10:大切なもの
お金が全てじゃないとか、お金で買えない物だってあるという言葉を聞くことがある。そのことについて、私は特段異論を持ち合わせてはいない。
命とか、健康とか、大切な人との絆とか、お金では買えない大切なものは幾らだってある。それは間違いのない事実だと思う。
しかし、同時にこうも思う。
それが全てじゃないし買えない物があるかも知れないけれど、お金が大切であることに変わりはない、と。
命は買えないけれど、お金がないと食べる物にも困って死んでしまう。
健康は買えないけれど、健康的な生活を送るためにもお金は必要だ。
大切な人との絆は買えないけれど、借金のかたに引き離されてしまったらどうするのか。
お金以外にも大切なものがあるとしても、だからってお金を大切にしない理由にはならない。
そう、私はお金の大切さを正しく把握しているだけなのだ。ソフィアやアンバール、それにレオノーラ達は私のことをまるで守銭奴か何かのように思っている節が見受けられるけど、そのことについては断固として抗議したい。
私は別にお金を貯めることを楽しんでいるわけではないし、使う時にはちゃんと使う。出し惜しみをするようなことはない。
それは勿論、少ないよりは多い方が良いと思ってはいるけど、そんなのは私だけの話ではない筈だ。
ダンジョンで脱落した冒険者からお金や武器を巻き上げた?
──他のダンジョンなら命を落としているだろうところをそれだけの代価で生き長らえているのだから、優しいと言われてもおかしくないと思う。
ダンジョンへの挑戦者から入場料を取った?
──王族とか貴族とかが好き勝手に関所を作って通行料を取ったりするのとくらべれば、自分の敷地に入場料を設けて何がいけないのか。
国を訪れる冒険者達からお金を巻き上げるために商売を推奨した?
──外貨獲得のための国家戦略だ。
思うに、レオノーラ達はお金に対する感覚がズレているのだ。とはいえ、それも無理のないことだろうとは思う。ソフィアやアンバールは神族でお金なんて持たないし使うこともない。レオノーラもあれで王族だから、お金に困るようなことはなかっただろう。
オーレインについてはよく分からないけれど、教皇は元々貴族の出身みたいだし。私に同意してくれるのはテナやリリだけかも知れない。
いずれにしても、私は人並みにお金の大切さを知っているだけであり、そこに何も恥じるようなことは存在しない。
だから……。
邪神像が嬉々として金貨を拾いながら罠がある方に誘き寄せられていくのは私のせいではないし、それを見たレオノーラ達の目が呆れた感じで私に向けられていることには遺憾の意を表明したい。
◆ ◆ ◆
「これが例のもの?」
「はい、神像にお供えする金貨です」
教皇から差し出されたのは彼の言う通り金貨だ。但し、そのサイズが通常の金貨とは大きく異なる。なにしろ、私の胴回りと同じくらいの大きさだ。勿論、普通に流通している物ではなく、今回の作戦のために作って貰ったものだ。
贋金?
いや、この世界の法律なんて詳しく知らないけれど、こんなサイズが違うものを見間違える人は居ないだろうし、贋金には当たらないだろう。
あまりの大きさに片手ではとても持てそうにないので両手で受け取ったが、ずっしりと重い。
「重い」
「いや、軽いくらいだろう。全て金で作られていたらこんなものではない筈だ」
それもそうか。
レオノーラの言った通り、この特大金貨は全て金で出来ているわけではない。そんなことをしていたら、お金が幾らあったって足りなくなる。鉄製で形を作った上に金の薄膜で覆っているだけ、要するに金メッキだ。
突貫で作って貰ったものだし、この世界は技術的にもそこまで進んでいるわけではないため、多少加工が雑な作りになっているのは仕方ないだろう。それに、このサイズだからこそ細かい部分が雑に見えて気になるけれど、本物の金貨のサイズに換算して考えれば誤差の範囲となるだろうから、相手を考えればその点についてはそこまで気にすることはない。
ただ、そもそもの話なのだが……。
「本当にこれであの像を誘き寄せられると思うの?」
レオノーラの発案は、この作り物の特大金貨で邪神像を封印魔法の陣まで誘き寄せるというものだ。
丁度、元々邪神像が立っていた台座が陣を描くのに広さも材質も、そして元々邪神像が存在した場所ということで魔法に関する適性としても適当だという話だったため、そこを決行場所に選んだ。
但し、台座があるのは邪神殿のすぐ横であり教国の街の中心に近いため、住人の皆には作戦決行中、邪神殿に一時的に避難して貰った。
邪神像は人族領をフラフラと巡りながらまたこの国に近付いてきているそうなので、適当な位置から台座までの間にこの特大金貨を等間隔に配置して、罠に掛かるのを待つことになる。
しかし、それもこれも邪神像がこの特大金貨に興味を持つことが大前提だ。無視されてしまえば全く意味がないし、仮に興味を惹くことが出来たとしても罠に気付かれてしまえば失敗に終わる。
正直、これで上手くいくというレオノーラの自信が理解出来ない。
「あの像の行動パターンがお前に準拠しているなら、上手くいくだろう」
「どうして?」
「どうしてって、もしもお前が道に落ちている金貨を見掛けたとしたら、絶対に拾うだろう?」
失礼な。
いくら私だって、道に落ちている金貨を拾ったりなんか……。
「そんなこと……」
「ないと言い切れるか?」
ない……こともないかも知れない。気になって手に取るのは確実だ。
っと、いやいや待ってほしい。うっかりレオノーラに丸め込まれるところだった。そんなのは誰だって同じ筈だ。誰だって道に金貨が落ちていたら拾うだろう。私だけがそんな風に見られるのは納得がいかない。
「言い切れないけれど、それは私だけじゃない。他の人だって、道に金貨が落ちてたら拾う筈」
「そうか? まぁ、それでも別に問題ないだろう。どちらにしてもお前が拾うなら神像も拾う筈だ」
なんか騙されている気がする。
「どのみち作戦は進めてしまっているから、もう引き返せない。上手くいくことを信じて金貨を設置するぞ」
「……分かった」
確かに、最早ここまで来たら今更グチグチ言っても仕方ない。他に良い作戦があるわけでもないし。
ちなみに、特大金貨の設置は私とレオノーラと教皇が担当だ。オーレインは封印魔法の陣を敷いており、テナもその補助に就いている。
それにしても、この金貨重い。三人で手分けをして作業しているとはいえ、とんだ重労働だ。
「重い」
「文句言ってないで、急げ。神像が此処に来る前に設置しないといけないのだぞ」
「分かってる」
私はひいこら言いながら特大金貨を抱えて等間隔に設置していった。そして、全部設置して終わってからあることに気付いた。
もしかして、手で持って運ぶのではなくアイテムボックスに入れて運べばそれで済んだ話だったのでは?
………………。
………………。
……気付かなかったことにしておこう。
「アンリさん!」
「アンリ様」
「ん?」
声を掛けられたのでそちらを見ると、オーレインとテナが駆けてくるところが見えた。どうやら、封印魔法の陣は設置し終えたらしい。
「そちらは終わったの?」
「はい、魔法陣は敷き終わりました」
「いつでも大丈夫です」
「よし、準備は万全だな」
レオノーラの言う通り、これで準備は全て完了した。あとは邪神像の襲来を待つだけだ。
私達は邪神像が来るまでの間、その場で小休止することにした。
「そう言えば、封印魔法の封印って具体的にどうなるの?」
封印魔法で邪神像を封印するという話は聞いたけれど、魔法の詳細はオーレインしか知らないため、聞いてみることにした。
封印と聞いて通常イメージするのは、石碑のようなものに閉じ込めたり、石化したりするものとかだろうか。
「そうですね。光の力で邪なる者の活力を奪う結界のようなものをイメージして頂けると良いと思います。上手くゆけば、あの像も元のただの銅像に戻ると聖女神様は仰ってました」
オーレインがソフィアから授けられたという封印魔法について、その概要を教えてくれた。
活力を奪う結界か。おっかない。
……ん? 結界?
その言葉に引っ掛かる部分があった私は、一年以上前にあったことを思い出した。
あれは確かこの世界に来た翌日、私が短刀とローブの呪いを解いて貰おうとリーメルの街の教会を訪れようとした時のことだ。教会の周囲を守る目に見えない何かに弾かれ顔面を強打した上に、ちょっとつついたら破壊してしまった。
あの教会を覆っていた何かが結界の類いだったとすると、光の力で封印される「邪なる者」のカテゴリに私も含まれてしまっている恐れが……いや、間違いなく含まれている気がする。
よし、魔法陣の中には絶対に入らないようにしよう。
元々入る気は無かったけれど。
「テナも封印魔法の魔法陣の中に入らないようにして」
「え? あ、はい。分かりました」
邪神もどきの私は勿論だが、その眷属であるテナもカテゴリとしては同じようなものの筈だ。危うきには近寄らないようにしておくのが安全のためだろう。
◆ ◆ ◆
「来たな、予定通りだ」
全ての準備を終えて小休止していると、レオノーラが遠くの見ながら告げた。そちらを見ると、確かにあの邪神像の姿が見える。
これで都合三度目の邂逅だ。そして願わくはこれを最後としたい。
「隠れるぞ」
「了解」
邪神像には知能があることが分かっているため、私達が姿を見せていたら警戒して罠に掛からない恐れがある。そのため、私達五人は近くの木立の中へと身を潜めて様子を窺うことにした。
邪神像はフラフラと歩いている。別によたついているというわけでもないのだが、なんだか頼りない感じで最初の頃の機械的な歩みとは雲泥の差だ。
私、傍から見たらあんな歩き方をしてるのかな。
私達が見守る中、ゆっくりと近付いてきた邪神像は一番手前に設置した特大金貨に気付いたのか、硬直した。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
固唾を呑んで動向を見守っていると、邪神像は何だかキョロキョロし始めた。
? 一体何をしてるんだろう?
首を傾げる私達の前で、邪神像は周囲を見回しながらジリジリと特大金貨に近付いていき……サッと素早く金貨を拾い上げた。
それは、そこはかとなく後ろめたさを感じさせる動きだった。
「アンリ、お前……」
「私じゃない」
レオノーラのジト目が痛い。
「拾うのは予定通りですけど、あの動きはちょっと……」
「だから、あれは私じゃない」
最近知り合ったばかりだというのに、オーレインの中で私の印象が大分下がっているのを感じる。
「アンリ様……」
「お願いだから話を聞いて」
まさかテナまでそちらに回るとは。
「アンリ様が金貨を御所望でしたら、幾らでもご用意致しますが」
「それは……」
かなり心惹かれるけれど、それをやったら人としてダメになりそうだから泣く泣く辞退させて貰う。もう既に大分ダメだとか言わないように。
私達がそんな寸劇をやっている間に、邪神像は次の場所に設置された特大金貨に気付いたのか、先程と同じように周囲を気にしながらジリジリと移動して拾い上げた。そして、そこまで進むと更に次の特大金貨が見える。
そうやって次々に特大金貨を拾い集めながら移動してゆく邪神像。
最初こそ辺りの様子を窺っていたが、途中からは周囲には目もくれずに金貨を拾うことに集中していた。
「と、まずいな。このまま先に行かれてしまったら封印魔法を発動出来ないぞ。先回りしないと」
「そうですね、急ぎましょう」
封印魔法は自動で発動するわけではなく、対象が魔法陣の中に居る状態で術者であるオーレインが任意で発動させる必要があるそうだ。故に、邪神像が魔法陣に辿り着く前に待ち構えている必要がある。
折角魔法陣まで誘き寄せることが出来たとしても、封印魔法を発動させる前に外に逃げられてしまっては意味がない。
邪神像は金貨を拾いながら進んでいるため一見そのスピードはそこまで早くないように見えるのだが、サイズが大きいために実際にはかなりの早さだ。
「走るぞ!」
レオノーラの促しを受けて、私達は慌てて台座のある場所へと向かって駆け出した。
今更かも知れないけれど、もう少し決行場所に近い場所で待機していた方が良かったんじゃないかな。そうすればこんな風に慌てて走る必要はなかったのに。
引き籠もりをこんな風に走らせないでほしい。
「なんとか先に着けそうですね」
「そうでなければ困る」
幸いにして特大金貨は直線ではなく回り道をするように設置している。回り道をしている邪神像よりも直線で目的地に向かう私達の方が先に着けそうだった。
邪神像はまだ少し離れたところに居るが、目的の台座が見えてきた。
「よし、間に合ったぞ!」
「早く、配置に着いてください!」
先日まで邪神像が立っていた台座の上には、円形の魔法陣が書き込まれていた。その円周上に正三角形を描くように聖剣、聖槍、聖弓を配置する手筈になっている。光神ソフィアの加護を受けた聖なる武具は強い光の力を宿しているため、封印魔法の触媒として最適という話だ。
レオノーラ、教皇、そしてオーレインの三名がそれぞれ聖なる武具を一つずつ持ち、掲げる役目を負い、私とテナは近くに置いておいたアンリルアーマーに搭乗して邪神像が魔法陣から外に出ようとした時に足止めを行うことになる。
しかし、姿を見られたら罠に気付かれてしまう恐れがあるので、邪神像が魔法陣の上の金貨を拾うまではジッと身を潜めておく必要がある。
そして私達が準備を終えて隠れたのとほぼ同時に、特大金貨の山を抱えた邪神像が姿を見せた。