16:ボスラッシュ
ダンジョン「邪神の聖域」の上層フロアはダンジョンとしてはオーソドックスな構成だ。
魔物とトラップが通常のダンジョンよりも強力な点と瘴気が厄介だが、即死級の凶悪なトラップがあるわけではないし、きちんと対策を整えていれば、高レベルの冒険者パーティであれば攻略は不可能ではない。
続く、中層フロアは上層とは打って変わっての謎解きを中心としたフロアで、魔物やトラップの出現率が極端に低くなる代わりに、様々な仕掛けが待ち構えている。こちらは上層フロアとは異なり、単純な戦闘力だけでは突破することは出来ない。
このようなダンジョンはこの世界でも他に類が無く、攻略ノウハウが全く存在しないことも難易度を高める一因となっている。
ならばその次に待ち受けている下層フロアはどうか。
強力なトラップがあるわけではない、いやむしろトラップは一つも無い。複雑な謎解きがあるわけでもない。瘴気は奥の階層に進むたびに強くなっていくので上層フロアや中層フロアよりも強いが、それだけだ。
しかし、下層フロアは上層フロアや中層フロアと比べても攻略難易度は遥かに高いと私は見ている。
その理由は至極単純──魔物が強いからだ。
上層フロアや中層フロアに出現する魔物は他のダンジョンよりも強いとは言え無限に湧き出す雑多な魔物であり、幾ら強力とは言っても限りはある。
それに対して、下層フロアに出現する魔物は……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どういうことですか、アンリ!?」
「話が違ぇぞ、手前!?」
下層フロアの光景を映像越しに見たソフィアとアンバールが私に喰って掛かってきた。
「何の話?」
「惚けるつもりですか?
私が言っているのはあの魔物達です……あれは、固有の魔物ではないですか!
ルール上、召喚していいのはドラゴン一体のみだった筈です」
「堂々とルールを破るたぁ、いい度胸じゃねぇか」
彼らが憤っているのは下層フロアに出現する魔物勢を見たためだ。
ヴァンパイア・ロード、ドラゴン・ゾンビ、ハイ・スペクター、オーガ・ゾンビ……普通のダンジョンであればボスとして登場してもおかしくない高位のアンデッドが単なる通常敵として登場する異常な光景だ。
勿論、それらは無限に湧き出すような雑多な魔物ではなく、例外なく固有の魔物ばかりであることは言うまでもない。
「『邪神アンリは期間中に固有の魔物を追加召喚してはならない。但し、ドラゴン一体のみ可とする』」
「あん?」
「そうです、ルールにしっかりと定められているではないですか!」
そう、以前定めたルールでは私は期間中に固有の魔物を召喚してはならないことになっている。ヴニは例外だけど。
ならば私はルール違反を犯したのかと言えば、そういうわけではない。
「ルールは破ってない」
「え?」
「どういうこった?」
「だって、アレを召喚したのは『私じゃない』」
そう、ルールはあくまでも「私が」召喚することを禁じているだけだ。文面上も「邪神アンリは」と明記されている。このルールには「私以外の人物が」固有の魔物を召喚することに関して制約はない。だから、私以外の人物が固有の魔物を召喚する分にはルールには抵触しない。
「な!? あれだけの魔物を貴女以外の誰が召喚したと言うのですか?」
「30階層のボスをしてる、私のもう一体の眷属」
「もう一体の眷属、だと?」
そう、私が加護を与えて眷属となった元10階層ボスのノーライフキングだ。
元々あらゆる不死者の王であった彼は下位のアンデッドを召喚する能力を持っていたが、加護付与によって別の存在へと進化してもその能力は健在、いやむしろ更に強化されている。
かつてノーライフキングであった時には同格だった筈のヴァンパイア・ロードなどの高位のアンデッドすら召喚可能になり、それらを21階層から29階層へと配備しているのだ。
「確かに神族の眷属であれば出来ても不思議ではないですが……それは少々狡いのではないですか」
「ルールは破ってない」
「そりゃそうだけどよ……」
ソフィアとアンバールはまだ微妙に不服そうだが、ルール違反でないことは渋々ながら受け入れられた。
「それにしても、また随分と高位のアンデッドばかり集めたものですね」
「30階層のボスがアンデッドだから、自然とそうなる」
「勝負の行方は別として、お前の担当種族はアンデッド全般で確定だな」
担当種族って、ソフィアが『人族』、アンバールが『魔族』を担当しているように私は『アンデッド』担当ということか。私は特にアンデッドが好きと言うわけではないし、ゾンビなんかの腐乱したやつはむしろ苦手な部類なのだけど、邪神のイメージに近いと言われると返す言葉が無い。
「……考えとく」
「ああ、そうしとけ」
「しかし、アンバール。
アンデッドは高位の者でない限り意志を持たぬものが殆どです。
それでは得られる信仰も僅かなのではないですか?」
「確かにそれだけだと高が知れてるけどよ、『恐怖』との合わせ技なら悪くねぇんじゃねえか?
アンデッド自体が生者に恐れられる存在だからな」
「成程、それもそうですね」
私としては、これ以上周囲から恐れられる要素を増やしたくないのだけど……信仰としては恐れられた方が多く得られるから複雑だ。
そこまで考えて、信仰について以前からソフィアに聞きたいと思っていたことを思い出した。
「信仰で思い出したけど、人族で邪神の信徒になってる人達はいいの?」
人族は彼女の担当であり信仰の基盤であるはずだが、教皇やこの国の人間は彼女ではなく私に対して信仰を向けている。ソフィアとしては面白くないのではないかと気に掛かっていたのだ。
「あまり増やされては困りますが、一部であれば構いません。
それに、元々貴女を信仰していたと言うよりは私への信仰の対立概念のようなものでしたから、責は私にあります」
「そう、それなら良かった」
確かに、信徒達は元々私を信仰していたわけではなく、彼らの言うところの聖光教への反発から対立する存在を信仰していて、そこに私が乗っただけだ。光から自然と生まれた影の部分であり、否定と言う形ではあるけれど広義の意味においては彼らもソフィアを信じる存在と言えるのだろう。
「同属性の神族スキルがあったせいで信仰に合致しちまったんだったか、難儀なもんだ。
お前がこの世界に突然現れた時は何かと思ったけどよ」
「………………え?」
初めて聞く話に思わず声が漏れてしまった。彼らはそんな前から私の事に気付いていたのか。
「知ってたの?」
「勿論、気付いていましたよ。
異世界からの来訪者は昔から数人居てそこまで珍しくないですが、その中でも貴女は群を抜いて異質でしたからね。
大抵は光属性の力を持つ者ばかりなのですが……」
「単純な闇属性とも違ったしな。
そもそも、異世界から来る奴はこちらからの召喚に乗って来る奴が殆どだってのに、全て無視して強引に乗り込んできやがった時点で目立ってたぞ」
「私は送り込まれただけ」
私が自分の意志でこの世界に乗り込んできたわけではなく、あの邪神に無理矢理放り込まれただけだ。
「それくらいは分かってます。
少なくともこの世界に来た時の貴女は、世界の壁を越えられる程の力を有していませんでした」
「しばらく様子見するかと思ってたら神族になっちまうし、あん時は焦ったぜ」
それも、私の意志じゃない。不可抗力だ。
「それで一層警戒してたんだがな、信徒を集めて国を作ったり経典を広めてるくらいで特に怪しい動きもねぇし」
「不審な点はあれど、新たな管理者が増えたと言う事実は事実。
『権能』の問題を放っておくわけにもいかず、直接接触することにしたのです」
「それを今話してくれたのは、疑いは晴れたということ?」
「まぁ、少なくとも貴女自身に企みはないということは確信しています」
「性格悪ぃけどな」
アンバール、五月蠅い。そして、貴方には言われたくない。
「引っ掛かる言い方だけど、私以外には企みがあるということ?」
「貴女を送り込んできた者の意図は不明なままですからね。
貴女はその者から何か聞いていないのですか?」
「……何も聞いてない」
ソフィアに聞かれて思い返すが、私をこの世界に放り込んだ邪神から特にその目的などを聞いた記憶は無い。この世界で何をしろと指示されていたわけでもない。
「神族になる前も後も何の指示も出していないことを考えると、特に目的もない気まぐれだと言うのでしょうか……」
「まぁ、警戒しておくのに越したことねぇだろ」
「そうですね」
「分かった」
確かに、あの邪神のことは何も分かっていない。何故私をこの世界に送り込んだのか、明らかになる時が来るかどうかは分からないけれど、心に留めておくことにしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
下層フロアに出没する魔物は高位のアンデッドばかりだ。そして、その強さは一体一体がかつてのノーライフキングに匹敵する。ノーライフキングがレオノーラとほぼ互角だったことを考えれば、魔族の四天王と同等クラスの敵が集団で襲い掛かって来ることになるのだ。
一度であれば、魔王と四天王が二人も居る混合パーティの方が有利に戦えるだろう。しかし、そんな戦いが何度も続くとなればやがて消耗する挑戦者の方が不利となるのは自明の理だ。
……そう思っていた。
魔物達としばらく切り結んだ後に仕切り直しとして後退したおじ様は、アークへと話し掛けた。
『こやつら相手には貴様らの持つ武器の方が効果がありそうだな』
『アークだ』
『何?』
『俺の名前だよ、貴様じゃなくてアークだ』
アークの返答に怪訝そうな表情をするおじ様だが、やがて察したのか男らしい笑みと共に剣を構えた。
『フッ、良かろう。
ならばアークよ、先のリビングアーマーとは逆だ。
道は私が切り拓いてやる、見事仕留めてみせよ』
『任せろ!』
アークとおじ様が──
『仕方ねぇから、お前に援護を任せてやるよ』
『フッ、貴方の力量で私の援護を活かせますか?』
『ヘッ、手前こそ俺に当てるんじゃねぇぞ!?』
『そんなヘマはしませんよ!』
ライオネルとヴィクトが──
『オーレイン嬢だったな、』
『じょ、嬢!?』
『敵の攻撃は全て私が捌く、貴女は攻め手に集中して貰いたい』
『……はい!』
オーレインとレナルヴェが──
それぞれがペアを組み、コンビネーションを駆使して敵に当たっていく。確かに、アンデッドに対して有効な聖なる武具を持つ勇者達の力を活かすには最高の戦術だ。しかし、数日前まで確執を持っていた筈の彼らがこうも見事に連携を取るなんて、一体誰が予想していただろうか。
あまりの息の合い方に、逆に彼らの今後が心配になってきた。
下手をすると勇者達のピンチの時に「フッ、このようなところで倒れるとは情けない。私を倒すのではなかったのか」とか言いながらおじ様が助けに来そうなレベルに見える。
あるいは、冒険の途中で黒幕である強大な悪の存在に気付いて仲間に入って共に立ち向かうとか……って、まさに今がその状態?
いやいや、黒幕とか強大な悪とか、どう考えても私には合わないから違うだろう。世間的なイメージは別として。
私がそんなことを考えているうちに、混合パーティは圧されつつあった戦況を押し返しつつあった。
おじ様が炎を放って作った道を、アークが果敢に飛び込んでヴァンパイア・ロードに斬り付ける。
ヴィクトの放つ氷の弾幕の隙間を巧みに縫いながら、ライオネルがドラゴン・ゾンビに聖槍を突き立てる。
ハイ・スペクターの放つ魔法を風を纏わせた剣でレナルヴェが逸らし、護られていたオーレインが光の矢で穿つ。
その様は神話や伝説として謳われるに相応しい光景だった。
『よし! 階段を見付けたぞ!』
『順に飛び込め! 我らの目的は魔物を倒すことではない、先に進むことだ!』
『先に行っていいぞ、殿は俺に任せな!』
『レナルヴェ、オーレイン嬢、貴方達から行きなさい!』
『承知した!』
『あ、貴方も嬢とかって……もう、分かりました!』
まだ21階層、下層フロアは29階層まで存在するため先は長い。普通であれば、最初のフロアで苦戦しているようでは到底最下層まで辿り着けるとは思えない。しかし、私は何となく彼らが最下層まで到達することを予感していた。
これはいよいよ、私も腹を括っておく必要があるかも知れない。
序盤のボスクラスがラストダンジョンで通常敵として登場するのはお約束ですね。
不死王様? まだウォーミングアップ中です。