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邪神アベレージ  作者: 北瀬野ゆなき
【神之章外伝】
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外伝07:ある教皇の企み

 神聖アンリ教国。

 フォルテラ王国の一角から独立する形で新たに建国されたその小さな宗教国家には、シンボルとなるものが二つ存在する。


 一つは神殿を兼ねているダンジョン「邪神の聖域」。

 地上五階層、地下三十一階層からなる巨大な迷宮は、日々冒険者達の命……ではなく、金を奪い続けている。

 三神による争いが終結した後も、ダンジョンへの挑戦者が絶えることはなかった。

 元より、ダンジョンというのは冒険者達にとって一獲千金のチャンスが眠っている場所だ。そこから得られる宝物は貴重なものが多い上、もしもダンジョンマスターを倒すことが出来れば富と名声が手に入る。

 当然、そのリターンに見合ったリスクがある場所でもあるのだが、こと「邪神の聖域」に関していえば一度も死者を出したことがないという破格の安全度を誇るダンジョンだ。同時に、世界最難関のダンジョンでもあるのだが。

 光神と闇神の攻略命令によって一気に知名度が跳ね上がったこともなり、世界中から冒険者達が攻略に挑む為に集まってきていた。

 当然、神殿の周囲に設けられた宿や商店にとってみればカモが大量に寄ってきた状況と言える。

 観光業を主産業とする神聖アンリ教国は、異常とも言える勢いで成長を続けていた。


 そして、もう一つのシンボルは──。


「おお、アンリ様! 我らが神よ!

 どうか我らの祈りを聞き届けたまえ」


 豪奢な司祭服を纏った金髪の青年が、跪き熱心に祈っている。

 彼が祈る先にあるのは、この国で崇められている邪神アンリの姿だった。

 そう、「姿」だ。当人ではない。

 邪神アンリの姿を模した彫像に対して、彼は祈っている。

 偶像崇拝が禁じられているというわけでもないため、それは別段おかしいことではない。しかし、問題は彼が祈っている彫像の大きさだった。


 五階層まである神殿とほぼ同じ高さをした彫像。

 教皇の熱意によって大幅に工期を短縮して築き上げられた、巨大アンリ像だ。


 ちなみに、言うまでもなくアンリ像に祈っているのは、この像を建造した張本人である教皇だ。

 彼は毎日朝晩必ずこの像に祈りを捧げ、像が建造されてから一日も欠かしたことはない。


 なお、巨大アンリ像の周囲には柵が作られ、近付くことは厳重に禁じられている。これは、邪神アンリ直々による勅命であり、巨大アンリ像の足元にはたとえ教皇ですら近付くことが許されていない。

 巨大アンリ像は黒薔薇のドレスを着たアンリの姿を模しているため、足元から見上げられると色々と危険なのだ。

 危険なのは、そんな細部まで再現した教皇の執念かも知れないが。


「ふう、アンリ様へ祈りを捧げた朝は清々しいですね。

 フフッ、やはりこの像を建造して正解でした」


 サムズアップしながら腕で汗をぬぐう教皇。

 彼の言うように、この像の評判は教国において非常に高い。元より、信仰心の高い者達の集まりであるため、神像の建造は喜ぶべきものであるし、それを抜きにしても像としての完成度が高かった。

 完成度が高すぎて、とある少女が素顔を晒して表を歩けなくなった程に。


「さて、それでは……」


 この完成度の高い神像の図面を引いたのは他ならぬ教皇であり、巨大アンリ像の建造が終わった今、彼の意欲は次なる目標を目指して既に走り始めていた。


「草の根アンリ様計画を次なる段階へ」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「アーンーリーさーまーーー!!!」


 外から聞こえてきた言葉に、アンリは思わず頭に手を当てた。

 爆走しながらここに向かってきている声の主は、考えるまでもなく分かっていた。

 というか、一人しか居ない。


 神族としてのアンリには中々会う機会がないせいか、彼は事あるごとにこの黒薔薇邸へと報告にやってくる。

 アンリとしては屋敷の建造をしてもらった手前あまり邪険にするのもどうかと思って追い返せずに居たのだが、どうやらそれが良くなかったようだ。


「ごーらーんーくーだーさーいーーー!!!」


 その言葉を聞き、アンリは頭痛で頭を抱えた。

 彼が報告してくることの内訳は大まかに分けて三つ、国の状況、布教状況、そしてそれ以外の何かだ。このうち、最後のものが一番厄介事のタネとなることを、彼女は経験で悟っていた。

 件の台詞を聞く限り、今日は厄介事のようだった。


「ご覧下さい、アンリ様!」

「一体なに?」


 扉を開け放って登場した教皇は、開口一番でそう告げてきた。

 仮面の下で引き攣った表情を浮かべているアンリだが、なるべく声にそれを出さないように努めて冷静に尋ねた。


「ふふふ、とうとう完成したのです!

 草の根アンリ様計画の主力、小型アンリ様像が!」


 そう言って教皇が差し出してきたのは、掌サイズの彫像だった。デザインは巨大アンリ像と同じく黒薔薇のドレスを纏ったアンリの姿だが、圧倒的に小型なのに細部まで精緻に作り込まれていて、素晴らしいクオリティを為している。

 この世界の好事家であれば結構な高額をはたいてでも、この彫像を欲しがることだろう。

 しかし、異世界の知識を持つアンリにとっては、最早フィギュアにしか見えなかった。


「いかがです? 素晴らしい出来ではないですか?」

「これ、どうするつもり?」


 嬉しそうに感想を求める教皇に、先程以上に引き攣った表情になりながらも尋ねるアンリ。


「勿論、全ての信徒に配布して、いつでも祈りが捧げられるようにするのです。

 ゆくゆくは、これを以って他国への布教も行いたいですね」


 嫌な予感が当たったとばかりに首を振りながら、アンリは教皇の暴走を止めに掛かる。

 自分を模したフィギュアが数千数万の相手に配られるなど、悪夢でしかない。


「認められな……」

「既に、日に百体まで製作出来る準備が整いました。

 信徒全てに行き渡るまで、そう時間は掛からないでしょう」

「量産体制構築済み!?」


 予想以上に事態が進んでしまっていることに、アンリは珍しく驚愕の声を上げた。

 しかし、教皇はその驚愕の叫びを称賛と受け取ったのか、誇らしげに笑みを浮かべた。


「こうしては居られません。

 更なるデザインの製作に入らねば……!

 それでは、これにて失礼いたします!」

「ちょ……」


 そう言い放つと、教皇は暴風のように立ち去って行った。

 後に残されたアンリは、諦めの境地で深い溜息を吐いた。

書籍版「邪神アベレージ」発売日はいよいよ週明け9月7日です。

書店によっては既に今週末から置いている所もあるようです。

もしお見掛けの際は、是非ともお手に取って頂けますよう、お願い致します。

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