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「何故、俺が母親を殺したかですか? うーん、何ででしょうね?」
 白い壁に白いテーブル。鉄格子のはめられた四角い室内。男はボイスレコーダーをテーブルに置いて、鉄格子ごしに見える明るい外を眺めた。病院の閉鎖的な空気とは違う和やかな風と時間が流れている。
 男は外の風景を眺めながら、独り言のように呟いた。
「記憶にない? それとも言いたくないからかな。先生も……僕も昔、嫌なことが一杯あってさ、親友が僕のせいで死んじゃったりとかね。君のそういう気持ち、分かるよ」
「そういうのじゃありません。……あの人が俺に手を出してきたからです」
「……手を出してきた? 暴力を、ってことかな」
「ある意味、暴力ですね。性的な暴力だから。あ、いや……直接何かされたわけじゃないんです。でも、あの人の俺を見る目は異常だった。なんか熱っぽくて、俺の名前を“さん”付けで呼ぶんですよ。『優さん』って。母は父を愛していた。だから父に似ていた俺にそういう感情を抱いたんでしょうね。でも……でもね、俺は俺で父じゃない!」
 力強くテーブルは叩かれ、空気は揺れた。男はそこで初めて、視線をそれに向け、目を細めた。
「そうだね、君はお父さんじゃない。別の誰かでもない、君は君だ」
 歯を軋ませて、憎悪に顔を歪めるそれとは対照的に男は微笑んだ。
 病人のような白い服を着たそれは男の笑みに少し落ち着きを取り戻すが、やはり腹の底にある憎悪が抜けきらないようだった。
「だから殺してやったんですよ。犯されたくないから、俺は俺だから。誰も俺を咎めることはできない。だって……」
 男は静かに手のひらを上げて言葉を制す。それは自己弁護や正当化の為の言葉しかでないと分かっていたからだった。
 そんなものは聞きたくない。
 これは診察でもあるからだ。
 もどかしそうにそれは口を止めて、ジト目で男を見た。
 もう少し話しをさせてよ。
 そんな抗議が男には聞こえたような気がした。
「話しを変えようか。妹についてどう思う?」
「結局こんな形になったけど、俺は夕香のこと、恨んでいませんよ」
「本当に?」
「ええ」
「それは自分の言葉?」
「おかしなことをいいますね。自分の言葉に決まっているじゃないですか」
 満足げな笑みでそれは言った。相矛盾、二律背反の塊のそれは、実に朗らかに。
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