05:会議は踊る
「『権能』とは私達管理者が司るもの……あらゆる物や事象、概念に対して『権能』が存在します。
そして、私達にとってそれは『力』であり『担当』であり『義務』でもあります」
「『権能』は管理者ごとにメイン1つとサブが複数、それから管理者に属さないフリーの3種類だ」
光と闇の神達は訪ねてきた本題だという『権能』について私に説明してくれた。メモを取りたいけど、そんな雰囲気じゃないのでしっかり憶えておくようにする。
「メインの『権能』は管理者の固有の属性で変えられねぇ。
俺は『闇』でそっちの生真面目女は『光』、お前の場合は……『恐怖』かよ。
また随分とエグイやつを選びやがったな」
選んでない。私は選んでない。
彼らの『メイン権能』がそれぞれ『闇』と『光』だというのは納得だが、私の『恐怖』は納得いかない。
「感情系の『権能』は出来ることが限られる代わりに、その感情から信仰を得られますからね。
貴女は自身に向けられたものだけを吸収しているようですが」
国内の信徒からだけでなく外からも信仰が流れてくるような感じがしていたが、そのせいだったのか。私は一体どれだけ怖がられているんだ。
……ん? 今の光神の言葉にはちょっと引っ掛かる部分があったな。
「自分以外に向けられたものも吸収出来るの?」
「当たり前だ、『権能』は世界の管理権限だからな。
正しく機能させていれば、誰に向けられたものだろうと信仰として糧に出来る。
まぁ、自分に向けられた感情の方が意図的に吸収する手間が無い分効率はいいけどな」
知らなかった。何が起こるか分からないからと思って管理者の力は使わないようにしていたが、そのせいか。信仰を集める上ではかなり大きい話なので、後で確かめるとしよう。
「で、残りはサブとフリーだが、こっちについては管理者同士の合意で決めてる。
メインとサブまでがその管理者の専任として扱われるからな」
「専任の『権能』は他の管理者が使用出来ません。
それに対してフリーの『権能』は全ての管理者が同じように使えます」
「それなら全てフリーにしておけばいい」
「そこだけ聞けばそう思うだろうが、フリーの『権能』からじゃ信仰が得られねぇんだよ。
それに、担当が明確じゃねぇってことは対処が遅れる危険性も孕んでる」
成程、だから『力』であり『担当』であり『義務』なのか。
そこから『力』を得られる代わりに、その分野に対して責任を持つ必要があるわけだ。
「かと言って全ての『権能』を専任にしてしまうと、他の管理者の使用出来る手立てが減ることになります。
それ故に、緊急度が高いものを『サブ権能』とし、それ以外はフリーとしているのです」
「で、本題だ。
これまで『サブ権能』は俺とこいつが二分していたが、そこに新たにお前が管理者として加わってきた。
だから、改めて『サブ権能』を決め直す必要がある」
彼らが揃って訪ねてきた理由はよく分かった。これは世界の今後を決める重大な会議というわけだ。
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一通りの説明が終わったところで、お茶を淹れなおして改めて会議を始めることにした。なお、テナをこんな危険な場所に呼び戻すのは可哀相なので、お茶は私が淹れた。2柱が微妙な顔をしていたけど、文句は受け付けない。
「さて、それじゃ早速始めるとするか。
まず俺は『魔族』だな、コイツは譲れねぇ」
「私も『人族』は譲れません」
こ、この流れは……美味しい部分は自分達で押さえて余り物を私に渡す、新人イジメの構図!?
さては「貴女のような下賤な出身には『ゴブリン』や『下品』がお似合いです」とか「お前みてぇな俄かモンが、まさか俺らと同等だとでも思ってんじゃねぇだろうな」とか言ってくるつもりか。
色々丁寧に説明してくれたから油断していたが、考えてみれば人族から神族になり領域を荒らそうとしている者──私が望んだわけではないが──を彼らが好意的に受け入れてくれるわけがなかった。
しかし、これをそのまま受けるわけにはいかない。
この勢力争いで負ければ、この国が周辺国家から低く見られることにも繋がりかねない。それでは私やテナ達の平穏が脅かされてしまう。権勢を振るいたいわけではないが、足場を確保するために最低限の力は必要だ。
ここは頑として主張せねばなるまい。
「認められな──」
「後は貴女に任せます」
「後はお前に任せるわ」
──い?
「大任だと思いますが、貴女なら出来ると信じています」
「ま、これもお勉強ってやつだ」
こ、こいつら……私に全部押し付ける気か。
そうだった、以前レオノーラに聞いた話を話半分に受け取ったとしても、彼らは自分の贔屓の種族を愛でていられれれば後の事はわりとどうでもいい連中だった。あの時聞いたのは光神だけだが、この調子だと闇神も似たようなものなのだろう。
闇神が光神のことを生真面目と呼んでいたが、これの何処が生真面目なのか。
これまではそれぞれの種族を守るために厭々やってきたが、押し付ける相手が出来たから自分の好きなことだけやって後の面倒事を全て私に押し付けようという魂胆と見た。
冗談ではない。
攻め込まれないように最低限の権勢は欲しいが、全てを押し付けられるのは望むところではない。私が欲しいのは平穏なのだ、殺神的スケジュールできりきり舞いでは意味が無い。
ここは頑として主張せねばなるまい。
「認められない」
「あ?」
「あ?」
睨まれた。やっぱり光神の方が怖い。だが、ここで引くわけにはいかない。
「他の『権能』全てが私の担当ということは『疫病』とかで人族や魔族を滅ぼすことも出来る。
それでいいの?」
「─────ッ!」
「─────ッ!」
私が言葉を発した瞬間、光神と闇神がバッと立ち上がった。睨まれているのは先程から変わらないが、威圧感が段違いに跳ね上がる。
「手前、いい度胸じゃねぇか」
闇神が手に魔力を溜め始めるが、光神がそれを手で制しながら私に話し掛けてきた。
「人族を滅ぼす、と言いましたか?」
「それが出来てしまうことが問題。
1柱に『権能』が集中していると、止められなくなる」
「成程、3柱のバランスが取れている必要があると言いたいわけですか。
一理あります。しかし──」
光神は言葉を途中で止めると、突然右手に身の丈もあろうかという巨大な剣を出現させたかと思うと、円卓に叩き付けた。轟音と共に、円卓は両断される
「──先程のような戯言を次に口に出したら、滅します」
怖……はい、肝に銘じておきます。
私は両手を顔の高さまで上げて降参のポーズを取ると弁解を述べる。
「あくまで例え話、やる気は無い」
「そう願います」
どうやら何とか矛を収めてくれたようだ。
勿論私だって人族や魔族を滅ぼす気など最初からなく、そういう危険性があるからバランス良くするべきだという例示のつもりだったのだが、今後は光神の前で人族が絡むことで迂闊な発言はしないように気を付けよう。
彼女が闇神から「生真面目」と呼ばれていた理由が少し分かった。でも、どうせならその生真面目さはもう少し他のところにも発揮して欲しかった。
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真っ二つにされてしまった円卓を修復──壊したのは光神なのに何故か私が──して改めて会議を再開する。
しかし、議論は遅々として進まなかった。私一人に全てを押し付けられることは阻止出来たものの、光神も闇神もなるべく多く誰かに押し付けるように動いたためだ。結局、1柱への押し付けから「誰か1柱が破壊的な行動に出ても残り2柱が協力すれば止められる」という範囲での押し付け合いに移行しただけだった。
気を抜くと押し付けられるままになるので私も反論したのだが、それによっていよいよ完全に不毛な押し付け合いに陥ってしまった。
古参と新参、男神と女神、正属性と負属性、2対1の攻防が目まぐるしく入れ替わって、途中から既に誰と議論しているかもよく分からなくなってきた。
なまじ食事も睡眠も必要ないだけに議論は際限なく続いてしまう。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……埒が明きませんね」
「全くだ、しつけぇぞ手前ら……」
必要も無いのに息を切らせながらお互いに睨み合う。
しつこいのはお前も一緒だと闇神には言いたいが、光神の言う通り埒が明かない。
「分かった、スッパリと決める方法を提案する」
「ふむ、言ってごらんなさい」
「っつーか、そんなもんあるなら最初から言えや」
闇神、五月蠅い。
たった今思い付いたのだから仕方ないだろう。
「勝負をして勝った者が分配を決める。
但し、勝者は3柱のバランスには配慮すること」
「ほう、面白ぇじゃねぇか」
「成程、このまま議論し続けても決着しそうにないので、それも良いでしょう。
しかし、一体何で勝負するのですか?」
勿論、単純な戦闘なんかをするつもりはない。ゲームとかも無しだ。どちらも私がボロ負けするのが目に見えてるし。
「勝負は……ダンジョン」
アンリさんが学んだ効率の良い会議のための教訓
1.最初に時間を決めてその中で議論すること
「エンドレス会議は危険」
2.進行役を置くこと
「居ないと収拾付かなくなる」
3.議事録はちゃんと作ること
「記録取ってると意識してたらもう少し気を遣った……かも」