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邪神アベレージ  作者: 北瀬野ゆなき
【神之章外伝】
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外伝04:ある勇者達の労働

 邪神殿の二階、とある部屋の前に六人の男女が集まっていた。

 男性と女性がそれぞれ三名ずつのその集団は、ある意味ではこの場所に最も相応しくないと言える者達だった。


「ええと、ここでいいのかな?」

「そうですね。聖女神様からのお言葉からすると、ここで間違いないかと」

「それにしても、何だって聖女神様が邪神の神殿に行けなんて言って来たんだろうねぇ」

「さあな。とは言え、アークが聖剣を取り戻す為に必要と言われたら、来ないわけにもいかないさ」

「俺も聖槍を取り戻さないといけないしな」

「私もです。聖弓が手元にないなんて、勇者の資格がないと言われても仕方ないですし」


 集まっていたのは聖剣の勇者アークのパーティと聖槍の勇者ライオネル、聖弓の勇者オーレインの六名だった。尤も、現在の彼らはダンジョン「邪神の聖域」の攻略に失敗した際にそれぞれの武具を奪われてしまっているため、これらの称号はいささか皮肉なものとなっていた。

 勇者の象徴であり力の源である聖なる武具──光神ソフィアの加護を受けたそれらの武具は所有者を選ぶ。人が武具を選ぶのではなく、武具が人を選び自らの所有者として認めるのだ。

 そして武具に所有者として認められた者は間接的に光神ソフィアに選ばれた存在となり、勇者の称号を得ることになる。アーク、ライオネル、オーレインの三名も、そうして勇者となった者達だった。

 それゆえ、聖なる武具あっての勇者であり、勇者であるからには聖なる武具を持っていて然るべきなのだ。オーレインが口にした通り、聖なる武具を奪われるなどと言うのは勇者として致命的な失態であり、罵倒されても文句は言えない。


「呼んでも戻って来ないなんて……一体聖弓は今どうなっているのでしょう?」

「確かに、普通なら呼べばすぐ手元に戻って来る筈だからなぁ」


 不安そうに告げるオーレインに、青髪の青年ライオネルが同調する。

 聖なる武具は所有者を選ぶため、他の者では使いこなすことは決して出来ない上、仮に手元に無かったとしても所有者が呼べば飛んで戻ってくる。

 それを知っている勇者達は、ダンジョン攻略失敗後に意識を取り戻して聖なる武具を失ったことを知ってから、幾度となく武具を呼び戻そうと試みた。しかし、聖なる武具は戻って来なかった。

 オーレインなどはアーク達から制止されるまでその薄紫の髪を振り乱しながら涙目になって何度も呼び続けたのだが、効果は無かった。


「きっと大丈夫だ。聖女神様がここに来れば聖剣を取り戻せると教えて下さったんだ。

 それなら、聖剣は無事な筈だ」

「だといいのですが……」


 金髪の青年アークが励ますが、オーレインはまだ不安なのか俯いている。元々、気弱だった少女が聖弓に選ばれたために勇者の使命を果たそうと気を張っていたのだ。肝心の聖弓を失ってしまった反動で精神的に不安定になっているのだろう。


「大丈夫。聖剣も聖槍も聖弓も、壊れたりはしてない」


 そんなアーク達に、後ろから声が掛けられた。

 てっきり部屋の中から誰かが出てくるものと思ってそちらにばかり注意を向けていたため、彼らは驚いてバッと振り返る。

 するとそこには、薔薇の装飾が施された漆黒のドレスを身に纏った黒髪の少女が立っていた。


 彼女の黒い瞳を見た瞬間、アーク達の身に戦慄が走る。

 血の気が音を立てて引き、全身が総毛立つ。喉がカラカラに乾き、歯がカチカチと音を立てる。手足が意識から離れて勝手に震える頃になって、ようやく思い出したかのように全身から冷や汗が吹き出した。


 勝てない……例え聖剣が手元にあってもこの少女には絶対に勝てない。


 彼らがこれまで出会った中で最強と呼べる敵は、まさに今居る場所の地下深くであるダンジョンの三十階層に待ち受けていたインペリアル・デスだが、今こうして目の前に立つ少女から感じる絶望的な力の差は彼の敵よりも更に上だった。


 本能と精神と頭脳……その全てが訴える恐怖に、清廉にして屈強な筈の彼らの心は一瞬で圧し折れる。しかし、それは決して彼らの精神が弱いというわけではない。もしもこれが精神の弱い者であれば、彼女と真っ向から目を合わせてしまった瞬間に逃走していたことだろう。この場に留まっていられること自体、彼らが強者であることの証だ。

 そんな彼らが取った行動、それはその場で両膝と両掌、そして頭を床に押し付けると言う行動だった。それは、勇者の伝説に伝えられし最大限の謝辞を示す姿勢──土下座だ。


「……あ、ごめん」


 最近周りが扱いに慣れて上手く目を逸らしてくれるが故に自分の魔眼のことを半ば忘れていた少女は、目の前に繰り広げられる土下座祭りを前に思わず呟いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 視線を合わせないように逸らしながら身を起こすように伝え、自分の魔眼のことを注意事項として告げた黒い少女──アンリとアーク達がまともに会話が出来るようになったのは、アンリがアーク達の前に姿を見せてからしばらく経ってからだった。

 邪神の縁者だとアンリが告げた時には一悶着あったが、冒険者カードを見せることで人族であることを確認したアーク達はそれ以上のことは聞いて来なかった。

 通常、邪神の縁者などと言われれば勇者である彼らにしてみれば放置できるような事柄ではないのだが、光神からの指示で訪れた場所で出会った人物であるため、迂闊なことが出来なかったということが理由の一つとして挙げられる。

 しかしそれ以上に、彼らにとってもっと重要な事実をアンリが告げた為にそれどころではなくなったと言うことが大きい。


「それじゃ、聖剣は今君が持ってるのか!?」

「聖槍もか!」

「聖弓も!?」


 アンリから聖なる武具の行方を聞いたアーク達は、思わず驚きの声を上げた。


「頼む、返してくれ!」


 アークがアンリの手を両手で掴み、必死に訴えかける。普通ならここで目と目を合わせてジッと見つめ合うところだが、二人ともお互いに視線を合わせないようにしているため、傍から見ると滑稽な光景が展開されていた。

 聖なる武具を失って最も取り乱していたのはオーレインだったが、内心ではアークの方が不安が大きかったのだろう。それと言うのも、オーレインやライオネルがソロで活動しているのに対して、アークはパーティを組んでいるということが大きな要因となっている。オーレイン達にとっては突き詰めれば個人の問題に過ぎないが、アークにとってはパーティメンバーにも迷惑を掛けているのだから、それも無理がないことだろう。


「返してもいいけど、条件付き」

「おいおい、何だよ条件って」


 アンリの言葉にジオが不服そうな言葉を漏らす。

 彼らの感覚からすれば、勇者の使命は人族を護るためにあるのだから、非協力的な対応自体が信じられないというところだが、アンリには関係が無い。


「……言ってくれ、俺に出来ることなら何でもする!」

「……私もです!」

「仕方ねぇ、俺も腹を括るか。言ってくれ」


 悲壮な表情で覚悟を決める三人の勇者に、アンリは一言で聖なる武具を返す条件を告げた。





「家建てるの手伝って」

「は?」




 聞き間違えかと思って聞き返す六人だが、アンリの答えは変わらない。

 三度聞いてようやく本気だと理解した勇者達に、アンリが事情を簡単に説明する。

 元々神殿に住んでたアンリが外に出る為に家を建てようとしていること、邪神から受け取った聖なる武具を返す代価として、その家の建築を手伝って欲しいことなどだ。


「ええと、つまり大工仕事ってことか?

 悪いがそんなことやったことないから、大したことは出来ねぇぞ?」

「本職の人もちゃんと雇われてる。力仕事とか簡単な仕事だけでいい」


 ライオネルが疑問を述べるが、アンリにとっては想定内の質問であったようで、頷きながら返される。


「勇者が人足仕事ねぇ……」

「ちょっとイメージが……」

「いや、構わない! 別に悪いことじゃないし、それくらいでいいならお安い御用だ」


 フレイやウィディは難色を示すが、アークはそれを振り切るように了承を告げる。邪神の縁者という少女からどんなことを要求されるかと戦々恐々としていた彼にとってみれば、随分と拍子抜けな条件だった。

 困っている人を見れば助けたいと思う彼にとってみれば、頼まれれば聖剣のことがなくても手伝ってよい程度の仕事に感じられたのだ。


「ま、仕方ねぇか。力仕事だったら俺にも出来そうだしな」

「え? ちょっと待ってくれ、ジオ。

 聖剣を取り戻すためなんだから、働くのは俺だけで十分だろう?」

「水臭いこと言うなよ。

 どのみち、聖剣を取り戻すまでこの地を動けないんだし、手伝って早く終わるならそっちの方がいいだろ?」

「まぁ、そうだね。

 力仕事だと私やウィディはあまり役に立たないかも知れないけど、他に手伝えることもあるだろうし。

 ねぇ、ウィディ?」

「勿論です、私達もお手伝いします!

 アーク様だけに働かせたりなんてしません」

「みんな……」


 パーティの絆を再確認するアーク達の姿に、オーレインやライオネルは少し羨ましそうな顔をしてその光景を見詰めていた。

 なお、アンリは追加の人手ゲットと密かに内心でガッツポーズを取っていた。


「ま、そういうことらしい。

 俺も了解だ」

「私もです。 これでも一応鍛えてますし、力仕事だって出来ます!」


 ライオネルやオーレインも承諾し、六名全員がアンリの家を建てる手伝いをすることを呑んだ。


「ありがとう。

 そこの部屋に建築に携わる人が集まってるから、後はその指示に従って。

 もう設計もそろそろ終わってる筈」

「ああ、分かった」


 ここでようやく、この場所が指定された理由がアーク達にも理解出来た。

 アンリが立ち去って行くのを見届けたアーク達は気合を入れると、目の前の扉を開けた。










 そして閉じた。






「おい、何だ今の戦場は!?」


 一瞬だけ見えた光景に、ジオが焦った言葉を漏らす。

 そう、そこは戦場だった。

 部屋の中央に鎮座する屋敷の模型を囲うように何人もの者達が議論を交わし、辺りには書き捨てられた設計図が山となって積まれている。

 怒号が飛び交う中を慌ただしく走り回る下働きの者達の姿に、何故か自分達の未来の姿が重なり、アーク達の背筋に戦慄が走った。


 そして、それは現実のものとなる。

 アーク達が反射的に閉じた扉がバッと開き、中から豪奢な司祭服を纏った金髪の青年が姿を現したのだ。


「貴方達がアンリ様の仰っていた手伝いの人達ですね!?

 フフフ、待っていましたよ!」


 青年は端正な顔立ちをしているが、それを台無しにするかのように目の周りに隈が出来ている。おそらくは連日の徹夜でハイになっているのであろうテンションにより、彼は唖然としたままのアーク達に一方的にまくし立てる。


「今、丁度人手が欲しかったところなのです!

 さぁさぁさぁ、中に入って下さい!」


 そう言うと、その青年──教皇ハーヴィンは歴戦の勇者である彼らの目にすら留まらない素早さで彼らの後ろへと回り込み、アーク達を部屋の中へと押し込み始めた。


「ちょ、待ってくれ!?」

「や、やめろ!」

「ひぃ!?」

「じょ、冗談じゃないよ!?」

「う、嘘だろ、オイ……」

「いやあああぁぁぁーーー!?」


 事ここに至ってようやく事態が単なる大工仕事の手伝いでは済まないことを理解したアーク達が慌てて逃げようとするが、彼はそんな哀れな生贄達の様子には構わず強引に部屋の中へ押し込むと、後ろ手に扉を閉めた。





 なお、アンリの知らないところで建築対象は「家」から「邸宅」に格上げされており、その分彼らの拘束期間も長くなっているのだが、最早後の祭りだった。

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