06:お約束
ギィと言う音を立てて開く扉をくぐり、冒険者ギルドの中に入る。
入口から見て左側には掲示板があり、依頼のものであろう紙が何枚も貼り出されている。
右側には丸テーブルが幾つか並んでおり、パーティを組んでいるであろう冒険者が何人か談笑している。
そして正面にはカウンタがあり、若い女性の受付スタッフが冒険者に対応していた。
カウンタには受付で話している人以外の後ろに2人程並んでおり、私はその後ろへと並ぶことにした。
やがて順番が回ってきたので、私はカウンタへの足を進めた。
「冒険者ギルドへようこそ、本日はどのようなご用事でしょうか」
「冒険者登録をしたい」
「承知致しました。
登録料に銀貨1枚必要となりますが宜しいでしょうか」
私は頷くとローブのポケットから銀貨を1枚取り出し、受付嬢へと渡した。
「それではこちらのカードに手を被せて下さい」
受付嬢はそう言うと、一枚の無地のカードを取り出してカウンタに載せる。
私は言われた通りにカードの上に右手の掌を合わせるように被せる。
そのまま一分程置くとカードから光が放たれる。
「はい、もういいですよ」
そう言われてカードから手を離すと、先程まで無地だった筈のカードに文字が浮かび上がっている。
どうやら、私のステータスの一部が書かれているようだ。
名 前:アンリ
種 族:人族
性 別:女
年 齢:17
職 業:魔導士
レベル:1
い、一部で良かった。
これで称号やらスキルが記述されていたら大騒ぎになっていたかも知れない。
「カードの記載内容を転記させて頂きま──」
「おいおい、こんな小娘が冒険者志願だと?
世も末だぜ」
受付嬢のお姉さんの言葉を遮って、横合いから声が掛けられた。
反射的にそちらの方を向くと、先程まで丸テーブルで談笑していた冒険者のうちの1人が立ち上がり、こちらへと近付いてくる。
2メートル近くはあろうかという巨漢で、髭だらけのむさ苦しい強面だ。
これはまさか……チートな主人公に対する絡みイベント?
「おいおい、ガルツ。
また新人に絡んでんのかよ」
「毎度毎度飽きねえな」
って、いつもの事なのか。
私だからとか思ったのは自意識過剰だったようだ、顔から火が出そうな程はずかしい。
「おら、何とか言ったらどうなんだ。
いつまでも顔隠して黙りこくってんじゃねぇ」
そういうと絡んできた熊男──ガルツは私のフードを手で払った。
「!?」
私の目を直視したガルツはその状態で驚愕と恐怖の表情で硬直する。
幸いにして、彼の巨体で隠されていて他の人間は魔眼の影響を受けてはいないらしい。
次の瞬間、下から何かが飛び出して私の右手に収まる。
「ヒッ!?」
見るとそこには昨日から見慣れた禍々しい漆黒の短刀があった。
どうやら手放しておける時間を過ぎてしまったらしい。
武器を構えたように見える私にガルツは悲鳴を上げて尻餅を突く。
そのまま私から離れるように後ずさる。
私はその様子を見ながら際どいところでフードを被り直して目を隠した。
「おい、どうした!?」
後ろのテーブル席に座っていた仲間達が異常に気付いたのかガルツに駆け寄って肩に手を置く。
「!? うおおおおぁぁぁぁーーーー!!!」
「ガッ!? 何しやがる!!」
肩に手を置かれたガルツは振り返ると、恐怖の雄叫びを上げて殴り掛かる。
狂乱するガルツに仲間以外の冒険者も取り押さえに掛かるが、ガルツはそれを振り払い扉から外に飛び出していく。
外から悲鳴や怒声が聞こえてくるけど、ええと、私の所為じゃないよね。
無かったことにして振り向くと、受付嬢のお姉さんはカードを手に持った状態で固まっていた。
「写さないの?」
「へ? あ、済みません。
すぐに写します!」
カードの記述が名簿のようなものに書き写される。
「と、登録完了しました。
あの、さっきガルツさんに何をしたんですか?」
「別に、何も」
カードを受け取りながら、そっけなく返す。
実際私は何もしていないから不可抗力なんだけど、お姉さんは納得していないみたいだ。
呪いの短刀が掠って混乱の状態異常が付与されたのだとしても、私が攻撃したわけではないし。
「ええと、依頼についての説明は要りますか?」
「お願い」
納得はしていないまでも突っ込むと良い事が無いと思われたのか、誤魔化すように話題を変えるお姉さん。
私としてもその方が有難いので乗っておく。
「左手の掲示板に貼られているのが依頼の紙です。
受けたい依頼の用紙を剥がして冒険者カードと一緒に受付まで持って来て下さい。
依頼を達成した場合はその証明と冒険者カードを提示して貰うことで報酬をお渡しします。
依頼には期限があるものもありますので、気を付けて下さい。
期限を過ぎた場合は依頼失敗となり、罰則金を支払って貰うことになります」
ふむ、ここまでは普通だ。
ただ、依頼の紙には依頼内容と報酬、期限しか書かれていない。
そう言えば、冒険者カードにもランクのようなものは書かれていなかったな。
「受けられる依頼のランク分けとかは?」
「ありません、基本的にどの依頼でも受けられます。
あまりに無理がある場合は忠告させて頂きますが、強制ではありません」
つまりは自己責任ということか。
「依頼には主に3種類あります。
討伐、採集、護衛の3つです。
それぞれの説明は必要ですか?」
「それは大丈夫」
流石にそれくらいは言葉で大体分かる。
「説明は以上です。
早速依頼を受けますか?」
私は頷くと掲示板から目を付けていた依頼を剥がしてきて冒険者カードと一緒にカウンタへと載せる。
「ええと、薬草の採集依頼ですね。
最低数が5枚で銅貨30枚ですが、それ以上に集めて貰っても構いません。
これはギルドからの常設依頼ですので、期限はありません」
1枚当たり銅貨6枚か。
多分店での買値と売値の間の金額なのだろう。
え? 討伐依頼を受けないのかって?
怖いからヤダ。
「何処で集めて頂いても構いませんが、東の森に群生地がありますのでそこが一番確実です」
「分かった」
冒険者カードを受け取ると振り返る。
私の動向を窺っていた冒険者達が一斉に目を逸らす。
何これイジメ?
このままここに居ても良いことは無さそうなので、私は冒険者ギルドを後にした。
昼食用のサンドウィッチを露店で買い、東門から街の外に出る。
昨日街に入る時に受け取った仮身分証を返し、保証金を返して貰う。
一時間程歩いて森まで行き、薬草を10枚集めた辺りで日が落ちてきたので街へと戻った。
珍しく何のトラブルも起きず、魔物に襲われることもなく過ごせたが、それが異常であることに気付くのは大分後になってからだった。