04:光と闇
神族になって呪いを克服出来たことで、長風呂が出来るようになった。
これまでは30分程で上がらないと呪いが発動して服が湯の中に飛び込んでくるため、時間を気にしながら入るしかなかったのだが、これでようやくゆったりと堪能出来る。
汗などは掻かないようになったが身体が汚れないわけではないため、基本的に入浴は毎日するようにしている。何よりも熱いお湯に浸かると心が安らぐため、欠かせない。
「ふぅ……」
沁み渡る熱さに思わず溜息が漏れた。私はお湯を掬ってから水面へと落とした。浴槽に波が立ち、それがまた心地の良い振動となって私の身体を揺らしてくれた。
そうやって暫らく遊んでいたが、既に一時間程入っていることだし、のぼせたりはしないけれどそろそろ上がろうかと立ち上がる。
すると、唐突に浴槽の外に真紅の袖無しローブを着た男が何処からともなく顕れた。
薄い緑色の長い髪をした長身の男で、顔は整っているが何となくガラの悪そうな目付きをしている。
「あん?」
あまりのことに身体を隠すのも忘れて棒立ちになる私の前で、男は周囲を見回し、やがて私の存在に気付いた。
「…………………」
「…………………」
しばらく無言で見詰め合う時間が続いたが、やがて男は視線を僅かに下に向けるとフッと鼻で嗤いながら目を逸らした。
私は無言のまま、わりと手加減抜きの闇弾を男に向けて放った。
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地上5階層に急遽会議場と円卓を用意して、私は3つ用意した席の内の1つに着いた。残り2つの席には先程私の入浴中にお風呂場に侵入してきた覗き男と、白銀の全身甲冑を着た金髪の女性が座っている。ちなみに、私のわりと本気の闇弾を受けながら覗き男は傷一つすら負っていない。
テナが円卓を周りながら私を含めた3人の前にお茶のカップを置いていく。
「ありがとう、後はいいから下がっていて。
それと、この部屋には誰も近付けないで」
「は、はい! 分かりました」
内心の緊張が声に出てしまったのか、テナは私の指示を聞くと弾かれるように部屋から出ていった。
ちょっと悪い事をしてしまったが、しかし私が緊張するのも状況を考えれば仕方のないことだと思う。
まさか『闇の神』と『光の神』が揃って直接乗り込んでくるとは夢にも思っていなかった。
私から見て左手に座っている真紅の袖無しローブを羽織った長髪男は、闇神アンバールと名乗った。
薄緑の長髪といいローブの下の肌蹴た胸元といいヴィジュアル系ロックバンドのミュージシャンのような外見だが、円卓の上に両足を組んで乗せている態度の悪さのせいでチンピラにしか見えない。
私としては裸を見られるわ胸を見て嘲笑われるわで既にかなり心象が悪い。こんな男を崇め奉っているかと思うと、魔族達に同情したくなる。レオノーラには後で「早まるな」と言っておこう。
しかし、肌で感じる威圧感は本物で、神に属する存在であることは疑いようもなかった。相手は「闇」を司る神なのだから、私の闇弾が傷一つ与えられないのは属性として当然だったのだろう。
一方私から見て右手、浴場における闇神とのいざこざの後に姿を見せて諌めに入ってきた全身甲冑を着た女性だが、彼女は光神ソフィアを名乗った。
美しい金髪を三つ編みほぐしにした外見年齢20歳程度の穏やかな物腰の女性であり、清楚で真面目な雰囲気を醸し出している……のだが、一つ言いたい。
教会にあった女神像と格好が違い過ぎる、詐欺だ。
これが許されるなら、私も着替えたって構わないのではないだろうか。
遠目に見ただけだったが礼拝堂に安置されていた女神像は修道服のような衣装を纏っていたと思う。それに対して、今目の前に居る女性は白銀の全身甲冑を一部の隙もなく着こなしており、どこからどう見ても武闘派にしか見えない。まるでジャンヌ・ダルクのようだ。当人の物腰が穏やかなだけに、逆に怖い。
正直、私はチンピラ風の闇神よりも彼女の方が怖い。冗談も通じなそうだし。
それに比べて、闇神の方は悪ぶってるだけであまり怖くない。
彼の方に視線を向けると、その視線に気付いたのかこちらを向いてきた。
「あに見てやがんだ」
「覗き魔」
あ、しまった。つい本音が。
「ハッ、覗く価値があるとでも思ってんのか?」
その貧相なカラダに、という無言の続きと共に胸の辺りに視線を向けられた。反射的に手で隠したくなるが、ここで怯んだら負けだと思い、隠さずに真正面から相対して睨み付ける。しかし、流石に神族と言うべきか魔眼の効果は殆ど無いようで、怯みすらせずに平然としている。
「っつうか、そもそも何で神族が風呂なんざ入ってんだよ」
睨んでいたら鬱陶しそうに視線に手を翳しながら闇神がそんなことを言ってきた。確かに新陳代謝は無いが、汚れないわけではないので身を清めるのは当然だと思うのだが……神族は入浴しないのが普通なのだろうか。
別にこの覗き男がお風呂に入っていなくても私に近寄って来ないでくれれば好きにしてくれて構わないけど、神族は入浴しないとすると、もしかして彼女も……。
「アンバール、彼女は肉体の束縛から解放されていないようです。
身を清める必要があるのも当然でしょう。
私や貴方のような魂のみで存在している者と一緒に考えてはいけません」
光神が闇神を諌めるように横から口を挟んできた。と同時に一瞬だけ私の方を凄まじい眼光で睨んだ。考えていたことがバレてしまったようだ。はいお姉様、貴女は不潔じゃありません。
「ケツに殻付いたままのガキってことかよ。
チッ、面倒くせぇな」
やれやれと言いたげな気だるそうな溜息を吐く闇神。
それにしても、どういうことだろうか。光神の言葉をそのまま受け取ると、彼女達は肉体を持たない魂だけの存在だと言うことになる。こうして椅子に座ってお茶を飲んでいるところを見ると俄かには信じ難いが、ここで嘘を言う必要は無いだろうし真実なのだろう。
しかし、そうだとすると私はどういう位置付けになるのだろうか。
「何か聞きたいことがあるなら答えましょう。
本題に入る前に貴女には予備知識が必要なようですし」
「まぁ、仕方ねぇか。
このままじゃ話にならねぇしな」
疑問を抱えた私に、光神が問い掛けてきた。彼女の言う「本題」とやらも気になるが、ここは素直に疑問を聞いておこう。目的が分からない相手に不用意に会話するのは危険だが、私の持つ情報が少な過ぎてそういった駆け引きが出来る状態じゃない。
「私と貴女達、何が違う?」
私は先程疑問に感じたことを端的に問うてみた。
「神族ということは変わりません。
ただ、創造神から別たれた私やアンバールは最初から神族だったため、肉体を持たず魂のみで存在しています。
それに対して、人族から神族になった貴女は肉体を持ったままです。
魂が神族に変わったことで肉体にも影響は出ているでしょうから、肉体面でも人族の時のままと言うわけではないでしょうが」
「俺やそっちの生真面目女は普段は実体を持たずに意識のみの状態で活動してる、今はこうして具現化しているけどな。
まぁ、お前も肉体が滅びれば俺らと一緒になるだろ」
つまり、今の私は中途半端に肉体を持った半神族のようなもので、肉体が滅びたら彼らと同じような完全な神族になるということか。何だか途轍もなく重い話をサラッと言われた気がする。
「まぁ、肉体を持ったままであっても神族であることに変わりありませんので、力の行使は問題ない筈です」
「力の行使?」
もしかして、神族になってしまった時に一緒に付いた「管理者」としてのスキルのことだろうか。他に神族になって得た力に心当たりはないので、多分合ってると思うが。
「ああ、それが俺らが今回わざわざ訪ねてきた『本題』だ」
ずっと円卓に足を載せていた闇神が姿勢を正して円卓上に組んだ腕を載せ、身を乗り出す。議場の緊張感が高まり空気が張り詰めた。
「今日俺らがここに来たのは……『権能』を決める為だ」