15:邪神の鎧
既に半ば日課と化しているダンジョン攻略の監視だが、参加する面子はその日その日によって異なる。私は基本的に毎日だけど、次に多いのがソフィアとアンバール、そしてレオノーラ、リリ、テナと続く。
今日は偶々いつもよりも人が多く、殆どの者が私の執務室に集まって椅子に座り、映像を見ていた。
リリはソフィアの膝の上に座り、レオノーラはアンバールの横で以前と同様に給仕のように世話をしている。そして私の後にテナ……と言いたいところだけど、残念ながら彼女だけは用事があってこの場に居ない。
何故だろう、ホームの筈なのにアウェイな気分だ。
「今日で父上達は20階層に到達か」
「長かったな……」
「ええ、全くです……」
ここ数日謎解きに追われていたせいか、ソフィアとアンバールは少しやつれたように見える。まぁ、神族はその程度で疲労したりはしない筈なので、おそらく気のせいだろう。
「お疲れ様」
「…………………ふぅ」
「…………………はぁ」
あれ? てっきり「お前が言うな!」という感じの反応が来るかと思っていたのだけど、二柱は深く溜息を吐くのみでそれ以上の反応を見せない。
どうやら、予想以上に弱っているみたいだ。
「それでアンリ、20階層もボスが居るのですよね」
「勿論」
「確か、20階層はリビングアーマーだったか」
「うん、合ってる」
「10階層に比べて、随分と平凡なボスだな」
「そう?」
平凡なのだろうか。あれを見ると、とてもそうは思えないのだけど。
ちなみに、リビングアーマーと一口に言っても、大きく2つに分類される。
鎧に怨念が取り付いて動くアンデッド寄りのリビングアーマーと、魔法によって動くゴーレム寄りのリビングアーマーだ。なお、「リビング」という名を冠しているが、どちらも生命があるわけではない。
20階層のボスとして配備しているのは、後者であるゴーレム寄りのリビングアーマーだ。
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ボス部屋に混合パーティが警戒しながら足を踏み入れると、扉は自動的に閉じられる。オーレインが背後で閉じた扉に一瞬気を取られそうになったが、意識して前方へと集中を向けていた。
『あれは……』
『この部屋の主と言ったところか』
何も無い部屋の中、彼らから見て前方数十メートルの辺りに目を引く存在感を放つものが居る。片膝を立てる形で座っているそれは、全長5メートルはあろうかと言う巨大な漆黒の甲冑だった。
「おい、ちょっと待てや。
あれの何処がリビングアーマーなんだ」
「ん?」
映像の中のボスを見たアンバールが口元を引き攣らせながら聞いてきた。
「いや、百歩譲ってリビングアーマーであることは認めるとして、どう見てもただのリビングアーマーじゃねぇだろ」
「原形を留めて居ませんが、あれはオリハルコンですね」
「それだけじゃねぇ、加護でガチガチに固めてやがる」
彼らの言っていることは概ね正しい。20階層のボスは固有の魔物であるオリハルコン製のリビングアーマーに対して、私が加護付与を行ったものだ。アンバールはガチガチに固めていると言っていたけれど、私としては普通に加護付与しただけで、それ以上に特別なことはしていない。
召喚した時には人間サイズより少し大きい程度の白銀の甲冑だったのだが、加護付与によって色は黒く染まり倍以上に大きくなってしまった。加えて、元々オリハルコン製で高い強度と魔法抵抗力を持っていたが、それらについても更に強化されている。
これが20階層フロアボス──邪神の鎧:アンリルアーマーだ。
彼らが近付くとアンリルアーマーは徐に立ち上がり、両手に剣と盾を構える。その動きは滑らかではあるもののどこか機械的だった。立ち上がることでその全容が明らかになると、混合パーティの警戒が高まった。黒龍程ではないが、それでも十分に巨体と呼ぶに相応しい大きさだ。巨大であるということは、それだけで脅威となり得る。
『気を引き締めろ、レナルヴェ、ヴィクト。
下手をすると先のドラゴン以上やも知れん』
『ハッ、心得ております』
『成程、これは厄介かも知れませんね』
いち早く戦闘態勢を整えたのは魔王勢の方だった。おじ様の警告にレナルヴェとヴィクトの2人はアンリルアーマーの動向に注視しながらも、どんな状況にも対応出来るように姿勢を整える。
『行くぞ、ライオネル!
オーレイン! 援護を頼む』
『了解、と』
『承知しました。任せて下さい』
勇者勢の方も陣形を整えてそれぞれの武器を構える。彼らの武器を見て私はふと疑問に思い、ソフィアの方を向いた。
「そう言えば、聖剣とか聖槍って何で出来てるの?」
「あれもオリハルコンです。
加えて私の加護も与えてますが、持ち主の保護を主眼としているので威力にはあまり影響はありません」
「当代魔王の持ってる魔剣も同じだ。
まぁ、こっちは持ち主の保護はあまり考えてねぇから威力重視だけどよ」
何だかオリハルコンと加護の品評会みたいになってきた。
素材も加護付きであることも一緒だけど、加護の向き先が異なるのでその辺りが重要になりそうだ。アンリルアーマーは加護が守備力重視に働いているので、話を聞く限りでは威力を重視していない勇者達の持っている聖剣などでは大きなダメージを与えることは難しそうだ。鍵となるのは威力重視の加護が付与されているおじ様の魔剣だ。
おそらく、レナルヴェやヴィクトが持つ攻撃手段ではダメージにすらならないだろう。
『く、硬い!?』
『残念ですが、我々は陛下の援護に徹した方が良さそうです』
ヴィクトの氷の矢を盾で防いだアンリルアーマーの隙を狙ったレナルヴェだが、手応えに顔を顰めると素早く後ろに下がり反撃を回避した。
一度攻撃して効果が無いことを即座に悟ったレナルヴェとヴィクトの両四天王は、素早い判断でダメージを与えることよりも撹乱や支援に切り換えることにしたようだ。
『ハッ!』
2人の援護を受けて攻撃を仕掛けるおじ様。その剣撃はアンリルアーマーに傷を付けることに成功するが、黒龍を押し飛ばす程の威力があるにも関わらず、アンリルアーマーはその場から下がることも無く反撃として手に持つ大剣を振るう。
『クッ!?』
咄嗟に魔剣で受けるおじ様だが、その威力に撥ね飛ばされ空中で身を捻って着地する。
『ご無事ですか、陛下!?』
『問題ない。
それよりも厄介だな、ドラゴンと異なり非生物故にこちらの攻撃に怯みもせん』
『勇者達の方もあまり攻め切れていないようですね』
攻めあぐねて牽制を繰り返しながら素早く意見交換を行う魔王勢。
一方でヴィクトの言葉通り、勇者達の方も攻め切れずにいた。
『硬い! ドラゴンよりも厄介だぞ』
『聖槍でもこの程度の掠り傷にしかならないのかよ!?』
『口惜しいですが、私の聖弓ではダメージを与えられそうにないですね』
オーレインの聖弓は弓自体はオリハルコンだが、それ自体を武器にするわけではなく媒介にして魔力を光属性の矢として打ち出すものだ。幾ら弓の素材が同等であっても、分類としては魔法攻撃になるためにアンリルアーマーへの攻撃は有功打にはなっていない。
アークの聖剣とライオネルの聖槍はまだダメージを与えることが出来ているが、それでも決して大きな傷ではない。
『ヴィクト、何か手は無いか?』
『そうですね……見たところ敵はこちらの攻撃に対して自動的に対応しているようです。
ダメージにならない私やレナルヴェの攻撃にも逐一反応しているのがその証拠です。
故に私の援護でレナルヴェが仕掛け、反撃の隙を陛下の魔剣で攻撃するのが最善かと』
『成程、ではそれでいこう』
『承知致しました』
素早く作戦を決めると、魔王勢は駆け出した。
ヴィクトが氷の矢をアンリルアーマーの頭部を狙って打ち込むと、アンリルアーマーは左手に持った盾を掲げてそれを防ぐ。盾を高く掲げた隙を狙って、レナルヴェが素早く足元に駆け寄って斬り付ける。当然その斬撃はアンリルアーマーの防御力の前に掠り傷一つ付けることは出来ない。しかし、アンリルアーマーは攻撃に反応してレナルヴェに対して反撃しようと大剣を振り下ろす。
『おおおぉぉぉーーーっ!!』
その大振りの隙を突いて、風魔法を駆使して後方へと飛び下がるレナルヴェと入れ替わるようにおじ様が渾身の力を籠めて魔剣を叩き付けた。アンリルアーマーの胴体へと激突したその攻撃は、これまでで最大の傷を漆黒の鎧に与えることに成功した。
『ふむ、いけそうだな』
攻撃を受けても怯むことのないアンリルアーマー相手には闇雲な追撃は危険と判断したのか、おじ様はヒットアンドアウェイに徹するべく一旦後ろに下がった。
アンリルアーマーはあくまで機械的に反応するため、攻め手が同じ行動を取れば愚直に同じ対処を繰り返す。そのため、おじ様達は一度確立されたパターンを繰り返すだけでダメージを重ねることが出来ていた。
連携を取れてはいないものの勇者達の攻撃も丁度よい牽制となって、漆黒の鎧へと与える傷は増えていく。
「最初はどうなるかと思いましたが、順調ですね」
「そうだな、このまま繰り返してれば勝てるだろ」
「まぁ、父上やレナルヴェ達は流石と言ったところですが……」
「………………?」
映像越しの混合パーティの奮闘を見て既に勝った気になっているソフィアとアンバール、そしてアンバールに同意しつつも私に心配そうな視線を投げてくるレオノーラ。リリは状況が分からないようで首を傾げている。
甘いよ。
私は啓示を使ってある人物に指示を出した。
『む?』
最初に異変に気付いたのはレナルヴェだ。続いて遠目に見ていたヴィクトやオーレインが気付き、おじ様やアーク達が遅れてそれを察した。
『動きが……変わった?』
そう、これまでは効果の無いレナルヴェやヴィクト、オーレインの攻撃にも反応していたアンリルアーマーが、彼らの攻撃を完全に無視して自身にダメージを与え得るおじ様、アーク、ライオネルに標的を絞ったのだ。
異変はそれだけではなかった。アンリルアーマーが剣を持ったまま手を掲げると、そこから複数の闇弾が放たれてパーティを襲った。
『きゃっ!?』
『うぉ!? 危ねぇ!』
『莫迦な!? 意志を持たぬ鎧が魔法だと!?』
『あり得ません! ……まさか、あの鎧?』
アンリルアーマーが闇魔法を放ったことに驚く混合パーティ。驚きで彼らが硬直したその隙を狙って、アンリルアーマーは大剣をアークとライオネルに向かって横薙ぎに払った。
『ぐぐ……うわぁ?!』
『畜生!? ……がふっ!』
聖剣と聖槍で一瞬だけ止めることに成功するが、体格とパワーの差は大きく彼らは数メートル撥ね飛ばされる。ライオネルの方は運悪く飛ばされた方向に壁があったため、背中から壁に叩き付けられることになってしまう。
「おい、何をしやがった?」
「あの鎧、中に誰か居ますね?」
アンリルアーマーの様子が変わったことにソフィアとアンバールが私の方へと問い掛けてくる。
ソフィアの推測は正解だ。アンリルアーマーは魔法によって動く鎧だが、その動かし方は分類すると2種類に分けられる。先程までは自動操縦モードで決められたパターンに従って行動していたため、動きが機械的だった。それに対して、現在の手動操縦モードでは操縦者が直接判断して動かすために臨機応変な対応も可能だし、魔法の使用も可能になる。
しかし、あれを操縦出来るものは限られていて、私か私の眷属でないと動かすことは出来ない。
「そう言えば、テナの姿が見えないのが気になっていたが……まさか……」
「テナお姉ちゃん?」
そう、テナがこの部屋で覗き見メンバーに加わっていなかったのはそのためだ。私の眷属であり闇魔法の使い手でもあるテナであれば邪神の鎧:アンリルアーマーを動かす資格は十分だ。優しくて戦闘にはあまり向いていないけれど、元々今回の戦闘では殺害は避けることになっているからその点では逆に安心出来る。
唯一の難点は戦闘経験が薄いことだけど、生身で戦うのと異なり鎧を操縦するのであれば下手に戦闘経験は無い方が有効とも言える。熟練の戦士とかだと感覚の違いに戸惑ってしまうだろうけど、テナにその心配は無い。
『まずいな、先程までとはまるで動きが違う』
『ええ、同じ方法では対処出来ません。
私やヴィクトの攻撃は無視されてしまいます』
『最早牽制にもなりませんか。
僅かでもダメージを与えられるものでないとダメそうですね……』
ヴィクトはそう言うと、アークとライオネルの方にチラリと視線を向けた。
ダメージの無いレナルヴェやヴィクトの攻撃は牽制にならないため、有効打であるおじ様の攻撃を当てる為には僅かでもダメージとなり得る攻撃を牽制として攻撃を組み立てる必要がある。そして、それが出来るのはあの場では勇者達だけだ。
『陛下……』
『ぬ……やむをえんか』
ヴィクトの物言いたげな視線に、おじ様は渋々と頷くとアンリルアーマーへの警戒を絶やさないように気を付けながらアーク達の方へと近付いた。
『おい』
『魔王?』
近付いてきて声を掛けたおじ様に、アークが不思議そうな声を上げる。
『一度しか言わん。
奴を倒して先に進む為に貴様らの力が必要だ……手を貸せ』
『ふざけんな、誰が手前なんかに……アーク?』
おじ様の言葉にライオネルは反射的に拒絶しようとするが、その前にアークがライオネルを手で抑えた。
『どうすればいい?』
『おい、アーク!?』
『もう分かってるだろう、ライオネル。
俺達だけじゃアレを倒すのは無理だって』
『それは……』
アークの説得にライオネルも反論出来ずに黙り込んだ。実際、彼らの攻撃ではノーダメージではないものの掠り傷程度しか与えられない。彼らだけではどれだけ攻撃を重ねても、アンリルアーマーを倒すことは不可能だろう。
『ああ、ったく!
分かったよ、協力してやる!』
『フッ』
結局ライオネルが折れて、アークとライオネルが前に、おじ様が後ろに立って改めてアンリルアーマーへと向き直った。
『攻め手は任せろ、貴様らは奴の攻撃の隙を引き出せ!』
『仕方ねぇからやってやるよ、今回だけだからな!』
『行くぞ!』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれ? 何か息合ってる……?
映像の中で展開されるドラマに遠い目をしていると、後ろからソフィア達が感心したような声を上げた。
「まさかアンリ、確執していた彼らを和解させる為に敢えて試練を?」
「へぇ、たまには良いことするじゃねぇか」
「考えたな、アンリ」
「アンリさま、すごい」
え? いやいや、そんなことして私に何のメリットがあるのか。そう言いたいのだけど、リリの純粋な感心の表情を見てしまうと言い難い。
私は答えられずに無言のまま映像を見続ける。そんな私の耳に切羽詰まった通信越しの声が聞こえてきた。
『アンリ様、もう無理です! もちません!』
声の主は現在進行形で勇者や魔王の猛攻に晒されているテナだ。勿論、攻撃を受けているのは外側の鎧なので彼女自身に傷は無いが、このままアンリルアーマーが破壊されたら彼女も危ない。
『お疲れ様、もう戻っていいよ』
どのみち、もう彼女でも止めることは出来そうにない。そう判断した私はテナをアンリルアーマーの中から私達の居る執務室へと転移させる。
「こ、殺されるかと思いました……」
ちょっと泣きそうになってるテナの頭を撫でながら映像を見ると、自動操縦モードに戻って途端に動きが単調になったアンリルアーマーはみるみる内にその身体を傷付けられていった。破壊されるのも時間の問題だろう。
中層フロアも突破されてしまい、いよいよ後が無くなってきた。
残るは下層フロアのみ、少し不安になってきた。