10:黒き暴君
「黒き暴君に挑む者よ、正しき星辰を揃えよ」
新たに刻まれた文字の通り、石板を台座に嵌め込んで扉を開け玉座の間に入った彼らを待ち受けるのは黒き暴君──
『グオオオォォォーーーッ!!!』
──黒龍ヴァドニール。
巨体から放たれる咆哮が物理的な圧力すらもって、アーク達へと襲い掛かる。ただそこに存在するだけで圧倒的な力を感じさせるその様は、まさに暴君という言葉が相応しい。
……その勇壮さを是非とも私の前でも発揮して欲しかった。
『ド、ドラゴン!?』
『何て大きさだ!?』
『いけない、陣形を整えて下さい!』
『来るよ!』
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「アンリ? 10階層のボスはノーライフキングじゃなかったのか?」
「入れ替えた」
かつての10階層のフロアボスを知っているレオノーラから質問が来るが、答えは至ってシンプルだ。ドラゴン召喚の後にしばらく考えたが、フロアボスの配置を入れ替えて10階層のフロアボスにドラゴンを配置することにしたのだ。
しかし、それも仕方ないだろう。仰向けになって腹を見せるようなドラゴンに、最後の砦とも言える30階層のフロアボスを任せる気になれないのはむしろ当然だと思う。私でなくてもそうする筈だ。
ちなみに、20階層のフロアボスは加護付きオリハルコンアーマーのままで据え置き、元々10階層のフロアボスであったノーライフキングを30階層へと配置変更している。いや、正確には元ノーライフキングと言った方が良いだろう。彼は私が加護を与えることで別のものへと進化してしまった。
「あなたは何てものを召喚しているのですか!?
あれは黒龍ヴァドニール……世界に災厄を齎す最悪のドラゴンではないですか!」
「うん?」
光神ソフィアが焦ったような表情で問い掛けてくるが、私は思わず首を傾げた。「世界に災厄を齎す」とかは知らないが、一応召喚に必要な魔力値順で最大だったものを選んだのだから、それくらいの逸話があっても不思議ではない。不思議ではないのだが、同時に召喚されてからこれまでの彼の様子を見ていると、どうしてもそんな逸話とイメージが繋がらない。
そもそも、彼女は何故こんなに慌てているのだろうか。
確かにスペックとしては高いが、神族に匹敵するという程でもないだろうに。
「管理者が対処出来ない相手ではない筈」
「それはそうですが、対処するまでにどれだけの被害が出ると思っているのですか!」
成程、人族に出る被害を心配するところは彼女らしいと言えば彼女らしい。
しかし……
「ダンジョン内で飼っている分には被害は出ない」
「…………………あ」
「言われてみれば、確かに外には出られそうにないな」
そう、レオノーラの言う通り、黒龍ヴァドニールは基本的にダンジョンの外に自力では出られない。いや、ダンジョンの外とか言う前に、その巨体のために今彼が居る部屋から外に出ることも出来ない。彼が外に出る方法があるとすれば、私が転移させることくらいだ。流石にずっと部屋の中と言うのは可哀相なので、偶には外を散歩させてあげようかとは思ってはいるが、仮に外に出したとしても放し飼いにする気はない。
故に、被害を心配する必要はないのだ。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
気まずい沈黙が部屋の中を満たす。光神ソフィアは顔を微妙に赤らめている。冷静になって状況を正確に把握すると、先程まで焦って騒いでいたことが恥ずかしく思えるのだろう。
「戦闘が始まったようですね」
あ、ごまかした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
巨体に似合わぬ俊敏さで飛び掛って来る黒龍ヴァドニールの顔目掛けて、フレイが炎を放つ。魔法に対する抵抗力故か殆どダメージは無いようだが、流石に顔面に目掛けて飛んでくる炎を無視することは出来なかったのか、黒龍のスピードは僅かに遅くなった。その隙に彼ら4人は黒龍の直線状から退避する。次の瞬間、先程までアーク達が居た場所に黒龍の巨体が飛び込んだ。退避していなければ撥ね飛ばされて大きなダメージを負っていただろう。
『喰らいやがれ!』
黒龍が彼らの方を振り返る前に、ジオが黒龍の肩口の辺りに剣で斬り付けた。しかし、キンッという金属音と共に彼の剣はあっさりと弾かれた。
『チッ、硬いな……おっと』
ダメージは無かったものの鬱陶しいと感じたのか、前足を払うようにして薙ごうとする黒龍に、ジオは咄嗟に後ろへと跳んで回避する。
『俺の剣じゃ斬れそうにねぇな』
『それなら、この聖剣ならどうだ!』
ジオを攻撃する為に前へと差し出された形になっている前足に、今度はアークが聖剣でもって斬り付ける。聖剣はジオの剣とは異なり弾かれること無く黒龍の鱗に斬り込みを入れ、僅かだが鮮血が舞った。
『ギャオオオォォォーーーッ!!』
『何とか斬れるみたいだが、やはり凄い防御力だな』
与えられた痛みに怒りの叫びを上げる黒龍は、その鋭い牙を以ってアークに噛み付こうとする。
『させねえよ!』
アークに噛み付こうとする黒龍の横っ面をジオが剣ではなく盾で殴り付けた。ダメージは無いが、横からの攻撃で噛み付きは逸れ、その牙はアークを捉えることなく閉じられた。
『ありがとう、助かった!』
『いいってことよ。
俺じゃダメージを与えられなさそうだからな、撹乱に徹することにする。
お前は聖剣での攻撃に集中してくれ!』
『分かった!』
ジオは剣を放り捨てると盾を両手で持ち、アークに対して攻撃を仕掛ける黒龍に叩き付けることで撹乱を始めた。どちらにしても斬れないなら、面の大きい盾の方が妨害になるという判断だろう。ジオが作り出した隙に唯一黒龍にダメージを与えられるアークが斬り付ける。後方からの炎による援護もあって、彼らは少しずつであるが着実に黒龍に対してダメージを与えていく。
しかし、黒龍はそんな彼らに焦れたのか大きく息を吸い込むと咆哮を上げた。咆哮に伴う爆発的な風圧が彼らを襲う。
『グオオオォォォーーーッ!!!』
『うわあっ!?』
『く、マズッた!?』
先程入口で放たれた時は距離があった為に体勢を崩す程度で済んだが、今度は至近距離だ。アークとジオはひとたまりも無く吹き飛ばされ、フレイやウィディの居る方角へと数メートル飛ばされて床に叩き付けられた。
『アーク様!?』
『ジオ!?』
フレイとウィディが駆け寄り、薬草と回復魔法で彼らのダメージを癒し始める。そんな勇者パーティを尻目に黒龍は先程咆哮を放った時以上に大きく息を吸い込み始めた。
『ま、まさか……』
『ブレス!?』
フレイとウィディが青褪めるが、アークとジオが倒れている状況では回避は困難だ。2人は決意の表情になるとそれぞれ魔法の詠唱に入った。
『──────────ッ!!!』
黒龍の大口から紫電を伴った黒い炎が吐き出される。フレイは火魔法で少しでも黒龍のブレスの威力を削ごうとするが、フレイの火魔法は巨大な黒い炎にあっと言う間に飲み込まれる。ウィディの展開した障壁が彼ら4人を包み込み護ろうとするが、ブレスに対してほんの僅かに拮抗した後に砕け散った。
ブレスに飲み込まれて絶体絶命の状況かと思ったが、回復したアークとジオの2人がそれぞれウィディとフレイを抱き抱えると少しでもブレスの着弾から離れるように身を投げた。
ブレスは先程まで彼らが居た場所の床へと着弾し、4人はその余波によって吹き飛ばされた。余波と言ってもその威力は凄まじく、床へと叩き付けられた彼らは命に別条は無いものの立ち上がることも出来ずに呻いている。
黒龍はそんな彼らに向かって、ゆっくりと近付いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、おい……拙くないか?」
「アンリ! このままでは彼らが!?」
「大丈夫」
映像を見てレオノーラと光神ソフィアが焦り始める。光神ソフィアに至っては大剣を取り出し、今にも飛び出していきそうな剣幕だ。私は彼女らを宥めると、映像の先へと通信で声を伝える。
『ヴニ、おすわり』
反応は劇的で、倒れた勇者パーティに向かって歩んでいた黒龍ヴァドニール──愛称ヴニはその瞬間その場でピチッと姿勢を正して座り込んだ。
「へ?」
「は?」
レオノーラと光神ソフィアが間抜けな声を出して固まるが、私は彼女らのことは一旦放置して、勇者パーティをダンジョンの外へと転移させるべく魔法陣を展開する。彼らが無事に外へと送り出されたことを確認してから振り返ると、レオノーラが土下座を始めた。私と目を合わせないように逸らすことに慣れてきた彼女だが、今回は放心してたせいで反応が遅れてしまったみたいだ。
「何ですか、あれ?」
「何と言われても……」
光神ソフィアがまだぼうっとしたまま、問い掛けてきた。しかし、回答は躾けの成果としか言いようがない。
アンデッドやリビングアーマーと異なり、ヴニは生き物なので当然のことながら餌が要る。餌をあげるのはわたしがやっているのだが、折角なのでついでに躾けを試みているのだ。毎回毎回私が部屋に行くたびに部屋の隅っこまでダッシュで逃げ出すのは変わらないのだが、一応命令すれば反応する程度には懐いてくれたのだ。取り合えず、「おすわり」「ふせ」「まて」まではきちんと覚えさせた。「おて」はやると私が潰れるのでやらない。
「貴女は……最悪のドラゴンをペット扱いですか」
「まぁ、アンリだしな」
光神ソフィアと土下座をやめたレオノーラが何故か疲れたような溜息を吐いた。
首輪とか付けた方がいいかな。
……あ、アーク達からアイテムとお金を回収するの忘れてた。