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邪神アベレージ  作者: 北瀬野ゆなき
【付篇~平均之章~】
72/82

07:トラップ

「来ました、神像です!」


 テナの声に顔を上げると、確かに数日前に見た巨大な邪神像の姿が見えた。それは次第に大きくなっており、こちらに向かって来ているのが見て取れる。


「軌道は大丈夫?」


 私は隣に立って同じように邪神像を仰ぎ見ているレオノーラへと尋ねる。


 私達は邪神像対策として落とし穴に追い込む作戦を採ることにしたが、その実態は正直「追い込む」と言えるようなものではなかった。なにしろ、相手は動いているとはいえ生物ではない像なので、獣を罠に追い込むように追い立てるわけでもなければ、気を引いて誘導しているわけでもないからだ。

 言ってしまえば、邪神像のが通るであろうルートに落とし穴を掘り、勝手に掛かるのを待つというだけの話である。当然、邪神像の歩く方向が逸れれば無駄な穴を掘っただけで終わってしまうので、その軌道は非常に重要だ。


 レオノーラは暫く思案していたが、やがて自信を持って頷いた。


「ああ、大丈夫だ。このまま行けば、間違いなく罠を仕掛けた付近を通る」


 よかった。逸れてたらどうしようと内心冷や汗ものだった。


「そう。急いで彼の方に伝えてくれる?」

「あ、はい。分かりました!」

 横に居たオーレインに罠の設営の指揮を取っている教皇への連絡を頼むと、彼女は頷いて向かってくる邪神像とは反対側に当たる、落とし穴を掘った場所へと向かって駆けていった。


「ところで、アンリ様。一つ伺ってもよろしいですか?」

「何?」


 走ってゆくオーレインの背中を見ていた私にテナが質問をしてきた。 


「もし、あの神像が落とし穴に落ちたとして、その後はどうするのですか?」


 そう言えば、落とし穴に落として捕獲するということだけ決まっていたけれど、それ以外のことは曖昧なままだった。

 その前に、穴に落ちたからといって捕獲したと言えるかが問題だ。折角落としても出て来られてしまっては意味がない。

 そもそも、いくら信徒を総動員したからといって一晩で掘れる穴の大きさには限界がある。あの巨大な邪神像の全身がすっぽり入るような深い穴が掘られているわけではない。せいぜい、太腿の辺りまでが埋まる程度だ。

 地魔法が使える人が居なければ、それすら到底間に合わなかっただろう。


 自分の身体で想像してみれば分かるが、腿の辺りまである障害物を避けるにはかなり大きく足を持ち上げるか、腕を使って身体自体を持ち上げなければ越すことは出来ない。前に向かって歩くだけの邪神像であれば、腿の辺りまで埋まってしまえばなかなか抜け出せないとは思う。

 けれど、それだって絶対とは言い切れない。進み続ける邪神像とぶつかることで、穴が崩れてしまうこともあり得る。


「取り敢えず、抜け出せないように埋める」


 なので、まずは抜け出せないように埋め立ててしまおう。そうすれば、流石に動けなくなる筈だ。

 邪神像の外見は私にそっくりなので、その絵図を想像すると複雑な気分だけど。


「ふむ、その後は?」

「あまり深く考えてないけれど、動いてる原理を究明して止めるとか……」


 そもそも、本当にどういう原理で動いているんだろう、あの神像。金属の塊で関節すらないのに歩けているのが全くもって謎だ。その辺が分かれば、もしかしたら穏便な止め方も分かるかも知れない。

 正直、望み薄だけど。


「究明できなかったら?」

「破壊するしかないと思う」


 レオノーラの質問に、私は即答する。止め方が分からないのなら、もうそれしかないからだ。


「アンリ様……」


 テナが心配そうな顔をしているのは、邪神像が私と同じ姿だからだろうか。

 確かに、自分と同じ姿の像が無残に壊されるというのは気分が良い話ではないけれど、この場合はやむを得ないだろう。それに、流石にそこまで感情移入しているわけではないから大丈夫だ。


「まぁ、そうだな。そうするしかないだろう。あの教皇は反対するかも知れないが」

「そこは説得する」

「そうしてくれ。……と、そろそろ此処も危険だな」


 会話をしている間に、邪神像は大分近付いて来ていた。既に全身が視界に入るくらいの位置に居る。

 このまま此処に居ると踏み潰されかねないので、私達も下がることにする。

 落とし穴の近くに隠れて、邪神像が穴に落ちるのを見届けなければならない。それに、もしも邪神像が穴に落ちなかった場合は、戦いを仕掛ける必要もある。

 念には念を入れて切り札も用意したけれど、出来れば使いたくない。

 最後にもう一度向かってくる邪神像の方向を見ると、邪神像は辺りを見回しながらゆっくりと歩いていた。


「あれ?」


 今、何か違和感があったような……。


「アンリ様?」

「おい、どうした? そろそろ行かないと拙いぞ」

「あ、うん」


 テナとレオノーラに急かされて、私は先程覚えた違和感を気にしながらも彼女達と一緒に後方へと引いた




   ◆  ◆  ◆




 用意した落とし穴はかなり雑な作りだ。まぁ、これだけ巨大な上に一晩での突貫工事なのだから仕方ない。 徹夜で、しかも街の外での夜間の作業にも関わらずここまでやってくれたのだから、働いてくれた信徒の人達には感謝するしかない。


 巨大な縦穴の上に切り倒した樹を数本横倒しにしているだけの状態なので、見ればすぐに落とし穴があると分かってしまう。

 いや、それも邪神像サイズの人が見たらという話で、人族のサイズからすると溝の上に樹の橋が掛けられているようにしか見えない。

 ハッキリ言って、機械的に前に歩くだけの邪神像でなければ絶対に引っ掛かることのなさそうな罠だ。


「上手くいくでしょうか?」


 落とし穴の近くにあった藪の中で身を潜めて邪神像が罠に掛かるのを待つ中で、オーレインが私に向かって聞いてきた。

 非生物の邪神像相手に隠れる意味は正直ないかも知れないけれど、気分的な問題である。


「上手くいって貰わなければ困る」


 先程述べた通り機械的に前に歩くだけの邪神像でなければ絶対に引っ掛かることのなさそうな罠だけど、逆に言えば機械的に前に歩くだけの邪神像であれば掛かるだろう。


 大丈夫、大丈夫な筈だ。


 ただ、そこまで考えた私は先程覚えた違和感のことがどうしても引っ掛かっていた。


「来たぞ」


 レオノーラの声に穴の方を見ると、邪神像が間近に迫っていた。もうあと数歩だけ前に進めば、落とし穴に落ちるくらいの位置に居る。

 辺りを見回しながらゆっくりと歩く邪神像は──ッ!?


 辺りを見回しながら!?

 意志などない筈の邪神像が?


 そう言えば、先程見た時も周囲を見回している仕草をしていた。違和感を覚えたのはそのせいだったんだ。

 最初歩きだした時には周囲の状況も把握していないままに真っ直ぐ前に歩いているようにしか見えなかったけれど、加護を付与されたばかりで寝惚けているような状態だったのか、それともその後で行動するうちに知恵を付けたのか。

 そう言えば、ステータスから見た邪神像の説明にも気になる記述があった。



『非生物的な外見からは想像出来ない程の知能をも持ち合わせている』



 他のところに気を取られて流してしまっていたけれど、確かに「知能」があると書いてあった。

 まずい、邪神像に知能があるとすると前提から崩れてしまう。


「アンリ様! 神像の様子が……」


 私の懸念を裏付けるかのように、真っ直ぐ進んで落とし穴に落ちると思われていた神像は、穴の直前で立ち止まって目の前の仕掛けを観察している。立ち止まった場所といい、明らかに落とし穴に気付いて警戒していると分かった。


 失敗だ。

 更に、先程のテナの声を聞き付けたのか、ギギッと首がこちらを向いた。

目も見えなければ耳も聞こえない筈なのに、一体どういう原理なんだろう。まぁ、今はそんなどうでもよいことを考えている暇はない。

 落とし穴に落とすという第一案は、最早実行不可能だろう。


「第一案を破棄、第二案に移行する」

「ああ」

「分かりました」

「やむを得ません」


 私が宣言すると、レオノーラ、オーレイン、教皇の三人は藪から飛び出して邪神像へと立ち向かった。第二案──邪神像の破壊を決行するためだ。

 勿論、彼らだけに戦わせて私は観戦というわけにもいかない。その選択肢には少し心惹かれるところはあるけれど。

 ただ、根っからの戦闘者である彼女達と違って、私やテナは戦闘経験自体が殆どない。そんな状態であの巨大な邪神像に立ち向かえというのは酷なことであるという点については理解してほしい。


「テナ」

「は、はい! 分かりました!」


 緊張するテナの様子を見て何か声を掛けてあげたいと思うけれど、正直私の方が緊張しているのだ。実際のところ、彼女は経験者であるのに対して、私の方は未経験なのだから。

 しかし、事ここに至った以上はそんなことを言っていても始まらない。

 そう考えた私は、テナと共に用意した切り札の方へと急ぎ足で向かった。




   ◆  ◆  ◆




 私達が身を潜めていた藪の後方、そこに巨大な漆黒の甲冑が片膝を突いていた。ダンジョン「邪神の聖域」二十階層フロアボス──邪神の鎧アンリルアーマーだ。片方は。

 そう、そこに鎮座していたのは二体の漆黒の甲冑だ。何れもオリハルコンに私の加護付与を乗せた強力な漆黒のリビングアーマー。但し、片方が男性用の甲冑であるのに対して、もう片方は女性用の甲冑という違いがある。

 前者が先程述べたフロアボス、後者は今回新たに用意したものだ。


 このアンリルアーマーは自動で外敵を排除する魔物でもあるのだが、同時に搭乗者が乗り込んで操縦する戦う鎧ともなり得る。

 とはいえ、誰でも動かせるというものではない。搭乗者の資格があるのは邪神に連なる者のみ。この世界で現在資格を有していると思われるのは私とテナ、それからインペリアル・デスと神族の「私」だけだ。

眷属という意味では、今目の前に居る邪神像も該当するかも知れないが、どう考えてもサイズ的に乗れないから除外する。


 かつて、オーレイン達がダンジョンに挑戦して来た時も、テナにこのアンリルアーマーに搭乗して障害となって貰った。その時は、一時は魔王のおじ様や四天王、勇者三人という大人げないドリームパーティを窮地に陥る程の成果を上げた。

 また、生身でなく周囲を覆われているというだけで、私やテナのような生粋の戦闘者でないものであっても大分戦闘に対する抵抗は薄れるという利点がある。逆に、日常的に戦いを行っている者にとってはむしろやり辛いかも知れないけど。


「行こう」

「はい!」


 テナが以前も使用した男性型のアンリルアーマー、改めアンリルアーマー壱号に搭乗するのを見届け、私も新たに創ったアンリルアーマー弐号に搭乗した。

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