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恋文

作者:るうね
『好きです。明後日の放課後、体育館裏で待ってます』

「何だこれは」
「見て分からねぇのか」
 洋司は鼻息も荒く、自慢げに言う。
「ラブレターだよ、ラ・ブ・レ・タ・ア」
 と、金髪のトサカを撫でる。機嫌がいい時の癖だ。
 私は、じっと手にした手紙を見つめ、
「なんだ、君、私のことが好きなのか?」
「ばっ」
 瞬時に洋司の顔が真っ赤になる。
「馬鹿野郎が! 誰がお前みたいなインテリヤクザを好きだってんだよ!」
「野郎ではなく、女郎と言うべきだな。もっとも馬鹿女郎なんて言葉は、あまり聞かないが。それに馬鹿と言っておきながら、インテリとはこれいかに」
「みなぎ、相変わらず理屈っぽいな、てめーは」
 そう言って睨みつけてくる。
 この男、いわゆるヤンキーである。ああ、ヤンキーという言葉はすでに死語だっただろうか。だが、他に表現する言葉が思いつかない、というかそのために頭を使うのも馬鹿らしいので、ヤンキーでいいだろう。しょせん、私はオールドタイプ。ついでに言っておくと、私達は幼馴染だったりする。
「そうは言ってもな」
 私は手にした紙、ファンシーな便箋だったが、それに、もう一度視線を落とす。

『好きです。明後日の放課後、体育館裏で待ってます』

「朝、登校してきて、いきなりこんな手紙を渡されたら、渡した方が渡された方に好意を抱いている、と解釈するのが普通だと思うが」
「逆だよ、逆」
「うん?」
「俺が書いたんじゃねぇんだよ、それ。朝、来てみたら、俺の机の中に入ってたんだよ」
「……机の中?」
 ひっかかる。が、それを(ただ)す前に、洋司が得意満面で、
「つまり、俺が渡された方なわけよ」
「しかし、この手紙……少しおかしくないか?」
「な、何がだよ」
「どこにも」
 と、便箋をひっくり返し、裏表を示してみせる。
「差出人や受取人、つまり君や君に好意を寄せる人物の名前が書いてない」
「そ、そりゃ、おめぇ」
 洋司は、わずかに鼻白む。
「あれだよ、サブプライム」
「サプライズのことかな、もしかして」
「そう、そのサプライズを意識してんじゃねぇかな。体育館裏に行って、初めて名を明かす。そんな感じなんだよ」
「特に意味のある行為だとは思わないがな。好きだという気持ちを伝えるのに、自分の名を隠すなど」
「女が、みんなお前みたいに淡白じゃねぇんだよ」
 洋司はこちらの手から、手紙を奪い取った。
「きっと俺と同じでシャイな()なんだよ。ポリープ、っていうかさ」
「ナイーブのことかな」
「そう、それよ。で、だ」
 こほん、と洋司は咳払いして、私の顔を見つめた。なぜか分からないが、ちょっと緊張しているように見える。
「これさ、どうしたもんかな」
「どうしたもんか、とは?」
「いや、行こうかどうしようか迷ってんだよ」
「行けばいいじゃないか。君に好意を寄せる異性など、鐘や太鼓で探しても、そうそう見つからないぞ」
 洋司は、むっとした顔で、
「ああ、そうかよ」
 と、手紙を懐に仕舞い、自分の席へと戻っていく。情緒不安定な奴だ。
「おら、どけどけ」
 途中でぶつかった男子生徒に因縁をつけている。とりあえず、蹴り一発で黙らせておいた。
 予鈴が鳴る。それぞれ適当に散っていた生徒たちが、自分の席に戻る。
 いくつか気になることがあった。
 まあ、とりあえず、それらは脇に置いておこう。
 胸中でつぶやき、私は机の鍵を開けた。


「先ほどの手紙だが」
 昼休み。弁当をつかいながら、私は話を切り出した。
 屋上である。夏も終わり、こうして外で食事をするのにいい季節になった。天高く馬肥ゆる秋。
 隣で、洋司も弁当をつかっていた。タコさんウィンナーを、ぱくついている。弁当は妹さんが作っているらしく、全体的にカラフル&ファンシーだ。初めのうちこそ恥ずかしがっていた洋司だが、最近はもう慣れてしまったらしい。
 その彼が、あぁん? とこちらを斜視してきた。ガンをつけないと、会話もできんのか、この男は。
「なんだ、やっぱり気になるのかよ」
 言いながら、金のトサカを撫でつける。私はうなずき、
「奇妙なことがある」
「奇妙なこと?」
「ありえないこと、と言ってもいいな」
「なんだ、俺にラブレターをくれる奴なんているわけないってか?」
「まあ、それもそうなんだが」
 と、私はいったん言葉を切る。
「もったいぶるなよ、何がありえないってんだ?」
「その手紙、机の中に入ってた、と言ったな」
「ああ」
「その手紙の送り主は、どうやって君の机の中に手紙を入れたんだ」
「え、そりゃお前、俺に気づかれないように、こっそりと」
「昨日、帰る時には、机の中に手紙などなかったんだろう?」
「そりゃ、あれば気付くだろ」
「じゃあ、どうやって送り主は鍵のかかった(・・・・・・)机の中に、手紙を入れることができたんだ」
「……あ!」
 ようやく、洋司も気付いたようだ。
 私達が通う、この洞集善高等学校は、ちょっと特殊なところがある。やたらとセキュリティー関係に力を入れているのだ。校門に設置されたカードキー、生徒一人に一つずつ割り当てられた鍵付きのロッカーや下駄箱等々。少しやりすぎだと私などは思うのだが、これが保護者に受けが良い。
 そして、机である。引出しに鍵がついたタイプの机が、全学年の教室に配備されているのだ。鍵がかかった机の中に、昨日の終業時まではなかったはずの手紙が入っていた。いわば、これは小さな密室事件である。
「そりゃあ、あれだ。俺が鍵をかけ忘れたんだよ、昨日」
「それはない」
「あん? どうして、そんなことが言い切れるんだよ」
「昨日は、私が日直だったからだ」
「どういう意味だ?」
「日直の時、私はクラスメイト全員の机の鍵がかかっているかどうか確認している」
 ぶっ、と洋司がうさぎ型のリンゴを噴き出した。
「汚いな」
「確認してる、って。わざわざクラス全員のをか?」
「ああ、鍵をかけ忘れていた者の名を、担任に伝えておくためにな。何もないとは思うが、いちおう用心は必要だろう。昨日、鍵をかけ忘れていたのは、三人。その中に君は入っていない。君の机には、ちゃんと鍵がかかっていた。保証するよ」
「わざわざ、暇なことを……」
「何か言ったか?」
「何でもねぇよ」
 私は、じっ、と洋司の顔を見つめる。洋司は視線をそらし、
「まあ、明後日、体育館裏に行きゃ、誰がこの手紙を出したか、嫌でも分かんだろ」
「そうだな。差出人が誰かなど些細なことだ。問題は、なぜそんなことをしたか、だ」
「なぜラブレターを書いたか、か? そりゃお前、彼氏彼女の仲になりたい、ってことに決まってんだろ」
 私は再び、じっ、と洋司を見つめる。
「な、なんだよ」
「別に」
 そう言って、私は立ち上がる。
「おい、どこ行くんだよ。まだ弁当残ってんじゃねぇか」
「いや、やることができたんでね」
「何を」
 私は、にやりと笑い、
「謎解き、さ」
 そう言って、ぽかんと口を開けたままの洋司を残し、屋上を立ち去った。


「あー、うん、覚えてるよー」
 購買部で店番をしていた女子生徒――たしか花見月こよりといって、学園のアイドルである――は、私の質問にこう答えた。
「間違いないか?」
「うん、ちょうど私が店番してる時だったし。何より有名だもん、あの人」
「分かった。念のため訊くが、これを売ってるのは、このあたりでは購買部だけなんだな?」
「そうだよ。というか、日本でもここだけかも。うちの購買部のオリジナル商品だって話」
 ありがとう、と言って、その場を離れる。これで、私の想像が当たっていることが、ほぼ確実になった。しかし、唯一分からないのは……。
「やあ」
 声をかけられ、思考を中断する。
「奇遇だね、こんなところで」
「生徒会長様か」
 この学校の生徒会長、高峰白馬だった。背が高く、端正な顔立ち、さらには文武両道。成績で校内五位以内を外したことはなく、剣道部でも主将を務めている。そして、なぜか私に惚れていた。
「生徒会入りの件、考え直してくれたかな?」
「会長」
 私はため息を吐く。
「公私混同が過ぎるぞ。私を好きだからといって、生徒会に誘うなど」
「勘違いしないで欲しいな。僕が君を生徒会に誘っているのは、君が有能だからだ」
「本音は」
「君が好きだからだ」
 生徒会長様は本音を問われると、嘘がつけないのである。まあ好漢であることは間違いないのだが……少々疲れる。
 と、向こうから洋司が走ってきた。
「おうおう!」
 私と高峰会長の間に割り込み、思い切り会長に向かってガンをたれる。
「まぁた、みなぎを生徒会に有閑してんのか?」
「僕はマダムじゃない。勧誘してるんだ」
「どっちでもいいぜ、そんなこと。みなぎが迷惑してんだろうが、こら」
「迷惑、というほどでもないがな」
 私をそっちのけで、にらみ合う二人の男。ケンカはやめてぇ、二人を止めてぇ、とでも言っていられれば楽なのだが。とりあえず、洋司に蹴りを入れておいた。
「げふっ」
「何でもケンカ腰になるのは、やめんか」
「ふ」
 会長殿は鼻で笑うと、
「まあ、ケンカを買ってやってもいいが。あいにく、それほど暇でもないのでね。またの機会にしよう」
 そう言って、背中を向け去っていく。
「待ちやがれ!」
「おい、何か用事だったんじゃないのか」
「放課後だ、放課後!」
 そう言い捨て、洋司は会長殿の後を追っていった。
「では、また。我が愛しの君」
 会長は、こちらに投げキスをすると、後を追う洋司とともに階段を上がっていった。
 やれやれ。
 さて、馬鹿二人(成績には相当差があるが)もいなくなったので、私もこの場を離れよう……とした時、
「いいなぁ」
 小さなつぶやきが聞こえた。こよりである。
「何がだ」
 問う。
「え、と……」
 口ごもる、こより。
「言いたくないなら、別に構わんが」
「言いたくない、ってことはないけど、ちょっと恥ずかしいかな」
 無言で続きを促す。
「私ね、あの人が好きなの」
「ほう」
 学校のアイドルと文武両道の生徒会長、あつらえたようなカップルである。
「でも、彼はみなぎさんしか見ていないみたい。ちょっと嫉妬しちゃうな。今朝もラブレターを出そうと思って早く来たんだけど……」
 ラブレター?
「すまない、ちょっと詳しいことを訊かせてくれないか」


 中庭、か。
 こよりから聞いた情報の意味を考えているうちに、放課後になった。つかつか、と洋司が近づいてくる。
「分かったんだよ!」
「何がだ」
 訊き返す。
「トリックだよ、トリック」
「トリック?」
「ほら、どうやって鍵のかかった机に手紙を入れたのか」
 そのトリックが分かった、と言う。
「入れ替え、さ」
 得意げにトサカを撫でる洋司。対して私は顔に疑問符を浮かべた。
「入れ替え?」
「そう、入れ替えだ。お前が机の鍵がかかってるかどうか調べた時、鍵をかけ忘れていた奴が三人いたんだろ?」
「ああ」
「パイントはそこなんだよ」
「ポイントのことかな、もしかして」
 というか、パイントなんてマイナーな単語を知っている方が珍しいが。酒飲みか?
「どっちでもいい。とにかくだ、犯人、というか手紙の送り主だが、そいつは俺の机を自分の机とを入れ替えたんだ」
「入れ替えた……」
「そう。もちろん自分の机にはしっかり鍵をかけてな。だから、お前が確認した時、俺の机の場所には別の奴の机があった、ってわけさ。やっぱり俺は鍵をかけ忘れてたんだよ。お前が確認した時、かけ忘れていた三人のうちに含まれてたんだ。で、お前が鍵を確認した後に、それぞれの机をもとに戻したのさ。俺の机には、例の手紙を入れてな」
 なぜだろう。
「なんだよ、まだ気になることでもあんのか?」
「動機」
「ん?」
「動機は何だ? 誰が何の目的で、君と自分の机を入れ替えたんだ」
「そ、そりゃあ、おめぇ」
 洋司は言葉に詰まる。考えていなかったのだろう。
「スプライト、ってやつじゃねぇか?」
「サプライズだ。わざと言ってるだろう」
 動機、そう動機である。私が唯一、頭を悩ましているのがそれだった。『犯人』は、なぜこんなことを?
 まだ何か言っている洋司の言葉を聞き流しながら、私は思考の海に沈んでいった。


 夜。ぼんやりと机に向かっている。
 なぜだろうな。
 考えることは、洋司のラブレター事件のことばかりである。分からない、理解できない。喉の奥に小骨がひっかかったような感覚。どうにも、すっきりしない。
「明日の予習でもするか……」
 つぶやき、机の中から古文の教科書とノートを取り出す。たしか、明日は新古今だったか。
 教科書を開いて視線を当てるが、全く頭に入ってこない。パラパラと、適当に教科書をめくり――。

『消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露』

 ふと、目が止まった。藤原定家。辞書をめくり、語句の意味を調べる。
「ああ、なるほど」
 そういうことだったのか。私は一人うなずいた。
 脳裏に、こよりの言葉が蘇ってくる。
『でも、彼はみなぎさんしか見ていないみたい。ちょっと嫉妬しちゃうな。今朝もラブレターを出そうと思って早く来たんだけど……』
 さて、そうと分かった以上、どうするか。この事件の謎解き、その演出を、私は考え始めた。


 やあ。
 と、こんな書き出しでいいのだろうか。手紙など、あまり書いたことがないから、いまいち感覚が掴めないな。まあいい。
 こうして、私が手紙を書いているのは、君に例の事件の真相を伝えるためだ。もっとも、犯人である君には全て分かっていることだろうがね。
 まず、あの手紙からいこうか。あのファンシーな便箋、あれを売ってるのは、この辺りじゃうちの購買部だけだというのを知っていたかな。普通の店では手に入らないんだよ。そこで、私は購買部の()に訊いて、最近この便箋を買った者はいないか、と君の容姿を説明して訊いた。ビンゴだったよ。購買部の娘は、君の事をしっかり覚えていた。良くも悪くも、君の容姿は目立つからね。
 さて、次に鍵のかかった机の中に、なぜ手紙が入っていたのか。君は「机の入れ替え」という推理を展開したね。ナンセンスではあるが、たしかに筋は通っていた。ただ一点を除いて。実は、あの日偶然にも君に手紙を出そうとしていた人物が、『犯人』以外にもう一人いたのさ。名前は伏せるがね。彼女は朝一番に来て、君の机に手紙を入れようとした。舞い上がっていたんだろうな、鍵のことは完全に失念していたと言っていたよ。
 鍵、そう鍵さ。その()が手紙を出そうとした時、鍵はかかっていた(・・・・・・・・)んだ。
 ここで、君はこう言うだろうね。それでは、その手紙を出そうとした娘こそが『犯人』じゃないか、と。残念ながら、それはない。彼女は、出しそこねたラブレターをまだ持っていた。二通もラブレターを出そうとする人間など、まずいないだろう。それに、その手紙にはちゃんと自分と君の名前が書かれていたし、何より、彼女が君を呼び出そうとしたのは『中庭』だったんだよ。ちなみに、あの日、私は朝二番に来て、ずっと教室内にいた。誰かが机を移動しようとすれば、すぐに分かるよ。そして、そんな人間はいなかったと断言できる。これで、君の推理は完全に否定されたわけだ。
 『机の入れ替え』、そんな無理のある推理より、もっと単純な正解式がある。君が、嘘をついていた、という、ね。これなら机の鍵がかかっていようが、かかっていなかろうが関係ない。あの朝、君はあらかじめ用意していた手紙を、あたかも机に入っていたかのように見せかけたのさ。
 さて、最後の謎は、それだ。つまり、君がなぜそんなことをしたか。これが、最後まで私を悩ませた。君に直接聞こうと思ったぐらいさ。だが、ある和歌を見て、その謎は解けた。『消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露』という歌なんだが……すまない、多分、君には意味が取れないだろうね。簡単に言えば、嫉妬心を詠った歌さ。
 そう、『嫉妬』だよ。 君は自分にラブレターが来た、と偽ることで、私を嫉妬させようとした。そうじゃないかな? 嫉妬する、ということは、私が君に好意を抱いてる、ということだからね。私を嫉妬させることで、今の『仲の良い幼馴染』という関係に変化が生じる、と君は考えた。
 それが『動機』さ。
 とまあ、ここまで書いてきて、正直脱力しているよ。こんな稚拙な策を弄せずとも「好きだ」と一言伝えるだけでいいじゃないか。それでも多少刺激にはなったからね。その点だけは感謝しているよ。もし次があるとしたら、もっと頭を使ってくれ。それでは。















 追伸、私も君が好きだよ。

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