07:転職?
この世界に放り込まれてから3日が経過した。
初日は街に辿り着くので精一杯、2日目と3日目は冒険者ギルドの採集依頼をこなしてお金を稼いだ。
冒険者歴2日にして早くも悟った事実が1つある。
採集依頼だけでは生活が出来ません。
登録した日は教会に行ったりなんかしていたため薬草採集だけで終わってしまったが、翌日は時間があった為に2つの依頼を受けた。
得られた報酬はギリギリ銀貨1枚、今泊まっている宿屋で1泊すると消えてしまう。
食事代も含めれば完全に赤字だ。
今は初日に遭遇した商人からの礼金──ということにしておく──があるためすぐに生活に困ることはないが、収入を支出が上回っている以上は時間の問題だ。
駆け出しで討伐依頼に手を出していない者は私以外にも居る筈だが、そういう人達はどうやって生活しているのか。
疑問に思ってギルドの受付のお姉さんにそれとなく聞いてみたところ、そう言った人達はこの街の住人で宿代が不要な者だったり、複数人で雑魚寝の格安宿で生活しているらしい。
要するに、私の生活レベルが収入とマッチしていないだけということだ。
だったら生活レベルを落とせと言われるかも知れないが、仮にも現代人としてはそれも厳しいものがある。
正直、現在の宿だって私から見れば生活レベルとしては高いとは実感出来ないレベルなのだ。
それに仮にも乙女としては男女関係無しの雑魚寝には抵抗がある、私を襲うような男が居るかはこの際置いておく。
そうすると、残るのは収入アップしかない。
採集依頼ではどう頑張ってもこれ以上の収入アップは難しいことは分かったので、後は討伐依頼か護衛依頼を受けるしかない。
どちらも気乗りしないのだが、どちらかを選ぶのなら討伐依頼となる。
護衛依頼は依頼人と直接にコミュニケーションを取る必要があるため、接客業の出来ない私には明らかに向いていない。
それに、旅路の途中でうっかり目を合わせてしまって大騒ぎになることが目に見えている。
そもそも、顔を隠したまま護衛なんて受け入れて貰えないだろうし。
討伐依頼は指定された魔物を討伐し、特定の部位を持ち帰ると言うものだ。
討伐依頼が出される魔物は何らかの害を及ぼしたもの、あるいは及ぼす危険性があるものだ。
依頼者は被害を受けたものか冒険者ギルドや商人ギルド、あるいは領主などがなることが多いようだ。
増え過ぎると厄介なゴブリンの討伐依頼はギルドの常設依頼として出されている。
討伐と言うからには相手を殺さなければならないが、ハッキリ言って私には荷が重い。
虫も殺したことがない……とまでは言わないが、これまでの人生の中で自覚しながら生き物を殺した経験など無い。
現代人であれば皆似たようなものだと思う。
正直、いきなり討伐依頼を受けるのは勇気が要る行為だし、パニックを起こして抵抗出来ないまま逆に殺されてしまう恐れもある。
そんな私が聞き付けたのが、リーメルの街の南にあるという初心者ダンジョンだ。
ダンジョンとは主に洞窟の形を取った迷宮で、中には無数の魔物や罠、そして財宝が眠っている。
活性化しているダンジョンにはダンジョンマスターによって支配されているが、この初心者ダンジョンは既にダンジョンマスターが討伐され冒険者ギルドの管轄になっているらしい。
元々出来たばかりの時に討伐が行われたため階層も3階層と短く、スライムやコボルトと言った低レベルの魔物が無限に湧いて出る為、討伐依頼初心者の訓練用設備として利用されているそうだ。
なお初心者ダンジョンと言うのは冒険者達による通称らしいが、誰も正式な名前は覚えていないとのことだ。
勿論、冒険者ギルドの管轄とは言え放たれているのは本物の魔物であり、命の危険が全く無いわけではない。
しかし、出没する魔物が限定されている初心者ダンジョンは実際の討伐依頼よりは安全度が高く、訓練には打ってつけな場所と言える。
討伐依頼を受ける勇気が湧かない私は、一先ず初心者ダンジョンで訓練してみることにした。
これで駄目なら、収入アップも他の方法を模索する必要がある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
南門から歩いて2時間弱のところ、湖畔の横にそのダンジョンは口を開けていた。
「関係者以外の立ち入りを禁ず 冒険者ギルド・リーメル支部」の立て札を横目に、私は恐る恐るダンジョンの入り口へと足を進める。
冒険者ギルドの管轄とは言え内部を改装していたわけでもなく、岩肌そのものが剥き出しとなった洞窟だった。
私は短刀を右手に持ちながら、慎重に探索を開始する。そう言えば、迷路は左手を壁に付いてひたすら壁沿いに進むと多少迷ってもいずれはゴールに辿り着けると聞いたことがある。迷うかも知れないし、少なくとも魔物が出て来るまではそうしていよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
洞窟の中を歩いておよそ1時間が経過しただろうか、私は襲い掛かる凶悪な魔物達を鎧袖一触に斬り捨てながら探索を……していなかった。
いや、洞窟を歩いて1時間近く経っているにもかかわらず、何故かこれまで一度も魔物に襲われていないのだ。
それどころか、姿も見掛けない。
こんなものなのだろうかと思うが、すぐにその考えを否定する。
これは明らかに不自然だ、これでは冒険者ギルドの訓練施設として成り立たないだろう。
これ以上無駄に歩き回っても仕方ないので、足を止めて休憩がてらに考えてみることにする。
実は薄々原因が分かっているのだが、それを認めたくない。
それを認めてしまうと、今後に大きな差し障りが出てくるのだ。
とは言え、いつまでも現実逃避していても仕方ないのも事実。
勇気を出して現実と向き合う必要があるだろう。
……邪神オーラのスキルの所為だよね、これ。
魔眼よりも人間に対して効果が薄いので忘れていたが、「人間に対して効果が薄い」と言うのは逆説的に言えば「人間以外に対しては高い効果を発揮する」と言うことだ。
ドラゴンですら裸足で逃げ出す気配にスライムやコボルトが怯えないわけがない。
このダンジョンの1階層はぐるっと一周出来るようになっているため、私から常に逃げるように移動しているのだとすれば遭遇しないことも理解出来る。
そういえば、最初に放り込まれた森でも街の周りの草原でも採集依頼で訪れた場所でも一度たりとも魔物に襲われたことがないが、今にして思えばこれも不自然だった。
邪神オーラのせいで知らぬ内に魔物に逃げられていたのだろう。
魔物から襲われないということ自体はいいことなのだが、それは同時に討伐依頼を達成出来ないことを意味する。
元々討伐依頼は基本的に人間を襲う魔物に対して出される為、相手が尻尾を巻いて逃げることは想定外だろう。
それこそ、袋小路の洞窟に巣食っているような相手以外は討伐に出向いても遠目に逃げられてしまうわけだが、そんな都合のいい依頼は滅多にあるとは思えない。
……詰んだ。
採集依頼は報酬が低く、討伐依頼や護衛依頼は受けられないとなると、収入アップは難しい。
やはり生活レベルを落とすしかないのか……。
『ダンジョン「湖畔の洞窟」のダンジョンコアに加護を付与しました』
ん?
『ダンジョン「湖畔の洞窟」を制圧しました』
『称号「ダンジョンマスター」を獲得しました』
『スキル「ダンジョンクリエイト」を取得しました』
『ダンジョンマスターの属性によりダンジョンの基本構造が変更されます』
『ダンジョンの名称を「邪神の聖域」に変更しました』
ちょっとマテ。
いや、お願い。待って下さい。
突然のことに呆気に取られる私の前で周囲の光景が一変する。
手を伸ばせば届きそうだった天井は数メートルの高さになり、横幅も遥かに広大になる。
岩肌が剥き出しだった壁は黒いレンガ造りの壁になり、点々と設置されていた松明は禍々しい燭台へと変わり不気味な紫色の光を灯している。
辺りには不気味な濃い緑の霧のようなものが漂い、地獄の底から響くような怨念の声が轟く。
コボルトの1匹も居なかった筈の場所には無数の死霊やゴーレムが闊歩する。
うん、先程までの初心者ダンジョンから見事にラストダンジョンっぽい雰囲気に変わっていた。
魔物が襲って来ないことや先程の声からして大体想像が付いたが、念の為に確認してみる。
「ステータス」
名 前:アンリ
種 族:人族
性 別:女
年 齢:17
職 業:魔導士
レベル:1
称 号:邪神の御子、ダンジョンマスター [New]
魔力値:3031504
スキル:邪神オーラ(Lv.5)
悪威の魔眼(Lv.5)
加護付与(Lv.7)
状態異常耐性(Lv.6)
闇魔法(Lv.6)
アイテムボックス(Lv.4)
ダンジョンクリエイト(Lv.1) [New]
装 備:悪鬼の短刀
邪神の黒衣
堕落のベビードール
淫魔のスキャンティ
闇のパンプス
うん、残念ながら聞き間違いじゃなかったみたいだ。
称号とスキルが増えている。
私、ダンジョンマスターになっちゃいました。
<ダンジョンマスター>
ダンジョンを支配する支配者。
ダンジョンコアを用いてダンジョンを管理し侵入者を駆逐する
<ダンジョンクリエイト>
ダンジョンマスターの基礎スキル。
支配するダンジョンの拡張や整備を行う。
使用にはダンジョンコアが必要。
Lv.は支配するダンジョンの階層によって決まる。
Lv.1は1〜5階層。
先程聞こえた『声』や説明を見る限り、ダンジョンにはダンジョンコアというものがあり、それを通してダンジョンを支配するのがダンジョンマスターなのだろう。
そして、初心者ダンジョンはダンジョンマスターこそ討伐されたが、ダンジョンコアはそのままだったか、あるいは何らかの理由で再生していたのだろう。
つまり、いつからかは分からないが、ダンジョンマスターが空席でダンジョンコアさえ手に入れれば支配出来てしまう状態になっており、私の加護付与スキルのせいでダンジョン越しにダンジョンコアを掌握してしまったと……そんなんありか。
拙い、非常に拙い。
際限なくダンジョンを成長させ得るダンジョンマスターは討伐対象らしいから、これがバレると私も命を狙われることになる。
そして、初心者ダンジョンだった筈の場所がこんな風になっていれば、異変はすぐに察せられてしまう。
かくなる上は──
「なかったことにしよう」
うん、よく考えればこのダンジョンの異変が公になっても、私は何食わぬ顔で街で暮らして居ればいい。
他人に見えるものなのかも実験していないが、人にステータス画面を見せて称号やスキルを見られない限り、私がダンジョンマスターであることなど分かる筈も無いのだから。