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邪神アベレージ  作者: 北瀬野ゆなき
【邪之章外伝】
31/82

外伝10:ある王子の絶望

「おのれ、露骨な嫌がらせをしおって!」


 会議場の中央に据え付けられた円卓にゴドウィン将軍の拳が叩き付けられた。


「気持ちは同じだが落ち着け、将軍。

 陛下の御前だぞ」

「し、失礼致しました!」


 宰相のフォルゲン侯爵の窘める言葉を受け、頭に血を昇らせていたゴドウィン将軍もハッと我に返って、慌てて父上に謝罪をした。


「構わん、余も気持ちは同じだ」


 父上に限らず、この場に集った者達で将軍の言葉を責める気になるものは居ないだろう。何故なら、この場の誰もが同じ思いを抱いているからだ。

 現在、王党派と呼ばれる者達を集めたこの会議で議題に挙がっているのは、聖光教から齎された聖光騎士団結成の布告についてだ。我がフォルテラ王国の辺境にあるダンジョンに集結した邪神の信徒の討伐を行うという布告だが、たかだか1000人にも満たない邪神の信徒の討伐のために聖光騎士団の結成は誰が見ても大袈裟な反応だ。

 その点については問題となったダンジョンや付近の街で邪神と思しき存在の痕跡が目撃されたことにより、その調査と可能であれば封印・討伐を行う為に騎士団の結成が必要であるというのが聖光教の言い分だ。


 白々しい事この上ない。

 邪神等と言う存在が聖光教が捏造した架空の脅威であることは、各国の上層部であれば周知の事実なのだから。聖光教も邪神の討伐など本気で言っているわけではなく、各国がその虚偽に気付くことも分かった上で敢えてこの決定を行ったのだろう。


「やはり、先日の申し出が原因でしょうな」

「そうであろうな。他に理由がない」


 聖光教とは人類領最大の宗教団体であり、全ての国家において国教となっている。各国はそのために少なくない金額を寄付金として聖光教の総本山であるルクシリア法国に支払っている。勿論、我がフォルテラ王国も例外ではない。

 しかし王国は今年不作の年であり税収も例年よりも落ちることが見込まれるため、ルクシリア法国に翌年の寄付金の減額を申し出ていた。

 この度の聖光騎士団の結成についての布告はその報復と見て間違いないだろう。


 聖光騎士団と言っても、実態は各国の騎士団・兵士団の連合軍だ。ルクシリア法国の結成宣言があれば各国は参加することを求められるが、聖光教徒としての義務を果たす形であるため報酬など存在しない。これが魔族領への侵攻であれば制圧した領土を分配することで報酬とすることも考えられるが、今回の様に国内の問題を解決するために結成された場合はそれも無い。

 無論、我が国が報酬を支払う義務があるわけではない、あるわけではないが自国の問題を他国の軍に解決されたとなればそれはその国に借りを作ったこととなり、外交において配慮する形で返す必要が出てくる。


「報復、そして見せしめか」

「確かに、他国に対しての武力を伴わない示威行為とも受け取れます」


 今回の布告における聖光教の意図は各国も理解していることだろう。寄付金の減額を申し出ればこの様な目に遭う、という脅迫のメッセージでもあるのだ。


「今更寄付金の額を戻すと言ってもダメなのでしょうね」

「既に聖光騎士団の結成が宣言されている以上、無駄だろう。

 それに、そもそも支払えないから減額を申し出たのだ。

 無い袖は振れん」

「…………………」

「…………………」


 会議場に沈黙が広がった。




「それで、如何致しますか。

 当事国である我が国には偵察と布陣をせよという指示が来ておりますが」

「嫌がらせの上に下働きをさせるつもりか。

 何処までも我が国を弄ってくれるものだ」


 偵察も布陣も軍事行動においては重要だが、手柄には繋がり難い。他国が手柄を上げれば上げる程に我が国がその国に負う借りは大きくなるのだから、これも嫌がらせの一環なのだろう。

 しかし、これは好機でもある。


「私が先行部隊を率いて出陣しましょう」

「殿下!?」


 私の発言に対して、円卓の周囲に座る全員の視線が集まった。


「ふむ、その意図は?」

「偵察と布陣を行うと見せ掛けて、討伐してしまえば良いのです。

 各国や聖光教からは独断専行を謗られるかも知れませんが、大きな手柄を立てられて借りを作るよりマシな筈です。

 若い指揮官が功を焦ったと言うことにすれば、不自然ではありません」


 父上の問い掛けに私は自分の企みを話した。

 各国にとっては軍の準備が無駄になるから多少の不満は出るかもしれないが、実際に出陣していない以上はそこまで強く何かを求めてくることはないだろう。

 聖光教は黙っていないかも知れないが、彼等が名目上掲げている邪神や信徒の討伐を行って手柄を上げていれば公に王国を非難することは出来ない筈だ。


「しかし、何も殿下が泥を被る必要はないでしょう」

「王族である私であれば、各国もそこまで強く非難は出来まい。

 他の者の場合は指揮官を処罰する様に求められる可能性がある」


 王国に対する公然での非難は出来なくても、指揮官個人に対して命令違反の咎を責めてくることは考えられる。それを考えると、将軍達に任せることは出来ない。

 私の意図を理解したのか、宰相や将軍も渋い顔をしながら黙り込んだ。


「如何でしょうか、陛下」

「……よかろう、お前に任す」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 問題のダンジョンの前で陣を構築し、目の前に集まった邪神の信徒達を見遣る。

 向こうも陣形の様なものを敷いているが、その様は非常にお粗末と言っていいだろう。人数もせいぜい1000人といったところなのに加えて、老人や女子供も混ざっておりまともな戦いにすらなりそうにない。伏兵などを配置するだけの余裕も無いのは一目瞭然で、このまま兵を進めれば容易く踏み潰せると確信出来た。

 正直奴等が今この時に散り散りになって逃げていないのが不思議なくらいだが、これも悍ましい信仰心に拠るものだろうか。


 そこまで考えて、思わず私は苦笑を浮かべてしまった。


「殿下?」

「いや、なんでもない」


 不思議に思って問い掛けてきたゴドウィン将軍に気にしない様に伝えた。


 悍ましい信仰心、か。

 邪神なんぞを信仰する者達の気が知れないのは変わらないが、此度の一件を受けて我等フォルテラ王家の者達の聖光教への信仰心も地に墜ちた。勿論、民達の前でそんなことをおくびにも出すわけにはいかないし、聖女神様に叛こうとしているわけではないが、少なくとも拝金主義が罷り通る今の堕落しきった聖光教を信じる気にはなれない。王子としても私個人としても。

 命を賭けて邪神を信仰する者達と、聖光を掲げながら裏で金をせびる者達とどちらがマシなのか、そんなことを考えたらおかしく思えて笑ってしまった。




 頭を軽く振って気持ちを切り替える。


 ──どちらも変わらない。

 我が国に仇なすならばどちらも排除せねばならない。それがフォルテラ王家に生まれた私の責務だ。


「見よ将軍、邪悪なる奴原の陣を!

 何と貧弱な陣形であることか」

「然様ですな」


 隣に立つ将軍と共に眼前の邪教徒達の陣を見ながら、周囲の騎士や兵たちにも聞こえる様に大きな声で話し始めた。


「斯様な木端にも劣る敵、聖光騎士団の本隊を待たずとも我が国の軍だけで対処出来るのではないか?」

「御意にございますが、偵察と布陣が我等に申し付けられた命にございます」


 打合せ通りの台詞を紡いでいると、まるで自身が道化にでもなった気分がしてくる。が、それで構わない。今の私に求められているのは若さゆえに血気に逸った愚かな王子としての姿なのだから。


「このまま攻め込めば済む話であろう。

 偵察も布陣も必要あるまい」

「殿下、それは……」


 それにしても、将軍……その演技はもう少しどうにかならんのか。棒読みではないか。


「構うものか! 邪教徒共を目前にしながら何もせぬことの方が聖女神様のお怒りを買うわ!

 全軍、進軍を開──ッ!?」






 号令を掛けようとした瞬間、周囲に轟音が響き渡った。同時に、視線の先で突然何かが持ち上がる様に形を為していく。


「─────ッ!?」


 訳も分からず言葉も出せずに混乱する私の目の前で、それは姿を現した。




「……………………」

「……………………」

「……………………」


 誰もが呆然とその光景を見上げていた。

 先程まで建物の基礎部分しか無かった場所に、突如として禍々しくそれでいてどこか神聖さを感じる神殿が築かれたのだ。




 これは現実の光景なのだろうか……。

 この様な所業、まるで神の御業ではないか。まさか邪神が本当にダンジョンに棲んでいるとでも言うのか。

 いや、邪神など聖光教が捏造した架空の存在である筈。

 しかし、これは……。




 戸惑う私達に対して畳み掛けるかのように、異変は続いた。


 周囲が突然夜になり、薄闇が辺りを満たした。

 次々と起こる異変に兵達に動揺が広がっていくのを肌で感じた。

 私や将軍はそれをなだめる為に声を張り上げようとするが、それよりも早く闇の(きざはし)が神殿の最上階から地面に対して伸びた。



 私も将軍も兵達も、そして邪教徒達も、この場に居る全ての者の視線がその(きざはし)へと集中した。

 否、正確には(きざはし)にではなく、それを降りてくる存在にだ。




 それは一見、少女の様な姿をしていた。


 比較的小柄なその者は漆黒の髪に漆黒のローブを纏い、後ろに2人の少女を引き連れてゆっくりと(きざはし)を下ってくる。

 誰もが言葉を出すことも忘れ、固唾を飲んでその姿を見上げていた。


 やがて(きざはし)の中程にある踊り場でその存在が足を止めた時、それまで遠目で見えなかったその存在の顔が見えた。

 人形の様に整った顔立ちにこの世のものとは思えぬ濁った眼差し……その目で睥睨され全身が粟立った。

 呼吸の音すらしない張り詰めた静寂の中、私は思わず呟いた。


「………………邪神」


 その瞬間、伝播するように「邪神」と言う言葉が兵達の間に広まっていく。


「逃げろ!」


 誰かがそう叫んだ瞬間、陣は崩壊した。

 兵も騎士も崩れるように逃げ出していく。

 本来ならば私や将軍は立場上それを制止しなければならなかっただろう。しかし、出来なかった。

 何故なら私も将軍も、恐怖のあまりその場に留まる事など脳裏に無かったからだ。

 兵達と共に邪神とその神殿に背を向けて、私は一目散に街の方へと駆けた。









 邪神など聖光教が捏造した架空の存在であると思っていた。

 今回の騒ぎにしても愚かな狂信者の芝居であると断じていた。

 だが違った!

 あれが本物の邪神でなくて何だと言うのだ!


 私達は騙されていた!

 聖光教は民に対して架空の敵対者を捏造したのではなく、私達国家の上層部に対して存在する敵対者を架空の存在に見せ掛けたのだ。

 そしてそれはおそらく、あの邪神が聖光教にとって都合が悪い存在であるからだろう。

 もしや、聖女神様の御力を以ってしても届かないということなのだろうか。

 いや、そのような事がある筈が……。




 走りながら思考の袋小路に迷い込んだ私を嘲笑うかの様に、背後で黒い閃光が放たれた。

 一瞬誰もが立ち止まりそちらの方角を向くが、閃光は明後日の方向へと飛んでいった。

 周囲の兵達は胸を撫で下ろしていたが、私は逆に戦慄していた。

 あの光はおそらく……邪神の膨大な魔力が戯れに放たれたものだ。

 別の方角へと放たれたから良かったものの、もし我々や街、そして王都にあれが向けられたら……。




 私は邪神に対してどうかこちらを向かないでくれと心の中で祈りつつ、再び街へと敗走を続けた。

ここまでで概ね本編に追い付きましたが、外伝は繋ぎ的な短い話を後一話投入致します。

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