記念SS:他伝「崇高なる我が神」
「………………」
ダンジョン「邪神の聖域」の第三十階層に据えられた玉座で、無言のまま考え事をしている者が居た。
彼の名はインペリアル・デス。邪神アンリによって召喚され、加護を与えられ、この地の守護を任された最強のアンデッドだ。
その力は並みの魔物のそれとは比較にならない程に強く、光神や闇神をして神族の領域に到達していると言わしめるほどのもの。勇者や魔王と言った世界最強クラスの者達をも凌駕する彼に敵う者など、この世界を管理する三柱くらいのものだろう。
そんな絶大な力を持つ彼が悩んでいること、それは彼が忠誠を誓った主が先日話していた言葉に起因する。
『人族の私が書いた本のおかげで、信仰が増えた』
彼の主である邪神アンリが珍しくも嬉しそうな態度を露わにしながら語った言葉だ。
なるほど、信仰と言うものが彼女ら神族にとって重要な意味合いを持つことは理解できる。
それが増えて主が喜ぶことも、我が身の喜びと同義だ。
しかし、同時に思う。
それを知った今、自身は何もしなくて良いのか、と。
「………………」
このようなことを自問する時点で、答えは最早彼自身の中では出ているのだろう。
無論、良い筈がない。
主のために出来ることがあるのならば、全身全霊を以って為すべきだ。
ならばそう、やるべきことは一つ。
幸いにして、人族の主が記した書物は主の為した偉業のほんの一部でしかないと聞く。まだまだ、語れる部分は大いに存在するのだ。その部分を記して書物とすれば、更に主の信仰を増すことが出来るだろう。
それは、主の更なる喜びに繋がる。
故に……
「余が続きを書こう」
こうして、「三十階層守護」兼「執事」インペリアル・デスが新たに「作家」業に乗り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
インペリアル・デスはまず執筆のための準備を整えることにした。
玉座の前に置かれた巨大なテーブルに紙とペンといった執筆道具、それから参考図書として件の人族の主が書き記したという本だ。
まず彼は、その本を読んでどのような内容や書き方をすれば良いのかを学ぶこととした。あまりにも内容が異なると、読む者に違和感を与えてしまいかねないため、なるべく合わせた方が良いと考えたのだ。
黙々と読み進め、三時間程で読了して本を置く。
「ふむ、理解した」
内容は勿論、書き方の癖なども全て把握したインペリアル・デスは早速執筆に取り掛かる。
永い時を存在し続けて様々な経験を積んできた彼にしてみれば、一冊の書物を作成するなど造作もないことだ。
プロットを頭の中で組み立て、章立てを構築し、あっと言う間に大まかな構成を確定する。
絵やデザインはそれを専門とする者に任せるつもりでいるため、ひとまずは文章を作り上げることに専念する。
アンデッドであるインペリアル・デスには疲労と言う概念が無いため、何時間であろうとも一定の執筆スピードを保ったまま書き進められる。食事や睡眠の時間も彼には必要ない。
勿論、執事としての業務を疎かにするわけにはいかないため、その時間については手を止めざるを得ないが、それ以外の時間は全て執筆に充てることが可能なのだ。それにより、普通の人族が書くよりも数倍は効率良く執筆が進められる。
空き時間を使って一気に書き上げたインペリアル・デスは、三度読み返して誤字脱字のチェックを終えて満足気に頷いた。
「フッ、これならばきっとアンリ様にもご満足頂けるに違いない」
しかし、そこまで考えて彼はふと考え込んだ。
「ふむ……」
これで出来上がった書籍を主である邪神アンリに見せるのは容易い。しかし、どうせならば結果を出してからのサプライズにした方が主を喜ばせられるのではないか、そう考えたのだ。
密かに本を出版して広め、その信仰を主に贈る……それは中々に気の利いた捧げものではないか。
「そうと決まれば……」
同じく邪神アンリに忠誠を誓う者……教皇にコンタクトを取り、出版の手筈を整えよう。そう決意したインペリアル・デスは玉座を立ち上がり、ダンジョンの外へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんと、それは素晴らしいお考えです!」
「ふむ、であれば協力して貰えるか?」
「勿論です!」
邪神殿三階層の一室にお忍びで訪れたインペリアル・デスの提案を、教皇は諸手を挙げて賛成した。
インペリアル・デスの外見は骸骨であり、そんな相手が訪ねてきたら普通であれば卒倒しても不思議ではないのだが、彼は一切気にした様子を見せない。
邪神アンリを信仰する者であれば門戸を閉じる必要はないということかも知れないが、それにしても肝が据わり過ぎである。
「絵やデザインについては、経典の作成でノウハウがありますので、こちらにお任せください。
流通についても、既にルートがありますので使えるでしょう」
「それは重畳」
「ああ、そうだ。良いことを思い付きました。
折角ですから、経典をセットに付けるのは如何でしょうか?」
「ふむ、それは良いかも知れん」
こうして、一人と一体の狂信者の手により邪神アンリを謳った二冊目の書が世の中に放たれた。
書籍版「邪神アベレージ」第二巻発売記念ショートショートでした。
第二巻は2016年2月8日、発売となります。
既に早いところでは店頭に並んでいるようです。
もし見掛けられましたら、是非ともお手にとって頂ければ幸いです。
取り敢えず、後書き(のような何か)を是非見て欲しいです。
http://blog.konorano.jp/archives/51988876.html
なお、もう一つお知らせがあります。
【WEB版完結まで発刊記念】を祝して、別途新作を投稿開始しました。
こちらも併せて、よろしくお願い致します。
「麗人の秘密」:http://ncode.syosetu.com/n6722cz/
北瀬野ゆなき