01:黒き歴史の始まり
何かを創るよりも壊す方が簡単という言葉を聞いたことがある。
それは逆説的に、創造という行為の困難さを示す言葉だ。
建物であれ、芸術品であれ、文化であれ、何かを創るということには多大な時間と労力を要するものだ。
ただ、敢えて一つ付け加えるとしたら──
──うっかり創ってしまったものの後始末も結構大変だということ。やらかしてしまったことも含めて。
そして、更にもう一つ付け加えるとしたら──
──大変だからといって人任せにすると状況が悪化する恐れもあること。
築いてしまった神殿、追い払った王国軍、助けた形になってしまった邪神の信徒、そして何よりも邪神になってしまった私自身。
問題が多過ぎてどこから手を着けるべきかも迷う状況、大まかな優先順位を付けて人に振れるものは振っていく、というのは考え方としては間違っていない筈だ。
そして私にとって現状最も優先順位を上げて対処すべきは自分が邪神になってしまったことであり、それ以外のことは優先順位を下げるというのも判断としては妥当であると改めて考えても思える。
だから。そう、だから……
「偉大なる我らが神──アンリ様の下僕たる教皇ハーヴィンの名において、
ここに『神聖アンリ教国』の樹立を宣言します!」
これは私のせいではないと思いたい。
あと、その国名はやめて欲しい。切に。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
邪神の信徒達は神殿の地上1階層に受け入れて、応対をテナとレオノーラに頼んでいた。とは言っても、あまり細かいことまで面倒を見るつもりはなく、基本的には彼らは彼ら自身で取りまとめて貰う方針としていた。
「それが何でこんなことに?」
「そう聞かれてもな……」
「仰られた通り『信徒の取りまとめはそちらでするように』と伝えただけなのですが……」
神殿の最上階層で戻ってきたテナとレオノーラから、先程映像越しに見たはっちゃけ教主──改め、はっちゃけ教皇の演説に至った経緯を聞くが、私から頼んだ通りのことしか言っていないらしい。それが何故国家樹立に繋がるのか……。
「その辺りは本人に聞いてみないと分からんが……。
ただ、理由は兎も角として既に宣言されてしまっている以上、そう簡単には取り消せないぞ」
「分かってる」
なお、国家樹立を宣言したものの、現状はあくまで言い張っただけの状態に過ぎない。他の国から承認されていないということもあるが、それ以前に国家の体を為していないのだ。神殿が一宇に家も無い避難民に近い信徒が1000人ばかり居るだけなのだから、当然と言えば当然だ。
しかし、そんな宣言でも既に信徒達に受け入れられてしまっているため、今更無かったことには出来ない。
勿論、神としての立場を使ってゴリ押しで撤回させることは可能だが、それをやった場合に起こる混乱を考えるとそう簡単には踏み切れない。
「名前は何で?」
「『どうか教えて頂きたい!』と懇願されて教えてしまいましたが……その、問題でしたでしょうか」
心配そうに問い掛けてくるテナに首を横に振って返す。
私が口止めしなかったこともあるし、私自身の知名度が上がることについては利点があるので、私の名前を教えたことを咎めるつもりはない。と言うのも、あの宣言の直後に唐突に満腹感を感じたのだ。その時は何だか分からずに戸惑ったが、どうやら宣言で私の名前が周知されることで信仰の効率が上昇したのだと後から考えて推測した。
種族が神族になったことで食事も排泄も必要無くなってしまったが、代わりにこの世界の人々の信仰心によって満腹度が左右されるようになったようだ。いや、「なってしまった」と言った方が良いだろうか。
今は信仰心が保たれているのでお腹一杯で幸せな状態だが、信仰心が減り過ぎるとひもじい思いをする羽目になりそうだ。しかも、おそらく食事を摂っても満たされないので信仰が回復するまで飢餓状態が続くことに……。
そう考えると、国家樹立というのも好都合なのかも知れない、主に知名度が保たれて私のお腹が満たされるという意味で。問題が片付くどころか激増したという点については頭が痛いし、各国の反応も不安だけど。
私の望みは平穏な暮らしだが、飢えに苦しむのも嫌だ。適度に信仰を保ちつつ、各国から攻め込まれない程度の膠着状態が続いてくれるのが一番望ましい。
とは言え、知名度としては邪神国家というだけで十分だから……
「国名だけは変えたい」
「何故だ? よい国名ではないか」
「私もそう思います。
それに信徒の方々には既に知れ渡っているので、今から変更は……」
恥ずかしいんだってば。ベッドの上で転がるレベルだ。
あと、なんで邪神を祀る国が「神聖」なのか、真剣に問い詰めたい。
「信徒だけではないぞ、あやつは各国にも書面を送り付けたからな」
何その無駄な行動力!? そこまで広まってしまったら最早変更不可じゃないか。
あの国名が全土に知れ渡るとか、どんな羞恥責めだ。
っていやいや、よく考えたらもっと重要なことがあった。
よりにもよって「邪神の国を作りました」なんて宣戦布告に等しいものを各国に送り付けた?
まだ「国」どころか「村」にすらなっていないこの状況で?
「すぐに各国が攻め込んで来る」
「油断は出来んが、当面は大丈夫だと思うぞ」
何故?という疑問を視線に乗せてレオノーラへと向ける……目を逸らされた。神族になっても相変わらず魔眼は健在、悪化してないだけましだけど。
「ここに直接面しているのはフォルテラ王国だ。
先日のことを考えれば、攻め込むことには慎重になるだろう」
まぁ確かに王国軍を散々おどかしたし、今すぐには攻め込んでは来ないか。と言っても、レオノーラの言う通り油断は出来ないし、時間の問題だろうけど。
「取り合えず地上3階層までは使っていいと伝えておいて、テナ。
あと、国家運営はあの教皇に任せるようにして」
「はい、分かりました、アンリ様」
人選が心配だけど、凄く心配だけど……元々のまとめ役みたいだし、変える理由がない。それに、他に適任者の心当たりがあるわけでもない。
ちなみに、最上階層であるこの地上5階層は私の別荘の位置付け、テナやレオノーラの部屋も用意した。リリについてはまだ幼くて一人にするわけにもいかないのでテナと同室だ。尤も、最近はテナが忙しくなってしまったので、私がリリの面倒を見ることが多い。その甲斐もあってか、目さえ合わせなければそれなりに懐いてくれるようになった。ちょっと感動。
地上4階層は念の為の防衛ラインだ。尤も、本拠点はあくまで地下31階層なので、こちらはいざとなれば放棄しても構わないのだが。
ダンジョンコアは地下31階層に設置したままで、新たに分割したサブコアを地上5階層に設置している。サブコアは階層追加などの機能が無かったりと一部の制約がある代わりに、ダンジョンコアと異なり最深階層以外でも運用出来る。ただ、バックアップとしての機能はなく、ダンジョンコア本体が破壊されるとサブコアも砕け散るようだ。
地上3階層より下は特に用途も決めてなかったので、国家運営用に提供することにした。ここを拠点として、神殿の周りを開拓して街を作っていくことになるだろう。ただ、私はその辺りのことはよく分からないので丸投げだ。ついでに、はっちゃけ教皇とのやり取りもテナに押し付けてしまった。いや、テナには申し訳ないと思うけど、あの勢いを考えると直接会うのは怖い。
ちなみに、地上階層と言えどダンジョンの一部だ。魔物の出没はしないようにしたが、瘴気の発生は止められない。ただ、地下と異なり開けているので、外に逃がすことで対処することにした。
「そう言えば、レオノーラはここに居ていいの?」
教皇への指示をする為にテナが退出して会話が途切れたところで、ふと気になっていたことを口にする。
色々手伝って貰っておいてなんだけど、よく考えたら彼女が「他国の手伝い」をするのは立場上まずいのではないだろうか。
「ああ、それは問題ない。
国の方でもここの動向は注目されているからな、様子を知りたがっている。
しばらく滞在させて貰う代わりに、手伝うさ」
「……ありがと」
私が感謝を告げると、レオノーラは銀色の美しい髪を手で撫で付けながら顔を少し赤くしてそっぽを向いた。
「べ、別に礼を言われるようなことではない。
国からの指示だと言っただろう、密偵のようなものだぞ」
本気で情報を盗むつもりならわざわざそんなこと言う必要ない、と指摘するのは無粋だろうか。
心配してくれていることが見え見えだ。
「そ、そう言えば、邪神になってしまったことの影響は把握出来たのか?」
「半分くらい」
食事や排泄、それに睡眠が要らなくなった代わりに、信仰心が必要になりそうなことは実感した。寿命は分からないけれど、多分神族というからには不老だと思う。魔力とかスキルレベルなんかも軒並み上昇している。
なお、食事や睡眠は不要ではあっても出来ないわけではないので、生活リズムは変えていない。私の精神的安定のためにも人らしい生活をしたいからだ。決して、食っちゃ寝しても太らない状況を満喫しているわけではない。
管理者としての力は何が起こるか分からなくて怖いので、まだ試していない。
「あと、服を着替えられるようになった」
「は?」
短刀やローブなどの呪いについても、私自身が神族となることで克服出来た。ただし、呪いが解けたわけではなく、呪われたままでも私だけは着脱出来るようになったというのが正しいが。
それを話すと、レオノーラは……
「喜んでいるところ済まないが、既にお前はその格好で認知されているからな。
あまりころころ衣装を変えられても困る」
「何故?」
「何故と言われてもな、神の格好がころころ変わっていたら不自然だろう」
……確かに、ころころ着替える神様とかあまり聞かない。
像とかを見ても同じ格好をしているのが普通だ。
折角着替えられるようになったのに……私はとことんお洒落には縁が無いみたいだ。
これも邪神の呪いか。