04:三柱査問会
査問会。
それは組織内において不正や重大なミスを犯した者を呼び出し、問い質す場のことだ。
その場で当事者から事情聴取を行い、その上で懲罰を課すために行われる。
しかし、それはあくまで組織内にしか意味を為さないものであり、組織に属さない者にとっては無関係であるとも言える。
その点、私はこの世界では精々冒険者ギルドに登録しているくらいで、それ以外の組織には無縁であるため、査問を受けるような筋合いはない──
──という常識的な反論が無意味なことは、この場に集った査問官達を見て瞬時に理解出来た。
前方右手に座る金髪の女性は光神ソフィア、左手には薄緑の長髪の男性は闇神アンバール、そして中央に座る黒いドレスの少女は邪神アンリ……この世界を管理する管理者三柱のお出ましだ。
この場はさしずめ、この世界に属する者に対する査問といったところだろうか。
それにしても、自分に査問されるなどという経験をしたのは、おそらくこの世界で私が初めてだろうな。
中央に座る少女──位置的にこの場の責任者っぽい──は、先日別たれた神族の「私」だ。
まさかこんな再会になるとは思わなかったけど。
強引過ぎる呼び出しだったけれど、おそらくここは邪神殿の四階層か五階層なのだろう。
私の知らない部屋だから、新たに創ったのかも知れない。
査問すると言われている対象は、タイミングから考えても一つしか思い当たらない。
徘徊している邪神像のことに間違いない。
まぁ、相手は別たれたとはいえ自分だし、残りの二柱も顔見知りだ。
そんな酷いことはされないだろう。
そんな甘い考えを脳裏に浮かべた私に向かって、目の前の「私」から冷や水のような言葉が掛けられる。
「…………正座」
「え?」
投げ掛けられた言葉の意味が頭に入って来ず、私は思わず首を傾げた。
神族の私はジト目を強めると、再び同じ言葉を口にする。
「…………正座」
「………………」
「…………正座」
このままだと話が進まなそうということと、若干気圧された部分があって、私は仕方なくその場で正座する。
固い木製の台が脚に痛い。
それにしても、なんで査問で正座しなきゃいけないのだろう。
そもそも、彼ら神族は現在または過去の事であれば「情報閲覧」の力で見通すことが出来るのだから、改めて事情聴取などする必要がない。
ならば何故この場に呼ばれたのかと考えて、これがお説教の流れであることに気付いた私は冷や汗を掻いた。
「呼ばれた理由は分かっていますね?」
「ったく、めんどくせぇことしやがって」
ソフィアやアンバールが苛立ちも露わに左右から話し掛けてきた。
私はそんな彼らに向かって頷いてみせる。
「分かってる、邪神像のことでしょ?」
「ええ、その通りです」
「魔族からも色々と訴えが上がってきてるんでな」
「なんであんなことしたの?」
一瞬、「情報閲覧」で確認すれば良いのではと思ったが、すぐに理解が追い付いた。
おそらく彼らが把握出来たのは私が加護を付与してしまった邪神像が動き回っているという事実だけで、意図や思考までは読み取れなかったのだろう。
ならば、心行くまで説明しよう。
そして、わざとではなかったことを理解してほしい。
私はレオノーラにしたように、邪神像が動き回る邪神像に進化してしまった経緯の説明を始めた。
◆ ◆ ◆
一通りの説明を終えると、そこには頭を抱えるソフィア、アンバールの姿があった。
「頭が痛いです」
「俺もだぜ」
神族が頭痛を覚えるというのも凄い話だ。快挙と言っても良いかも知れない。
その一方で、「私」の方は納得したようにうんうんと頷いている。
「お昼寝は仕方ない」
「──んなわけないでしょう!」
「──んなわけあるか!」
「おおぅ?」
私も大いに同意出来る呟きだったが、左右から厳しい突っ込みが入って神族の「私」はたじろいだ。
「まぁ、今はこれくらいにしておこうぜ」
「そうですね。まだ色々と言いたいことはありますが、今はそれよりも事態の収拾が優先でしょう」
「…………ほっ」
矛を収めたソフィアとアンバールに、「私」があからさまに安堵の表情を浮かべた。
対処というのは、徘徊している邪神像のことだろうか。
彼ら神族が対処をしてくれるのなら、事態を収めるのは簡単だろう。
「無関係な顔してやがるが、手前ぇがやるんだからな」
「は?」
私の方に向いて告げられたアンバールの言葉の意味が理解出来ず、私は思わず間抜けな声を上げてしまった。
「貴女の不始末なのですから、貴女が片付けるのが筋でしょう」
「それはそうかも知れないけど……」
それを言われると弱い。確かにやらかしたのは私だ。
「でも、それぞれの担当種族から陳情が上がってるんじゃないの?」
先程アンバールが、魔族から訴えが上がっていると言ったように、人族からもソフィアに訴えが出ていることだろう。彼らとしてもそれは無視出来ない筈だ。
「まぁな。だから人員くらいは貸してやるさ」
「そうですね、私も手配しておきます」
どうも、彼らは直接手を下すつもりはなさそうだ。
力は貸してくれるけれど、肝心な部分は自分でやれということらしい。
これくらいの事態では、まだまだ手段を選ばず対処する程のものではないということなのかな。
◆ ◆ ◆
「そう言えば、一つ聞きたいことがあったんだけど……」
「?」
「あん?」
「何でしょう?」
査問会を行った部屋から場所を変えて、テーブルを囲んでお茶を飲みながら雑談を行う。
その中で、私は彼らに会ったら聞こうと思っていたことがあったことを思い出した。
「今更かも知れないけれど、テナの額にある印について何か知らない?」
聞きながら、テーブルの上を指でなぞるように印の形を再現する。
テナの額にある「S」の字を横に倒したような印だ。
「ああ、眷属印か」
「眷属印?」
アンバールの口から発せられた聞き慣れない言葉に、私は聞き返した。
「読んで字の如く、眷属になった者に付される印のことですよ。
その形状は、加護を与えた主によって異なります」
ソフィアが解説してくれるが、それでもピンと来ない。
それだと、インペリアル・デスにも印があってもおかしくないはずだが、彼にそんなものがあった記憶はない。
私がそれを問うと、彼らは頷いた。
「眷属になった者に付される印とは言いましたが、全ての眷属に眷属印が付されるわけではありません」
「最初の眷属だったり特に繋がりが強かったりする場合に付くことが多いな。
言っちまえば、筆頭みたいなもんだ」
成程、つまりテナが私の筆頭眷属だったというわけか。
強さで言えばインペリアル・デスの方が圧倒的に上なのだが、身近という意味ではテナが筆頭といっても不思議ではない。
しかし、それならどうして邪神像にも付いているのだろうか。
「邪神像に同じマークが付いてたんだけど……」
「何!?」
「なんですって!?」
「ふ〜ん」
私の呟きに、アンバールとソフィアが過剰に反応した。
神族の「私」は気のない風だ。
「アレ、手前ぇの眷属なのか」
「そもそも生物ですらないのに、一体何故眷属になってるのですか?」
そんなの知らない。なってしまったものは仕方ないだろう。
「さっきの話だと一人にしか付かないものなんじゃないの?」
「私と別れたせい?」
「だろうな。神族から人族に戻ったことで、初期化されたんじゃねぇか?」
確かに、種族が巻き戻るようなことがあれば、「最初の眷属」というものも初期化されても不思議ではないのかも知れない。
そうすると、あの邪神像が今の私の「最初の眷属」ということになるのだろうか。
「まぁ、そんならますます手前ぇで片付けろや」
「そうですね。自身の眷属なら責任を持って貰わないと」
「……分かった」
言い負かされるような形になってしまったけれど、私に責任があるというのも事実なので、やむなしと言わざるを得ないようだ。
そこまで話していて、ふと気付いたことがあり、私は呟いた。
「ステータス」
<ステータス>
名 前:アンリ
種 族:人族
性 別:女
年 齢:18
職 業:魔導士
レベル:1
称 号:戦慄の邪人、ダンジョンマスター、変人
魔力値:3031504
スキル:邪神オーラ(Lv.5)
悪威の魔眼(Lv.5)
加護付与(Lv.7)
状態異常耐性(Lv.6)
闇魔法(Lv.6)
アイテムボックス(Lv.4)
ダンジョンクリエイト(Lv.7)
装 備:災厄の扇
黒死薔薇のドレス
堕落のベビードール
淫魔のスキャンティ
闇のパンプス
眷 属:戦慄の邪神像 [NEW]
テナ
あ、やっぱり。
眷属に邪神像が追加されてる。
先程までの話で予想出来た結果だったが、裏付けが出来たことになる。
私は更に、眷属欄の「戦慄の邪神像」に意識を集中させる。
<戦慄の邪神像>
邪神アンリの姿を模した巨大な像。
あまりにも精巧に彼の邪神の姿を模したが故に魂が宿り、
像でありながら動きだしたと言い伝えられている。
特別な能力は無いが、その巨体とそれに付随する圧倒的なパワーを有し、
更には非生物的な外見からは想像出来ない程の知能をも持ち合わせている。
一度動きだした邪神像は人の手で止められる存在ではなく、国家存亡すらも齎しかねない。
テナの場合は詳細なステータスが表示されたのだけど、邪神像は生物でないからか説明文だけしか見えなかった。
しかし、知りたかったのは彼の像の保有スキルなので、特別な能力がないことさえ分かれば、それで十分だ。
精巧過ぎたせいで魂が宿ったとか説明が適当過ぎる気もするけど、今更か。
私は少し呆れながらも、三柱とのお茶会を辞した。