08:侵入者改めお客様
『いらっしゃい!』
古今東西様々なダンジョンがあれど、こんな台詞で迎えられるダンジョンは他には存在しないだろう。
もしあるとしたら、正直この世界の者達の頭を心配してしまう。
ちなみに、今来た侵入者改め挑戦者はまだダンジョンに辿り着いたわけではない。彼らにはこれから襲い掛かってくる刺客を乗り越えてダンジョンまで到達するという試練が待っている。私はその様を管理者権限の情報閲覧機能によって覗き見、いや監督しているところだ。
『お兄さん、宿屋はうちがオススメだよ!』
『いや、うちだ!』
『可愛い子居るよ!』
『武器に防具、何でも揃ってます! 是非お立ち寄り下さい!』
『薬草足りてるかい!? ダンジョン攻略は準備万端でないと!』
『預けていればダンジョン内で倒れても大丈夫! 預かり所はこっちだよ!』
『地図買わないですか? これ持たずに攻略は難しいですよ!』
そう、客引きと言う名の刺客だ。
挑戦者はまずダンジョンの入口がある神殿の前に立ち並ぶ宿屋や商店、預かり所などの店員達による壮絶な客の奪い合いに晒されるのだ。この時点で脱落率は9割を超える。脱落と言っても、別に死亡とか再起不能とかではなく攻略開始が1日遅れるだけの話だけども。
それにしても出迎える店員達はやけに商魂逞しい者ばかりなのだけど、彼らは本当に邪教徒なのだろうか。それとも、もしかして先日の啓示で私が発破を掛け過ぎたかな。
鉄の意志を持って刺客の攻勢を乗り越えた極一部の挑戦者と、刺客の攻勢に屈して一泊した多くの挑戦者達はダンジョンの入口である神殿へと辿り着くことが出来る。
邪神の神殿と言うことで大抵の人が警戒しているが、別に門番などはおらず門戸は広く解放されている。
しかし、入口を潜ると彼らの前には第二の刺客が現れるのだ。
そして今、新たに一人の冒険者と思しき被害者……間違えた、挑戦者がやってきた。当然の如く彼の前にも第二の刺客が登場する。
『貴方はアンリ様を信じますか〜!?』
『おわっ!? な、何だお前は』
豪奢な司祭服を纏った金髪の男性……はっちゃけ教皇ハーヴィンだ。仮にも国家元首で色々と忙しい筈なのだが、新規客が訪れるとかなりの高確率で出没する。
『アンリって……邪神のことか?
そんなの信じるわけないだろうが!』
彼の反応は私からすれば「まぁ、そうだろうな」と言う感じなのだが、教皇はこの世の終わりのような表情で天を仰いだ。
『おお、何と罪深い!?
アンリ様! どうかこの憐れな子羊に御慈悲を!』
『誰が憐れな子羊だ!』
私にどうしろと。
余談だが、本日彼がこの台詞を叫んだのは5回目だ。それは本日挑戦者が訪れた回数とも一致する。その度に毎回毎回彼はこの世の終わりのような嘆きを発している。挑戦者が彼の言葉に対して怒鳴るが、どこ吹く風だ。
『そんな貴方にはこれを進呈しましょう。
私が手ずから書き写した有難い経典です。
これを読んでアンリ様のことを学んで下さい』
そう言いつつ、彼は懐から取り出した一冊の冊子を挑戦者へと手渡す。挑戦者の男性は反射的に差し出されたそれを受け取ってしまう。
……そう、受け取ってしまった。
『何だよこれ……って、うおおおおぁぁぁぁーーーー!?
黒の経典じゃねぇか、なんてもの渡しやがる!!』
どうやら私の書いた経典は既に各国に悪名が知れ渡っているらしく、渡された彼はそれが何であるかに気付いたようだ。受け取ってしまうと書き写して誰かに渡すまで不幸に襲われる呪いの経典は、既に近隣諸国にジワジワとその手を広げている模様。……正しく生きるための道徳本だったんだけど。
書き上がったものをレオノーラに見せたら呪いが発動してしまい、書き写して広めていくしかなくなってしまったのだが、訳も分からず不幸になったら流石に申し訳ないため、せめてものお詫びとして表紙の裏にきちんとルールは追記しておいた。そのため、対処法はすぐに分かっただろうし、危険物としての認知も早目に広がったようだ。
それにしても教皇、一体何冊書き写したんだ。彼の懐からは今日だけで既に20冊近い経典が出てきているのだけど。
『畜生、憶えてやがれーーー!!!』
挑戦者の彼は典型的な捨て台詞を残すと、経典を持ったまま神殿の外へと逃げていった。きっと、写本に必要なものを揃えに行ったのだろう。
こうして第二の刺客の手によって神殿まで辿り着いた者達も脱落し、ダンジョン「邪神の聖域」は本日も難攻不落を誇っている。
……って、それじゃあダメだろう。入口で全員追い返してどうする。
ダンジョンが難攻不落なこと自体は良いが、諦められてしまい客が来なくなっても困るのだ。第一の刺客──客引き──は趣旨に合致しているし、引き留めているだけで追い返しているわけではないので構わない。しかし、第二の刺客はダメダメだ。
「神罰執行」
私はテーブルに置いてあったお盆を彼の頭上へと転移させた……縦に。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『いや、申し訳ございません。
ついつい布教に励んでしまいました』
頭にタンコブを作った教皇に対して映像越しで会話をする。布教してくれるのは私としても有難いのだが、やり方が酷い。あれではどう考えても信仰どころか、逆に敵意を増長させる結果にしか繋がらない。まぁ、恐怖には繋がるかも知れないので、そちらからの信仰は得られるかも知れないけど。
『布教はいいけど、追い返すのは禁止。
来た時よりも帰りの方が狙い目』
『成程! アンリ様の御力を思い知った後の方が受け入れやすいということですね。
御慧眼、感服致しました』
いや、そういうことではないんだけど……まぁ、いいや。
『今のところ来た挑戦者は人族だけ?』
『はい、そのようです。
少なくとも、神殿内にまで来た者には魔族は見当りませんでした』
教皇にこれまでの挑戦者の動向を聞いてみたが、魔族側の動きは未だ見えないようだ。
しかし、それはある程度予想が出来ていたことでもある。この地は元々人族領であり、人族と敵対している魔族にとっては敵地に当たる。大挙して押し寄せてくれば各国が過敏に反応する恐れがあるから、魔族にとっても慎重に動かざるを得ないのだろう。
なお、レオノーラを見れば分かるが人族と魔族の間に外見的な差異は殆どない。別に角があるわけでも翼が生えているわけでもない。聞いてみたが、見分けられるのはせいぜいが髪と目の色くらいらしい。血が混ざってしまえば均されてしまう程度の特徴だが、意図的に敵対種族として設けられたために人族と魔族が恋愛関係になることはかなり稀なので、一応見分けることは出来るようだ。まぁ、偶に召喚勇者とかがその辺を気にせずに引っ掻き回したりするせいで、徐々に混ざってはいるという話だが。
一番懸念していたのは神殿やその周囲で人族と魔族の諍いが起こることだが、少なくとも現時点ではその心配はないらしい。とは言え、魔族側も闇神が発破を掛けている筈なので、このままずっと安泰なわけではない。引き続き警戒が必要だ。
『分かった、引き続きお願い』
『はい、畏まりました。
必ずや、布教を成功させて御覧に入れましょう』
『いや、だから……』
『おや、これは失礼。
布教は帰りに、でした』
本当に大丈夫なのだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ、今日も中々美味だな」
「ふふ、沢山ありますのでお代わりは遠慮なく言って下さいね」
「はむはむ」
珍しくテナとレオノーラも早目に手が空いたので、今日はリリも含めて一緒に食卓を囲むことが出来た。最近は忙しくて誰かしらが同席出来ない日々が続いていたので、貴重な機会だ。
「成程、確かに美味しいですね」
「へぇ、悪くねぇじゃねぇか」
「は、はい! ど、どうもありがとうございます……」
……こいつらが居なければ。
何で居るんだ、光神に闇神。食事も要らない筈なのに、ちゃっかり食べてるし。可哀相に、テナがかなり緊張している。
ちなみに、さっきからレオノーラは闇神の隣の席に座って甲斐甲斐しく世話を焼いているし、リリは光神の膝の上に乗せられて食べさせてもらっている。闇神は無愛想な態度ではあるが、決してレオノーラに対しては邪険にはしていない……やはり胸か、胸なのか。
冗談はさておき、光神がリリにだだ甘で闇神がレオノーラには優しいのは、それぞれの種族贔屓の気質に拠るものなのだろう。私やテナに対するものとは、明らかに態度が違う。その優しさをもう少しだけ私達にも向けてくれてもバチは当たらないと思うのだけど。
「何か?」
「あん?」
視線に気付いたのか、光神と闇神が私に対して問い掛けてきた。
「何で居るの?」
「魔族への指示出しも終わったしな、後は勝負の動向を見るだけだ。
だったら、近くの方がいいだろ」
「私も同じです。
それに、近くで見守って居ればいざという時に挑戦者の命を救うことも出来ます」
ちょっと待って欲しい。
今後の命運を掛けた勝負を近くで見守りたいというのは分かるが、それは聞き捨てならない。
「……勝負が終わるまでずっと居る気?」
「当然です」
「当たり前だろ」
帰ってくれないかな。
「何か問題があるのか、アンリ?」
「アンリさま?」
ぐ、レオノーラとリリが敵に抱き込まれた。
私は最後の味方であるテナの方へと目を向ける。
「…………………」
「…………………」
無言の視線によるやり取りは『なんとかして』『無理ですよ』の一瞬で決着した。
光神と闇神が邪神の神殿を溜まり場にするなんて、聖光教の教徒や魔王達が知ったら発狂するんじゃないだろうか。
そんな半ば現実逃避に近いことを考えながら、私は内心で深く溜息を吐いた。