12:嵐の前の一時
先日、残念な四天王が黒の経典の新たなる被害者となってから、ダンジョン攻略については奇妙な小康状態が続いていた。勿論、一般の御客様はコンスタントに来場してくれているのだが、勇者や魔族四天王のような特徴のある挑戦者が居なかったためだ。やはり、一般の冒険者などにとってはこのダンジョンは大分難易度が高いようで、10階層まで辿り着ける者は居なかった。
そもそも、このダンジョンに挑むには瘴気を防ぐ手段を持っていることが最低条件のため、その時点でそれなりに数が絞られることになる。このダンジョンレベルの瘴気を防ぐとなると、かなり修行を積んだ修道士でないと難しいらしい。
尤も、光神や闇神がこのまま黙っているとは思えないので、今の状態は嵐の前の静けさと思っていた方が良いだろう。
そして、間が空いたせいで少し冷静になって……気付いてしまった。
私、何でこんな勝負してるんだろう。
管理者の仕事を全て押し付けられるのは勘弁願いたかったが、バランスを考慮して分担することに話が進んだ時点で多少多めに引き受けることになったとしても別に構わない筈だった。いや、むしろ国のことを考えれば、勢力は大きい方が良いので引き受けてしまった方が良かったとも言える。
ところが、ソフィアとアンバールが押し付けてこようとしたことに反射的にやり返してしまったせいで、話が拗れに拗れてしまった。今から思えば必要のない苦労をしていた。
しかし、やはり押し付けられるのは癪なので出来れば勝ちたいと思う辺り、思った以上に私には負けず嫌いな部分もあったようだ。少なくとも、勝ちを狙っていく方針を変える気は無い。
ただ、折角冷静になれたので、放置してしまっていたことを幾つか進めることにする。
まず何よりも優先してしたかったこと、それは着替えだ。
折角呪われた装備を外すことが出来るようになったのに、信仰の象徴たる存在は衣装を変えるべきではないというレオノーラの意見もあって、ずっと同じ服装で過ごしていた。
しかし、ソフィアの格好と女神像の差を鑑みて、別に着替えてもよいのではないかと思うようになったため、この度衣替えをすることにしたのだ。
ついでに、短刀も使わないので仕舞っておくことにして、護身用にはもう少し物騒でない物を持つようしてみた。
……一時間経つとどちらも加護付与で改造されてしまうことに気付いたのは後からだったけど。
加護付与後の衣装は黒薔薇の飾りの付いた肩紐の無い漆黒のドレスで、私にとってはちょっと冒険した大胆なデザインになってしまった。偶には黒以外の服も着たかったのだけど、加護付与で結局また真っ黒に変わってしまった。多分何色の服を着ても全て黒になってしまうので、泣く泣く諦めることにした。
短刀の代わりの護身用具には扇を選んだ。
「ステータス」
名 前:アンリ
種 族:神族
性 別:女
年 齢:18
職 業:管理者
レベル:1
称 号:戦慄の邪神、ダンジョンマスター、第三管理者
魔力値:42039845
スキル:邪神オーラ(Lv.5)
悪威の魔眼(Lv.5)
加護付与(Lv.7)
状態異常耐性(Lv.9)
闇魔法(Lv.9)
アイテムボックス(Lv.9)
ダンジョンクリエイト(Lv.7)
アドミニストレーション(Lv.5)
装 備:災厄の扇
黒死薔薇のドレス
堕落のベビードール
淫魔のスキャンティ
闇のパンプス
巫 女:テナ
うん、ちゃんと変わって……ん?
久し振りにステータス画面を見たら、何だか魔力値が随分と増えているような気がする。もしかして、神族の魔力値って信仰の集まり度合いで上下するのだろうか。他に魔力値が増えるような心当たりが皆無だから、それ以外には考え難い。
扇とドレスの名称についてはもう気にしないことにしておく。
「お似合いです、アンリ様」
「ふむ、悪くないな」
「似合ってますよ、アンリ」
「アンリさま、きれい」
折角衣装を新調したのでみんなに披露してみたところ、女性陣からは概ね好評だった。
「───────フッ」
アンバールからは案の定、一部分を見て鼻で嗤われた。
彼の反応については予想出来ていたからあまり腹も立たない。
「おお、これは素晴らしい。
是非ともその御姿を彫像として世に知らしめねば。
そうです、折角ですからこの神殿と同じくらいの高さの像にしましょう!」
やめんか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二つ目にしておきたかったこと、それは『権能』の設定変更だ。
以前ソフィアとアンバールから、「恐怖」の『権能』は正しく機能させれば、私に向けられたものでなくても信仰を得られると教えて貰った。色々と慌ただしかったために試せていなかったが、やはり私のお腹具合のために重要なことなので信仰を獲得できる手段は広げておきたい。
「アドミニストレーション」
スキルを発動すると、以前と同じようにメニュー画面が立ち上がる。
メニュー:権能行使
情報閲覧
加護付与
啓示
「権能行使」の使用を念じると、別のウィンドウが立ち上がった。
メイン:恐怖
サ ブ:未設定
フリー
『メイン権能』の欄には「恐怖」、『サブ権能』は現状で一つも持っていないため「未設定」となっている。『フリー権能』は大量にあるために此処には表示しきれないのだろう。
私が『メイン権能』の「恐怖」を選択すると、表示が切り替わった。
信仰取得:非活性
感情調節
「恐怖」の権能で出来ることはこの2つだけらしい。そう言えば、ソフィアが感情系の『権能』は出来ることが少ないと言っていた気がする。
「感情調節」とは名前から察するに「恐怖」の感情を大きくしたり小さくしたり出来るということだろうか。それ自体は別に良いのだが、問題はその対象範囲だ。
管理者という存在が「世界の」管理者であることを考えると、これを下手に弄ると世界全ての生き物の感情が操作されてしまう恐れがある。一歩間違えるだけで恐怖に満たされた地獄のような世界や感情を抑制されたディストピアになってしまいそうなので、あまり触らないようにしておこう。
今重要なのはもう1つの「信仰取得」だ、これが非活性状態になっているせいで今の私は自身に向けられた「恐怖」からしか信仰を得られていないのだろう。私は信仰取得の設定を切り替えて活性状態に変更する。
「…………………?」
切り換えた瞬間に爆発的に満腹度が上がるかと構えていたのだけれど、殆ど変わらなかった。いや、少しは増えている感覚があるのだけど、元々を考えると微々たる増え方でしかない。
しかし、微々たるものとは言え増えてはいるのだから、設定変更が失敗しているとは思い難い。一体、何故だろう。世界中の恐怖から信仰を得られるようになった筈なのに、何故今までと然程変わらな……って、まさか。
いやいや、そんな筈はないだろう。
きっと何かの間違いだ。
まさか「元々世界中の人々の恐怖の大半が私に対して向けられていた」なんて、そんなことはない筈だ。もしもそうだったとしたら、この世界に来てから最も深くと言っていいレベルで落ち込む自信がある。
まぁ、この世界に来てから最も深くと言っても、よく考えたら私はこの世界に放り込まれてからそこまで落ち込んだことはなかった。強いて挙げればヴニの件でがっかりしたくらいだ。
普通なら無理矢理異世界に飛ばされたら元の世界に帰りたいと思うところなのだろうけど、不思議とそんな郷愁を覚えたことも無い。思えば神族になる前から、元の世界を思い出すことすら殆どなくなっていたような──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
考えていると何だか頭が痛くなってきたので、切り換えて三つ目にしておきたかったことに取り組むことにする。
三つ目は神殿に居座り続けている二柱、ソフィアとアンバールの扱いについてだ。扱いと言っても追い出すことは初日に諦めたし、彼らに宿泊料を払ってくれるような殊勝さも期待していない。そもそも、お金持ってないだろうし。なので、別のことで役に立って貰うようにすることを考えるようにした。
彼らの持つ一番の価値はその影響力だ。光神が闇神の存在を暴露して邪神とは別の存在であることを公開したことで、聖光教の総本山であるルクシリア法国は大打撃を受け、フォルテラ王国発祥のオリジン派は周辺各国に対して広まることになった。なお、ソフィアにとっては人族全体の繁栄に興味はあっても、人族同士の政治的な争いについては興味がないようで、宗教派閥間の争いに対して積極的な介入は考えていないようだ。
彼らの影響力をこの国にとって一番良い形で活かすとしたら、それは各国との間を取り持ってもらうことだろう。敵対必至のルクシリア法国は流石に無理でも、中立を宣言しているフォルテラ王国であれば国交を持てる可能性はある。魔族側とは現状で敵対しているわけではないし、レオノーラを通じて連携もあるから闇神の御墨付きが得られれば普通に付き合える可能性は高い。
「と言うわけで、取り持って」
「それは別に構いませんが……」
「面倒くせぇな」
ソフィアはやってくれそうだが、アンバールの方には嫌そうな顔をされた。しかし、単純に面倒というだけで、間を取り持つのが嫌というわけではなさそうだ。
「泊めてあげてる宿泊料」
「チッ、分かった分かった、言っといてやるよ」
よし、国交ゲット。予定だけど。
人族と魔族は敵対種族だから直接の国交はないけれど、間にうちを通せば貿易とかも可能になるかも知れない。それぞれの領土でしかない採れない特産品とかも多そうだし、敵対感情を抜きにすれば交易を行いたいという商人も居るだろう。
うちも中間マージンでがっつり儲けられそうだ。
「そう言えば、ソフィアに聞きたいことがある」
「私にですか? 何でしょうか」
「リリの奴隷身分、解放出来ない?」
奴隷身分になったままのリリの解放については、以前『権能』を使いこなせば私でも出来るようになるかも知れないと考えたが、それならばソフィアなら今すぐにでも出来るのではないかと思い付いたのだ。
「身分解放ですか、『人族』の『権能』を持つ私であれば可能です」
「出来るならやって欲しい」
「そうですね……分かりました、いいでしょう。
主人も周囲に居ないようですから誰も困らないでしょうし、彼女のことは私も好ましく思っていますから後で解放しておきます」
よかった、懸案の一つが解決しそうだ。
「そう言えばあのガキ、信徒達にはお前が喰ったことになってるんだったか。
死んでると思われてるなら、そりゃ奴隷の主人からの文句もないだろうな。
それにしてもよ……」
「何?」
アンバールがこちらを見ながら何か含みのある表情をする。
「いやなに、人喰いだと思われてんのによく信徒達に逃げられねぇなと思っただけだ」
「…………………」
否定出来ない、人喰い虎と同じ檻に入れられたら普通の人は怖がるだろう。
まぁ、私が直接話すのは教皇くらいだから、他の信徒は現実味がなくて危機感を感じていないだけかもしれない。
はっちゃけ教皇は怖がるどころか「アンリ様に召し上がって頂くなど光栄の極み! さぁ何処からでもご賞味下さい!」とか言い出しそうだ。
食べないから。