参.合縁奇縁、運命なり
城内をあちこち歩き回り、ようやく吉光の部屋に辿り着いた。
吉光の部屋と書かれているわけではないが、他に比べて戸や壁、柱に施された彫り物細工が随分と細かい。敵に侵入されたら即見付かりそうだ。
戸を開けると、部屋には更に襖があり、奥の間からなにやら話し声が聞こえて来た。
凪は戸を閉めると、ゆっくり襖に近付き、少しだけ開け、中を覗いた。
吉光は座布団に置かれた数珠と扇子に向かって、楽しげに話をしている。
「武蔵に小次郎か。なかなか凛々しそうな姿を思わせる名だな」
『凛々しそう、じゃなくて凛々しいぜよ。ワシは狼の天霊。見ただけで、多くの妖魔は逃げ出すぜよ』
『私は鹿の天霊です。雌なので、凛々しいと言われてもちょっと』
武蔵と小次郎は人間と話しをする事は、今まで一度足りともなかった。警戒ではなく、恐れられるため、話し掛けても無駄だからだ。そんな二人が吉光と楽しそうに話しをしている。
凪は不可解な苛立ちに、襖を勢いよく開けた。
「凪! よかった、気が付いたか! ……あ、いや、しかし、その格好はまずいな。何か羽織る物を……」
凪の長襦袢姿に、吉光は頭を掻くと、部屋を出て行った。
残された凪は、座布団に乗る数珠を首に巻き、扇子を手に持ち、部屋を出ようと歩き出した。
『凪、どうするつもりぜよ。礼も言わずに消えるのか? 十年前だかと同じみたいに』
『凪は本当はどうしたい? 時代は変わった。吉光の話によれば、妖魔と人が嫌い合い睨み合っているのは、久瀬と、南にある堤とか言う田舎くらいだそうな。自分の気持ちに素直になってもいいのでは?』
二人の言葉に、凪の足は止まる。
時代は変わった。それでも人間を殺して来た自分は変わらない。
時代は変わった。それでも自分は人間の魂を喰って生き続ける。
それよりもなによりも……。
「わらわが好いても、あれは見向きもせん。わらわは見た目は童だからのう」
武蔵も小次郎も、それに対し言葉が出ない。
妖魔にとって肉体は単なる器。誕生した時から老いているものもいる。そして純粋な妖魔、つまり武蔵や小次郎のように動物霊から昇華したものではない、凪のようなものは、姿が変化する事はない。
何百年、何千年経とうと、幼い姿なら幼いまま。
『人間はワシらのように魂の色や形じゃなく、容姿で決めるらしいからな。……凪、すまん』
『断られてもないのに謝るのは……凪、ごめん』
二人の謝罪に凪は溜め息をつくと、部屋の戸に手を掛けた。瞬間、吉光がたたまれた着物を持って調度入って来た。後ろには三人の女性が控えている。つまり、着付けようというわけだ。
羽織りを持って来るだけのはずが、なぜか着付けをするはめになってしまい、凪は深く溜め息をついた。
『この際だ、存分に着たらいいぜよ』
『凪は顔が良いから、着てる物が揃えば、案外吉光もころっといくかも』
「何を馬鹿な……」
あれこれと着物を取っ替え引っ替え羽織る事およそ二刻、ようやく着る物が決まり、本格的な着付けに入った。
やはり城に仕えているだけあって、女性達の着付けは早く、あっという間。
着付けが済むと、髪を櫛でとかし、襟首で束ねると、その先から三つに編み込む。そして、元から白い肌におしろいを僅かに付け、唇に紅を注す。
女性に手を引かれ、鏡台の前に腰を下ろし正座すると、そこに映る自分の姿を見る。
凪は一瞬固まった。
「こ、これは誰、かえ?」
『あんたぜよ。しかし人間の化粧とか言うのはすごいな。まるで変化ぜよ』
『まったく。私達の扱う妖術に近いね』
まるで別人に成り代わった自分の姿に、しばし見取れていると、着付けが終わった事を知らされ、部屋に入って来た吉光の向ける視線に気付き、顔を背けて隠すように両手で覆った。
それでも視線が気になったのか、手の隙間から横目を覗かせる。
『気になるなら聞いてみようか?』
「や、やめろ」
『凪、顔真っ赤ぜよ。化粧しただけでこれじゃあ、この先が思いやられるぜよ』
「この先?」
凪の質問に対し、二人はくすくす笑いながらふわふわ浮かび上がると、吉光の周りを、緩やかに回転しはじめた。
『喜びなさいな。吉光は凪が気に入ったらしいよ』
『ここで暮らさないか、だと。どうぜよ? 野宿放浪生活もここらで……』
吉光は凪の前に正座すると、いつもの優しい笑顔ではなく、真剣な表情に変わり、今だ顔を隠すようにしている凪の両手を取り、下に下ろすと、まじまじと見つめた。
その眼差しに凪は、喉をこくりと小さく鳴らした。
「凪、私の心の中には、あの頃からずっとお前がいた。一緒にここで暮らそう」
吉光の告白に凪は無言で彼を見つめていたが、口端を歪め、悪戯っ子のような笑みを浮かべると、くすくす笑い出した。
「格好付けた事言って、わらわの顔まるで覚えておらんかったではないか? うん?」
「あれほどまで髪も着物もぼろぼろでは、気付けというのが無理な話では?」
顔は変わっておらんだろ、と小さくつぶやくと溜め息一つ。腕を組むと、顔を背け、横目でちらちらと吉光を見た。
何か気になるのか、聞きたい事でもあるのか、とにかく挙動不審だ。
「私の顔に何か付いているのか?」
その言葉に凪は大袈裟に咳をすると、話し出そうと口を開いた。
「あー、うん。お前はわらわの事、その、あれか? つまり、」
次の瞬間、部屋の戸が勢いよく開けられ、城を警護する隊士が慌てた様子で現れた。
「殿! 藤宮様がお見えになられました!」
藤宮とは、高松の東、柳原の将軍の名字だが、今しがた到着した藤宮は恐らく将軍様ではなく、姫君の事だろう。
『藤宮……。菊様でしょうね。確か藤宮と柳原は同盟国。菊様をこちらに嫁に遣し、地盤を完全なものにするつもりかと』
『早速、強敵登場とは、凪、いきなり大変ぜよ』
凪は言いかけた言葉を飲み込むと、口を閉じ、急に立ち上がった。
その突然の行動に、吉光は不思議そうな表情を浮かべ、部屋を出ようと戸に向かう凪の姿を目で追う。
「凪、どうした?」
吉光の声に立ち止まると、凪は彼の方へ向き、にやけた面を浮かべた。
「吉光。菊とやらに会うのだろう? わらわも連れて行け。顔、見ておきたいんでのう」
そう言った凪の笑顔は、殺気を孕むような、どこか冷たいものを感じる。
特に断る理由もなかったため、同席を許可した吉光だったが、実際は向けられた温度の感じない笑顔に、うなずく以外の選択肢がなかったとも言える。
『凪、楽しそう』
『ああ。けども、ありゃあ狩りに行く時の笑顔ぜよ』
凪が吉光に連れられて向かった先は、一部屋十数畳あろうそれを三部屋を繋げたような、だだっ広い奥座敷と言われる客間。
座敷間の奥、上座の前に一人の少女が正座していた。
長い黒髪に映える美しい赤色の着物には、これまた丁寧な刺繍が施されている。
一国の姫君ともなると、なんともはや、その存在自体が国宝級の芸術作品のようである。
「菊、待たせたか?」
吉光の声に振り返った少女は、見た目十代半ば程だろうか、幼さの残る顔立ちをしている。
菊と呼ばれた少女は、吉光の傍らに立つ少女、凪に鋭い視線を向けた。
着ている物には、なかなか品がある。顔には薄化粧、唇には紅を注している。侍女ではない。
そんな少女を、菊が気にしないわけがない。
互いにしかめた面、そして睨み合う。吉光が止めようとするも一向にやめる気配はなく、それどころか菊は立ち上がり、大声で怒鳴り付けた。
「あんたは、あの時のケチ魂喰い!」
「やはり、お前か! わらわをしつこく追い回しおった、たわけたガキめ!」
《続く》
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