13:大人げない
嵐の前の静けさは終わったらしい。
その波乱の幕開けはダンジョン内に侵入してきた挑戦者は6人のパーティによって齎された。人数的には少し多めだが、これまでにもいなかったわけではない。しかし、人族と魔族の混合パーティというのはお目に掛かった事がない。具体的には人族が3人で魔族も3人、魔族側は全員男性だが人族は男性2人に女性1人だ。
人族の内の1人は既に2度見たことがある聖剣の勇者アークであったため、パーティメンバーが変わっていることに不思議に思って全員のステータスを見てみると、そこには驚愕すべき名前が並んでいた。
聖槍の勇者ライオネル、そして聖弓の勇者オーレイン
……まさかの全員勇者パーティだった。
ちなみにライオネルは長身に青髪の左側だけ編んだ軽薄そうな青年で、オーレインは薄紫の髪を肩口まで伸ばした少女だ。
嫌な予感がして魔族側を確認すると、案の定こちらも錚々たる名前が並んでいた。
四天王の一角たる『風』の烈風騎レナルヴェと、同じく四天王である『水』の血氷将ヴィクト、そして魔王エリゴール=ロマリエル。
レナルヴェは騎士の名に相応しい落ち着いた風情の短い銀髪の青年で、ヴィクトは片眼鏡を付けたインテリ風の風貌で少し陰険そうな長髪の男性だ。
そして、称号を見れば何者か一目瞭然の男性……レオノーラの父親でもある筈の魔王陛下は渋いおじ様だった。短い髪の体格の良い壮年の男性という意味では先日の残念四天王イジドも同じ筈なのだが、明らかに貫禄が違う。
勇者3名に魔王と側近2名というあり得ない組み合わせのパーティに一言だけ言わせて欲しい。
「大人げない」
「ルールには違反してねぇだろ」
「啓示で人を集めただけですからね」
分かっている、別にルールの禁止事項に当たるとは思っていない。だからこそ「大人げない」と言ったのだ。
「禁止ではないけど、攻略と認められるのは最初に『攻略の証』を手に入れた者だけ。
混合パーティでも、勝利を手に入れられるのはどちらか片方」
「それは分かっています。
しかし、まずはダンジョンを攻略しないことには始まりません」
「30階層まで攻略したら、そこでアイツらに白黒付けさせればいい」
成程、このままではどのみちダンジョンを攻略出来ないと考えて、一時的に障害を乗り越えるまでの暫定パーティを組ませたのか。ダンジョンを攻略した後は『攻略の証』を巡って対立することになるのだろうが、そこまで辿り着くために双方の陣営の最強を結集すると言うのは理に適っている。
「でも、何か険悪な雰囲気なんだけど」
6人パーティとは言ったが、彼らは勇者勢と魔王勢に分かれて睨み合っている。その様はパーティというよりも敵対関係にしか見えない。
「ああ……まぁ、そりゃ勇者と魔王だからな。それくらいは仕方ねぇだろ。
一応、ダンジョンを攻略するまではやり合うなと厳命しているさ」
「不倶戴天の敵同士ですからね、流石に仲良くすることまでは期待してません」
それはそうだろうな、流石に勇者と魔王が仲良くなんか出来るわけがない。この世界へのしがらみがない召喚勇者ならまた話が違うのだろうけど、彼らは正勇者だ。二柱の厳命によって辛うじて一時的な協力関係を渋々受け入れているというのが現状だろう。
実力的にはこの世界の人族と魔族のトップ陣だけど、ダンジョン攻略においてはチームワークが課題になりそうだ。
私はソフィアやアンバールとの話を切り上げて、この場に居るもう一人の人物の方を向いた。
「あの人がレオノーラのお父さん?」
「ああ、そうだ。
私の父であり魔王陛下でもある。
後続部隊でダンジョンを攻略するとは聞いていたが、まさか父上自ら来るとは……」
レオノーラも魔王直々の登場は聞いていなかったようだ。
「他の二人は前に聞いた四天王?」
「ああ、『風』の烈風騎レナルヴェと『水』の血氷将ヴィクトだ。
レナルヴェは父上の近衛隊長を務めている騎士で、ヴィクトは政務を取り仕切る宰相の任に就いている」
「四天王以外にも役職があるんだね。レオノーラは?」
「私か? 今は国を離れているが、国に居る時は父上の補佐だな。
尤も、私の場合は役職というよりいずれ王位を継いだ時の為に学ぶという意味合いが強いのだが」
そう言えば、彼女は次期魔王でもあるんだった。それなら、若い内からそう言うことを学ぶ場が用意されていても不思議ではない。
そこまで考えた時、私はふと名前の出ていない最後の四天王のことを思い出した。
「前に来たイジドって人は?」
「農耕と土木工事だ」
温度差が凄い。いや、重要なことだというのは分かるけど「近衛隊長」とか「宰相」とか「国王補佐」と並べると違和感が半端無い。まぁ、地魔法以外は苦手という話だから仕方ないのかも知れないけど。
「ところで、重要な人達がみんな来てしまって国は大丈夫なの?」
「……………流石に父上もその辺は考慮している……筈だ」
本当に大丈夫なのだろうか。
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流石にドリームチームだけあって、階層攻略はこれまで挑戦したどのパーティよりも早かった。瘴気に関しても勇者3名は光神の加護によって防ぎ、魔族側はそもそも耐性が高いため問題にしていない。
なお、勇者勢と魔王勢は一緒に進んでは居るものの一切口を聞こうとしない。パーティ内の緊張感は高く、ピリピリとした張り詰めた雰囲気が映像越しにも見て取れた。但し、ライオネルだけはその空気も気にせずにオーレインを口説き続けていたけど。
『この先がドラゴンが居る部屋だ、気を付けてくれ』
10階層までをあっと言う間に攻略し、石板の仕掛けもアークが既に知っているため迷うことなく扉を開けることに成功した。
黒龍のことも事前にアークがパーティメンバーに伝えていたのか、部屋に入った彼らは驚くこともなく戦闘態勢を整える。
しかし、勇者勢と魔王勢は相変わらずあまり連携を取っておらず、それぞれ黒龍の両サイドへと分かれた。6人パーティというより、実質的には3人パーティが2つ両側から攻撃を仕掛けるような形になっている。
『行くぞ、ライオネル! オーレイン!』
『ああ、任せとけ』
『後方支援は任せて下さい』
勇者勢の方は、アークが最前衛でライオネルが中衛、オーレインが後方支援と役割分担をしているようだ。
『遅れをとるな、二人とも』
『心得ております、陛下』
『お任せ下さい』
それに対して、魔王勢の方は、おじ様が最前衛でレナルヴェが遊撃役、ヴィクトが後方支援の役割を担う形になっている。
おじ様はこれまでの階層の攻略は無手のまま敵を薙ぎ払ってきたのだが、ここにきて手元に黒い大剣を召喚して炎を纏わせた。レオノーラが火魔法を得意とする魔導拳士であるように、父親である彼は火魔法を用いた魔導剣士が本来の戦闘スタイルなのだろう。
『まずは小手調べといこうか。
我が一撃を喰らうがいい!』
彼は炎を纏わせた大剣を片手で軽々と持ち、一気に黒龍に駆け寄るとそのまま叩き付けた。その威力は凄まじく、体格では圧倒的に有利な筈の黒龍が数メートル押し飛ばされる。
『魔王に遅れたら勇者の恥だよな』
『そうです……ね!』
彼の渾身の一撃を皮切りに、戦闘が開始される。後衛であるオーレインとヴィクトがそれぞれ光と氷の矢で援護をし、中衛であるライオネルが撹乱して出来た隙をアークとおじ様が突く。黒龍も爪や牙で応戦しようとするが、その出足を遊撃役であるレナルヴェが素早い反応で斬り付けて崩す。風を司ると言われているレナルヴェだが、彼は風魔法を攻撃ではなく移動補助として速さを極めた剣を主体とした戦い方をするようだ。
『私が居る限り、陛下に貴様の爪牙は向けさせん!』
『やりますね、レナルヴェ。
私も負けては居られません』
勇者勢と魔王勢の間で連携は取れていないが、二手に分かれて両側から攻めるという戦法は適していたようで、黒龍は対処に迷って攻撃を的確に捌けずに翻弄されている。
『咆哮が来るぞ、下がれ!』
『あいよ!』
『クッ!』
『ぬるい!』
黒龍が焦れたように咆哮を放つが、予備動作を見抜いてアークやライオネル、レナルヴェは後方に退避して殆ど影響を受けない。それどころか直後に距離を詰めて、技後の隙を突いて強打を浴びせていく。おじ様に至っては咆哮に怯むことすらなく、真正面から対抗して大剣を振るっていた。
『今です!』
『隙だらけですよ!』
加えて、咆哮を放つ為に開かれていた黒龍の大口に、後方から光と氷の矢が飛び込む。
『グギャアアアァァァーーーッ!?』
痛打を受けた黒龍が激痛に悲鳴を上げた。そのまま前足や尻尾を振り回して暴れるが、そんな苦し紛れの攻撃が通じる相手はこの場に居らず、逆に更なる追撃を受ける結果となってしまう。
次第に身体の彼方此方が傷付き鮮血を流して弱っていく黒龍。先程の矢による攻撃によって口内を傷付けられ、切り札であるブレスも使うことが出来ない状態に追い詰められた彼に、最早勝利の目は無かった。
流石に最強最悪と謳われたドラゴンでも勇者と魔王の本来あり得ないドリームチーム相手では分が悪かったということだろうか……いや、これはむしろバトルフィールドの所為が大きかったのかも知れない。もしもこれが屋外の拓けた場所であれば、高空からのブレスによる一方的な攻撃で勇者や魔王達は為す術もなく敗れていた筈だ。
ダンジョンと言う彼の長所が活かせない戦場で戦わせてしまった私の失敗だ。
『……そこまで。もういいよ、ヴニ』
傷付いていくヴニの姿に、私は見ていられなくなって通信で静止を伝える。轟音が鳴り響いていた室内が瞬時に静まりかえった。
アーク達も攻撃の手を止めて、周囲の様子を窺っている。
『通してあげて』
私がそう言うとヴニは暫くその場でじっとしていたが、やがて部屋の端へと下がって黙ってアーク達を見詰めた。
『この声、まさか邪神か?』
おじ様が問うてくるが、私はそれに答えることなくボスが倒されたら開くようになっている階段がある部屋への扉を遠隔操作で開いた。
『先に進んで』
私の伝えた言葉に、彼らはしばらくヴニの方を見て様子を窺っていたが、やがて諦めたのか先へと足を進め始めた。
『行くぞ、まだ先は長い』
『承知致しました』
『少々不完全燃焼ですが……仕方ありませんね』
『俺達も行こう』
『そうだな』
『あのドラゴン、後ろから襲ってきたりしないですよね』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これで第一関門突破ですね」
「ようやく三分の一か、先は長ぇな」
「ううん、喜ぶべきか哀しむべきか……」
混合パーティが11階層に歩を進めたところを見届けて、ソフィアとアンバールは安堵の溜息を吐いていた。対照的に、レオノーラは複雑そうな表情をしている。
「ソフィア、ヴニの傷を治して欲しいんだけど」
「黒龍のですか? まぁ、構いませんが」
ソフィアからOKの返事をもらえて、私は内心ほっとする。
アンデッドやリビングアーマーなどの類であれば魔力を注げば修復が可能だが、生物であるヴニの傷を癒すには回復魔法が必要になる。私は闇魔法しか使えないので彼に回復魔法を掛けてあげることが出来ないが、光神であるソフィアなら回復魔法が使える筈だ。
彼には無理をさせてしまったので、早く治してあげたい。
「では、治してきます」
「お願い」
私が頼んだのと同時にソフィアの姿が消え、映像の先に現れた。突然姿を見せたソフィアにヴニが警戒した様子で唸るが、ソフィアは気にした様子もなく彼に向けて手を翳して魔法を行使する。
流石に神族である彼女の行使する魔法は強力で、あれだけ傷付いていたヴニの身体も殆ど一瞬で全快した。
傷を癒されたことに戸惑うヴニを余所に、ソフィアは背を向けるとさっさと転移して執務室に戻ってきた。
「終わりましたよ」
「ありがと」
事も無げに言うソフィアに私は感謝の意を表す。実際、彼女のおかげでかなり助かった。これで彼女が手を貸してくれなかったら、大量の薬草を投じた薬用スープを作って無理矢理飲ませるくらいしか方法が無かった。
私がそう言うと、ソフィアとアンバールの二柱は顔を引き攣らせた。
「ペットの虐待はやめなさい」
「流石にその扱いは酷ぇぞ」
「もう少し労わってやったらどうだ」
心外な、ヴニを心配するが故の治療なのに。
剛地鬼イジド は なかまに なりたそうに こちらをみている……