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私と彼女の狂った世界

作者: 望遠鏡

「みんな騙されてるのよ!あの女の顔をよく見て!あんなブスでオドオドして逃げ回ってる女のどこが好きなのよ!」

「僕達は騙されてなんかいないよ」


そう、目の前の少女、御手洗梨理がヒステリックに叫ぶと、その場にいた四人の男達が私を庇うように私の前に立つ。そしてその内の一人である花町隆義がきっぱりと真っ直ぐな瞳で梨理に反論した。他の三人もどこか険を含んだ視線を御手洗に向けている。

私はその現状に恐怖で体を震わせた。するとそれに気付いた三人の中の一人、風松玲音が私の肩をそっと抱き寄せる。その手が触れた瞬間、私は先程よりも酷く体が震えた。


「麗美、大丈夫?怖いの?」


風松は酷く悲しそうな顔で私の頭を撫でた。私よりも傷付いているかのような表情だ。抱き締められながら私と目線を合わせているため、顔がとても近い。ともすれば鼻が触れてしまうような至近距離に冷や汗が背を伝う。とても怖い。あなたが。

気が付けば四人共先程の冷たい空気とはうってかわって私を心配そうな瞳で見つめている。それに苛立ったのか、また御手洗が大きな声を上げた。


「いっ、意味分かんない!なんなのよ本当に!どうしてそうなるの!だから騙されてるんだって!絶対におかしいわこんなの!こんなの認められない!」


そう言う御手洗の目はいやにギラギラとした光を放っていた。相当追い詰められているのがわかる。私はそれに同情した。彼女は被害者だ。この世界で彼女だけが正常だ。それが、彼女をここまで追い詰めてしまったのだ。

だが四人はその言葉に、冷たい視線を御手洗に送っているままだった。



転生、という言葉がある。

死んで、別の存在に生まれ変わることだ。その言葉で言ったら私の今の現状は完全なる転生とは言えないのかもしれない。確かに私は一度死んだし、生まれ変わって家族も取り巻いている環境も激変した。けれど見た目は前世から同じ。名前も、名字でさえも同じだった。

前世の私はブスで、体も少し太めだった。小さい頃からその容姿が原因で男子に苛められ、そのトラウマから男の人が苦手になってしまった。いつも人の顔色を伺うような癖もついてしまった。自己主張が苦手で引っ込み思案だったため友達もとても少なかった。

人との関わりが上手く図れなかったかわりに私が選んだのは本や漫画、アニメ、ゲームといったものだった。煩わしい他人とのあれこれに気を回さなくてすむそれらは私に安寧をもたらした。浅く広く手をつけるタイプで人気なものはとりあえず手を出していた。

『放課後princess』も当時人気があったものの一つだった。

『放課後princess』とは乙女ゲームの一つだ。乙女ゲームとは主人公が何人かのタイプの違う男達と恋愛を育んでいくゲームだ。このゲームはその時コミカライズとアニメ化をしていて、私はアニメだけは全部見た。内容は所謂現代版シンデレラストーリーといった感じで、庶民の主人公がお金持ちが多く通っている名門校に入学して、格好良い男の子達と出会い、恋をし、様々な出来事を経て付き合うようになる、というベタだが三次元ではまず起こらなそうな内容だった。シンデレラストーリーは二次元だからこそ良い。これが現実となると付き合うまではいいのかもしれないけれどその先となった時に常識も違う、マナーもなってない、良家の子女達が当然のようにやっている芸事も出来ないという、つまり丸腰状態でアッパークラスへと突っ込んでいかなくてはならなくなる。愛があっても絶対に私なら頑張れないと思う。というよりその前に男性が苦手な私はその土俵にすら立てない。

そう思っていたが、気が付いたら私はこのゲームのヒロインの立ち位置になっていた。小さい頃から前世の記憶でも思い出せていれば回避のしようもあったけれど、その記憶が蘇ってきたのはこの学校に入学してからだった。この学校は特待制度があって、特待生になれば成績が落ちない限り学費も食堂も無料になるし、何か業績を残せばお金が別途で貰えるようになっている。貧乏で、しかもまだ小学校の弟もいる家計のことを考えこの学校に入学したのが運のつき。あわててイベントの回避を試みたが、ゲームの強制力なのか単に運が悪いのか気付いたら逆ハーレムみたいなことになっていた。他の女みたいに媚びないのが良いとか、俺から逃げる女なんて初めてだとか、君なら本当の俺を見てくれそうとか言われても、困る。全部男の人が怖いからだ。

しかもみんな私がゲームのスチルに出てきたヒロインの姿に見えているらしい。栗色の髪で雪のようにきめ細かで白い肌に桃色の唇、そして体は華奢らしい。全部違う。私は黒髪だし肌はあんまり色白というわけでもないし唇はかなり分厚い。体は少し太っている。間違っても華奢なんて言葉は私には似合わない。鏡を見ればそんな自分が映るのに他の人間からは可愛いと言われる。別にこの顔が好きなわけじゃない。寧ろ嫌いだったし、もっと可愛くなりたいと願ったことだって何度もある。でもこれは違う。こんなのは望んでいなかった。騙しているつもりなんか無いのに、罪悪感を感じる。そして何よりも怖いのは私が実はブスだとみんなが気付いてしまうことだ。この扱いをされていたいわけじゃない、本当に怖いのは嘘つきと呼ばれること。目の前にいる、彼女のように。

御手洗はこの世界で私の本当の姿が分かる人だった。御手洗はゲームでは四人の攻略対象の一人、鳥海叶のルートの恋敵(ライバルキャラ)として登場する。ネットではぶりっこと呼ばれていたが実際に見ると可愛らしい女の子で、ゲームのサポートキャラにあたる鹿島早苗の友人でもあった。アニメでは二人が友人関係では無かったけれど、ここでは二人は友達だった。だが私が来てから鹿島は私に傾倒し始めた。御手洗からすると急に来た奴が友達と好きな人を奪っていく。しかもブスに見えるのに、みんな可愛いと言っている。挙げ句に男を四人も侍らせている。自分の好きな人を大事にしてくれる人ならまだ許せるが、数ある男の一人といったように粗略に扱われているように思えて腹立たしく感じるだろう。

私としては鳥海ところか四人とも関わりたくないのだけれど、いくら言ってもどうにもならない。いざ話そうとするとどもってしまうし、顔は緊張のため赤くなるし冷や汗はだらだらと出てくる。前世ではブスが男子の前に立つ度どもったり顔を赤くしているため、からかいと嘲笑の的となることが多かったが、四人からしたら好きな人が自分に照れているように見えるのだと思う。言葉は嫌がっていても照れと緊張でどもりながら言うのを見れば勘違いもしてしまうのかもしれない。お陰で、可愛いなぁと四人とも顔をデレデレさせながら抱き締めたりしてくる。その時の体の震えも極度の緊張からだと多分だが思われているみたいだ。

最近、四人は着々と私の外堀を埋めているようで、本格的に困っているけれど、もうどうやって対処したら良いのか分からない。


このおかしな状況と失恋と大切な友人の喪失は御手洗を追い詰めた。そして、私が諸悪の根元だと思うようになった。当然のことだと思う。憎まれても仕方のないことだと。

私も御手洗にはそういうつもりじゃないとは伝えに言ったことがあるけれど、それは御手洗を逆上させるだけだった。無神経だったのだと後で気付いた。


御手洗は泣いていた。とても見ていられなくて、私は、もう止めてあげて下さい、とどもりながら言った。途端、四人が困った顔をする。


「わっ、わわ私、本当に御手洗さんの言う通りブブブスだし、御手洗さんがわわ私のこときっ、きき嫌うの普通だって思ってる…!御手洗さんは、おおおかしくないし、せっ、せせせ正常だってしっ、知ってる!ごっごごごめん、ごめんなさい、わっ、わ私、私、」


何と説明したら上手く伝わるのかわからなくて、思ったことを口にしてみる。未だに風松に抱き締められている緊張からどもりながらしか言葉に出来ない。それに四人は痛ましそうな顔をして私を見る。その四人を見て、私はまた間違えてしまったことに気付いた。


「麗美、もういいから。わかったから、無理しないで…?」

「こんなに沢山暴言吐かれたのに麗美は優しすぎる…」

「麗美ぃ~、庇わなくてもいいんだからね?ね?」

「麗美…いい子……」


慰めの言葉をかけられる。彼等には酷いことを言われても健気に相手を庇う可愛い女の子にでも見えているのだろう。そんなつもりじゃなかった。あわてて、違う、と否定するも彼らの中の私の株が上がるだけだった。

御手洗が顔を更に歪める。それを見て鳥海が一言、言った。


「最低、だな」


それが最後の引き金だったのだろう。

御手洗は声にならない声を上げて私の方へ向かってきた。それを四人が焦った様子で取り押さえる。


「あんたが…!あんたさえいなければ…!!」


その時の憎悪に満ちた目を私は一生忘れないだろう。人の憎しみとはかくも恐ろしいものなのか。その恐怖に私は震えて泣きながら違う、違うと否定を口にすることしかできなかった。




後日、私は御手洗が精神科の病院に入ったと聞いた。

四人は私に気を使って様々なことをして励まそうとしてくれている。私を取り巻く環境は私に優しいものだけになってしまった。

いつか近い未来、私はこの優しさに息ができなくなる時がくるだろう。それは、彼らが本当の私に気付くのとどちらが早いのだろうか。

〈四人の名前〉

・花町隆義

・鳥海叶

・風松玲音

・月宮螢



主人公の名前

・吉田麗美

名前がコンプレックス。

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