”で片付けることは間違ってる」
「だってそうするしかないでしょう!? 私にはそれ以外何もないんだもの! どんなに賢くても、どんなに容姿が優れていても優は私に振り向いてくれない! 女としてみてくれない! 無理矢理でもしないと優は私に振り向いてくれない! 優が壊れていくと分かっていても、私は優に愛して欲しかった! 優の気持ちを独占したかった……!」
「そもそも、血の繋がった家族が……恋し恋されることが間違っているんだよ」
 男は苦しそうに、胸を押さえていった。
 それはまるで自分に言い聞かせるかのように。
 この場にいない誰かに言い聞かせるかのように。
 いや、正確には違うか。
 彼女は――
「じゃあ! じゃあどうしろっていうのよ! 死ねっていうの? ねえ、父さん! 私はどうしたらよかったの? あの時、母さんじゃなくて私が死ねば良かったの? それとも最初から私なんて生まれてこなければよかったの? ねえ、答えてよ!」
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