17:インペリアル・デス
ラスボス戦です。
BGMはお好みでお掛け下さい。
ギィっという音と共に大扉が開いてゆく。
扉越しにすら感じられていた威圧感が遮るものが無くなったことで増したためか、扉の前に立ったアーク達はその身を僅かに震わせた。
『…………行くぞ』
魔王の言葉にパーティは我に返って動き出すが、その足取りは警戒のために自然と遅いものとなっていた。
彼らの進む先には段上に玉座が据えられ、この部屋の主がそこに座っていた。
豪奢な玉座に座して勇者や魔王達を待ち受けるのは、漆黒のローブを纏った骸骨だ。その体躯はここまでに立ち塞がった黒龍や邪神の鎧と比べれば遥かに小さく、普通の人間サイズでしかない。しかし、その場に集った者達はその相手から、これまで対峙したどんな敵よりも強い威圧を感じて委縮していた。
『…………………』
『…………………』
玉座の前まで足を進めるアーク達だが、相手は無言のまま眼球の無い眼窩で彼らを見詰めるのみで、それ以上のリアクションを見せない。
アーク達も彼の放つ威圧感に自分達から話し掛けることが出来ず、無言で待っていた。
咳払いをするのも憚られる張り詰めた緊張感に彼らの精神が限界を迎えようとした時、骸骨の口から声が発せられた。
精神の弱いものであればその声を聞くだけで死に誘われかねない、低く、そして魂を揺さぶる声が彼らを出迎える。
『よくぞ参った、客人達よ。
ここまで辿り着いたのはそなたらが初めてだ』
投げられた言葉はいつぞやの時と同じ台詞だが、それを知るのは彼の他に私とレオノーラだけだ。
『貴様は……貴様は「何」だ?』
『ふむ、かつてであればその問いには「王」と答えたところであるが、今の余は我らが神──アンリ様にお仕えする下僕の一に過ぎぬ』
『アンリ……邪神アンリか』
魔王の問い掛けに対して静かに答える骸骨。そこから発せられた私の名前に、勇者達は険しい表情になる。
『それで、お前がここのボスってことでいいんだよな?』
『いかにも、我らが神よりこの地の守護に任じられている。
故に、そなたらをこの先に行かせるわけにはゆかぬ』
骸骨の言葉に彼らは警戒心を高めて武器を構えた。
『フッ』
『ッ!? 何がおかしいのですか!?』
その様を見て笑った骸骨に対して、オーレインが過剰に反応を示す。それは緊張の表れだったのだろう。
『おかしいのではない、嬉しいのだよ……ご令嬢』
『ごれ……!? う、嬉しいって何がですか?』
『先にも述べた通り、この階層に到達したのはそなたらが初めてだ。
この地の守護に任じて頂いたことは名誉であって不満など欠片も存在せぬが、我らが神に対する忠義を示す機会に恵まれぬことを口惜しいと思っていたこともまた事実。
それがこうして機会が巡ってきたのだ、これを嬉しく思わずに何とする』
そう言うと、骸骨は立ち上がり漆黒のローブを翻して両手を広げた。
『名乗ろう、我が名はインペリアル・デス。
偉大なる我らが神──アンリ様の眷属にして、この地の守護を任されし者』
骸骨──インペリアル・デスの名乗りに対して、勇者達もその手に持つ彼らの象徴に等しい武器を掲げながら、それぞれに名乗りを上げた。
『聖剣の勇者アーク』
『聖槍の勇者ライオネル』
『聖弓の勇者オーレイン』
『魔王エリゴール=ロマリエル』
『四天王が一、烈風騎レナルヴェ』
『同じく血氷将ヴィクト』
その様子に、インペリアル・デスは満足そうに頷くと戦意を発した。
『さぁ、来るがいい。我らが神への忠誠を示す為、全力を以って相手をしよう』
このダンジョンにおける最後の決戦の火蓋が、今切られた。
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『行きます!』
『援護は任せて下さい!』
初手はオーレインとヴィクトの遠距離攻撃だった。一度に放てる最大数の矢が、インペリアル・デスただ一体を目掛けて降り注ぐ。しかし、その矢の雨に対してインペリアル・デスは右手を掲げると円状の障壁を生み出して軽々と防ぐ。
『隙あり!』
矢の雨を防いでいるインペリアル・デスに対して、一気に駆け寄ったライオネルが胴を狙って聖槍を突き出す。如何に強力な威圧感を放っていると言えど、インペリアル・デスもアンデッドであることには変わりはない。それならば、アンデッドに対して有効な聖なる武具であれば大きなダメージを与えられる筈。そう信じて放たれた攻撃は呆気なく止められた。
『ば、ばかな……』
胴体を狙って放たれた聖槍を、インペリアル・デスは右手で障壁を展開したまま左手のみで防いだ。いや、正確には左手の人差し指一本で穂先を止めたのだ。肉の無い骨だけの脆そうな指が最強に分類される聖槍を止める、その現実感の無い光景に止められたライオネルだけでなくその場の誰もが凍り付いた。彼の身体は邪神の鎧以上の防御力を誇ると言うのだろうか。
『隙を突きたいのであれば、声を発するべきではない』
そう言うと、インペリアル・デスは突き出されたままになっていた聖槍を手を伸ばして握り、無造作に横に振るった。その腕力は人間サイズの、それも骨だけで構成された体躯からは想像出来ない程強く、ライオネルは聖槍と一緒に地面と平行に撥ね飛ばされた。
『うおおおぉぉぉ!?』
『く、間に合え!』
放り出されたライオネルをレナルヴェが素早く反応して駆け寄り、受け止めた。もし彼が受け止めて居なければ、ライオネルはそのまま数十メートル先の壁面まで叩き付けられて一気に戦闘不能に陥っていただろう。
『ぐ、すまねぇ!』
『何、大したことはない』
助けられたことに感謝を述べるライオネルに、レナルヴェは微笑みながら首を振った。
『危ない!』
『させるか!』
撥ね飛ばされた二人が短く言葉を交わしていたところに、離れたところから声が聞こえた。
何事かと振り返るライオネルとレナルヴェのすぐ横を黒い何かが凄まじいスピードで通り抜ける。声のした方を見ると、インペリアル・デスにアークと魔王が斬り掛かっているところだった。
放たれようとした追撃を彼らが逸らしてくれたおかげで危機一髪を脱したことに気付いた彼らは、即座に立ち上がると左右に分かれてインペリアル・デスと斬り結んでいるアークや魔王のもとへと駆け付けた。
『すまねぇ、助かった!』
『申し訳ございません、陛下!』
アーク達が近接で戦っているために、巻き込まないようにオーレインとヴィクトは攻撃の手を止めて隙を窺っている。その為、インペリアル・デスは空いた右手もアーク達への対応に向けていた。しかし、そこにレナルヴェとライオネルが加わったことで戦況が傾く。
流石に四対一の近接戦闘には手が回らなくなったのか、インペリアル・デスは全身から魔力を放つと四人を吹き飛ばして距離を取った。
『そう言えば……』
『?』
再度距離を詰めて攻撃を仕掛けようとしたアーク達の機先を制するように、インペリアル・デスが言葉を発した。アーク達は攻撃のタイミングを逃してしまい、その言葉に耳を傾けざるを得なくなる。
『全力で相手をすると言っておきながら素手のままでは虚言になってしまうな』
『なにっ!?』
驚くアーク達の前で、インペリアル・デスは右手を身体の前へと差し出した。固唾を飲んでその様子を見るアーク達。インペリアル・デスの掲げた手の下、彼の影から黒い棒状の物が突き出して来る。彼はそれを右手で掴むと影から一気に引き抜いて、両手で構えた。
それは身の丈もありそうな程の全長を持つ片刃の大鎌だった。漆黒のローブに骸骨の身体、そして大鎌……その様子はまるで伝承に登場する死神そっくりだった。死を否定する不死者の皇帝が死に誘う死神の姿とは皮肉にも思えるが、おそらく加護を付与した私のイメージが影響している部分もあるのだろう。
『お待たせした、続きといこうではないか』
インペリアル・デスはそう言うが、アーク達は迂闊に動く事は出来なかった。先程まで素手の状態でも彼らを圧倒していた敵が武器を手に取ったのだ。それを警戒しないような愚か者はこの場には一人として存在しない。
『どうした、来ぬのか?
ならば、こちらから行くとしよう』
そう言うと、インペリアル・デスは忽然と姿を消した。
『なっ!? 何処に?』
慌てて彼の姿を探すアーク達だが、何処にも見当らない。そして、次の瞬間援護射撃を行うために後方にいたオーレインとヴィクトの前に、突然インペリアル・デスが出現する。
『莫迦な!?』
『嘘!?』
ヴィクトが咄嗟に張った水の障壁を紙の如く斬り裂き、オーレインが盾にした聖弓を小枝のように跳ね飛ばし、インペリアル・デスの振るった大鎌はオーレインの肩とヴィクトの腹部を深く斬り付けた。
『きゃああ!?』
『ぐ……っ!!』
『オーレイン!』
『ヴィクト!』
悲鳴を上げて倒れる二人を助けようとアーク達が駆け寄ろうとするが、それより先にインペリアル・デスは再び姿を消した。
『く、また消えたか』
『超スピード……ではないな、短距離転移か』
『このダンジョン内限定ではあるがな』
後ろから掛けられた言葉に魔王は咄嗟に振り向かずに魔剣を後ろに振るう。
『む、いかんな。
隙を突くなら声は出すなと言ったのは余であったな』
魔王が振るった魔剣を大鎌で受け止めたインペリアル・デスは、苦笑しながら姿を消す。
『く、拙い! このままでは一方的に攻撃を受けるばかりだ』
『円陣を組め! 死角を無くすのだ!』
魔王の指示に従って、アーク、ライオネル、レナルヴェの三人は彼の周囲に集まり、それぞれ背中合わせになって何処から攻撃されても対応出来るように備えた。
『何処だ、何処から来る?』
警戒し周囲を探る四人だが、インペリアル・デスは一向に姿を現さない。痺れを切らしそうになりながらも、必死で集中力を保つ彼らに、声が投げ掛けられる。
『集うことで死角を無くす、か。発想は悪くない……』
アーク達が声のした方を向くと、最初に座っていた玉座に腰掛けて彼らに右手を向けるインペリアル・デスの姿があった。
『だが、別に武器を持ったからと言って、魔法が使えなくなるわけではないのだよ』
『!? 離れろ!』
魔王の声に彼らが反応するよりも早く、彼らが集まって身を寄せていた中心に向かってインペリアル・デスの右手から闇の塊が放たれる。
アーク達は咄嗟にその場から飛び下がるが、一番玉座に近い場所に居たライオネルだけは避けられずにまともに闇弾を受けてしまう。
『ぐあああぁぁぁ……っ!?』
『うわぁ!?』
『クッ……』
『ぬぅ……』
ライオネルはその身を酷く打ち据えられ、苦悶の声を上げるとその場に崩れ落ちた。ライオネル以外の三人も直撃は免れたものの、余波を受けてダメージを負っている。
『く、強過ぎる!』
『確かに、これまで戦った如何なる相手よりも遥かに強い。
このまま戦い続けても敗北は必至だろう』
『陛下、それとアーク殿……次の一手、私が何としても防いでみせます。
攻め手をお願い出来ますか?』
『レナルヴェ!?』
『……分かった』
レナルヴェの決死の表情での提案にアークは驚愕の声を上げるが、魔王はそれを険しい表情で受け入れた。
『相談は済んだかな、それでは戦いを再開……いや、そろそろ終わりとすべきか。
そなたらはよく戦った、この戦いを余は永久に記憶しておこう』
静かにそう呟くと、インペリアル・デスはまたしても姿を消す。
先程まで彼が姿を消した時にはアーク達は慌てて周囲を探っていたが、今回は無言のまま剣を構えて集中力を高めている。また、レナルヴェは静かに目を閉じ、周囲に風魔法を展開していた。
『そこだ!』
レナルヴェが周囲の空気の流れが乱れた箇所に向かって、渾身の突きを放つ。その直前に姿を現したインペリアル・デスは髑髏の表情に驚愕を浮かべながらも、レナルヴェの放つ突きを冷静に捌き、大鎌を振るった。
後ろに下がれば大きなダメージは回避出来る筈だが、レナルヴェは敢えてその場に留まり、大鎌による一撃をその身で受け止めた。
『何っ!?』
『ぐ……今です!』
苦悶の表情を浮かべながらも合図を放つレナルヴェに、アークが応じる。
『ああ!』
聖剣で斬りかかって来るアークに対して大鎌で応戦しようとするインペリアル・デスだが、レナルヴェがその身に受けたまま大鎌を掴んで放さず、対応出来なかったために鎌から手を放し、その腕で聖剣を受け止めた。
『狙いはよい、しかし力不足だな……ぬ?』
聖剣を軽々と受け止めて笑うインペリアル・デスだが、アークの表情に絶望が浮かんでいないことを見て取り、怪訝そうな声を上げる。
『ならば、その力……私が足してやろう』
インペリアル・デスがその腕で受け止めている聖剣に、駆け寄った魔王が魔剣を叩き付ける。その衝撃によって大きく聖剣は大きく押し込まれ、受け止めていた腕を弾く。
『ぬ、おおおぉぉぉーーーっ!?』
二人分の力で押し込まれた聖剣はインペリアル・デスの腕を弾くとそのまま振り切られる。その剣閃は敵を捉えることはなかったが、彼のローブの裾を斬り飛ばし、黒い布地の切れ端が宙を舞った。
『く、外れたか!?』
『だが、押し切れたのも事実だ。
このまま攻め続けるしかあるまい……ん?』
飛び下がり、相手の反撃を警戒するアークと魔王だが、インペリアル・デスの反応が無いことに怪訝そうな顔付きになる。見ると、彼は少し離れた床に目をやり、アーク達の方には見向きもしていない。
あまりに隙だらけの状態だが、逆にそれが不審で攻撃を仕掛けることが出来ないアーク達。不思議に思って彼が視線を向けている床を見ると、そこには黒い何かが落ちていた。
『…………れ』
『何だ?』
インペリアル・デスの口から小さな呟きが漏れていることに気付いた魔王が戸惑いの声を上げるが、相手は床を見続けたまま一向に微動だにしない。彼の見ている先に落ちている黒い物、それは先程斬り飛ばされたローブの裾だった。
『……おのれ』
『お、おい?』
地獄の底から湧き上がって来るようなおどろおどろしい声に、この場に立つ二人は思わず怯む。
『おのれおのれおのれおのれ、よくも!
よくも、アンリ様から賜ったローブに傷を付けてくれたな!』
『──────ッ!?』
『──────ッ!?』
突如激昂し始めたインペリアル・デスに、強烈な怒気を叩き付けられ硬直するアークと魔王。
そして、インペリアル・デスはそのまま宙に浮かび上がり、全身から凄まじい圧力を放ち始める。しかし、圧力と言っても周囲に叩き付ける類ではなくむしろその逆、それは目に見えぬ何かを引き寄せるものだった。引き寄せられ集束し、視認出来る程の密度を持ち始めたもの……それはダンジョンのあらゆる場所に漂っている瘴気だ。
瘴気はダンジョンの階層が深くなる程にその濃さを増していき、30階層という最下層に程近い階層では最高の濃度で周囲を満たしている。その瘴気が今、一体のアンデッドのもとへと集い始めている。
インペリアル・デスは収束し濃縮された瘴気をその身に取り込み、その姿をより禍々しいものへと変えていった。
『どうやら、ドラゴンの尾を踏んでしまったようだな』
『ここまで、か』
諦念の言葉を漏らす二人の前で、インペリアル・デスは濃縮された瘴気を大鎌に乗せて振るった。
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ちゅどん。
あまりの惨状に見てられなくなって、目を閉じて耳を塞ぎ、心の中で擬音だけ合わせておいた。
そろそろ良いかと思って目を開けると、映像の中ではボロボロになって倒れたアークとおじ様の姿が映っていた。最後まで立っていたパーティメンバーが倒れたことで、ここに彼らは全滅したことになる。
反応が無いことに不思議に思って、部屋に居る面子の方に目を向けると、そこには「ぽかーん」と大口を空けた面々の姿があった。佳境ということで今日は全員で観戦していたのだが、誰も一様に唖然としている。
私はその様子を見ると、抜き足差し足忍び足で執務室から外に向かおうとした。
「待ちなさい」
しかし、その努力は実らず、むんずとばかりにソフィアに首根っこを掴まれて捕獲されてしまった。
「アレは一体なんですか?」
「何って、前にも教えたもう一体の眷属」
私がそう答えると、ソフィアは「はぁ……」と深い溜息を吐いた。
「アレはどう見てもただの眷属ではありません。
既に殆ど神族の域に到達しているではないですか、流石に反則でしょう!?」
「そんなルールはない」
「いや、アレは俺もどうかと思うぞ?
人族や魔族でどうにかなる相手じゃねぇだろ」
「だとしてもルール違反じゃない」
「そもそも、何故神族になったばかりの貴女の眷属があんなことになってるんですか」
「確かにな、恐ろしく信仰心の高い眷属が数百年単位で時間を重ねないとあんな風にはならねぇ筈なんだが……」
「そんなの私も分からない」
こうなるだろうとは思っていた。自重とか自粛とか、そう言う言葉を完全に無視した彼の存在をソフィアやアンバールに知られたら絶対に怒られると思ったので、混合パーティがここまで来てしまったことには酷く憂鬱だったのだ。
しかし、最早開き直るしかない。
実際、ルール上では禁じられていないのだから、問題は無い筈だ。
ソフィアとアンバールの追及をいなし、テナやレオノーラ、リリのジト目から目を逸らしながら、私は内心で自身を納得させた。
混合パーティを倒した!
アンリは聖剣、聖槍、聖弓、魔剣を手に入れた!