表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神アベレージ  作者: 北瀬野ゆなき
【前篇~邪之章~】
9/82

09:はじめてのおかいもの

 冒険者改めダンジョンマスターのアンリです。


 お風呂に浸かったまま寝てしまい風邪を引くかと思ったが、健常なままだった。

 ただ問題があるとすると、寝落ちした間に呪いが発動したらしく短刀を持ちローブを着た状態でお湯に浸かっていたことだ。

 着替えられないので濡れ鼠状態で過ごす羽目に……。


 まぁ、外を歩いて居ればいずれ乾くだろうけど、下着まで濡れてるので気持ち悪い。

 私は30分以上入浴することも出来ないのか。

 気を取り直してアイテムボックスから出した食糧で簡単に朝食を済ませて入口へと転移する。



 ダンジョンを出て街へと向かう。

 割り切ってダンジョンマスターになることを決めたことにより『住』の問題は解消した。

 呪いのせいで着替えられないので、『衣』についても心配するだけ無駄だ。

 残るは『食』の問題、昨日大量に買い込んだし屋内菜園で栽培もするが、買い込んだ分は減る一方だし、屋内菜園の収穫は当分先だ。

 仮に収穫が出来るようになったとして、ベジタリアンではないので野菜のみで生活するのは厳しい。

 となると、定期的に街に出て買い物をする必要が出てくるわけだが……ここで問題が1つ、いつまで私が街に出入り出来るかという点だ。

 教会や冒険者ギルドの件で一部の人間からは既に疑惑の目を向けられているだろうし、ダンジョンの変貌が知れ渡ればそのタイミングから結びつけて考える人間が出て来ても不思議じゃない。

 そう考えると、いずれ街への出入りは厳しくなると思っておいた方が良さそうだ。

 街に出入りが出来なくなることを考えると代わりに買物を頼める相手が欲しいのだが、生憎と頼める人が居ない。

 ぼっち言うな、自覚している。

 人を雇うにも信用して任せられるような相手が居ないため、残った手段は1つしか思い浮かばなかった。


 私は冒険者カードを見せて街に入ると、奴隷商へと足を運んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 この世界には奴隷制度があるということを知ったのは街に着いてすぐのことだった。

 奴隷と言うと非合法で後ろ暗いイメージがあったが、比較的大通りに近い場所で普通に店が構えられており驚いたことは記憶に新しい。

 周囲の人の話から集めた推測交じりの情報では、この世界の奴隷は4つに分類されるらしい。

 罪を犯して身分を落とされる刑罰としての奴隷である犯罪奴隷、敗戦国の捕虜が落とされる戦争奴隷、借金の形として奴隷に落とされる借金奴隷、そして奴隷の両親から生まれた出身奴隷の4つだ。

 奴隷身分となる理由は様々だが、彼らは一様に人間として認められず金銭を持って売り買いされる。


 奴隷は契約によって主人となったものに絶対服従である。

 魔法が存在するこの世界において絶対服従とはあるべき論やルールの話ではなく強制的に命令に従わされることを意味する。

 仮に「自害しろ」と命じられれば、どんなに拒絶しようとしても身体が勝手に動いて自殺するのだ。

 奴隷は所有物の扱いであり、主人はどのように扱ったとしても罰せられることは無い。

 基本的に高価であるために気分によって殺されることはあまり無いとは思うが、それとて絶対ではない。

 若い女性の奴隷が最も高く、次いで体格の良い男性が高い。


 現代日本に生まれた私としては抵抗がある奴隷制度だが、絶対に裏切らない人手としては最適と言える。




「いらっしゃいませ。

 本日は奴隷をお買い求めでしょうか」


 店に入ると小ざっぱりした男性が開口一番で質問してきた。

 どうやら彼がこの店の店主のようだが、奴隷商と言う言葉で勝手にイメージしていた小太りの男とは大分異なるので少々戸惑った。

 私が頷くと、店内に幾つか設けられているテーブルの内の1つへと案内される。

 正面に店主が座り商談が始まる。


「当店ではあらゆる種類の奴隷をご用意しております。

 お求めの奴隷はどのようなものでしょうか」

「10代前半で性別は女性……それから、死に掛け」


 私の挙げた要望に店主は一瞬固まるとこちらを凝視してきた。

 目を合わせるわけにもいかないため、私はフードで目元を隠したまま無言で返す。

 間違いなく3つ目の条件に対しての反応だろうが、こんな条件を挙げたのにも勿論ちゃんと理由がある。

 1つは価格、年上を顎で使うのは気が引けるし異性と寝食を共にするのは勇気が要る為に10代前半の女性にしたいのだが、そうすると手持ちの金貨5枚では足りない可能性がある。

 病や怪我で先が長くない者なら10代前半の女性でも大分値が下がるであろうことを見込んでいる。

 そもそもそんな者が売られているのかとも思ったが、一応需要はあるらしい……強い魔物に対する生きた盾や魔導の実験材料としてだが。

 2つ目の理由としては、仮にここで奴隷を買って買い物や身の回りの世話を任せるとして、その奴隷は私に怯えないかと言う問題がある。

 秘密保持の観点から私と一緒にダンジョンに住んで貰う必要があるが、同じ場所に住んでいて一度も目を合わせずに過ごすと言うのは無理があるだろう。

 主に絶対服従の奴隷とは言え命令に逆らえないだけなので、縛れるのはあくまで行動だけだ。

「私に対して怯えるな」と命令したところで、怯える素振りが出来なくなるだけで恐怖そのものが無くなるわけではないだろう。

 対応策として1つ思い付いたことがあるのだが、その為には一時的にでも私を受け入れて貰う必要がある。

 死に掛けて藁にも縋るような者でないと、前提条件は満たせない。


「勿論、そういった奴隷も数は少ないですが居ります。

 地下までご足労頂く形になりますが、宜しいですか」


 店主の言葉に頷いて返すと、私は彼の後に続いて店の奥へと入っていった。

 通常の奴隷であれば要望に沿う者を店主が選んで連れてくるようだが、私のような要望をした場合は連れてくることが出来ないため、そのような形になるのだろう。

 狭い階段を降りると、松明に照らされて鉄格子によって遮られた牢屋が浮かび上がる。

 牢屋の中には数人の女性が居た。

 格好は一様に一糸纏わぬ裸だが、粗末な藁布団の上に寝転んでいる者も居れば、石壁に背を凭れて座り込んでいる者も居る。


「お客様のご要望ですと、この辺りとなります。

 お目に留まった者が居ればご説明致しますが……」


 私は此方を向いて話し掛けてきた店主の言葉を遮る形で彼の横に並び、彼に顔が見えない角度でフードを外して牢屋の中の女性達を見回した。

 反応は3つに分かれた。

 身震いをして目を逸らす者、反応が無く虚空を見詰めたまま動かぬ者、そして1人だけだが弱弱しいながらも私の方へと視線を向けて動かさない者。

 私は1人だけ異なる反応を見せた者の近くまで足を進め、鉄格子越しに見据える。


 その少女は鉄格子のすぐ傍に石壁に背を凭れ掛けながら力無く座り込んでいた。

 伸ばしっ放しの金色の髪は汚れでくすんでおり、あばらが浮き出て手足は痩せ細り、今にも息を引き取りそうに見えた。

 健康であればさぞかし可愛らしいものであったろう顔も、頬がこけて見る影もない。

 しかし、彼女はそんな死に掛けた様子を晒しながらもこちらを認識し、その蒼い瞳を向けている。


「彼女は?」

「名前はテナ、年齢は14歳です。

 このリーメルから少し離れたところにある村出身の借金奴隷なのですが、連れてくる旅の途中で死病を発病しましておそらく余命は残り一ヶ月ほどと見ています」


 本人の前で告げられる残酷な言葉に、テナは身を震わせる。

 しかし、それは同時に彼女が未だ命を諦めていないことの証左でもある。

 自分の命が直に尽きることを理解しながら、それでも生きることを諦められずに縋る縁を渇望している。


「私ならもしかすると貴女を助けられるかも知れない」


 私が投げ掛けた言葉に、こちらを見るテナの蒼い目に動揺が浮かぶ。

 彼女は私と目を合わせているが、私を怖れている様子は見えない。

 おそらくは、スキルの与える恐怖を凌駕する死への恐怖に日々侵されているために危機感が麻痺しているのだろう。


「証拠はないけれど信じて受け入れられるなら、この手を取って」


 私は鉄格子の前に手を差し出す。

 テナはしばらく無言で私の顔と差し出した手を見ていたが、やがておずおずと手を差し出して私の手に合わせた。


「幾ら?」

「銀貨5枚となります」


 私の非力な力でさえ砕けてしまいそうな彼女の細い手を軽く握りながら、後ろに立つ店主に尋ねるとそんな答えが返ってきた。

 瀕死とはいえ人にその値段が高いのか低いのか私には分からないが、彼女の器量であれば健康であればおそらく100倍の値段が付いただろう。

 店主は私の行動や発言に色々と疑問を感じているだろうが、プロ意識からか尋ねては来なかった。


「分かった。

 適当な服を着せてあげて欲しい、上乗せが必要なら支払う」

「いえ、奴隷用の簡素なものであればサービスさせて頂きます」


 彼は下働きの頑強そうな男を呼び寄せると、牢を開けさせてテナを抱え上げて外へと連れ出させた。


「身体を洗い服を着せてからお渡し致します。

 その間にお手続きをさせて頂きますので、先程の席までどうぞ」


 そう促す店主に続いて、私は地下牢を後にした。




 店内に戻った私は席に着くと、彼の差し出した契約書に必要事項を記載して銀貨5枚を支払う。


「確かに頂戴致しました。

 最後に奴隷登録を行い、手続き完了となります」


 そう言うと、丁度テナが先程の男に抱えられたまま連れて来られた。

 貫頭衣とでも呼ぶべき布に頭を通す穴を開けただけの簡易な服を着せられている。

 帯すらないので、横から見れば彼女の幼い裸身が覗けてしまう。

 身体を洗われたらしくその金髪も大分色を取り戻しているが、それでも全身から漂う死の気配が彼女の魅力を押し殺していた。

 床の上に横たえられた彼女の首には先程まではしていなかった首輪が嵌められている。


「彼女の首輪に手を触れて下さい」


 店主の言葉に従って席を立ち、テナの首に嵌められた首輪に手を伸ばす。

 石に見えるよく分からない素材で作られた首輪が接ぎ目がなく、付け外しが出来ないように見えた。

 しばらく触れていると、首輪が光を放った。

 これは、冒険者カードと同じような仕組み?


『テナを隷属させました』


 加護付与をした時やダンジョンマスターになった時と同じように、何処からか声が聞こえた。


「これで彼女はお客様の奴隷となりましたので、命令には絶対服従となります。

 彼女は歩ける状態ではないため、宜しければ馬車を呼びますか?」

「要らない、背負ってく」


 そう言うと私は動揺する店主や下男、そしてテナの声を無視して彼女の腕を掴んで背中へと背負う。

 彼女は降りようと身を捩っていたが、やがて諦めたのか静かになった。

 店を出る私に店主がどのような表情を向けていたかは定かではない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 彼女は軽かった。

 確か年齢は14歳と言っていたから私より3つ下だが、栄養不足なのか年齢よりも小柄で私よりも頭1つか2つは小さい。

 加えてあばらが浮き出るくらいに痩せたその身体は力の無い私でも軽々と背負えてしまう程度の重さしかなく、何だかその軽さが悲しかった。

 とは言え、幾ら軽いとは言え流石にここからダンジョンまで背負って歩くのは私も彼女も厳しいだろう。

 私は店を出ると路地裏に入って少し進み、周囲に誰も居ない場所を見付けると彼女を地面に下ろした。

 地面に座り込んで傍に立つ私を縋るように見上げるテナに対して、私は彼女から1歩離れた場所に立ってフードを外す。


「貴女は私を信じると誓った」

「……はい」


 初めて彼女の口から言葉が漏れる。

 その返答を聞きながら、私は彼女の額に指を突き付ける。


「その言葉が真実なら、受け入れて」


 そう言うと私は初めて自分の意志でスキルを行使する。


「加護付与」


『テナに加護を付与しました』

『奴隷の服に加護を付与しました』


 その言葉と共に闇が集まりテナを包み込む。

 闇が晴れた時、テナの姿は一変していた。


 汚れを除いてもくすんでいた金色の髪は眩く輝き、こけていた頬や肉の無い胴や手足もふっくらとした少女特有の柔らかさを取り戻す。

 私が指を突き付けていた額にはアルファベットの「S」を横に倒したような黒い紋様が浮き上がり、蒼かった瞳は真紅に変わった。

 格好も貫頭衣という共通はあるが古代の巫女の格好を黒くしたような紋様と装飾の施されたものへと変貌していた。

 何よりも今にも死にそうだった雰囲気が消え、本来の美少女の輝きを取り戻している。


 うん、どうやら上手くいったみたい。

 邪神とは言え「神」の加護、初期装備をラストダンジョンに置かれているような強力な装備に変えてしまう反則的なスキルだ。

 死病であっても瞬時に癒すくらいの力はあると予想していた。

 服まで一緒に変えてしまったのはちょっと予想外だが、呪われていたら……ごめん。


「え……あ……」


 テナは呆然として言葉も出せずに変貌した自分の手や服を見詰めていた。

 そうしている内に呼吸をするだけでも走っていた激痛が今は全く無くなって病の気配が消えていることに気付くと、紅く変わってしまった両目からボロボロと涙を零し始めた。

 突き付けたままだった私の手に縋りながら何度も感謝の言葉を繰り返すテナの姿に、私は彼女の命と人生を自分の都合で捻じ曲げた罪悪感を見せないように飲み込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 しばらく泣き続けた後に泣き止んだテナは、自身の行動を振り返って青褪めた。

 私の顔を窺うようにこちらを見るテナの様子に、私は彼女が健康に戻っても私に恐れを抱いている様子が無いことに密かに安堵する。

 加護付与の所為で私の気配や魔眼に耐性が出来ているのだろうか。


「立って」

「は、はいっ!」


 そこまで強く言ったつもりはないのだが、テナは弾かれるように立ち上がると直立不動になり私の次の言葉を待つ。

 スキルによる恐怖はないようだが、極度の緊張が感じられる。


「貴女には私の住処に住んで身の回りの家事と買い物をして欲しい」

「……え?」


 ? 何故疑問に思ったような反応をされたんだろう?


「不服?」

「め、滅相もありません!

 ただその……それだけでいいんですか?」


 ああ、成程。

 確かにさっき私が頼んだようなことは普通は使用人を募集して雇えば済むのだから、わざわざ奴隷を買ってやらせるようなことじゃない。

 奴隷は使用人に出来ないことややりたがらないことを無理矢理やらせるために居る。

 ただ、他に頼みたいことは特にないのだから仕方ない。

 主人が男なら夜の仕事が加わっていただろうが、私は女だから関係ない。


「それだけでいい。

 ただ、街から離れたところに住んでるから、買い物は結構大変」

「分かりました」


 住んでる場所に首を傾げているテナだが、まさかダンジョンに住んでいるとは思っていないんだろうな。

 説明するのが難しいから、もう直接見て貰うことにしよう。


 私は彼女用の靴と下着を買うと、冒険者ギルドでテナに登録させてから街を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ